本文へジャンプ

環境省保健・化学物質対策科学的知見の充実及び環境リスク評価の推進化学物質の内分泌かく乱作用に関するホームページ対談・コラム >コラム・エッセイ(25)

対談・コラム

対談・コラム
コラム・エッセイ

コラム・エッセイ

内分泌かく乱化学物質が野生生物にもたらすリスクを予測し管理することはできるか?

生態毒性コンサルタント
イギリス
ピーター・マッティーセン

ピーター・マッティーセン氏

 内分泌かく乱化学物質(Endocrine disrupting chemicals, EDCs)が野生生物に与えるリスクを予測することは可能だろうか。つい最近まで、この問いに対する答えはNOであった。新規または既存の物質の環境への安全性を評価するのに通常使用されてきた生態毒性試験では、EDC特有の影響を検知することはできなかった。そのため、これらの化学物質は特段の規制のないまま市場に出回ることとなり、ある種の野生生物の個体群に深刻な影響を引き起こすことがあった。日本や他の地域でみられる有名な例としては、船舶の外壁に用いられる防汚塗料の含有物であるトリブチルスズ(TBT)が、軟体動物のホルモンシステムに干渉して、繁殖に影響を及ぼすことにより、多くの軟体動物の個体群が崩壊していることが挙げられる1。他の例としては、エストロゲンのような働きをするアルキルフェノールエトキシレート界面活性剤や経口避妊薬中の合成ホルモンが、エストラジオールの疑似物質となり、世界中の多くの河川や河口域で性的に中間的な(間性)魚類の出現を引き起こした(いまだ引き起こしている)2。今日では、程度の大小はあるがほかにも多くの例が報告されている。問題は、化学物質の開発や登録の過程においてそのような影響について気付くことができなかったため、調べられてこなかったことである。

 こうした知見のために、内分泌かく乱作用による影響に関する大規模な研究プログラムが実施され、このような影響を同定し評価できるように生態毒性試験の改善を促した。試験法の開発と標準化は、国際的に広く受け入れられる生態毒性試験法について責任を持って発行している経済協力開発機構(OECD)によってコーディネートされた3。残されている課題は多くあるが、現在では魚類からほ乳類に至る脊椎動物について、EDCの主要な4つのカテゴリー(エストロゲン/抗エストロゲン、アンドロゲン/抗アンドロゲン、甲状腺系かく乱物質、ステロイド産生かく乱物質)の影響を高感度で検出する方法はひととおり揃っており、さらなる方法を開発する努力もなされている。進行中のプログラムの一つは、TBTなどの物質にとても感度のよい軟体動物を用いた有用な検出方法に関するものであり、昆虫や甲殻類のような無脊椎動物を用いた検出方法はすでにあるいは近いうちに実用可能となるだろう。倫理的観点からみれば、動物を用いない試験がもちろん好ましく、それらの方法は開発中ではあるが、現時点では無傷の生き物を人道的に用いることでEDCの存在と影響を確かめることしかできない。

 適切な毒性試験を行った後は、通常の化学物質では全ての生物に無害であると期待される予測無影響濃度(Predicted-No-Effect-Concentration: PNEC)を、さまざまな不確実性を説明するため毒性データに適切な安全係数(例えば、試験されていない多くの種を守るための外挿の考慮など)を適用することにより設定することである。PNECは環境中でみられる最悪の場合の予測暴露濃度(Predicted Exposure Concentration: PEC)と比較され、リスク評価に用いられる。リスクが低い場合(すなわち、PECがPNECより低い場合)には、おそらく環境中濃度を最少にするための現実的な制御法を用いることを前提として、化学物質は一般的には使用が認められる。ここで生じる大きな疑問は、この種のリスク評価がEDCに適用できるかどうか、ということである。

 これまでされてきた議論では、多くのEDCが持つ数多くの特異的性質は、上に述べたリスク評価法で正確に測ることは難しいとされている。まず初めに、EDCの中には子宮内や幼生・幼体の時期に一時的に暴露を受けた後、生体に深刻で不可逆的な影響を引き起こすものがある。既存の(生態)毒性試験でしばしば検出できなかったのはこの種の物質だったが、新しくOECDから発行された一連の試験法ではこれらを検出することができる。例えば、OECDの魚類性発達試験 (Fish Sexual Development Test: OECD TG 234)を用いると、稚魚の時期の比較的短時間の暴露が性比に与える恒久的な影響について調べることができる。このように、暴露時でなく後になって出現する影響を調べるには新しい試験のプロトコルは有効である。

二番目に、EDCの影響がその値以下では出現しないという、いわゆる「閾値」濃度というものは存在しないという議論がある。しかしこの論点においては、論拠となる証拠が少なく、全てのEDCではないにしても、ほとんどのEDCについて現実的観点というよりかは理論的観点から議論されているように見える。三つめは、化学物質の高用量や高濃度暴露を行う毒性試験の結果からは、低濃度の影響が予測できないと考えられていたことである。しかし、OECDの新しい試験法では、従来の手法よりもかなり広い範囲での用量・濃度で試験を行うことができる。いわゆる非単調用量反応の存在はまだ議論の余地があり、証明されていない。

 これらやその他の不確実性のため、EUは予防的な立場をとり、EDCをリスク評価を行わずに、いわゆる有害性に基づいた規制を実施しようとしている。EDCの明確な規制の定義はEUではまだ議論中であるが、例えば、もしある農薬がEDCと同定された場合、EU内での使用が認可されないか、もし、既に市場に出回っている場合は使用許可を受けている物質に置き換えられることになる。このような規制方法では、多くの有用な植物保護剤が失効し、特定の地域でのある作物の経済的な栽培の可能性を失わせることに繋がる。

 EDCが、規制の過程で配慮が必要となるような、ある種の特異的な性質を持つのは疑いがない。確かに、証拠の重み付け評価(weight-of-evidence)のように、それらの性質に合わせてリスク評価の枠組みを多少改変することは正当化できるであろう。ただ、私の意見としては、EDCのリスク評価を完全に排除してしまうことは、内分泌かく乱作用の範囲をはるかに超えて、危険な連鎖的な結果を引き起こすかもしれない深刻な過剰反応だ。アメリカや日本はリスク評価手法を用いてEDCを評価すると思われるため、この観点において、EUは完全に孤立しているように思える。

 EUの化学物質規制の現状は、時代に逆行して非科学的な方向に進んでいるように思える。例えると、感電死の可能性があるために電気の使用を禁止するようなものだ。そうではなく、危険を評価し適切な絶縁体を用いる方が、分別のあるアプローチではないだろうか。

英語原文

参考文献

1 Matthiessen, P. (2013). Detection, monitoring and control of tributyltin – an almost complete success story. Environmental Toxicology and Chemistry 32 (3).

2 Sumpter, J.P. and Jobling, S. (2013). The occurrence, causes, and consequences of estrogens in the aquatic environment. Environmental Toxicology and Chemistry 32 (2), 249-251.

3 Draft documents for public comments | Organisation for Economic Co-operation and Development(外部サイト)