環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第4節 世界と我が国の生物多様性の現状と科学的知見から考察する生物多様性の損失

第4節 世界と我が国の生物多様性の現状と科学的知見から考察する生物多様性の損失

気候変動対策と一体的に取り組むべき地球環境課題として、生物多様性保全があります。生物多様性は、食料や水、気候の安定等、私達の暮らしに欠かせない様々なサービスをもたらしています(これを「生態系サービス」といい、「自然の寄与」とも呼ばれています)。しかし、生物多様性や生態系サービスは、人間活動により世界的な悪化が続いています。例えば、2020年までの生物多様性に関する世界目標「愛知目標」についても、20の個別目標のうち6つの目標が部分的に達成されたに留まっています。

1 世界の生物多様性の現状

豊かな生物多様性に支えられた生態系は、人間が生存するために欠かせない安全な水や食料の供給に寄与するとともに、自然と触れ合うことで生まれる身体的・心理的経験や発想(インスピレーション)のもとになるなど、良質な生活を支えています。しかし、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)が2019年に公表した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」では、人間活動の影響により、過去50年間の地球上の種の絶滅は、過去1,000万年平均の少なくとも数十倍、あるいは数百倍の速度で進んでおり、適切な対策を講じなければ、今後更に加速すると指摘しています(図1-4-1、図1-4-2)。加えてIPBESが2022年に公表した「野生種の持続可能な利用に関するテーマ別評価」報告書では、世界で何十億もの人々が、食料、医薬品、エネルギー、収入等の目的で約5万種の野生種を利用しているものの、気候変動、需要の増加や技術の進歩により、野生種の持続可能な利用が今後困難になる可能性が高いと指摘しています(図1-4-3)。

図1-4-1 1500年以降の絶滅
図1-4-2 1980年以降の生存種の減少
図1-4-3 2000年から現在までの野生種の利用と持続可能な利用に関する世界的傾向

2 我が国の生物多様性の現状

環境省が2021年に取りまとめた「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021(JBO3)」によれば、我が国の生物多様性は過去50年間損失し続けています。例えば、農地や森林、干潟等の減少や環境の変化等、生態系の規模や質の低下が継続しているとともに、その環境に生息・生育する生物の種類や個体数が減少傾向にあることが指摘されています。また、農地や水路・ため池、農用林等の利用が減り、里地里山などの人間の働きかけを通じて形成されてきた自然環境も喪失・劣化しています。一方、都市公園面積の増加や、赤潮発生回数の減少等、都市や沿岸域等の一部の生態系では改善も見られます。

また、JBO3では、生態系サービスの状態も過去50年間で劣化傾向にあると指摘しています。私たちの暮らしは様々な自然の恵みによって物質的には豊かになった一方、自然から得られる食料や木材等の供給サービスの多くが過去と比較して低下しています。また、私たちの健康に関わる大気汚染や水質汚濁は法規制等により過去50年間で大幅に改善された一方、生態系による大気や水質の浄化などの調整サービスについては過去20年間で横ばいか低下傾向にあるとされています。このほか、自然と共生する暮らしの中で形成してきた文化や生活習慣につながる文化的サービスは、過去50年間の産業構造の変化や地方の過疎化・高齢化に伴う担い手の減少とともに大きく減少しています。

3 生物多様性の損失要因・移行の必要性

前述のIPBES地球規模評価報告書では、生物多様性の損失を引き起こす直接的な要因を、影響が大きい順に[1]陸と海の利用の変化、[2]生物の直接的採取、[3]気候変動、[4]汚染、[5]外来種の侵入、と特定しました。こうした直接的な損失要因は、社会的な価値観や行動様式がもたらす生産・消費パターンや制度、ガバナンスなどといった間接的な要因によって引き起こされると述べています。そして、愛知目標と同時に決められた生物多様性の長期目標である2050年ビジョン「自然との共生」の達成のためには、経済、社会、政治、技術全てにおける横断的な「社会変革(transformative change)」が必要であると指摘しています。これは社会のあらゆる側面において前例のない移行が必要とされる気候変動対策と軌を一にするものです。

2020年に生物多様性条約事務局が公表した「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」では、2050年ビジョン「自然との共生」の達成に向けて、生物多様性損失の要因への対応や保全再生の取組に加え、気候変動対策や持続可能な生産と消費などの様々な分野の取組を連携させていくことが必要と指摘しています(図1-4-4)。

図1-4-4 生物多様性の損失を減らし、回復させる行動の内訳

また、2022年にIPBESが公表した「自然の多様な価値と価値評価の方法論に関する評価」報告書では、人々の自然に関する価値観は多様であるにもかかわらず、多くの政策では狭い価値(例えば、市場取引で評価される自然の価値)のみを優先した結果、自然や社会、将来世代を犠牲にしてきたと評価しています。また、先住民及び地域社会の世界観に関連する価値をしばしば無視してきたと評価しています。さらに、昨今の生物多様性の減少傾向を反転するためには、その背景にある人間社会のあり方、特に経済価値ばかりに重きを置いてしまいがちな私たちの価値観を問い直す必要があると指摘しています(図1-4-5)。

図1-4-5 自然が持つ多様な価値観が、持続可能性に向けた複数の経路を支える

4 気候変動と生物多様性の相互の関連

愛知目標の達成状況を評価した地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)では、2050年ビジョン「自然との共生」の達成に向けて、「今まで通り(business as usual)」からの移行が必要となる8分野を挙げており、このうちの1つが持続可能な気候変動対策となっています。GBO5では、気候変動の規模と影響を低減するために自然を活用した解決策(NbS)を適用することを指摘しています。また、2020年に開催されたIPBESとIPCCとの合同ワークショップでは、生物多様性の保護と気候変動の緩和、気候変動への適応の間の相乗効果とトレードオフがテーマとして取り上げられました。

2021年に公表された同ワークショップ報告書では、気候と生物多様性は相互に関連しており、生態系の保護、持続可能な管理と再生のための対策が気候変動の緩和、気候変動への適応に相乗効果をもたらすこと、さらに、気候、生物多様性と人間社会を一体的なシステムとして扱うことが相乗効果の最大化やトレードオフの最小化に効果的であると指摘しています。例えば、森林による炭素吸収の他、藻場、干潟等の炭素を固定する機能がブルーカーボン生態系として注目され、また、湿地による洪水緩和や、緑地による雨水浸透などの機能は気候変動への適応において重要な役割を果たします。一方、再生可能エネルギー発電設備の導入による森林伐採などの周辺の自然環境の改変や、バードストライク等により生物多様性に悪影響が生じるなど、気候変動対策と生物多様性保全の間にトレードオフが生じる場合もあります。

これらを踏まえ、後述の世界目標においても、気候変動対策による生物多様性への影響をプラスに向上させること、また自然を活用した解決策等を通じて気候変動による生物多様性への影響を最小化させることといった目標が盛り込まれました。