環境問題には国境が無く、地球規模での対処が必要であることから、これまで、様々な制約や国際的な危機に見舞われながらも、環境問題に関する多国間の合意形成が進められてきました。また、気候変動は、2022年12月に閣議決定された国家防衛戦略では、人類の存在そのものに関わる安全保障上の問題であり、気候変動がもたらす異常気象は、自然災害の多発・激甚化、災害対応の増加、エネルギー・食料問題の深刻化、国土面積の減少、北極海航路の利用の増加等、我が国の安全保障に様々な形で重大な影響を及ぼします。地球規模での環境問題が深刻化する中で、我が国が持つ優れた環境技術・インフラや、それを支える考え方、システム、人材等は、世界の環境問題の改善に大きく貢献しうるものとされています。これらが世界で広く採用されるためには、多国間環境条約や各条約下の各種ガイドライン等の国際的なルールの在り方が決定的に重要であり、この観点を含め、国際的なルールの形成への積極的関与が求められます。
また、欧米各国では、ロシアによるウクライナ侵略を契機として、国家を挙げて発電部門、産業部門、運輸部門、家庭部門等における脱炭素投資を支援し、早期の脱炭素社会への移行に向けた取組が更に加速しています。我が国においても、企業において気候変動が経営上の重要課題と捉えられるようになった現在、カーボンニュートラル実現に向け、より一層の脱炭素化事業への転換が求められています。
2023年4月、我が国が議長国として、G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合を開催しました。気候変動、生物多様性の損失、汚染の3つの世界的危機に加え、エネルギー危機、食糧安全保障、経済影響、健康への脅威に直面していることを確認し、包摂的かつ社会・環境面で持続可能な経済成長とエネルギー安全保障を確保しながら、グリーン・トランスフォーメーションを世界的に推進及び促進し、ネットゼロ、循環経済、ネイチャーポジティブ経済の統合的な実現に向けて協働することを確認しました。また、これらの対策を加速させるにあたり、シナジーを強化し、すべてのセクター、すべてのレベルでの緊急かつ強化された行動を求めることで一致しました。さらに、資金の流れを気候・環境に関する我々の目標に整合させる必要性、バリューチェーン全体を変革していくこと、自然資本、気候変動や資源効率性に関する情報を開示する必要があることも確認しました。プラスチックについては、プラスチック汚染を終わらせることにコミットするとともに、2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする野心を掲げました。気候変動では、2030年NDC及び長期戦略が1.5℃の道筋と2050年ネットゼロ目標に整合していない締約国、特に主要経済国に対し、可及的に速やかに、かつCOP28より十分に先立って目標を再検討及び強化し、長期目標を更新し、2050年までのネットゼロ目標にコミットするよう呼びかけました。また、全ての締約国に対し、COP28において、世界のGHG排出量を直ちに、かつ遅くとも2025年までにピークアウトすることにコミットするよう求めました。その他、世界規模での取組の一環として、遅くとも2050年までにエネルギーシステムにおけるネットゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させるという我々のコミットメントを強調し、他国に対して同様の行動を取るために我々に加わることを要請しました。また、ロシアによるウクライナに対する侵略戦争を非難するとともに、これが及ぼす、環境も含めた破滅的な影響への憂慮、及びウクライナのグリーン復興に向けて協力する用意があることを示しました。
新興国を含むG20でも、2022年11月のG20バリ・サミットにおいて、今世紀半ば頃までに世界全体でネット・ゼロ又はカーボンニュートラルを達成するとのコミットメントを改めて確認しました。
2022年11月にエジプト・シャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27は、2021年に開催されたCOP26の全体決定である「グラスゴー気候合意」をはじめとする成果を受け、パリ協定のルール交渉から目標達成に向けた本格的な「実施」に向けたCOPとして、開催されました。冒頭、議長国エジプトの主催による「シャルム・エル・シェイク気候実施サミット」が開催され、エルシーシ・エジプト大統領、2023年のCOP28の議長国を務めるアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領等の各国首脳やグテーレス国連事務総長から、喫緊の課題である気候変動に対し、各国が緊急的に対策を実施していくことの重要性等が指摘されました。
我が国からは、西村明宏環境大臣が出席し、閣僚級セッションにおいてスピーチを行いました(写真1-3-1)。
西村明宏環境大臣は、温室効果ガスの排出を削減する緩和策の重要性をCOPの全体決定に盛り込むべきであること、また、2030年までの排出削減に向けた野心と実施を向上するための「緩和作業計画」を採択すべきであることを呼びかけました。さらに、気候変動の悪影響に伴う損失と損害(ロス&ダメージ)に対する技術支援等を包括的に提供する「日本政府のロス&ダメージ支援パッケージ」を発表する等、我が国の気候変動分野での取組の発信も行いました。
そのほか、西村明宏環境大臣は、21か国・地域の閣僚級及び代表と二国・二者間会合を行い、決定の採択に向けた提案や議論を行ったほか、ウクライナ、UAE、カナダ、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局と協力に関する覚書に署名する等、精力的に交渉を行いました(写真1-3-2)。
最終的には、COP27の全体決定として「シャルム・エル・シェイク実施計画」が決定され、同計画では、COP26での「グラスゴー気候合意」の内容を踏襲しつつ、緩和、適応、ロス&ダメージ、気候資金等の分野で、全締約国の気候変動対策の強化を求める内容が盛り込まれました。特に緩和策としては、パリ協定の1.5℃目標に基づく取組の実施の重要性を確認するとともに、パリ協定に整合的なNDCを設定していない締約国に対して、目標の再検討・強化を求めることが決定されました。
また、「緩和作業計画」の策定、パリ協定第6条の協力の実施に必要となる事項についての決定、ロス&ダメージへの技術支援を促進する「サンティアゴ・ネットワーク」の完全運用化に向けた制度的取決めについての決定、特に脆(ぜい)弱な国を対象にロス&ダメージへの対処を支援する新たな資金面での措置を講じること及びその一環として基金の設置等が決定されました。
COP27の会場内に環境省が設置した「ジャパン・パビリオン」においては、13件の我が国の企業等による脱炭素や気候変動適応技術等の展示を行うとともに、43件のセミナーの開催等を通して国内外の脱炭素移行に資する技術や取組等を積極的に発信し、我が国の取組をアピールしました(写真1-3-3)。さらに、ウェブサイト上で21の企業等がヴァーチャル展示を行いました。
我が国が主導するイニシアティブの一つとして、パリ協定6条ルールの理解促進や研修の実施等、各国の能力構築を支援する「パリ協定6条実施パートナーシップ」を立ち上げました。本パートナーシップでは、各国や国際機関等と連携しつつ、パリ協定6条に沿った市場メカニズムを世界的に拡大し、質の高い炭素市場を構築することで、世界の温室効果ガスの更なる削減に貢献していきます。
2020年12月に公表された気候変動影響評価報告書によれば、気候変動と安全保障の関係について、世界規模では、気候変動が引き起こす農業生産量の変動や食料価格の高騰、農業への影響や災害による経済成長の低下、環境難民の流入等が紛争リスクの要因の一つとなっている可能性があることが示唆されています。気候変動が安全保障に及ぼす具体的な影響として、欧米等では気候変動に伴う紛争リスクについて多数の学術論文が公表されています。また、気候安全保障に関する報告や、気候変動に伴うアジア・太平洋地域における影響を踏まえた外交政策の分析等も報告されています。我が国への影響についても、夏季に北極海の氷が融けることにより、北極海航路の産業利用が可能となる一方で、多数の国が同航路を利用して北極圏に進出することによる我が国の安全保障への影響を懸念する報告があります。
これらの懸念への対応として、近年、欧米を中心に水不足、干ばつ、砂漠化、土壌の劣化、食料不足等、気候変動による安全保障への負の影響を指摘するなど、気候変動を安全保障上の実体的な課題として積極的に扱う姿勢が見られています。我が国でも、防衛省が2022年8月に防衛省気候変動対処戦略を公表し、災害の激甚化・頻発化、地政学リスクの増大など気候変動が我が国の安全保障に与える影響を挙げた上で、直接的・間接的な影響に的確に適応・対応することや、カーボンニュートラルへの対応も含めた目標を掲げ、今後、防衛省・自衛隊が戦略的に取り組んでいくべき各種施策の基本的な方向性を示しました。さらに、2022年12月に閣議決定した国家安全保障戦略においても、気候変動が様々な形で我が国の安全保障に重大な影響を及ぼすとの認識の下で、具体的な取組として、脱炭素社会の実現に向けた取組や、気候変動が国際的な安全保障環境に与える影響を最小化すべく島嶼(しょ)国をはじめとする途上国等に対する支援を行うことが盛り込まれました。