前節のような生物多様性の損失状況が認識される中、2022年12月にカナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部では、2020年までの世界目標である愛知目標の後継として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(以下「新枠組」という。)が採択されました。この新枠組の達成に向け、各国が2030年までの間に生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるために取組を推進することが求められています。
新枠組は、その検討のための公開作業部会(OEWG)や補助機関会合(SBSTTA、SBI)、さらには新型コロナウイルス感染症による影響を受けてCOP15が何度も延期される中で開催された多数のオンライン会合を通じて検討されてきました。
また、新枠組の採択に先立ち、様々な国際的な決意やイニシアティブが表明されました。2020年9月には生物多様性を主要テーマとした初めてのサミットである「国連生物多様性サミット」が開催されました。また、2021年1月には新枠組に30by30目標等の野心的な目標の位置づけを求める国々の集まりである「自然と人々のための高い野心連合(High Ambition Coalition for Nature and People)」が立ち上げられ、我が国も参加を表明しました。2021年6月に開催されたG7コーンウォール・サミットでは、首脳コミュニケの附属文書として「G7 2030年自然協約」が採択され、G7各国は新枠組の決定に先駆けて各国で30by30目標に向けた取組を進めることを約束しました。さらに2021年10月に開催されたCOP15第一部のハイレベルセグメントにおいては、新枠組の採択に向けた決意を示す「昆明宣言」が採択されました。
COP15第一部に引き続き、2022年12月にCOP15第二部がカナダ・モントリオールで開催されました。COP15第二部においても新枠組や、遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)に係る利益配分の扱い等について議論が続けられ、最終日未明、新枠組、資源動員、DSIといった主要文書がパッケージで採択されました。この採択に先立ち、我が国からは、西村明宏環境大臣が日本国代表として出席し、ハイレベルセグメントにおけるステートメントや3つのサイドイベントでのスピーチ等を通じて、2023年から2025年における1,170億円の途上国支援等を表明し、生物多様性日本基金(JBF)第2期(総額1,700万米ドル規模)の開始、経団連自然保護協議会と連携し、SATOYAMA イニシアティブに関するプロジェクト(COMDEKS)への支援(7億円規模)等、新枠組の採択に向けた我が国の取組や立場について発信しました(写真1-5-1、写真1-5-2)。また、交渉を進展させるため、15の閣僚や国際機関、NGOと会談を行い、主要議題に関する意見交換等を積極的に行いました。
新枠組では、目指すべき2050年ビジョンとして愛知目標で掲げた「自然と共生する世界」を引き続き掲げるとともに、このビジョンに関係する状態目標として4個の2050年に向けたグローバルゴールが新たに設定されました。また、2030年ミッションとして「必要な実施手段を提供しつつ、生物多様性を保全するとともに持続可能な形で利用すること、そして遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を確保することにより、人々と地球のために自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとること。」といういわゆるネイチャーポジティブが掲げられるとともに、2030年までの行動目標として30by30目標をはじめとする23個のグローバルターゲットが設定されました。
また、愛知目標では、国ごとの目標設定において大幅な柔軟性を認めたことから、国別目標の積み上げや比較が十分にできなかったという反省を踏まえ、新枠組では、23個のグローバルターゲットのうち、8個のターゲットに数値目標が設定されるとともに、2050年グローバルゴール及び2030年グローバルターゲットの進捗を測るヘッドライン指標が設定されました。また、レビュー(評価)のメカニズムが強化されており、世界目標の達成に向けた取組の進捗状況を点検する「グローバルレビュー」の実施により、必要に応じて各国における取組と貢献を向上させることが提案され、国家戦略の改定や取組においてその提案を考慮することとされました。
国家間のルールメイキングの一方で、ビジネスの世界でもルールメイキングが進んでいます。事業活動は、生物多様性の恵みによって支えられています。例えば、製品の製造・使用のために調達される原材料の多くは生物資源又は生物の働きによって生まれたものであり、世界経済フォーラムの試算では、世界のGDPの半分以上が、自然の損失によって潜在的に脅かされていると分析されています。また、事業活動は、その重要な生物多様性に影響を与えてもいます。例えば、事業を行う場所での土地の改変・利用等が当たります。一方で、事業者の有する技術や生み出す製品・サービス等が、消費者の選択行動を通じて生物多様性の保全に革新的な好影響を与える可能性もあります。このような事業活動における自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築する「自然関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Nature-related Financial Disclosures、以下「TNFD」という。)」が2021年6月に発足しました。
本タスクフォースでは、既に取組が進んでいる気候関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Climate-related Financial Disclosures、以下「TCFD」という。)に続き、TCFDと整合した形で、資金の流れをネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、反転させる)に移行させることを目的に、自然関連リスクに関する情報開示の枠組みを構築することを目指しています。
2022年3月に初版がリリースされて以降、段階的に枠組みの草案が発表されています。データ関連の知見を有する専門業者の意見を集約した自然関連データの整備や、民間企業等の参加により実施されているパイロットテストからのフィードバックを踏まえた上で、2023年9月に最終版が発出される予定です。
TNFDの議論をサポートするステークホルダーの集合体であるTNFDフォーラムが2021年9月に発足しました。2022年6月には、世界で最初に設置された6か国・地域の一つとしてTNFD日本協議会が立ち上がり、枠組み作りを支援しています。我が国からは、2023年3月29日時点で、103者が参画し(世界全体の参画者数は1,007者)、その約半分が製造業等メーカー、銀行・保険会社等金融機関が約1/4を占めています。企業は、自社の事業と自然との接点を再評価し、自社の直接的な生産の自然への影響や依存のみならず、その上流にあたるサプライチェーンにおける自然への影響の評価や、下流にあたる消費者等の商品の使用による影響の評価をした上で、生物多様性や自然への負荷削減のための適切な目標を設定し、それを情報開示する動きが強まっています。企業が経営課題の1つとして生物多様性に取り組むことで、自然への影響が低減されるとともに、自然に正の影響をもたらし、「ネイチャーポジティブ」の経済社会に近づくことが期待されています。
我が国は、国連大学と共に、2010年に愛知県名古屋市で開催されたCOP10を機に、SATOYAMAイニシアティブを提唱しました(図1-5-1)。
SATOYAMAイニシアティブは、地産地消等の持続可能なライフスタイルにより形成・維持されてきた、我が国の里地里山のような二次的な自然環境の保全と持続可能な利用の両立を目指しており、我が国で培われた経験も発信しています。本イニシアティブでは、世界各地のパートナーと共に、地域ワークショップの開催や各国の農業生態系保全プロジェクトの支援などの活動を進め、生物多様性条約ではそれまであまり重視されていなかった、二次的な自然環境の重要性に光を当てたことで、生物多様性条約締約国会議をはじめとする国際的な議論の場においても高く評価されています。
「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」の会員は、2023年2月時点で74か国・地域の298団体となっています。
生物多様性日本基金(JBF)の第2期では、新枠組実施のための途上国支援として、途上国の生物多様性国家戦略の策定・改定支援や、生物多様性保全と地域資源の持続可能な利用を進めるSATOYAMAイニシアティブの現場でのプロジェクトである「SATOYAMAイニシアティブ推進プログラム(COMDEKS)」フェーズ4を経団連自然保護協議会と連携し実施するなどにより、同枠組の達成に貢献していきます。