環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>第3章 地域や私たちが始める持続可能な社会づくり>第1節 持続可能で強靱な地域づくり

第3章 地域や私たちが始める持続可能な社会づくり

私たちの暮らしは、森里川海からもたらされる自然の恵み(生態系サービス)に支えられています。かつては、自然から得られる資源とエネルギーが地域の衣・食・住を支え、資源は循環して利用されていました。それぞれの地域では、地形や気候、歴史や文化を反映し、多様で個性豊かな風土が形成されてきました。そして、地域の暮らしが持続可能であるために、森里川海を利用しながら管理する知恵や技術が地域で受け継がれ、自然と共生する暮らしが営まれてきました。

しかし、戦後のエネルギー革命、工業化の進展、流通のグローバル化により、私たちの暮らしは物質的な豊かさと便利さを手に入れ、生活水準が向上した一方で、自然の恵みにあまり頼らなくてもすむ暮らしに変化していく中で、人口の都市部への集中、開発や環境汚染、里地里山の管理不足による荒廃、海洋プラスチックごみ、気候変動問題等の形で持続可能性を失ってしまいました。そして、持続可能性を失った社会は、新型コロナウイルス感染症に対しても脆(ぜい)弱であることが明らかとなりました。

国全体が持続可能な社会となるためには、各々の地域が持続可能である必要があります。また、地域が持続可能であるためには、一人一人のライフスタイルが持続可能な形に変革されていく必要があります。すなわち、Well-beingの観点から人々が健康で幸福感を感じながら活き活きと暮らし、地域が自立し誇りを持ちながらも、他の地域と有機的につながることにより、国土の隅々まで豊かさが広がっていく未来社会につながっていきます。

第1節 持続可能で強靱な地域づくり

1 地域循環共生圏

地域循環共生圏は、自分たちの足元にある地域資源を活用し、環境・経済・社会を良くしていくビジネスや事業といった形で社会の仕組みに組み込むとともに、例えば都市と農村のように地域の個性を活かして地域同士で支え合うネットワークを形成していくという、「自立・分散型社会」を示す考え方で、2018年に閣議決定された第五次環境基本計画で提唱されました。地域循環共生圏では、地域が抱える様々な課題を、環境を切り口に統合的に解決することや、パートナーシップのもとで実現していく考え方であるため、ローカルSDGsを実践していく取組でもあります(図3-1-1)。

図3-1-1 地域循環共生圏の概念と地域循環共生圏を目指す取組

また、世界では脱炭素や資源循環、自然共生などの環境問題を個別に取り組んでいる都市が多い中で、地域循環共生圏はそれらの問題を経済・社会にも内包しつつ統合的に対応する点で、2019年6月のG20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合を始めとした国際会議の場などにおいて、海外からも評価を受けています。

2 地域循環共生圏を目指す取組

地域循環共生圏の創造には、様々なセクターに果たす役割があります。まずは、地域循環共生圏を提唱した環境省の取組について紹介します。

(1)地域循環共生圏づくりプラットフォーム

地域循環共生圏を創造していくためには、環境・経済・社会の統合的向上を実現する事業を生み出し続けることと、そのために必要となる地域の核となるステークホルダーの組織化が必要となります。環境省では2019年度より、「環境で地方を元気にする地域循環共生圏づくりプラットフォーム事業」を実施し、ステークホルダーの組織化を支援する「環境整備」と、事業の構想作成を支援する「事業化支援」を行っています。2020年度も新たに公募を行い、2019年度より継続した団体と合わせて、32地域を選定し、地方環境事務所や地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)、全国8か所に設置されている地方環境パートナーシップオフィス(EPO)、一般財団法人沖縄県公衆衛生協会が伴走支援する中で取組を進めました。

地域循環共生圏の創造に取り組む地域を支援する仕組みとして、環境省では「地域循環共生圏づくりプラットフォーム」を2019年度から運用しています。本プラットフォームでは、先行して取り組む地域や関係省庁の補助制度等の「情報提供」、地域課題の解決に貢献する環境技術や地域循環共生圏を創造するための協働の仕方等を「学ぶ」機会の提供、地域循環共生圏の創造に取り組む地域同士や、地域との協働を望む企業等との「マッチング」の機会の提供、ESG地域金融による事業化の支援に向けた検討等を行うことで、全国各地におけるローカルSDGsの実践を一層加速させています。

(2)グッドライフアワード

環境省が主催するグッドライフアワードは、日本各地で実践されている「環境と社会によい暮らし」に関わる活動や取組を募集し、表彰することによって活動を応援するとともに、優れた取組を発信するプロジェクトです。国内の企業・学校・NPO・自治体・地域・個人を対象に公募し、有識者が選考して「環境大臣賞」「実行委員会特別賞」を決めています。2013年度から始まり、2020年度第8回は193件応募があり、計28の取組を表彰しました。今後は、受賞した取組を様々な場面で発信していきます。また、受賞した団体間等のパートナーシップを強化し、地域循環共生圏の創造につなげていきます。

事例:荒れた山林を児童養護施設の子供たちと伐り拓いて里山づくり~自らの力でふるさとを作り上げる試み~(NPO法人東京里山開拓団)

第8回グッドライフアワードで環境大臣賞最優秀賞に輝いたNPO法人東京里山開拓団は、虐待や貧困等により親から離れて暮らす児童養護施設の子供たちと共に、東京周辺の荒れた山林を手作業で伐り拓きつつ、自然の恵みを生かしてふるさとを作り上げており、里山保全と児童福祉の両輪の活動として注目されています。三つの児童養護施設との里山開拓は9年で68回、延べ400名を超える子供たちが参加しています。数十年放置され、入る人もいなかった山林は、「家みたいなところ」「自由な世界」(児童)、「いつか里山を児童養護施設にしたい」(職員)というほど魅力的な里山に変わっています。

さらに、企業向け里山研修事業や日本の里山紹介サイト運営にも取り組んでおり、施設退所者の自立支援、寄付・助成に頼らない運営モデルづくりも推進しています。

今後は、里山保全団体、子供支援団体、企業等との連携を拡げて、児童養護施設との里山開拓のような荒れた山林の社会的活用を全国に展開していく計画です。

間伐した木を活用した手作業による開拓の様子
(3)地域循環共生圏の推進のための指標の検討

地域循環共生圏の創造を推進するためには、地域ごとの課題や目指すべき方向性を地域の関係者で自ら定めることが重要です。他方、こうした課題や方向性を設定する上で、その作業を簡易に行えるようにすることや、自らの地域の状況を他地域と比較できるようにすることも重要です。環境省では、2020年度から「地域循環共生圏創造の推進のための総合評価指標検討事業」を実施しており、地域循環共生圏の創造に関係する既存指標の収集・整理、評価に最適な指標(群)の在り方を検討し、これらを活用して地域循環共生圏の創造に関する政策立案を容易にするためのツールについて検討を開始しています。

検討の中では、地域ごとのライフスタイル、現状の生活や今までの人生についての満足度、満足度を高めるために重要と考える項目・要素に関するアンケート調査等を行っており、地方圏の人口規模が小さい地域ほど若い世代の満足度が低いといった特徴のある結果が得られています。今後、こうした地域の現状と既存指標の関係を分析し、地域の環境・経済・社会の客観的状況を俯瞰(ふかん)しながら人々のライフスタイルや満足度を改善するための方策を、分かりやすく提示できる政策立案支援ツールを作成し、2021年度中の公開を目指しています。

(4)地方創生に関する取組

最後に、地方創生の観点における持続可能な社会の構築に向けた取組について紹介します。

内閣府では、ポストコロナ時代においては、環境・経済・社会の三側面から統合的に持続可能なまちづくりを目指す、SDGsを原動力とした地方創生の推進が重要と考えています。

地方公共団体における優れたSDGsの取組を「SDGs未来都市」として選定し、その中で特に優れた先導的な取組に対しては「自治体SDGsモデル事業」として財政面の支援も行いながら、先行事例の普及展開・国内外への情報発信を行っています。また、地域課題の解決に向けて、民間企業等の参画を促進し、官民連携を推進する「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」を立ち上げ、マッチング事業や分科会の活動等を引き続き実施します。

さらに、「地方創生SDGs金融」を通じた自律的好循環を形成するため、地方公共団体が地域課題の解決等に取り組む地域事業者等の取組を可視化する登録・認証等制度の展開を目的とした「地方創生SDGs登録・認証等制度ガイドライン」を2020年10月に取りまとめ、公表しています。

3 各地で取り組まれている地域循環共生圏づくり

地域循環共生圏という言葉は、2018年に誕生した比較的新しいものではありますが、地域の資源を活かした自立・分散型の社会づくりの取組は、一部地域では以前より、自治体・事業者・NPO・市民等が進めています。

基本的な進め方は、地域の自然資本が生み出す資源等や、使われなくなった資源を活用することにより、地域外に流出しているお金を減らし、地域外からお金を獲得することです。そしてお金を域内で何度も循環させることによって地域の経済基盤をつくることです。

(1)再生可能エネルギーの導入

地域外に流出しているお金の代表は、エネルギー代金です。財務省貿易統計によると、我が国の鉱物性燃料の輸入額は2019年の1年間で約17兆円に上ります。これは日本の自治体で最大予算規模の東京都の2020年度予算総額(2020年1月時点)の約15兆円より多く、多大なお金が日本から海外へ流出していることを表しています。

また、地域エネルギー会社の設立等を通じ、エネルギーを地産地消するとともに、外部に売電することができれば、エネルギー収支を改善して地域経済に好循環をもたらすことが期待できます。

また、自立・分散型のエネルギーは災害時の心強い備えとなります。2018年9月に発生した、北海道胆振東部地震におけるブラックアウトや、2019年9月の令和元年房総半島台風によって起こった大規模停電等、近年は気候変動により災害の激甚化が予見される中で、災害時における地域内でのエネルギー確保は、地域にとって重要な課題です。

事例:災害発生時の停電におけるエネルギー供給(CHIBAむつざわエナジー)

CHIBAむつざわエナジーは、千葉県睦沢町に整備された町営住宅と道の駅等で構成される「むつざわスマートウェルネスタウン」に太陽光発電、太陽熱、ガスコージェネレーションを導入し、防災拠点であるスマートウェルネスタウンの防災性向上、低炭素なエネルギーの供給及びエネルギーコストの削減などを実施しています。また、全国でも珍しい国産天然ガスを活用して、ガスエンジン発電を行い平常時・非常時の電源とするとともに、発電時に発生する排熱を利用して天然ガス採取後の地下水を加温し温泉利用することにより、水溶性天然ガスの地産地消も行っています。

令和元年房総半島台風による強風で発生した同町全域を含む大規模停電時でも、電線の地中化を行っていたため、電線にほとんど影響がなく、町営住宅と道の駅の重要設備への電気を供給するなど、自立したエネルギー供給を行いました。停電時に周辺住民に温水シャワーとトイレを無料開放し、1,000名以上が利用するなど防災拠点として大きな役割を果たしました。

むつざわスマートウェルネスタウン、停電時の電力供給

事例:ゼロカーボンシティの世田谷区と十日町市との電力連携(東京都世田谷区)

2020年11月24日に、日本初となるゼロカーボンシティ同士の電力連携協定が実現しました。

東京都世田谷区は、新潟県十日町市と「十日町市と世田谷区における自然エネルギー活用を通じた連携・協力協定」を締結しました。この協定により、日本三大薬湯として知られ、温泉総選挙2020で環境大臣賞を受賞した「松之山温泉」の「鷹の湯3号源泉」(十日町市所有地)を活用した地熱発電による電気が世田谷区民や公共施設に供給されることになります。この地熱エネルギーの活用が特徴であり、自治体間連携による大都市への電力供給としては日本初の例になります。

また、住宅都市である東京都世田谷区は都市部の自治体として、自然が豊かでエネルギーの資源が豊富な地域との自治体間連携を進めており、これまで群馬県川場村(バイオマス)・青森県弘前市(太陽光)・長野県(水力)から自治体産のエネルギーが供給されています。

いずれもエネルギーの連携のみではなく、住民同士の交流などの地域交流・連携にも広がっています。一例として、供給される自然エネルギーや交流自治体の魅力を紹介するための動画「えねたんと学ぼう!せたがやと交流自治体のエネルギーのつながり」を作成し、世田谷区公式YouTubeチャンネルで配信しています。

世田谷区では、今後、新たな自治体との連携を進めるため、幅広い自治体が様々な発電事業や新たな連携に取り組むための意見交換を行う場づくりを進めるとともに、将来的に都市と地方とのエネルギーの地域間連携を進める際のヒントを提供する役割を果たすことを目指して「自然エネルギー活用による自治体間ネットワーク会議」を開催しています。

十日町市と世田谷区との連携イメージ

地域で再生可能エネルギーを作る動きがますます活発化する中、RE100宣言事業者で自社が培ってきた知見をもとに、2050年カーボンニュートラルを目指す自治体等を総合的に支援し始めています。様々な属性のプレイヤーと協働することは、SDGsの目標17に掲げられている「パートナーシップ」の姿そのものです。

事例:地域に合わせた脱炭素社会を共に創り上げる(リコー、リコージャパン)

リコーは2017年に日本企業で初めてRE100に参加し、事業運営に必要な電力を2050年に100%再生可能エネルギーで賄うことを目指しています。また、2020年アジア地域唯一のRE100アドバイザリー委員に就任しました。

リコーは、2019年にA3複合機の組立生産に使う全ての電力を再生可能エネルギー化し、環境事業開発センター(静岡県御殿場市)では、小水力発電や木質バイオマス熱利用システムを自ら運用しています。また、販売会社のリコージャパンは、2019年の岐阜支社のNearly ZEB(ニアリー ゼブ)取得を皮切りに、社屋のZEB(ゼブ)化や社有車のEV化を推進しています。

リコーは、これら社内実践で得た知見(失敗も含め)を軸に、脱炭素社会の実現に向けた省エネルギー・再生可能エネルギー事業を展開しています。例えば「事業所で使うエネルギーを減らし、再生可能エネルギー利用を増やしたい」という要望には、エネルギーの可視化を行い、エネルギーを減らす・創るという観点から方策決定を支援し、「地域に賦存する自然エネルギーを有効活用したい」という要望には、再生可能エネルギー導入に向けた計画づくりから伴走型の支援を提供しています。

また、御殿場市とのエコガーデンシティ構想、京都市・京都大学他との京都産学公SDGsプロジェクト(京都超SDGsコンソーシアム)、佐賀市との地域循環共生圏づくり等、地域と共にローカルSDGs実践の輪を広げています。

佐賀市との「地域循環共生圏」に関する連携協定締結

事例:エネルギーの地産地消でエコリゾートに(一般社団法人でんき宇奈月)

一般社団法人でんき宇奈月は、富山県黒部川の電源開発を背景に1923年に開湯された宇奈月温泉にある、観光客減少等の地域課題解決のため、地元企業や商工会議所・旅館組合等が2010年に立ち上げた組織です。まちづくりにおいては、「地域の歴史を踏まえること、地域資源を生かすことが大事」と考え、宇奈月温泉を先進的なエコ温泉リゾートとして観光客誘致を促進するとともに、エネルギーの地産地消により自立した地域づくりを推進するため、様々な取組を実践しています。

宇奈月温泉には、黒部峡谷沿いの水資源、温泉地熱、山間地の流木や未利用間伐材といった豊富な地域資源があるため、温泉街を流れる水路の小さな流れを利用した小水力発電を行い、発電した電気エネルギーを使って温泉街を周遊する低速電気バスを運行し、各施設の送迎車による駅前の混雑の解消となりました。

そのほか、未利用温泉熱を利用した無散水融雪システムや、流木等を利用し福祉施設とも連携する薪ボイラー等を導入しています。

今後は自分たちの知見を活用し、交通網がない他の中山間地域における再生可能エネルギーの活用と低速電気バス運行で、高齢者の移動手段となる交通手段の提案を行っていきたいと考えています。

Eコミバス(低速電気バス)、小水力発電

事例:電気自動車特化型のカーシェアリングサービス(湘南電力、REXEV)

小田原市は、東日本大震災時の計画停電による食品産業が受けた影響から、再生可能エネルギーの導入促進と災害に強いエネルギー源の分散化と利用の効率化を進めています。地元で起業した湘南電力とREXEVが協働して小田原市内で電気自動車(EV)のシェアリングサービスを2020年6月より実証開始しました。

湘南電力は地元企業が作った太陽光発電所から再生可能エネルギー由来の電気を調達し、REXEVは電気自動車(EV)や蓄電池を活用したe-モビリティーサービスを提供し、小田原市は充放電機器を駅前施設、民間事業所、市役所等に設置することで、官民連携によるEVシェアリングサービスによる脱炭素型地域交通モデルの構築に取り組んでいます。

このモデルでは、地産の再生可能エネルギー由来の電気を充電した電気自動車(EV)を、地域内の様々な用途に活用することにより、地域内の人的・経済循環を目指しています。また、車両が稼働していない時間帯は蓄電池として遠隔制御を行うことで、エネルギーマネジメントに活用しています。将来的には地域の調整力として活用することで、再生可能エネルギーの導入余力を向上させることを目指しています。

移動の脱炭素化を実現し、再生可能エネルギーの需要を創出するとともに、災害時には、電気自動車(EV)の蓄電池に蓄えられた電気を活用することができ、地域の防災機能の強化につながることも期待されます。

2021年3月末で、小田原市を中心に27か所で47台の電気自動車(EV)が運営されており、サービスの会員数は800名を超えています。

EVシェアリングサービスによる脱炭素型地域交通モデルのイメージ
(2)地域産品の販売で環境・社会面の課題を解決

2010年12月に地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律(平成22年法律第67号)が施行され、農林漁業者の所得向上を目指す取組として生産に加え、加工・販売も一体的に行うことにより付加価値を高めることを目的とした6次産業化が全国各地で数多く取り組まれるようになりました。

6次産業化の中でも、地域課題の解決や、環境に配慮した活動につながり、かつ地域内にお金が循環する取組は、地域循環共生圏を創る取組と言えます。

次に紹介する事例は、地域産品の販路に困っていた農業生産者を支援するだけでなく、生産者が地域の消費者や商工業者等と交流する拠点を作ることにより、地産地消、地域に利益還元する仕組みを作り出しました。

事例:活力ある地域ブランドを総合的にプロデュース(ファーマーズ・フォレスト)

ファーマーズ・フォレストは、栃木県宇都宮市を拠点とする地域商社です。農業の本質と向き合い(ものづくり)、食農教育(ひとづくり)や観光と流通の融合(まちづくり)による、地域に根差した経済活性の仕組みをつくり、全国に発信しています。

例えば、宇都宮市農林公園「ろまんちっく村」では、第三セクター解体後の受け皿として2008年に指定管理者となり、多くの地元農産加工品や特産品の販路が狭く売上に結び付かない地域課題解決のため、農林公園を2012年「道の駅うつのみやろまんちっく村」として道の駅化し、生産者が消費者や商工業者等と交流する拠点にし、地域に利益還元する仕組みを作りました。

ファーマーズ・フォレストグループの事業戦略概念図

また、道の駅化以降も、箱モノの充実よりも集客のための装置、日常と観光の両面での交流を生み出す仕組みづくりに注力し、2012年に第二種旅行業に登録して地域課題解決型の着地型旅行の企画運営を始め、農業及び製品加工、販売物流、消費喚起というバリューチェーンを作りました。さらに地域を超えた横展開や連携を通じ、自走する地域経済好循環を生み出す「セルモーター」として様々な地域をつなぎ広域ローカル経済圏の組成を目指した取組を実践しています。

また、新たな地域産物を育て、商品開発・販売することにより、環境や地域社会の課題の解決につなげている事例を紹介します。

事例:オーガニックコスメの販売促進を通じて絶滅危惧種の保存と限界集落の活性化を目指す(みんなの奥永源寺)

みんなの奥永源寺は2018年4月より、紫草(ムラサキ)から取れる紫根(シコン)を使ったオーガニックコスメ「MURASAKIno ORGANIC」を販売しています。

紫草は万葉集で読まれていたほどの日本古来の植物ですが、暑さに弱く、かつ発芽率3%、収穫率5%と生存率が低く、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧IB類(EN)に指定されています。滋賀県東近江市は「市の花」でもある紫草の栽培研究を地元の農業高校に依頼した結果、東近江市街地より平均気温で約2.7℃低い、冷涼な「奥永源寺地域」が栽培に適していることが分かりました。

しかし、紫草は強い連作障害があり、一度植えると5年間は同じ畑で栽培ができないため、みんなの奥永源寺では、毎年500m2ほどの耕作放棄地を開墾し、地域の人たちと耕作放棄地の再生を行っています。

さらに、古来より作られてきた「政所茶」、伝統工芸を担う「木地師」という地域文化を紹介するツアーを開催して、限界集落への来訪者を増やしています。みんなの奥永源寺は、「人」と「環境」に配慮した「地域循環共生圏づくり」を行う、SDGsでエシカルな「地域株式会社」を目指しています。

オーガニックシコンコスメ「MURASAKIno ORGANIC」、紫草の根「紫根」

古くより、森里川海からもたらされる自然の恵みを衣食住に利用してきた産業や文化もまた、地域の特性を表す資源です。しかしながら、工業化の進展、流通のグローバル化、さらに人口減少・高齢化によって自然の恵み同様、地域の伝統的な産業や文化も次第に顧みられなくなりつつあります。

このような中、伝統的な産業や文化に現代の新たな視点を加えて再生し、地域内にお金を循環させ、かつ地域が抱える社会課題の解決を図る取組も、地域循環共生圏を創る重要な取組と言えます。

事例:地域文化を現代社会へ変換し経済循環を作る(うなぎの寝床)

うなぎの寝床は、福岡県八女市を拠点に九州・筑後地方のものづくりを中心に、全国約200件のつくりての商品を紹介するお店、オンラインショップを運営し、地域の魅力的なものを、つくりての背景や、使ってみた実感を伝えながら、ものを通して地域文化を伝達している「地域文化商社」です。地域の人や産業、物と出会った時に「面白い!」「素晴らしい!」と感じる情報や体感は地域文化として潜在化しており、うなぎの寝床は潜在化した地域文化を顕在化させることを事業としています。

例えば、福岡県南部の筑後地方の伝統工芸である久留米絣は、昔から「もんぺ」の生地を織っていました。

米国の「ジーンズ」は、元来鉱夫のワークパンツとして使用されていたものが、日常着に変わっていったという歴史があります。「日本の農作業着「もんぺ」も農作業から始まり、日常着へと変化していく可能性があるのではないか?」という仮説から「日本のジーンズを目指して」とキャッチコピーを考え、現代生活においてのスタイリング提案を行い、もんぺの機能はそのままに、細身の久留米絣「MONPE」が2014年に生まれました。

さらに、ものの販売のみでなく、体験や交流を通じて地域文化を伝えることが重要だと考え、九州の地域文化や人に触れて体感・交流してもらうツーリズムの事業会社UNAラボラトリーズを2019年よりスタートしました。2021年夏には、滞在拠点である宿や本屋もオープン予定で、ツーリズムと滞在との関係を深め、まちづくりとしての拠点整備を進めます。

地域文化商社のコンセプト、MONPE

事例:古民家活用で地域再生を仕掛ける(一般社団法人ノオト・NOTE)

一般社団法人ノオト(以下「ノオト」という。)・NOTEは、空き家となっている古民家等を、その歴史性を尊重しながらリノベーションし、その土地の文化や歴史を実感できる施設として再生する「NIPPONIA」の取組を通じ、地域の暮らし・歴史・文化等の地域資源を観光資源として価値化し、地域にお金が落ちるためのトータルエリアマネジメントを手掛けています。

例えば、兵庫県丹波篠山市には、400年の歴史を持つ京文化の影響を残す街並みが数多く残っており、我が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されていますが、少子高齢化により、市の中心となる城下町でも空き家が目立つようになっていました。

ノオトは、城下町で古民家を活用するプロジェクトを開始し、城下町全体をホテルに見立てた「分散型ホテル」という手法を実現しました。宿泊や飲食などの機能を街に分散させ、空き家になっていた古民家をカフェやレストラン、宿泊施設等に改修することで、滞在客が街全体を周遊する仕組みを構築しました。また再生した空き古民家にテナント事業者を誘致することで、若者の地方回帰、雇用や産業振興につなげるなど、観光と移住施策を一体に行いました。

「分散型ホテル」の整備イメージ

ノオトとNOTEは、日本の文化・歴史を守り継ぐ事業「NIPPONIA」を2021年度春までに全国29地域に拡大することを目指しています。

NIPPONIA施設
(3)使われなくなった地域資源に価値をつける

工業化とグローバル化により、私たちは価格と効率重視で大量の資源と大量のモノを動かしてきました。しかし、安価なモノが簡単に手に入ると、また簡単に捨ててしまい、プラスチック等の自然に還らない素材の廃棄物が増加し、また処理に際するエネルギー利用等により、地球環境を傷つけるという状況を出現させてしまいました。持続可能な地域をつくるためには、地下資源への依存度合いを減らして地上資源、すなわち森里川海のつながりがもたらす自然の恵みをあますことなく利用し、還すことが肝要です。

事例:廃棄物を資源にし、脱プラに挑む(タナックス)

タナックスは、福井県にある紙製品等をメインで取り扱う商社です。昨今のプラスチックに代わる製品ニーズの高まりを受け、県産の六条大麦の茎を使った、100%天然由来の大麦ストロー「麦愁」を製品開発しました。

福井県は六条大麦の生産量が日本一で約30%のシェアを占めている中、麦茶加工のために実の部分しか使われず、茎の部分は廃棄されていました。しかし、地元農家はかつて、麦の茎をお茶を飲む際のストローに使っていた話に、タナックスは着想を得ました。

地元の大麦生産者に無農薬大麦の生産~茎の選別やカットを依頼し、茎の部分を全量買い取った後、タナックスが食品衛生法の基準と同レベルの基準を設定・クリアする殺菌・乾燥等の加工を行い、福井県内を中心に販売しています。

大麦ストロー「麦愁」には三つの特徴があります。一つ目は、紙ストローは、使い続けて柔らかくなったカスを誤飲するリスクを伴いますが、大麦ストローにはそれがないこと、二つ目は、原料が全て地元産で100%天然由来であること、三つ目は、他の脱プラスチックストローよりも製品加工工程に係るエネルギーが少なく済むことです。

大麦ストロー「麦愁」は、まさに地域循環経済を表した環境配慮製品として期待されます。

生産量日本一の六条大麦、大麦の収穫、大麦ストロー「麦愁」

事例:伝統工芸と地域資源を活かした余剰汚泥の有効活用(小松マテーレ)

小松マテーレは、染色を基盤に、ファッションから建築材料まで多彩な事業領域を手掛ける石川県のファブリックメーカーです。環境問題への意識の高まりから、布地製造の排水処理工程で発生する余剰汚泥の活用検討に着手し、同県の伝統工芸である「九谷焼」の窯業事業者と連携して、さらに地域資源の珪藻土を活かし、微多孔性発泡セラミックス「greenbiz(グリーンビズ)」を開発しました。

排水処理で発生する余剰汚泥から作られる発泡セラミックス

グリーンビズは、高い吸水性を持ち、雨水を蓄えてゲリラ豪雨対策に役立つほか、蒸発の際に周囲の熱を奪う打ち水効果を発揮し、ヒートアイランド現象の抑制にも貢献できます。そのほか、断熱性・吸音性・不燃性といった特徴も持ち合わせています。そこで、グリーンビズを屋上緑化材、舗装用ブロック、農業分野への活用と、市場の拡大につなげています。

このような商品の特徴が評価され、2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会のメイン会場となる新国立競技場の屋上緑化と外構の舗装ブロックとして採用されました。農業用土壌改良材としても年々使用量が増加しています。

そのほかにも小松マテーレでは、既存技術を強みに、他地域のグリーンインフラ関連企業や建築分野の専門家等と連携、共同研究を進めながら将来の環境まちづくりを考えています。

グリーンビズの4つの性能

4 地域循環共生圏づくりを担う人材創出

戦後、我が国の総人口は増加を続け、1967年には初めて1億人を超えましたが、2008年の1億2,808万人をピークに人口減少に転じました。また、東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)の人口は一貫して増加しており、2018年には約3,658万人となり、全国の約30%を占めて東京圏への一極集中が顕著です。つまり、我が国の総人口の減少に加えて地方圏の人口も減少しているため、このままでは地域資源を活用し、環境・経済・社会を良くするビジネスや事業で社会の仕組みをつくる活動の担い手が慢性的に不足することになりかねません。この問題に対して、国や地方自治体は様々な制度を設けて地方圏の人材創出を図っています。

総務省では、2009年に「地域おこし協力隊」制度を設けました。この制度は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動して生活の拠点を移した人を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱します。隊員は、一定期間、地域に居住し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民の生活支援等の「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組を行い、活動期間はおおむね1年以上3年以下です。2021年度から新たに「2週間~3か月」間のプログラムを加えて制度を拡充し、移住者の増加を目指しています。

また、2020年6月に地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律(令和元年法律第64号)が施行され、地域人口の急減に直面している地域において、農林水産業、商工業等の地域産業の担い手を確保するための特定地域づくり事業、いわゆるマルチワーカー(季節ごとの労働需要等に応じて複数の事業者の事業に従事)に係る労働者派遣事業等を行う特定地域づくり事業協同組合に対して安定的な運営を確保するための支援等を行っています。2020年度は全国で5市町村が特定地域づくり事業推進交付金の交付対象となりました。

この「特定地域づくり事業協同組合制度」の活用や、様々な施策で人材創出を図っている事例を紹介します。

事例:「承前啓後」を貫き、働き方をデザインする(島根県海士町)

日本海の島根半島沖合約60kmに浮かぶ隠岐諸島の一つ、中ノ島の海士町は、半農半漁の島です。終戦直後7,000人だった人口は60年間で3分の1、高齢化率も41%という人口減少・高齢化問題に加え、2004年の三位一体の改革による地財ショックが発生し、2008年に財政再建団体になる可能性も生まれ、町長以下危機感を抱きました。そこで町長、町職員さらに議員全員が自ら給料を減らすなどの「守り」と、地域資源を活かした仕事づくり、若者との交流による町づくり、島留学等で教育魅力化による人づくり等の「攻め」の両戦略を同時に行いました。その結果、2004年度から2020年度12月末の17年で移住者が779人、558世帯、定着率約46%となり、これまでのような急激な人口減少に歯止めがかかりました。

しかしながら、産業を担う人材不足、農林水産業の後継者不足、文化や歴史、島の風土を受け継ぐ人材不足の課題解消には至っていません。そこで多様な働き方を促し島の魅力を高めるため、2020年3月「海士町半官半X推進における目的と定義を定める条例」を制定し、公務員が庁舎内業務に加えて島内の多様な仕事に挑戦できるようにしました。さらにAMAホールディングスや一般社団法人海士町未来投資委員会、海士町複業協同組合の設立、大人の島留学等、人材の還流おこしに挑戦しています。

海士町の「人材の還流おこし」プロジェクト

地方圏に人材を呼び込むためには、都市部の事業者が地方圏に移転することも一つの方策です。

自らサテライトオフィスを設け、さらに本社を地方へ移した経験を基に、地域課題を抱える自治体と地域に貢献したい企業をつなぎ、サポートしている事業者の事例を紹介します。

事例:にぎやかそ(にぎやかな過疎)の町づくりを支援(あわえ)

あわえは、徳島県美波町を拠点に、人口減少や高齢化等に起因する地域課題を抱える全国の地方自治体に対して、ベンチャー企業等のサテライトオフィスの誘致支援を始めとした地方創生支援サービスを提供しています。

あわえの創業者はITベンチャー企業を東京で創業したものの、都市部での人材採用が難航していたため、「半X半IT」という新たなワーク・ライフスタイルを提案し、2012年に地元の徳島県美波町にサテライトオフィス「美波Lab」を開設したところ瞬く間に人材が集まり、翌2013年には本社も美波町へ移転し、地域振興を専門とする別会社あわえを設立しました。

美波町への企業進出の促進、また、進出企業の知見や保有技術を活用した減災システムやアウトドアイベントの省力化システム開発のプロジェクト組成支援や、地方と都市の2校を自由に転校できる「デュアルスクール」の開設等に取り組んだ結果、2012年から2021年の間に20社が美波町にサテライトオフィスを開設し、美波町の社会人口動態増にも貢献しました。自らがベンチャー経営者として過疎地へ進出した経験と、行政や地域住民と共に起業促進・企業誘致や定住支援など地域振興事業に取り組んできた経験を基に、地域振興モデル「美波モデル」を構築、全国に展開しています。

また、美波町においては、地域食材レストランの運営や、地域森林資源の活用による地産エネルギー事業の立上げを進めるなど、継続して地域産業の創生に取り組んでいます。

地方と都市を結ぶかたち~東京から来た子(1番左)が地元の子と一緒に登校~、自治体×企業マッチングイベント(撮影:2018年)

5 地域循環共生圏づくりを支えるESG金融の推進

地域の金融機関には、地域資源の持続的な活用による地域経済の活性化を図るとともに、地域課題の解決に向けて中心的な役割を担うことが期待されています。こうした環境・経済・社会を統合的に向上させる取組は、地域循環共生圏の創造につながるものであり、地域金融機関がこの取組の中で果たす役割を「ESG地域金融」として推進することにより、取組を深化させていくことが重要です。

(1)ESG地域金融実践ガイド

2020年4月、環境省は地域金融機関におけるESG地域金融の実践をサポートするため、9つの地域金融機関への支援を基に実践ガイドを策定しました。このガイドは、金融機関としてのESG地域金融に取り組むための体制構築や事業性評価の事例をまとめるとともに、そこから抽出された実践上の留意点や課題等について分析したもので、地域金融機関が参照しながら自身の取組を検討・実践する助けとなる資料となっています。

(2)持続可能な社会の実現のためのESG地域金融の普及展開に向けた共通ビジョン

分散型の持続可能な社会づくりに向けて地域におけるESG金融の普及展開を図ることを目的に、ESG金融ハイレベル・パネルの下に「ESG地域金融タスクフォース」を立ち上げ、地域金融の様々なプレイヤーと一体となって議論を進め、2021年3月にESG地域金融の普及展開に向けた「共通ビジョン」を策定しました。地域課題の解決や地域資源の活用を通じた持続可能な社会の実現に向けて、地域金融機関等の果たすべき役割や共有すべき考え方等がまとめられています。

(3)地方銀行との連携

地域金融機関は地域循環共生圏の創造に向けて中心的な役割が期待されることもあり、積極的な連携が図られています。地域金融機関との頻繁な意見交換や勉強会の開催のほか、各種の事業を通じて実際の案件形成・地域の課題解決をサポートしています。こうした流れの中、環境省と第二地方銀行協会は連携協定を締結し、相互の協力をより積極的に行っていくこととしました。

事例:ローカルSDGsの推進に向けた連携協定(環境省、第二地方銀行協会)

環境省と一般社団法人第二地方銀行協会(以下「協会」という。)は、2020年12月に、「ローカルSDGsの推進に向けた連携協定」を締結しました。

笹川博義環境副大臣による第二地方銀行協会との締結式の様子

以前より、環境省は地域金融機関のESG地域金融促進によるローカルSDGsの推進、地域循環共生圏の確立を目指した伴走支援を行うなど、地域金融機関との連携を強化してきました。本協定もこの一環に位置づけられ、環境省と協会及びその加盟行が互いの取組を補完することを目的としています。具体的には、地方創生への貢献、地域課題の解決、脱炭素、資源循環、自然環境保全等の取組や、政府、自治体、企業等のステークホルダーとの連携につき、相互の情報提供事業や枠組みに対する相互参加・協力が想定されています。

以前から地域の課題を解決し、地域資源の発掘支援を行い、地域経済の発展を支えてきた地域金融機関と、地域における環境・経済・社会の統合的向上を目指す環境省の目指すべき地域の姿が大きく重なることで、本連携を契機に、ESG地域金融を通じたローカルSDGs(地域循環共生圏)確立に向けたモメンタム(方向性や勢い)を一層加速させていきます。

6 海外への発信「SATOYAMAイニシアティブ」

森里川海を利用しながら管理する知恵や技術が地域で受け継がれ、自然と共生する暮らしの実現は、地域における脱炭素社会・循環経済をつくることとも言えます。この地域循環共生圏のビジョンが、世界に広がれば「環境・生命文明社会」という新しい文明を出現させることにつながると考えられます。

日本は、国連大学と共に、2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を機に、SATOYAMAイニシアティブを提唱しました(図3-1-2)。

図3-1-2 SATOYAMAイニシアティブの概念図

SATOYAMAイニシアティブは、人が手を加えることにより形成・維持されてきた、日本の里地里山のような地域の自然資源の保全と持続可能な利用の両立を目指しています。本イニシアティブでは、森里川海のコンセプトを発信しながら、世界各地のパートナーと共に活動を進め、生物多様性条約ではそれまであまり重視されていなかった、二次的な自然環境の重要性に光を当てたことで、生物多様性条約締約国会議や2019年6月のG20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合をはじめとして、国際的に高く評価されています。

また、SATOYAMAイニシアティブは、地産地消、地域コミュニティの強化、森林保全等にも取り組んでおり、この経験は、ポストコロナにおける自然と共生した自立・分散型社会や脱炭素社会、循環経済の構築にも、大きな貢献を果たし得るものです。新興感染症発生の要因の一つは土地利用の変化であるとの報告もある中で、本イニシアティブが重視してきた地域の自然資源の保全と持続可能な利用は、土地利用変化の抑制にもつながるものであり、ひいては新興感染症の発生の抑制にも貢献し得るものです。こうした観点から、現在地球環境ファシリティ(GEF)総裁を務めるカルロス・ロドリゲス氏は、SATOYAMAイニシアティブは、パンデミックに対する「ワクチン」としての機能があると指摘しています。「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」の会員は、2021年3月時点で73か国・地域の271団体となっています。

2021年に、中国・昆明で開催される生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択される予定の次期生物多様性世界目標(ポスト2020生物多様性枠組)の下で、SATOYAMAイニシアティブの取組を発展させ、地域資源を活用した環境・経済・社会の統合的向上を目指す地域循環共生圏の国際発信やSDGsの達成にも貢献することが期待されます。

7 地域循環共生圏の深化へ

新型コロナウイルス感染症の拡大は、私たちの生活を否応なく変えましたが、観点を変えると、地域循環共生圏がより深化するきっかけとなるかもしれません。

日本で、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めてから1年以上経ちましたが、東京圏、特に東京23区在住の若者世代の地方移住への関心が下がることはないようです。2020年12月に内閣府が行った「第2回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によると、東京23区在住者で地方移住への関心がある人は33.8%、20歳代では47.1%と、いずれも同年5月時点より約1~4%伸びていました。

コロナ禍以前から人口減や人材不足に悩んでいる地方にとって、都市の若者世代の地方移住に対する関心が高まってきていることは、チャンスにもなり得ると言えます。なぜなら若者世代は、上の世代に比べて学校等で環境教育を受ける機会に恵まれており、居住域の自然環境と共生するライフスタイルに対する共感が高いと思われるからです。さらに携帯電話やスマートフォンが普及した1990年台後半以降に生まれ育ったこの世代にとってのICT(情報通信技術)は、努力してICTスキルを習得するものではなく、至極当たり前に利用しているものです。若者世代ならではの柔軟な発想とICTスキルによって、地域の課題を解決することが期待されます。

地方の人口減少は、地方での人と人との結び付きを希薄化し、社会資本(ソーシャルキャピタル)の形成が困難となる可能性があり、この課題を解決するためにICT(情報通信技術)を使い、人・モノ・組織・地域内外等をつなげる、つまりパートナーシップを図ることにより、社会・経済の発展という広義のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進展し、課題を解決するための新たな価値の創造から、地域循環共生圏を目指すことが期待できます。

このように、環境教育の推進等による価値観の転換と人材の創出、さらにパートナーシップを図ってDXを進展させることが、地域循環共生圏を深化させる鍵になると考えられます。次に紹介する事例では、農村が抱えている課題をIT(情報技術)や宇宙技術で解決に導こうとしています。創業者は20歳代で、2050年カーボンニュートラルに向かう社会を支える世代です。

事例:農業×DXで持続可能な農業基盤を作る(サグリ)

サグリは、宇宙から見たグリッド状の地表データを活用し、将来人類が直面する食糧問題や環境問題の解決に向けて、持続可能な農業基盤を作っています。

衛星データや機械学習等の技術を活用したサービスの第一弾として、耕作放棄地を見える化をするサービス「ACTABA」の提供をしています。従来は、各地域の農業委員会が目視で耕作放棄地を確認する作業を行っており、委員会のメンバーである農家に大きな負担となっていましたが、ACTABAを用いると、衛星で耕作放棄地を検出できるようになり、農家がこうした負荷から解放されることになります。

ACTABAの画面イメージ

今後は、土壌の状態や作物生育データも組み合わせていくことで、単に耕作がなされているか否かを判断するだけでなく、農業の収量増加や業務効率向上に向けた、様々なサービスを提供できるようになります。現在では、茨城県つくば市、静岡県裾野市など各地で活用を開始しています。

こうした農業×DXのサービスやアプリケーションを提供し、農業の生産性向上を実現し、日本のみならず世界の農家の暮らしを向上させることを目指しています。

今日の世界では、「空飛ぶクルマ」のように指数関数的なスピードでIT(情報技術)と様々な技術が融合し、実装化を図られようとしています。このようなDXを、様々な年代やセクターの人々とのパートナーシップによって活用できたときに、地域循環共生圏の更なる深化が図れると期待できます。