環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書>令和4年度 環境の状況 令和4年度 循環型社会の形成の状況 令和4年度 生物の多様性の状況>第1部 総合的な施策等に関する報告>第1章 気候変動と生物多様性の現状と国際的な動向>第1節 地球の限界と経済社会の危機

令和4年度 環境の状況
令和4年度 循環型社会の形成の状況
令和4年度 生物の多様性の状況
第1部 総合的な施策等に関する報告

第1章 気候変動と生物多様性の現状と国際的な動向

気候変動問題は今や「気候危機」とも言われていて、私たち一人一人、この星に生きる全ての生き物にとって避けることができない、喫緊の課題です。既に世界的にも平均気温の上昇、雪氷の融解、海面水位の上昇が観測され、我が国においても平均気温の上昇、大雨、台風等による被害、農作物や生態系への影響等が観測されています。

この地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、2015年にパリ協定が採択され、世界各国が世界共通の長期目標として、世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求することや、今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成することなどを合意しました。この実現に向けて、世界が取組を進めており、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げています。また、気候変動による影響は、種の絶滅や生息・生育域の移動、減少、消滅などを引き起こし、生物多様性の損失や生態系サービスの低下につながる可能性があると言われています。生物多様性は人類の生存を支え、人類に様々な恵みをもたらすものです。生物に国境はなく、我が国だけで生物多様性を保全しても十分ではありません。世界全体でこの問題に取り組むことが重要と言えます。

生物多様性と気候変動への世界的な取組は、1992年のリオサミットに合わせて採択され「双子の条約」とも呼ばれる生物多様性条約と国連気候変動枠組条約の下で進められてきました。国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)のグラスゴー気候合意では「気候変動及び生物多様性の損失という相互に結び付いた世界全体の危機並びに自然及び生態系の保護、保全及び回復が、気候変動への適応及び緩和のための利益をもたらすにあたり重要な役割を果たす」と述べられています。さらに、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の「シャルム・エル・シェイク実施計画」にも、気候変動の緩和・適応策に生態系の保護・保全・再生が果たす役割の重要性について記載されています。生物多様性の損失と気候危機の2つの世界的な課題は、現象の観点でもそれらへの対応策の観点でも正負の両面から相互に影響し合う関係にあり、一体的に取り組む必要があります。

第1章では、気候変動や生物多様性の現状及び国際的な動向を紹介するとともに、地球の限界と社会の境界から持続可能な社会の姿を論じます。

第1節 地球の限界と経済社会の危機

1 地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)

気候変動については、世界各地で様々な気象災害が発生している中、問題解決に向けた行動は不十分であり、気温上昇を1.5℃に抑えるために世界全体で更なる対策が必要です(第2節参照)。生物多様性の損失においても、気候変動による影響に加えて、地球上の種の絶滅の速度の加速、需要の増加や技術の進歩による過剰利用や、里地里山の管理不足等により生態系のバランスが崩れ、生態系サービスの恩恵を受け続けることが今後困難になる可能性が高く、それを食い止めるために適切な対策を講じる必要があります(第4節参照)。全体として、地球規模での人口増加や経済規模の拡大の中で、人間活動に伴う地球環境の悪化はますます深刻となり、地球の生命維持システムは存続の危機に瀕しています。

こうした全体像を俯瞰的に把握していくことが重要です。人間活動による地球システムへの様々な影響を客観的に評価する方法の一例として、地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)という注目すべき研究があります(図1-1-1)。この研究によれば、地球の変化に関する各項目について、人間が安全に活動できる範囲内にとどまれば人間社会は発展し繁栄できるが、境界を越えることがあれば、人間が依存する自然資源に対して回復不可能な変化が引き起こされるとされています。2015年と2022年の研究結果を比べると、種の絶滅の速度と窒素・リンの循環に加え、新たに気候変動と土地利用変化、新規化学物質が不確実性の領域を超えて高リスクの領域にあるとされました。

図1-1-1 プラネタリー・バウンダリー

このプラネタリー・バウンダリーに、水、食料、ヘルスケア、住居、エネルギー、教育へのアクセスなど、人間にとって不可欠な社会的ニーズに関する最低限の基準の充足度を示した社会の境界(ソーシャル・バウンダリー)を加えた研究があり、人間の経済の「安全な活動空間」を定義しています。ドーナツ型の図(図1-1-2)は、プラネタリー・バウンダリーとソーシャル・バウンダリーの両方を表しています。人間活動が地球の生態学的上限を超えず、人類が社会的基礎の下に落ちない領域を「ドーナツ内での生活」と言います。この領域では、well-beingに焦点を当てた経済が繁栄することができますが、現実には世界中で多くの人々がソーシャル・バウンダリー以下の状況で生活しています。

図1-1-2 「ドーナツ内での生活」(プラネタリー・バウンダリーとソーシャル・バウンダリー)

2 持続可能な社会の姿

人間活動が「ドーナツ内での生活」に収まるような持続可能な経済社会となるためには、環境・経済・社会の統合的向上を進めることが重要です。我が国が直面する数々の社会課題に対し、炭素中立(カーボンニュートラル)・循環経済(サーキュラーエコノミー)・自然再興(ネイチャーポジティブ)の同時達成を実現させることが必要です。経済、社会、政治、技術すべてにおける横断的な社会変革は、生物多様性の損失を止め、反転させ、回復軌道に乗せる「自然再興」に必要であり、循環経済の推進によって資源循環が進めば、製品等のライフサイクル全体における温室効果ガスの低減につながり炭素中立に資するなど、相互の連携が大変有効であると言えます。

我が国全体を持続可能な社会に変革していくにあたり、各地域がその特性を生かした強みを発揮しながら、地域同士が支え合う自立・分散型の社会を形成していくことで、我が国全体を持続可能な社会に変えていく必要があります。そして、そこで暮らす一人一人のライフスタイルが持続可能な形に変革されていくとともに豊かさを感じながら活き活きと暮らし、地域が自立し誇りを持ちながらも、他の地域と有機的につながる地域のSDGs(ローカルSDGs)を実現することにより、国土の隅々まで活性化された未来社会が作られていくことが重要です。

第五次環境基本計画には、物質的豊かさの追求に重きを置くこれまでの考え方、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式を見直し、豊かな恵みをもたらす一方で、時として荒々しい脅威となる自然と対立するのではなく、自然に対する畏敬の念を持ち、自然に順応し、自然と共生する知恵や自然観を培ってきた伝統も踏まえ、情報通信技術(ICT)等の科学技術も最大限に活用しながら、経済成長を続けつつ、環境への負荷を最小限にとどめ、健全な物質・生命の「循環」を実現するとともに、健全な生態系を維持・回復し、自然と人間との「共生」や地域間の「共生」を図り、これらの取組を含め「脱炭素」をも実現する循環共生型の社会(環境・生命文明社会)を目指すことが重要であるとしています。

さらに、現状を鑑みると、大量生産・大量消費・大量廃棄型ではなく、森林、土壌、水、大気、生物資源等、自然によって形成される資本(ストック)である自然資本をはじめとするストックの水準の向上と、地上に存在する使用済の地下資源や再生産可能な資源、つまり地上資源の活用促進を通じて、健全で恵み豊かな環境が地球規模から身近な地域にわたって保全され、将来世代にも継承できることが重要です。その上で、国民一人一人が明日に希望を持てる社会が、私たちの目指すべき持続可能な社会の姿であると言えます。

第2節以降で具体的な内容を論じていきます。