環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>第2章 政府・自治体・企業等による社会変革に向けた取組>第1節 気候変動等に関する国内の動向

第2章 政府・自治体・企業等による社会変革に向けた取組

気候変動に起因すると考えられる気象災害等の頻発化は、経済・社会へ大きな被害をもたらすだけでなく、私たち人類や全ての生き物にとって、生存基盤を揺るがす事態になりかねません。

地球温暖化が進行することによって気象災害の発生のリスクが高まると予想され、既存の想定を上回る気象災害等が発生し、従来の対策が通用しなくなる深刻な問題も生じるおそれがあり、気候変動対策を強化していくことが急務です。今後は新たに、災害の多い我が国の知見を活かしつつ、気候変動という要素を防災に取り入れた「気候変動×防災」の視点に立った社会変革が求められます。また、近年急速に発展しているAI・IoTといった情報通信技術を気候変動対策に取り入れていくことで、より効果的な対策を行っていくことも重要です。気候変動×デジタルといった掛け合わせを行うことで先駆的な気候変動対策を進めることでの社会変革も期待できます。

社会変革は、新たな技術の開発によるものに加え、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す経済社会システムのイノベーションによって起こることもあります。国、地方自治体、企業、国民といった全ての主体による気候変動に対する意識の変化から始まり、それぞれの主体が率先して行動を起こすことにより、脱炭素社会づくりに向けた社会変革が起こることが期待されます。

気候変動対策への各主体の取組に加え、相互に関連する経済・社会の問題を統合的に解決し、地域の人々の安全で豊かな暮らしを実現できるような自立・分散型の地域社会づくりが重要になります。そこで、気候変動等の環境問題に立ち向かい得る地域社会をつくっていくため、我が国発の脱炭素化・SDGs構想である「地域循環共生圏」の実現が必要です。

第2章では、脱炭素社会づくりを始めとした政府の取組や計画等について概観し、地方自治体や企業、金融機関等の「ノンステートアクター」による先駆的な取組や脱炭素と持続可能な開発目標(SDGs)を実現する魅力ある地域づくりである地域循環共生圏の創造に向けた取組など政府、自治体、企業等による社会変革に向けた取組を紹介します。

第1節 気候変動等に関する国内の動向

1 気候変動×防災の視点に立った社会変革

第1章で見てきたように、大雨による降水量、発生頻度の増大など気候変動の影響は、既に日本を含む世界の様々な地域・分野で現れています。このような中、災害の発生を完全に防ぐことは不可能ですが、災害時の被害を最小化し、被害の迅速な回復を図る減災の考え方を防災の基本理念とし、たとえ被災したとしても人命が失われないことを最重視し、また経済的被害ができるだけ少なくなるよう、様々な対策を組み合わせて災害に備え、災害時の社会経済活動への影響を最小限にとどめる必要があります。

気温上昇を抑え、気候変動による影響を緩和していくため、これまで徹底した省エネの実施や再生可能エネルギーの導入など、温室効果ガスの排出の抑制等の取組を進めてきましたが、同時に既に現れている影響や中長期的に避けられない影響による被害を回避・軽減する適応対策を進めることも求められています。2015年3月に宮城県仙台市で開催された第3回国連防災世界会議で採択された仙台防災枠組2015-2030においては、気候変動適応に関連する考えも含まれおり、災害リスク管理における気候変動等に関する施策との調和の観点が盛り込まれました。

政府では、気候変動適応法(平成30年法律第50号)及び気候変動適応計画の下、「農業、森林・林業、水産業」、「水環境・水資源」、「自然生態系」、「自然災害・沿岸域」、「健康」、「産業・経済活動」及び「国民生活・都市生活」の分野で取組を進めています。

近年の気象災害等の頻発により、気候変動による影響の拡大に備える必要性が増してきました。今や気候変動という要素を防災に取り入れることが必然となっているとも言えます。

以下では、気候変動×防災という観点から気候変動対策について紹介していきます。

(1)災害廃棄物処理と熱中症対策

大規模な気象災害が発生した際には、多くの災害廃棄物が発生します。災害からの復旧・復興には災害廃棄物の処理が不可欠です。また、温暖化での真夏日の増加による熱中症の増加も予想されます。以下では、災害廃棄物処理及び熱中症対策について紹介します。

ア 災害廃棄物処理について

(ア)近年の気象災害の災害廃棄物処理

○平成30年7月豪雨

平成30年7月豪雨による被害に対し、環境省は、2018年7月9日から環境省職員及び災害廃棄物処理支援ネットワーク(D.Waste-Net)の専門家からなる現地支援チームを岡山県、広島県、愛媛県等に順次派遣し、災害廃棄物処理に関する支援体制を構築しました。現地では、仮置場の設置、運営、管理等の技術的な支援を実施するとともに、全国各地の自治体や民間事業者から車両や人員の派遣により、災害廃棄物等の収集運搬や広域処理の支援を実施し生活圏からの迅速な撤去を行いました。従来、廃棄物、がれき、土砂の処理は、各省ごとの支援制度に基づき個別に実施されてきましたが、今般、まちなかに堆積した廃棄物、がれき、土砂を迅速に撤去し、被災者の方々の生活や生業の早期再建につなげるため、国土交通省と環境省が連携して、撤去に関連する支援制度を一体的に運用することとし、市町村が地区単位で堆積した廃棄物、がれき、土砂を一括撤去し、その費用を事後的に両省間で精算することを可能とする、新たなスキームを構築しました。岡山県、広島県、愛媛県における災害廃棄物の推計量は2019年9月時点で約200万トンに上り、それぞれの県では発災から約1~2年間での処理完了の目標を定めています。

○令和元年房総半島台風

この被害に対して、環境省では、2019年9月10日から環境省職員及びD.Waste-Netの専門家で構成された現地支援チームを被災自治体へ派遣し、仮置場の設置、管理、運営や災害廃棄物処理等に関する技術的な支援を実施しました。また、環境省関東地方環境事務所が主導して策定した大規模災害発生時における関東ブロック災害廃棄物対策行動計画に基づき、約190人の支援自治体職員の派遣を実施しました。

○令和元年東日本台風

この被害に対して、環境省では、2019年10月13日から環境省職員及びD.Waste-Netの専門家で構成された現地支援チームを被災自治体へ派遣し、仮置場の設置、管理、運営や災害廃棄物処理等に関する技術的な支援を実施しました。街中に集積された災害廃棄物については、防衛省・自衛隊と連携した撤去活動を実施するとともに、支援自治体、関係機関等と連携した災害廃棄物の広域処理を道路輸送や海上輸送、鉄道輸送といった様々な形で行いました。また、福島県では環境省の仮設焼却施設の余力を活用し、災害廃棄物の焼却処理を実施しました。人的支援に当たっては、環境省関東地方環境事務所が主導して策定した大規模災害発生時における関東ブロック災害廃棄物対策行動計画及び中部地方環境事務所が主導して策定した災害廃棄物中部ブロック広域連携計画に基づき、約1,900人の支援自治体職員の派遣を実施しました。

発生した災害廃棄物は、令和元年房総半島台風と併せて2020年3月時点で約215万トンに上り、それぞれの都県では発災から約1~2年間での処理完了の目標を定めています。

東日本大震災の被災地における環境再生事業(除染、汚染廃棄物の処理、中間貯蔵施設事業等)への影響については、4か所の除去土壌等の仮置場で、推計90袋の大型土のう袋が流出する被害が確認されました。これを受け、これら4か所の仮置場に置かれていた流出リスクの高い大型土のう袋については、搬出計画を前倒しで行い、2020年1月までに搬出を完了しました。また、再発防止策として、全ての除去土壌等の仮置場の管理実態や水害リスク等に関する総点検を実施した上で、関係自治体との調整により、計画の前倒しによる大型土のう袋の搬出や移設、流出防護柵の整備、点検・管理の徹底等といった追加対策を検討・実施しました。

事例:郡山市における家庭ごみ及びし尿等の広域処理(環境省、福島県郡山市)

福島県郡山市では、令和元年東日本台風によって、富久山クリーンセンターのごみ処理施設及びし尿処理施設が浸水被害で稼働停止しました。その影響により、市内の家庭ごみについては、1日当たり約80トンが処理しきれず、また、し尿及び浄化槽汚泥については全240kℓの処理ができない状況となりました。

そこで環境省及び福島県が中心となって家庭ごみ及びし尿等の広域処理に向けた調整が行われ、家庭ごみについては環境省の二つの仮設焼却施設など県内8か所の施設において、また、し尿等については県内自治体等の8か所の施設において処理が行われました。

2019年10月に小泉進次郎環境大臣は稼働停止したごみ処理施設や現地の家庭ごみの仮置場などを視察し、郡山市長と市民生活の早期再建に向けた意見交換を行いました。その結果、災害時における広域処理に係る家庭ごみ・し尿等処理の追加的な経費について補助金の対象とするなど、被災地に寄り添った対応が進められました。

家庭ごみの搬出、小泉進次郎環境大臣の視察

(イ)災害廃棄物処理体制の構築

自然災害等の頻発により、自治体における災害廃棄物処理計画の策定など事前の備えを進めておくことの重要性が改めて明らかになりました。各自治体においては、発災時において各自治体が対応体制の構築、仮置場の確保、分別の徹底、民間事業者を含めた処理先の確保、他部局及び近隣自治体との連携等の必要事項を取りまとめた災害廃棄物処理計画を策定するなど事前の備えを進める必要があります。自治体の災害廃棄物処理計画の策定率は、2020年度末時点で策定見込みを含めて都道府県で98%、市区町村で52%になります。

環境省では、自治体におけるマンパワーが限られている、策定に係る知見がない、そもそも危機感がない等の理由により、中小規模の多くの自治体で未策定となっていることを受け、都道府県のリーダーシップのもと、都道府県下の処理計画未策定の中小規模自治体を対象とした、処理計画策定促進事業を進めています。具体的には、処理計画策定のための標準ワークシートを作成し、対象自治体が一同に会する研修形式で、処理計画案を作成してもらうといった手法を推進しています。また、自治体に対して、令和元年東日本台風等において処理計画が有効に活用されたグッドプラクティスを示すことにより、処理計画の策定を促すとともに、処理計画策定状況について、自治体の策定状況を公表することにより、未策定自治体に対する策定の促進を進めています。

表2-1-1 市区町村の災害廃棄物処理計画の策定状況

事例:災害廃棄物処理計画策定モデル(新潟県柏崎市、新発田市)

新潟県柏崎市、新発田市では、2018年度に災害廃棄物処理計画策定に係るモデル事業を実施しました。モデル事業は、環境省が事務局となり、事務局が事前に作成した処理計画に関する骨子及び解説テキストを基にモデル自治体職員において検討する形で行われました。具体的には、モデル自治体で想定する災害における災害廃棄物発生量の推計や必要な仮置場の場所・面積等、対応が必要となる事項の抽出を行い、地域特性を踏まえた検討が進められました。検討結果については、事務局によるレビューや災害廃棄物処理に関わる関係者(庁内関係部局、関係行政機関、民間事業者等)を集めた意見交換会の開催により、ブラッシュアップされました。

その結果、地域特性を踏まえた実効性の高い処理計画が策定されるとともに、モデル自治体職員自らが検討することによる災害廃棄物対策に関する知識向上・意識醸成を図ることができました。

新潟県柏崎市における災害廃棄物発生量の推計
検討テキストの一部

(ウ)自衛隊との連携

防衛省はこれまでも自然災害等が発生したときに、地方自治体からの派遣要請を受け、救助活動や予防活動など救援活動を行う自衛隊の災害派遣を行ってきました。災害派遣では、災害廃棄物の収集・運搬も行われており、長野県では、「One NAGANO」というプロジェクトの中で、市民、ボランティア、行政、自衛隊などが連携し、被災者のために一丸となって災害廃棄物等の撤去を行うなど、自然災害からの早期復興に向けた活動が進められてきました。

環境省と防衛省では、連携を強化し、今後頻発する可能性のある自然災害に対応するため、現場対応者へのヒアリングによる検証を踏まえた上で、平時及び災害発生時の連携のあり方を整理したマニュアルの作成を進めています。

イ 熱中症対策の情報発信の強化

(ア)猛暑等に対する取組

環境省では、熱中症の病態や予防法、発症時の対応等をまとめた「熱中症環境保健マニュアル2018」、暑い時期に開催されるイベントの主催者や施設の管理者に向けた「夏季のイベントにおける熱中症対策ガイドライン2020」など、熱中症対策に関する情報の作成・提供等を通じて、熱中症の予防のための普及啓発に取り組んでいます。

2018年の猛暑を受け、環境省では、地方公共団体や民間企業等様々な主体による、地域や社会の仕組みに対応し創意工夫に富んだ熱中症対策を後押しするために、2019年度から新たに「熱中症予防対策ガイダンス策定事業」を開始し、実証事業を通じて様々な熱中症対策の効果検証や課題の分析等を実施しています。さらに、「環境省熱中症予防情報サイト」にて、熱中症予防の重要な指標である「暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)」を、全国840地点について提供しています。

令和元年房総半島台風が発生した際は、長期間にわたる大規模停電により多くの熱中症が発生する事態になったことを受け、環境省では、民間企業の全面協力の下、脱水症状防止のための飲料やネッククーラー等を千葉県内の被災自治体に提供したほか、避難されている方やボランティア等に対する熱中症の注意喚起を事務連絡を通じて行いました。

(イ)熱中症対策の情報発信の強化

今後も気候変動の影響により熱中症の発生は増加する可能性があることから、気候変動への適応の一環として政府や自治体、民間等が連携して積極的に対策を行うことの必要性が一層高まっています。

熱中症予防のための夏季の気象情報としては、気象庁の高温注意情報や環境省の暑さ指数(WBGT)の提供を行っており、熱中症そのものに対する認知度は高まってきています。しかしながら、熱中症を予防するための効果的な行動には、いまだ十分に結び付いていないと考えられることから、政府としてどのように情報を発信し、国民の効果的な行動につなげるかが課題となっています。

今後は、環境省と気象庁とが連携して熱中症予防に関する新たな情報発信を行っていきます。より一層効果的に国民の熱中症予防行動につながるよう、専門家の意見を踏まえながら詳細を固めるとともに、他の関係機関の協力も得て、2020年夏に一部地域(関東甲信)で先行実施し、2021年からは全国で本格実施する予定です(図2-1-1)。

図2-1-1 熱中症予防に関する新たな情報発信のイメージ
(2)自立・分散型のエネルギーシステムの構築

東日本大震災以降、電力の安定供給に対する懸念から節電への取組が定着し、災害時対応力を高める観点から分散型エネルギーシステムに対する関心が深まり、脱炭素化やエネルギーの自立化に向けた再生可能エネルギーへの期待が高まってきています。自然災害等の激甚化により大規模停電が発生したことを踏まえ、地域に賦存するエネルギー資源を有効に活用し、自立・分散型のエネルギーシステムを構築することは、生活に必要なライフラインの維持による国土強靱化に資するとともに、エネルギーの地産地消により地域経済の活性化につながります。

災害時においては、地域の再生可能エネルギー等の自立的な電源の活用を可能にするよう、蓄電池、燃料電池、コージェネレーション、デジタル技術等を活用した地域のエネルギー供給網の構築を進めつつ、分散型エネルギーシステムの構築に向けて、システム全体としてのコスト、安定性等を考慮しつつ、取組を進める必要があります。

環境省では、地域防災計画に災害時の避難施設等として位置付けられた施設に停電発生時でもエネルギー供給が可能な地域づくりを進めるため、再生可能エネルギー設備、蓄電設備、自営線等を組み合わせた面的なエネルギーシステム構築に係る支援等を行っています。また、経済産業省と環境省による連携チームの検討の結果、再生可能エネルギーを最大限に活用した地域のビジネスモデルの構築に向けた新たなアイディアを生み出す場として、脱炭素社会の実現に向けて意欲的な企業や自治体が集う「分散型エネルギープラットフォーム」を両省が共同で開催しました。全4回開催し(第1回:2019年11月1日、第2回:2020年1月29日、第3回:同年2月17日、第4回:同年3月19日Web配信)、「家庭」、「大口需要家」、「地域」の需要地ごとに、事例紹介を交えたプレゼンテーションや分散型エネルギーモデルを普及させるに当たっての課題について、グループ別にディスカッションを実施しました。本プラットフォームにおいて提案された施策については、必要に応じて適切な場において検討を続けるとともに、プレイヤーが共創する環境を醸成するための次なるステップについても検討を進めることとしています。

事例:停電時におけるエネルギー供給(CHIBAむつざわエナジー)

CHIBAむつざわエナジーは、千葉県睦沢町に整備された町営住宅と道の駅等で構成される「むつざわスマートウェルネスタウン」に太陽光発電、太陽熱、ガスコージェネレーションを導入し、防災拠点であるスマートウェルネスタウンの防災性向上、低炭素なエネルギーの供給及びエネルギーコストの削減などを実施しています。また、全国でも珍しい国産天然ガスを活用して、ガスエンジン発電を行い平常時・非常時の電源とするとともに、発電時に発生する排熱を利用して天然ガス採取後の地下水を加温し温泉利用するという水溶性天然ガスを無駄なく使った“ほぼ”天然温泉を実現し、地域資源の地産地消も行っています。

令和元年房総半島台風による強風で発生した同町全域を含む大規模停電時でも、電線の地中化を行っていたため、電線にほとんど影響がなく、町営住宅と道の駅の重要設備への電気を供給するなど、自立したエネルギー供給を行いました。停電時に周辺住民に温水シャワーとしトイレを無料開放し、1,000名以上が利用するなど防災拠点として大きな役割を果たしました。

むつざわスマートウェルネスタウン、停電時の電力供給
(3)グリーンインフラ、生態系を活用した防災・減災

防災・減災対策を考える際には、気候変動による気象災害の激甚化や巨大地震の発生など、想定を超える規模の自然現象が発生することを前提とする必要があります。また、我が国では、人口減少や高齢化が進んでおり、社会資本の老朽化なども懸念されています。このような状況において、社会・経済的課題を解決しつつ、災害に強く自然と調和した持続可能な社会を形成する方策として、生態系の持つ機能を積極的に活用する「グリーンインフラ」や「生態系を活用した防災・減災(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction:Eco-DRR)」が注目されています。

グリーンインフラとは、社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取組です。また、Eco-DRRとは、グリーンインフラの中でも特に防災・減災に注目し、地域において防災・減災対策を実施・検討する際に、自然災害に対して脆(ぜい)弱な土地の開発を避け、人命や財産が危険な自然現象に暴露されることを回避する(暴露の回避)とともに、生態系の持続的な管理、保全と再生を行うことで、生態系が有する多様な機能を活かして災害に強い地域をつくる(脆弱性の低減)という考えです(図2-1-2)。Eco-DRRの例として、具体的には、森林保全による斜面崩壊の防止や、水田や保全・再生された湿地の活用による洪水緩和、海岸防災林による高潮の防止などが挙げられます。グリーンインフラやEco-DRRは人工構造物による防災対策と相反するものではありません。地域の特性や土地利用の状況、また地域の人々のニーズに応じて、自然環境や生態系のもつ多様な機能と人工構造物を最適な組合せで用いることが重要です。

図2-1-2 Eco-DRRの考え方

例えば、国土交通省が管理する渡良瀬遊水地などの4つの調節池では、令和元年東日本台風の際には、過去最大となる合計約2.5億m3(東京ドーム約200杯)の洪水を貯留し、首都圏の洪水被害防止に貢献しました。また、渡良瀬遊水地は国際的に重要な湿地としてラムサール条約に登録されており、約700種以上の植物や、約140種の鳥類をはじめ、多種多様な動植物が生息・生育しています。

このように防災対策と生物多様性保全とを調和させることは、気候変動対策の新たなアプローチとして、SDGsの考え方でもある複数課題の同時解決に貢献する社会変革の一つであると考えられます。環境省では、グリーンインフラやEco-DRRに関して基本的な考え方を整理したハンドブックや事例集を作成して地方公共団体等に普及を図るとともに、生態系の機能評価に関する研究の支援などを行っています(図2-1-3)。

図2-1-3 環境省パンフレット

事例:蕪栗(かぶくり)沼と周辺地域における湿地復元(宮城県大崎市)

宮城県大崎市にある蕪栗(かぶくり)沼は、沼と密接な関係にある周辺の水田地帯がひとまとまりの湿地生態系としてラムサール条約湿地に登録されており、渡り鳥のマガンやヒシクイの良好な越冬環境を守るため、地元では、沼の水の管理、清掃、水路の整備、水質の改善など、様々な取組を行っています。中でも、冬に田んぼに水を張る「ふゆみずたんぼ」の取組は、湿地における生物多様性保全に貢献する農業の新たな役割として注目されています。この取組により、雑草や害虫の侵入を抑え、水を張った田んぼがガン類のねぐら、水飲み場、休息場所になり、糞は田んぼの肥料となります。その結果、無農薬の良質な米が収穫でき、付加価値の高いブランド米「ふゆみずたんぼ米」が販売されるという一石二鳥の効果をもたらしています。

ふゆみずたんぼの取組は、生物多様性の保全だけでなく、水源涵(かん)養の機能が得られ、エコツーリズム等による地域経済の好循環にも効果を上げるものであり、地域の取組に相乗効果が生まれています。

ふゆみずたんぼで水を飲むマガンやオオガガモ

2 気候変動×デジタルによる社会変革

近年、ICT(Information and Communications Technology:情報通信技術)はより進化しています。インターネット利用の増大とIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の普及により、様々な人・モノ・組織がネットワークにつながることに伴い、大量のデジタルデータ(ビッグデータ)の生成、収集、蓄積が進みつつあります。それらデータのAI(Artificial Intelligence:人工知能)による分析結果を、業務処理の効率化や予測精度の向上、最適なアドバイスの提供、効率的な機械の制御などに活用することで、現実世界において新たな価値創造につなげることができるようになりました。多様な分野で応用可能な汎用技術であるICTは、気候変動対策にも役立つと考えられます。そこで、気候変動とICT等を掛け合わせる「気候変動×デジタル」により先駆的な気候変動対策を進めることでの社会変革が期待できます。

「脱炭素社会」の実現には、ビジネス主導の非連続的なイノベーションを通じた「環境と成長の好循環」の実現が急務となっており、近年進展が著しいブロックチェーン技術などのデジタル技術を気候変動分野に応用し、非連続なイノベーションを生み出すことにより、温室効果ガスの排出削減や環境価値取引などを飛躍的に拡大することが期待されています。

環境省では、「気候変動×デジタル」プロジェクトにおいて、J-クレジット制度にデジタル技術を活用し、中小企業や家庭を含む全員参加型の取組の促進を図ることにより、温室効果ガスの削減活動への意識の向上と更なる行動促進に向けた検討を進めています(図2-1-4)。これにより、家庭や中小企業に埋没している環境価値の見える化による太陽光発電設備、蓄電池や電気自動車等への環境投資を促進し、企業や地方自治体による脱炭素化に向けた取組を後押しすることにより、環境と成長の好循環を実現します。

図2-1-4 「気候変動×デジタル」プロジェクトが目指す将来像(イメージ図)

また、大都市圏と工場等の大規模事業所は主要な温室効果ガス排出源として注目されており、排出量推定精度の高度化・透明性の向上が求められています。環境省では、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT、GOSAT-2)によるトップダウンのCO2観測データや精密な地上観測データを用いた解析と、大都市圏の住宅・業務・交通部門といった様々な排出源の動向を捉え、時々刻々と変動する高時空間解像度のビッグデータを活用した活動量解析とを組み合わせ、排出量推定精度の高度化に取り組んでいます(図2-1-5)。よりきめ細かく透明性の高いGHG排出量の評価手法を検討することで、大規模排出源の状況・排出削減の効果を見える化し、都市のゼロカーボン化に貢献していくことが期待されます。

図2-1-5 衛星・地上観測データ等による排出量の比較・評価手法検討

事例:スマートシティさいたまモデルでの次世代型電力コミュニティ(デジタルグリッド)

埼玉県さいたま市では2011年に「次世代自動車・スマートエネルギー特区」の指定を受け、「暮らしやすく、活力のある都市として、継続的に成長する環境未来都市」の実現を目指しており、さらに、2015年からはSDGsにつなげるスマートシティさいたまモデルを実現すべく、環境負荷が少なく快適、便利で健康的に過ごせる最先端のまちづくりが展開されてきました。「浦和美園E-フォレスト」内においては、共有空間の創出や住宅の高断熱化、次世代型電力コミュニティの導入など、先進技術により自然・街・人が様々な形でつながり、未来への好循環を育むまちづくりが進められています。「浦和美園E-フォレスト」は、中央住宅、高砂建設、アキュラホームの3社共同で開発した全45棟の分譲地で、各住戸が敷地の一部を拠出することで、住民共用のコモンスペースを創出し、電線や通信ケーブルの地中化も行っており、住民同士が適度に顔を合わせるコミュニティの醸成を促す設計になっています。また、住宅5棟の太陽光発電と蓄電池、ショッピングモールの太陽光発電、コンビニエンスストアとの間で、電力融通と電力識別を自動で行うシステム(デジタルグリッドルータ)やブロックチェーンを用いた電力融通決済ソフトウェアを用いて、電力の融通実証を行い、仮想的な取引市場の構築をしています。大型で高コストであった自立分散型エネルギーシステムの小型化・低コスト化に貢献し、革新的な自立分散型エネルギーシステムの構築に向けた取組が進められています。

さらに2019年度からは、住宅メーカー3社と電力小売事業者のLOOOPが連携して、住宅に設置された太陽光発電の電気を蓄電池に加えて、カーシェアとしても活用するEVのバッテリーにも貯めるとともに、コジェネの発電機を設置し、ICTを活用して全体をマネジメントすることで、災害時の停電時等にも自立するマイクログリッドを構築するとともに、オフラインで熱を融通するシステムの構築など、再生可能エネルギーの地産地消率を最大化し、かつ、エネルギーセキュリティを確保するモデルの設計が始まっています。

住宅・店舗間の電力取引実証
佐藤ゆかり環境副大臣による実証地域の視察

事例:発電者と消費者、自然エネルギーと消費地をつなぐ「顔の見える電力」(みんな電力)

東京都世田谷区に拠点を置くみんな電力は、電気代の一部を消費者自身が選んだ発電所に寄付できる「応援」の仕組みや、ブロックチェーンで電力のトレーサビリティを証明するシステム「ENECTION2.0」によって、地域や企業の再生可能エネルギー発電所を紐付けして供給を行うトラッキングシステムをつくり、供給電源の内容を発電所レベルまで透明化した「顔の見える電力」というサービスを提供しています。

「顔の見える電力」を利用することで、消費者に対し、電気の購入先が明確化されます。例えば母校で作られた電気を購入することで、母校に資金を還元し、後輩の育成に貢献することができます。電気の価格や環境価値と異なる、購入先の取組を支援するという新たな電力の価値を創造することで再生可能エネルギーの導入に貢献するとともに、電力の売買を通し生産者と消費者が繋がる「顔の見えるライフスタイル」を提案しています。2019年9月からは、青森県横浜町の風力発電で作られた電力を横浜市に届ける取組も実施しています。

この取組は、2019年の環境省の第7回グッドライフアワードで環境大臣賞最優秀賞を受賞しました。

電気の店頭販売(2019年8/28~10/1BEAMSJAPANにて)

3 気候変動に関する緩和を中心とした政府の取組

気候変動による深刻な状況が顕在化する中、パリ協定実施に当たっての短期的な気候変動に関する対策を強化していくとともに、長期的な視野に立った戦略を立てることが必要です。以下では、政府による気候変動対策に係る政策の枠組み及び特に重要な施策等を紹介します。

(1)政府による気候変動対策

パリ協定を踏まえた我が国の地球温暖化対策を推進するため、2016年6月に地球温暖化対策計画を策定し、様々な対策を講じてきています。また、パリ協定においては、温室効果ガスの低排出型の発展のための長期的な戦略(以下「長期戦略」という。)を策定、通報することが招請されています。以下では、2019年度に講じた気候変動対策に係る政策の枠組み等について時系列に紹介します。

ア パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略

世界全体で今世紀後半の温室効果ガスの排出と吸収の均衡に向けた取組が加速する中で、政府はパリ協定長期成長戦略懇談会(パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会)による提言を踏まえ、長期戦略の検討を進めてきました。長期戦略は、2019年6月11日に地球温暖化対策推進本部で了承の上、閣議決定し、同年6月26日に気候変動枠組条約事務局に提出しました。

この戦略では、ビジョンとして、最終到達点としての「脱炭素社会」を掲げ、それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指すとともに、2050年までに80%の温室効果ガスの削減に大胆に取り組むこととしています。G7では、初めて「脱炭素社会」を掲げた長期戦略です。

政策の基本的な考え方として、このビジョンの達成に向けて、ビジネス主導の非連続なイノベーションを通じた「環境と成長の好循環」の実現を目指すことや、将来に希望の持てる明るい社会を描き行動を起こすことなどを盛り込んでいます。

そして、エネルギー、産業、運輸、地域・くらし等の各分野のビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性を示しています。具体的には、エネルギーについては、エネルギー転換・脱炭素化を進めるため、再生可能エネルギーの主力電源化をはじめあらゆる選択肢を追及することとしています。また、産業については脱炭素化ものづくりを進め、運輸については、2050年までに、世界で供給する日本車のxEV(電動車:電気自動車、プラグイン・ハイブリッド自動車、ハイブリッド自動車、燃料電池自動車)化を進め、世界最高水準の環境性能を実現するとともに、世界のエネルギー供給とも連動し、燃料から走行までトータルでの温室効果ガス排出量をゼロにするWell-to-Wheel Zero Emissionチャレンジへの貢献を掲げています。地域・くらしについては、地域循環共生圏を創造し、レジリエントで快適な地域とくらしを実現するとともに、2050年までに可能な地域・企業等からカーボンニュートラルを実現することを目指します。このほか吸収源対策についても着実に取り組むこととしています。

また、「環境と成長の好循環」を実現するための横断的施策として、革新的環境イノベーション戦略の策定や経済社会システムやライフスタイルのイノベーションを起こす「イノベーションの推進」、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の考え方に基づく企業による情報開示や対話を通じた資金循環の構築やESG金融拡大に向けた取組の促進といった「グリーン・ファイナンスの推進」、「ビジネス主導の国際展開、国際協力」の三つを柱として掲げています。

イ 革新的環境イノベーション戦略

前項の長期戦略及び「統合イノベーション戦略2019」に基づき、エネルギー・環境分野において非連続的なイノベーションを創出、社会実装可能なコストを実現し、1.5℃努力目標を含むパリ協定の長期目標の実現に貢献するために、2020年1月21日に統合イノベーション戦略推進会議において「革新的環境イノベーション戦略」が決定されました。本戦略は、世界のカーボンニュートラル、さらには過去のストックベースでのCO2削減(ビヨンド・ゼロ)を可能とする革新的技術を2050年までに確立することを目指しています。例えば、技術開発の一つの柱である再生可能エネルギーの主力電源化において、世界的にまだ実証段階である浮体式洋上風力発電について、我が国では2011年から世界に先駆けて実証研究を実施しており、そのうち長崎県五島市の沖合のものは2016年から事業者による商用運転に移行しています。今後の自立的な導入拡大に向けて、低コストな施工技術や、効率的なメンテナンス技術の開発や、普及等を更に進め、既存電源と同等コスト以下での導入を目指します。その他にも本戦略では、5分野16課題について「アクション・プラン」を掲げ、その実現・充実のための「アクセラレーションプラン」及び取組・成果を世界に発信する「ゼロエミッション・イニシアティブズ」により、長期戦略に掲げた目標の達成を目指しています。

コラム:リチウムイオン電池による革命

私たちの日常生活において身近な存在である蓄電池は、社会のあらゆる場所で重要な役割を果たしています。この蓄電池の一つにリチウムイオン電池があります。リチウムイオン電池は、小型・軽量化を特徴として、携帯電話、スマートフォン、ノートパソコンなどのIT機器やカメラなど、私たちに身近な電子機器に使用されており、現在のモバイルIT革命に大きく貢献しています。

このリチウムイオン電池の開発者である吉野彰氏は、2019年にノーベル化学賞を受賞しました。ノーベル賞受賞理由にもあるように、リチウムイオン電池は、太陽光発電などの変動する再生可能エネルギーを蓄えることにより、脱炭素社会に貢献すると期待されています。

このリチウムイオン電池が、環境・エネルギー問題という人類共通の大きな課題に対しての解決に貢献し、気候変動対策というIT革命の次なる社会変革の実現に大きく貢献することが期待されます。

環境省を表敬訪問した吉野彰氏
ウ 地球温暖化対策計画、日本のNDC(国が決定する貢献)

パリ協定の目標を達成するためには、吸収源を踏まえた累積排出量を一定量以下に抑える必要があり、我が国においても、利用可能な最良の科学に基づき、迅速な温室効果ガス排出削減を継続的に進めていくことが重要です。我が国はパリ協定への対応として、2016年5月に地球温暖化対策の推進に関する法律(平成10年法律第117号)に基づく、地球温暖化対策計画を策定しています。同計画では、2030年度の中期目標として、温室効果ガスの排出を2013年度比26%削減する目標を掲げるとともに、長期的目標として、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指すこととしています。また、我が国は、2020年3月30日に日本のNDC(国が決定する貢献)を地球温暖化対策推進本部で決定し、同月31日に国連気候変動枠組条約事務局に提出しました。これに基づき、地球温暖化対策計画の見直しに着手し、計画見直し後に追加情報を国連へ提出することとしています。

(2)特徴的な地球温暖化対策の動き
ア フロン排出抑制対策

フルオロカーボン、いわゆるフロン類とは、フッ素と炭素などの化合物で、化学的に極めて安定した性質で扱いやすく、人体に毒性が小さいといった性質を有していることから、エアコンや冷蔵庫などの冷媒用途をはじめ様々な用途に活用されてきました。しかし、1980年代に、特定フロン(CFC(クロロフルオロカーボン)及びHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン))が、有害な紫外線を吸収し地球上の生物を守っているオゾン層を破壊してしまうことが分かり、1987年に採択されたモントリオール議定書に基づき、国際的にこうしたフロン類の製造・輸入を段階的に廃止する措置が進められました。その結果、南極のオゾンホールの規模は、1990年代半ばまで急激に拡大しましたが、最近では年々変動による増減はあるものの、回復傾向にあり、2060年代にはオゾン層は1980年レベルに戻ると予測されています。

これまで、特定フロンから代替フロン(HFC(ハイドロフルオロカーボン))への転換により、オゾン層の破壊に対する対策は進んだ一方で、代替フロンは特定フロンと同様に、二酸化炭素の数十倍から一万倍超と非常に高い温室効果を持っており、日本の温室効果ガス排出量全体が減少している中で、排出量の年々増加している代替フロンは、温室効果ガスとして、その排出抑制が必要不可欠となっています。

我が国においては、モントリオール議定書の国内担保法であり、フロン類の生産・消費の規制によるフロン類の削減を目的とする特定物質等の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法)(昭和63年法律第53号)と、上流(フロン類の製造時、フロン使用機器の製造時のノンフロン・低GWP化)から中流(使用時の漏えい防止)、下流(機器廃棄時のフロン回収、再生又は破壊)までフロン類のライフサイクル全体にわたる排出抑制を目的とする法律であるフロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律(平成13年法律第64号。以下「フロン排出抑制法」という。)に基づきフロン排出抑制対策を行ってきました。

しかしながら、オゾン層保護の観点に加え、地球温暖化対策としても、フロン類の排出削減対策が急務となっている一方で、機器廃棄時のフロン類回収率について、地球温暖化対策計画により、2020年50%、2030年70%という目標が設定されているにもかかわらず、2002年にフロン排出抑制法の前身であるフロン類の回収及び破壊の実施の確保等に関する法律(フロン回収・破壊法)が施行されて以来、10年以上も3割程度に低迷し、直近でも4割弱(2018年度39%)にとどまっています。

このため、地球温暖化対策計画に定める目標の達成に向け、関係事業者の相互連携により機器ユーザーの義務違反によるフロン類の未回収を防止し、機器廃棄時にフロン類の回収作業が確実に行われる仕組みをより強化するため、2019年6月にフロン排出抑制法を改正し、2020年4月から施行されています。

また、国際的には、フルオロカーボンの段階的な生産・消費の削減はモントリオール議定書に基づき進められていますが、使用中・使用後の取扱いについての取決めはなく、我が国のように法制度により規制している国は一部にとどまっています。しかしながら、近年は極端な熱波の発生などの異常気象も増加しており、エアコンや冷蔵庫などの需要は途上国だけでなく、欧州や北米においても増加しています。今後30年間にわたり、世界中でエアコンは1秒に10台売れ続けるとも言われており、フロン類の排出抑制対策は今後ますます重要となります。

そのような中、我が国は、2019年12月10日、気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)の場において、この分野におけるトップランナーとして、国内での取組にとどまらずフロン類のライフサイクル全体にわたる排出抑制対策を国際的に展開していく「Initiative on Fluorocarbons Life Cycle Management(フルオロカーボン・イニシアティブ)」を立ち上げたところであり、今後国際的なリーダーシップも発揮していくこととしています。

イ 石炭

石炭火力発電は安定供給性と経済性に優れていますが、CO2の排出量が多いという課題があり、石炭火力発電所に効果的な温室効果ガス削減対策を行わないまま建設・稼働していけば、CO2排出量の高止まりを招くおそれがあります。2018年4月に閣議決定した第五次環境基本計画において、今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出の実質ゼロ(人為的な温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)を目指すパリ協定とも整合するよう、火力発電からの排出を大幅に低減させていくことが必要である、とされています。とりわけ、火力発電の中でもCO2排出量が多いのが石炭火力発電であり、石炭火力発電の排出係数は、最新鋭のものでも天然ガス火力発電の排出係数の約2倍です。このため、イギリス、カナダをはじめ諸外国では脱石炭を標榜(ぼう)する国があります。もっとも、脱石炭を標榜する国々は、天然ガスや水力など自国産のエネルギー源に恵まれています。一方で日本は天然資源に恵まれない中、原発依存度を低下させつつ、経済大国として多量の電力を必要とする等の事情を抱えています。こうした事情を踏まえつつ、脱炭素化をできるだけ早期に実現していく必要があります。国内においても、近年事業性の観点から石炭火力発電所としての開発計画について、計画を変更する動きも出ています。

今後は、地球温暖化対策計画に定められた2030年度の削減目標の確実な達成はもとより、2050年及びその後を視野に入れた脱炭素化の取組が不可欠です。特に、電力部門からの排出量は我が国全体のCO2排出量の約4割を占める最大の排出源です。加えて、電力部門におけるCO2排出係数が相当程度増加することは、産業部門や家庭部門における省エネの取組(電力消費量の削減)による削減効果に大きく影響を与えます。このため、電力部門の取組は、脱炭素化に向けて非常に重要です。加えて、とりわけ石炭火力発電は、事業者にとっては一旦投資判断・建設を実行すれば投資回収のために高稼働させるインセンティブが働くことから、電力の脱炭素化の道筋を描くに当たっては、石炭火力発電による長期的な排出のロックインの可能性を十分に考慮する必要があります。

こうした観点から、2018年7月に閣議決定したエネルギー基本計画においては、よりクリーンなガス利用へのシフトと非効率な石炭火力発電のフェードアウト等に向けて取り組んでいくとともに、2050年に向けても、石炭火力を含む火力発電について、長期を展望した脱炭素化への挑戦として、二酸化炭素回収・貯留(CCS)や水素転換を日本が主導し、化石燃料の脱炭素化による利用を資源国・新興国とともに実現することとしています。例えば、大崎クールジェンプロジェクト(広島県大崎上島町)では、石炭火力の中で最も効率の高いIGCC発電技術の実証試験を行うとともに、発生したCO2を分離回収し、さらなる高効率化を目指して燃料電池を組み合わせた発電技術の開発も進めるなどの石炭火力の脱炭素化を目指す最先端の取組が進められています。

また、長期戦略においても「脱炭素社会の実現に向けて、パリ協定の長期目標と整合的に、火力発電からのCO2排出削減に取り組む。そのため、非効率な石炭火力発電のフェードアウト等を進めることにより、火力発電への依存度を可能な限り引き下げること等に取り組んでいく。」こととしています。脱炭素化に向けては、CO2を炭素資源(カーボン)として捉え、これを回収し、燃料や素材として再利用するカーボンリサイクルを実現することが重要であり、CO2の回収コストの低減や、CO2を素材・資源に転換する技術の開発、炭素由来の化学品・資源等の用途開発などに取り組み、新しい炭素循環型社会を構築していくことが必要です。

さらに、2030年度の削減目標達成に向けて、エネルギーミックス及びCO2削減目標と整合する2030年度の電力排出係数の目標を確実に達成していくために、電力業界の自主的な枠組みの取組やエネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)(昭和54年法律第49号)やエネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律(エネルギー供給構造高度化法)(平成21年法律第72号)に基づく取組が継続的に実効を上げているか、毎年度、その進捗状況を評価するとともに、目標の達成ができないと判断される場合には、施策の見直し等について検討することとしています。

2018年度の進捗状況の評価結果も踏まえ、環境大臣は、2019年3月28日に「電力分野の低炭素化に向けて~新たな3つのアクション~」を発表しました。この中で、石炭火力発電からの確実な排出削減に向けた環境アセスメントの更なる厳格化を打ち出しました。「目標達成の道筋」が準備書手続き過程で示されないなどの石炭火力の案件について、環境大臣意見において、是認できないとし、いわば「中止を求める」こととしました。また、CCUSの早期の社会実装に向けた取組の加速化などの方針も打ち出しました。

石炭火力発電の輸出支援については、エネルギー基本計画の方針に沿って行っています。具体的には、パリ協定を踏まえ、世界の脱炭素化をリードしていくため、相手国のニーズに応じて再生可能エネルギーや水素などを含め、CO2排出削減に資するあらゆる選択肢を相手国に提案し、「低炭素型インフラ輸出」を積極的に推進することとしています。その中で、エネルギー安全保障及び経済性の観点から石炭をエネルギー源として選択せざるを得ないような国に限り、当該国から、我が国の高効率石炭火力発電への要請があった場合には、OECDルールも踏まえつつ、相手国のエネルギー政策や気候変動対策と整合的な形で、原則、世界最新鋭であるUSC以上の発電設備について導入を支援することとしています。また、CCSの実用化の状況を踏まえつつ、段階的にCCS付の石炭火力輸出を増加させていきます。あわせて、高効率LNG火力発電の技術開発、効率的な利用や輸出を促進することとしています。

なお、パリ協定の目標達成に向けた、上記の石炭火力発電輸出の支援に係る要件の見直しについては、次期インフラシステム輸出戦略骨子策定に向け、関係省庁で議論をし結論を得ることとしています。

ウ カーボンプライシング

カーボンプライシングについては、既に欧州諸国や米国の一部の州をはじめとして導入している国や地域があり、中国でも全国規模で排出量取引制度を導入しています。

一方、日本では、二酸化炭素の限界削減費用が高く、エネルギーコストも高水準であり、またエネルギー安全保障の観点においてもエネルギー資源の大半を輸入しているという事情があります。

また、カーボンプライシングは、制度によりその効果、評価、課題も異なります。そのため、国際的な動向や日本の事情、産業の国際競争力への影響などを踏まえた専門的・技術的な議論が必要です。

現在、中央環境審議会に設置されたカーボンプライシングの活用に関する小委員会において、環境大臣による諮問を受けて、あらゆる主体に対して脱炭素社会に向けた資金を含むあらゆる資源の戦略的な配分を促し、新たな経済成長につなげていくドライバーとしてのカーボンプライシングの可能性について、審議が進められているところです。2019年7月には、同小委員会において議論の中間整理を行い、更に議論を深めていくこととしています。

4 脱炭素社会づくりに向けた政府以外のプレーヤーの取組

気候変動への対策は、国、地方自治体、事業者、国民といった全ての主体が参加・連携して取り組むことが必要です。これまで地方自治体や企業等の積極的な取組がパリ協定の交渉やそれぞれの国の取組の強化を後押ししてきました。また、地方自治体には自ら率先的な取組を行うことにより、区域の事業者・住民の模範となることも期待されています。

例えば、エネルギーを選択・購入する(需要側)として声をあげることも重要です。需要側から気候変動に関する取組を求める声が上がることによって、供給側も需要側が求める取組を行うことに移行しやすくなります。

こうした需要側のニーズが示されること、気候変動対策等に関する表明が広がることによって、気候変動に関する取組が加速化するなど、既に社会変革が起こりつつあります。温室効果ガス(二酸化炭素)を実質ゼロにすることや事業活動で必要となる電力を再生可能エネルギー100%にすることを表明するなど、「ノンステートアクター」と呼ばれる、地方自治体や企業、金融機関等の政府以外のプレーヤーによる先駆的な取組が各地で進められ、国際的な脱炭素化の取組の進展に貢献しています。

(1)地方自治体の取組(ゼロカーボンシティ)

環境省では、2050年に温室効果ガス又はCO2の排出量を実質ゼロにすることを目指す旨を定例記者会見、イベント、議会、公式ホームページ等で首長自らが又は地方自治体として表明した地方自治体を「ゼロカーボンシティ」と位置付けています。東京都、山梨県、横浜市、京都市などから始まった、日本の地方自治体による2050年までのCO2排出量の実質ゼロ表明は、2020年4月1日現在89の地方自治体、人口で6,255万人、GDPで約306兆円に至っています(図2-1-6)。

図2-1-6 ゼロカーボンシティを表明した地方自治体(2020年4月1日時点)

ゼロカーボンシティの取組については、スペイン・マドリードで開催されたCOP25で発信し、国際的にも高く評価されました。

表明する地方自治体が広がる中、象徴的なのは、令和元年東日本台風で大変な被害を受けた長野県や東京電力福島第一原子力発電所の事故で大きな影響を受けた福島県大熊町です。長野県は、気候非常事態宣言を出すとともに、2050年までの脱炭素社会の実現を宣言しました。大熊町は、原発事故を経験した町だからこそ、原発や化石燃料に頼らず、地域の再生可能エネルギーを活用した持続可能なまちづくりに取り組むことを決意し、ゼロカーボンへ挑戦することを2020年2月9日に小泉進次郎環境大臣の立ち会いの下、宣言しました。また、群馬県における温室効果ガス排出量ゼロに加えた、自然災害による死者ゼロ、災害時の停電ゼロ、プラスチックごみゼロ、食品ロスゼロの「ぐんま5つのゼロ」の宣言など、気候変動と防災等を同時に取り組む表明も行われています。表明をした地方自治体の多くは、表明に合わせた目標や取組を地球温暖化対策の推進に関する法律(平成10年法律第117号)の地方公共団体実行計画に盛り込むなどの改定を行うこととしているほか、再生可能エネルギーの利用拡大、脱炭素型地域交通モデルの構築など、地域資源を活用した対策の強化を検討しています。また、東京都では、2019年12月に、2050年にCO2排出実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」を実現していく道筋と具体的な取組を示したゼロエミッション東京戦略を策定しています。

ゼロカーボン宣言をした地方自治体が、2050年に向けた効果的な取組を展開していくことが重要です。環境省では、地方自治体によるゼロカーボンの取組を促すため、上記のような地方自治体で取り組まれている効果的で実効性のある取組の横展開や、新たな取組の導入を促すためのゼロカーボンシティの学びの場づくりを始めています。

事例:ゼロカーボンシティにおける先駆的取組

ゼロカーボン宣言をした自治体においては、実効性のある先駆的な取組が実施されています。例えば、条例等によって地域全体として温室効果ガスを削減するための枠組みづくりがなされています。東京都においては、大規模事業所に対してCO2の削減義務を課す総量削減義務及び排出量取引制度を導入している他、神奈川県、横浜市、長野県、京都府、京都市などにおいては、大規模事業所に対する地球温暖化対策を促す計画書制度を導入し、事業所の効果的な削減を促すために行政による指導・助言等も行っています。

また京都府、京都市では、一定規模以上の建築物を新築・増築する建築主に、特定建築物再生可能エネルギー導入計画書、報告書の提出義務付け、再生可能エネルギー設備の導入について一律の最低義務量を設定しています。長野県では、建築物環境エネルギー性能検討制度及び自然エネルギー導入検討制度により、10m2以上の住宅や建築物を新築する際に、環境エネルギー性能を客観的に評価できる指標等に基づき、建築主が省エネルギー性能や自然エネルギーの導入可能性を検討し、より省エネルギー等に配慮した建築物の選択を促す仕組みを導入しています。

また、地域における再生可能エネルギーの導入を促すための、東京都や長野県における建物の太陽光発電等の設置ポテンシャルを示すソーラーマッピングの取組や神奈川県や京都市などによる太陽光発電設備の共同購入により費用対効果の高い太陽光発電の設置を促す取組も始まっています。

さらに、2019年12月に横浜市と東北3県の12市町村との間で再生可能エネルギーに関する連携協定が締結され、東北の再生可能エネルギーによる電気を横浜市内の中小企業が購入する取組が始まっています。都市部の自治体は、地域のエネルギー需要に見合う再生可能エネルギー供給が困難である地域も多く、地方圏と都市圏の自治体間の連携によるゼロカーボン実現に向けた取組も有効です。

事例:徳島県におけるゼロカーボンシティ表明(徳島県)

徳島県では、2019年11月15日に定例記者会見の場で、県知事が「2050年温室効果ガス実質排出ゼロ」を表明しました。当県は、2016年10月に全国初の「脱炭素社会の実現」を掲げた「すだちくん未来の地球条例」を制定し、国を上回る温室効果ガス削減目標を掲げるとともに、法制定に先駆け「徳島県気候変動適応戦略」を策定するなど、緩和策と適応策を両輪とした気候変動対策を展開しています。

2020年3月には、「徳島県気候変動対策推進計画(緩和編)」を策定し、2050年に向けての重要なマイルストーンとなる2030年度に国の目標を大きく上回る2013年度比温室効果ガス50%削減を掲げるとともに、「地域資源の最大限活用」、「県民総活躍」、「環境と経済の好循環」を施策推進の基本方針に位置付け、「脱炭素社会」の実現に向けた気候変動対策を牽引する取組を進めています。

今後は、2050年温室効果ガス実質排出ゼロに向けて、「環境先進県」として、豊富なポテンシャルを活かした自然エネルギーの導入促進や水素エネルギーの率先導入を一層加速するなど、更なる取組が展開されていきます。

宣言をした定例記者会見

コラム:自治体排出量カルテ

環境省では、地球温暖化対策の推進に関する法律第3条第3項に基づく国の責務の一環として、地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の4に基づいて示す技術的な助言として、地方公共団体実行計画(区域施策編)策定の際に役立つ温室効果ガスの標準的な算定手法を公表しています。この標準的な算定手法に則った全市町村の排出量を、部門別CO2の現況推計結果として毎年ホームページで公表しています。自治体排出量カルテは、この結果を、市町村別の個別ファイルで可視化を施した2次統計資料です。

自治体排出量カルテは、グラフが豊富に用いられていることから、排出量や活動量の定量的な数値データを、グラフにより視覚的な情報として容易に捉えることができ、「政策策定のための補助資料」や「環境コミュニケーションツール」として活用できます。例えば、各地方自治体の排出構造や排出特性に応じた政策を講じる場合、直近年度の部門別の排出量を把握することが重要となります。その際、部門別排出量を経年で可視的に把握でき、特に排出量比率の大きな部門には、その部門への施策を優先的に検討するといった活用方法が考えられます。また、再生可能エネルギー導入量の推移がグラフとして可視化されており、再生可能エネルギー導入促進のための施策の検討にも有効に利用することができます。

グラフデータは修正が可能なため、地方自治体の把握している数値に置き換えることが可能であり、政策決定者と市民間、あるいは政策決定者間・市民間の環境コミュニケーションツールとして、パンフレットやホームページへの掲載、環境・社会科教育の題材等、幅広い活用が可能となっています。

自治体排出量カルテのイメージ
(2)企業等の取組

企業や金融機関にとっても、パリ協定を契機にESG金融の動きなどとあいまって、脱炭素化を取り込んだ企業経営が世界的に進展しています。需要側からイノベーションを喚起し、社会実装を促していくためには、我が国企業による脱炭素化を取り込んだ企業経営を促進し、事業活動の脱炭素化に取り組む企業を増やすことも必要と言えます。ここでは、脱炭素化を取り込んだ企業経営が国際的なトレンドになっている中、TCFDに沿った情報開示やSBT、RE100など中長期の目標設定等について紹介します。

ア 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、各国の中央銀行総裁及び財務大臣からなる金融安定理事会(FSB)の作業部会で、投資家等に適切な投資判断を促すための、気候関連財務情報開示を企業等へ促すことを目的とした民間主導のタスクフォースです。2017年6月に自主的な情報開示のあり方に関する提言(TCFD報告書)を公表し、世界で1,119の機関(金融機関、企業、政府等)、日本では世界1位の252機関が賛同表明をしています(2020年3月31日時点)(図2-1-7)。

図2-1-7 TCFD賛同企業数(上位10か国)

環境省は、報告書を踏まえた企業の取組をサポートしていく姿勢を明らかにしていくため、TCFDに対して賛同の意を表明しています。

イ パリ協定と整合した目標設定(SBT:Science Based Targets)

パリ協定では、世界共通の長期目標として、産業革命前からの平均気温の上昇を2℃未満にすることが盛り込まれています。このパリ協定の採択を契機に、パリ協定に整合した科学的根拠に基づく中長期の温室効果ガス削減目標(SBT)を設定する企業を認定する国際イニシアティブが大きな注目を集めています。

2020年3月31日時点で、認定を受けた企業は世界で348社、SBTを2年以内に策定するとコミットした企業は493社と、国内外の企業が気候変動対策に意欲的に取り組む意思を続々と表明しています。我が国では既に62社が認定を受けており、26社が2年以内の策定にコミットしています(図2-1-8、図2-1-9

図2-1-8 SBTの認定・コミットした企業数
図2-1-9 SBT国別認定企業数(上位10か国)

こうした脱炭素化に向けた動きは、大企業だけではなく、サプライチェーンを通じ、中小企業にも求められています。

サプライチェーンの温室効果ガスの排出は、燃料の燃焼や工業プロセス等による事業者自らの直接排出、他者から購入した電気・熱等の使用に伴う間接排出、事業の活動に関連する他社の排出などのその他の間接排出で構成されます。取引先がサプライチェーン排出量の目標を設定すると、取引先から自社の排出量の開示、削減が求められます。SBT認定を取得している日本企業の中でも、主要サプライヤーにSBTを目指した削減目標を設定させるなど、サプライヤーに排出量削減を求める企業が増加しており、サプライチェーン全体で脱炭素化への取組が加速化しています。

環境省としても、企業がパリ協定に整合した意欲的な目標を設定し、サプライチェーン全体で効果的に削減を進めるため、2019年度にSBT目標等の達成に向けた削減行動計画の策定を支援や、脱炭素化を取り込んだ企業経営に取り組む企業とそれを支援する再エネ関連企業のネットワークの運営等を行っています。

ウ 国際的イニシアティブ「RE100」

RE100とは、企業が自らの事業の使用電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的なイニシアティブであり、各国の企業が参加しています。

RE100の加盟企業数は世界で229社、日本企業は32社にのぼります(2020年3月31日時点)(図2-1-10、図2-1-11)。日本企業では、建設業、小売業、金融、不動産業など様々な業界の企業において、再生可能エネルギー100%に向けた取組が進んでいます。

図2-1-10 RE100の加盟企業数
図2-1-11 RE100に参加している国別企業数(上位10か国)

RE100へ加盟することにより、脱炭素化に向けて取り組んでいる企業だということをアピールできるだけでなく、国際的なイニシアチブを通して実行可能な計画を立てることや取組に対する助言を受けることが可能となります。

環境省では、自らが再生可能エネルギーの主力電源化の先鋒となるため、2018年6月にRE100に公的機関としては世界で初めてアンバサダーとして参画し、2019年12月には、「環境省RE100達成のための行動計画」を策定しました。まずは、2020年度から新宿御苑の電力を全て再生可能エネルギーで調達するとともに、全ての地方環境事務所管内において、100%再生可能エネルギー由来の電力の調達に向けた取組等を開始することとしています。環境省が政府機関における再生可能エネルギーの利用を率先して取り組んでいきます。

コラム:自治体や中小企業を対象とした再エネ100%利用を促進する枠組み(再エネ100宣言 RE Action)

グリーン購入ネットワーク(GPN)、イクレイ日本(ICLEI)、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)の4団体が旗振り役となった「再エネ100宣言 RE Action(アールイーアクション)」が2019年10月9日に、28団体の参加を得て活動を開始しました。事業活動における使用電力を100%再生可能エネルギーに転換することを宣言するRE100の中小企業版として注目されています。

特定の要件を満たした国内の企業、自治体、教育機関、医療機関等の団体(関連団体を含むグループ全体での参加となります。)が対象となり、2020年4月1日時点で、62団体、総従業員数が約7.6万人に上ります。これらの団体で使用されている約787GWh分の電力をすべて再生可能エネルギーに転換する行動が進められています。また、参画することによって、具体的な再エネ導入のための情報収集やRE100参加企業や、GPN、ICLEI、JCLPの加盟団体等との交流等ができるようになります。

「再エネ100宣言 RE Action」のロゴマーク

事例:電力での「自然エネルギー100%」の大学(千葉商科大学)

千葉商科大学では、電気とガスを含めた総エネルギー消費量に対する「自然エネルギー100%大学」を目指す取組を進めています。同大学は、2017年より学長プロジェクトを開始し、同年11月に環境目標を宣言しました。第1目標として、市川キャンパスの消費電力量に相当する再エネ発電を行うこととしました。そこで、省エネの推進とともに、千葉県野田市の所有地に建設したメガソーラー発電所と市川キャンパス内の屋上太陽光による創エネを進めました。野田発電所での発電分はFITを使い2014年4月から東京電力に売電していますが、再エネ電力を社会に提供することに意義があると考えたからです。野田発電所は敷地4万6,781m2、パネル容量は大学単体では日本一で当初2.45MW、パネル増設後は2.88MWの規模があります。

2019年1月には年間の消費電力量365万kWhに対し、再エネ発電量が369万kWhとなり、年間の再エネ発電量が消費電力を上回りました。実現に当たっては、全建物照明のLED化、野田発電所のソーラーパネルの増設、EMS導入によるエネルギーの見える化、省エネ行動の啓発、また、ソーラーシェアリングの実験なども行っています。教職員、学生、そしてCUCエネルギー株式会社(同大有志が設立した地域電力事業者)が協働して取り組んでいます。さらに、8月からは電力調達でも、みんな電力株式会社を通じて、野田発電所の発電分を買い戻すなどして再生可能エネルギー100%としました。

このように、電気に関しては「つくる責任、つかう責任」を果たしたことから、現在は次の目標に挑戦しています。2020年度には第2目標、電気だけでなくガスを含めた総消費エネルギーに相当する発電を行うことを目指し、そのため、校舎屋上太陽光の増設をはじめ、新たな取組を進めています。

同大学は今後、「自然エネルギー100%大学」の取組をモデルに、近隣の大学をはじめ、他大学にも再生可能エネルギー利用の取組が広まるよう働きかけを行っていくとしています。

メガソーラー野田発電所のFIT電気を中心とした再生可能エネルギー利用
エ 「チャレンジ・ゼロ」(「チャレンジ ネット・ゼロカーボン イノベーション」)構想

2019年12月9日に一般社団法人日本経済団体連合会は、政府と連携し、脱炭素社会の実現に資する企業のイノベーションのチャレンジを国内外に力強く発信し、イノベーションを後押しすべく、新たなイニシアティブである「チャレンジ・ゼロ」(「チャレンジ ネット・ゼロカーボン イノベーション」)構想を打ち出しました。チャレンジ・ゼロに参加する企業や団体は、イノベーションを通じた脱炭素社会へのチャレンジに取り組むことを宣言し、具体的なアクションを発表します。その宣言・発表をもとに、参加企業等の名称・ロゴと紐付いた具体的なアクションの内容や「総合的な絵姿」を示し、経済界の脱炭素社会に向けたチャレンジを国内外にPRします。これにより、単なる目標の宣言ではなく、脱炭素社会に向けた具体的なアクションを評価する「ゲーム・チェンジ」を国内外に仕掛け、ESG投資の呼び込みや、同業種・異業種・産学連携、さらには政府のイノベーション施策・戦略との連携・反映を図るなどして、ビジネス主導のイノベーションを力強く後押ししていきます。

5 海洋プラスチック・生物多様性に係る政府の取組

第1章で、気候変動問題に加え、海洋プラスチックごみ汚染、生物多様性の損失など様々な形で地球環境が危機的状況にあることや気候変動対策と海洋プラスチック問題及び生物多様性との相互関連性についても述べました。以下では、このような危機的な状況にある海洋プラスチック問題や生物多様性保全に係る政府の取組について紹介します。

(1)プラスチック資源循環に関する主な国内施策の動向

プラスチックの資源循環を総合的に推進するためのプラスチック資源循環戦略等、国内施策の動向について紹介します。

ア プラスチック資源循環戦略

環境省では、第四次循環基本計画の閣議決定を受けて、廃プラスチックの有効利用率の低さや海洋プラスチックごみ等による環境汚染が世界的課題となっていること、我が国は国内で適正処理・3Rを率先し、国際貢献も実施する一方、世界で2番目の一人当たりの容器包装廃棄量であることやアジア各国での輸入規制等の課題に対応するため、2019年5月31日に「プラスチック資源循環戦略」を策定しました。

本戦略においては、基本的な対応の方向性を「3R+Renewable」としています。すなわち、循環型社会形成推進基本法の基本原則(3Rの優先順位等)を踏まえた上で、[1]ワンウェイの容器包装・製品をはじめ、回避可能なプラスチックの使用を合理化し、無駄に使われる資源を徹底的に減らすとともに、[2]より持続可能性が高まることを前提に、プラスチック製容器包装・製品の原料を再生材や再生可能資源(紙、バイオマスプラスチック等)に適切に切り替えた上で、[3]できる限り長期間、プラスチック製品を使用しつつ、[4]使用後は、効果的・効率的なリサイクルシステムを通じて、持続可能な形で、徹底的に分別回収し、循環利用(リサイクルによる再生利用、それが技術的経済的な観点等から難しい場合には熱回収によるエネルギー利用を含め)を図ることとしています。いずれに当たっても、経済性及び技術可能性を考慮し、また、製品・容器包装の機能(安全性や利便性など)を確保することとの両立を図ることとしています。

以上を基本原則としつつ、[1]資源循環(リデュース等の徹底、効果的・効率的で持続可能なリサイクル、再生材・バイオプラスチックの利用促進)、[2]海洋プラスチック対策、[3]国際展開、[4]基盤整備という柱立てで重点戦略を立てて、具体的な施策の方向性を記載しています。

また、同戦略の展開に当たっては、以下のとおり世界トップレベルの野心的な「マイルストーン」を目指すべき方向性として設定し、国民各界各層との連携協働を通じて、その達成を目指すことで、必要な投資やイノベーションの促進を図ることとしました。

○リデュース

○リユース・リサイクル

○再生利用・バイオマスプラスチック

イ レジ袋有料化について

「プラスチック資源循環戦略」においては、その重点戦略の一つとしてリデュース等の徹底を位置付け、その取組の一環として「レジ袋有料化義務化(無料配布禁止等)」を通じて消費者のライフスタイル変革を促すこととしています。2019年9月から、産業構造審議会産業技術環境分科会廃棄物・リサイクル小委員会レジ袋有料化検討ワーキンググループ及び中央環境審議会循環型社会部会レジ袋有料化検討小委員会の合同会議において、計4回にわたる審議が重ねられました。その後、パブリックコメントを経て、容器包装リサイクル法の関係省令を2019年12月27日に改正するとともに、制度の円滑な実施に向けて「プラスチック製買物袋有料化実施ガイドライン」を公表しています。

関係省令については、具体的には、2006年の容器包装リサイクル法改正に伴い制定された「小売業に属する事業を行う者の容器包装の使用の合理化による容器包装廃棄物の排出の抑制の促進に関する判断の基準となるべき事項を定める省令」(平成18年財務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省令第1号)を改正し、事業者による排出抑制促進の枠組みを活かしつつ、プラスチック製買物袋についてはその排出抑制の手段としての有料化を必須とする旨を規定しました。本制度では、小売業に属する事業を行う事業者は、商品の販売に際して、消費者がその商品の持ち運びに用いるためのプラスチック製買物袋を有料で提供することにより、プラスチック製買物袋の排出の抑制を促進するものとし、2020年7月1日から全国で一律に開始されます。

コラム:レジ袋削減に向けた各主体の取組

2020年7月1日のレジ袋有料化の全国一律実施に関しては、既に一部の地方自治体や企業において率先する取組が行われています。富山県では、2008年4月からスーパーとクリーニング店28社208店舗において「レジ袋無料配布廃止」の取組を全国に先駆けて県内全域でスタートしています。富山県ではレジ袋辞退率95%を達成しています。また、レジ袋の収益金は地域の環境保全等に活用されています。自治体によるレジ袋有料化は、関係事業者と協定を結ぶ方式又は関係事業者に登録をしてもらう方式で有料化が行われています。都道府県単位では、富山県のほか、青森県、福島県、茨城県、栃木県、新潟県、石川県、長野県、山梨県、岐阜県、愛知県、滋賀県、鳥取県、広島県、山口県、徳島県、長崎県、大分県及び沖縄県の19県で実施されています(2019年9月末時点)。

企業では、例えば、イオングループ、ドラッグストアのトモズ、ウエルシア薬局、マツモトキヨシ、ココカラファイン、百貨店の高島屋では2020年4月に前倒して、有料化を実施しています。

また、環境省と厚生労働省が入居する中央合同庁舎5号館では、「まず隗より始めよ」として、2019年12月6日から中央合同庁舎5号館のコンビニエンスストア等の全ての店舗において、レジ袋の配布を取り止め、マイバッグ使用に全面的に切り替える取組を開始しています。

持続可能な社会の実現に向けた取組が一層広まることが期待されます。

中央合同庁舎5号館においてマイバッグで買い物をする様子
ウ 海岸漂着物処理推進法に基づく基本方針の変更について

2009年に公布・施行された、美しく豊かな自然を保護するための海岸における良好な景観及び環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律(平成21年法律第82号)に基づき、国は、都道府県等が実施する海岸漂着物等の処理や発生抑制のための取組に対して財政的な支援等を行ってきました。しかしながら、法制定以降も、海岸漂着物等が海洋環境に深刻な影響を及ぼしており、海洋ごみ対策に係る国際連携・協力の必要性が高まっていること等を踏まえ、2018年6月に同法が改正されました。法改正を踏まえ、2019年5月31日には同法に基づく政府の基本方針が変更されました。変更された基本方針には、[1]海岸漂着物等の円滑な処理のため、内陸域から沿岸域までの流域圏で関係主体が一体となった対策を実施すること、漂流ごみや海底ごみについて、漁業者等の協力を得ながら処理を推進すること、[2]海岸漂着物等の効果的な発生抑制のため、ワンウェイのプラスチック製容器包装のリデュースなどによる廃プラスチック類の排出抑制、効果的・効率的で持続可能なリサイクル、生分解性プラスチック・再生材の利用の推進等を図ること、[3]マイクロプラスチックの海域への排出抑制を図るため、事業者による洗い流しスクラブ製品に含まれるマイクロビーズの使用抑制、国による実態把握を推進すること、[4]多様な主体の連携を図るほか、国際連携の確保や国際協力の推進のため、途上国の発生抑制対策の支援、地球規模のモニタリング・研究ネットワークの構築などを行っていくことが盛り込まれました。

エ 海洋プラスチックごみ対策アクションプラン

同じく2019年5月31日には、海洋プラスチックごみ対策の推進に関する関係閣僚会議において、我が国としての具体的な取組として「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」を取りまとめました。海洋プラスチックごみ対策も成長の誘因であり、経済活動の制約ではなくイノベーションが求められているという考えの下、プラスチックを有効利用することを前提としつつ、新たな汚染を生み出さない世界の実現を目指すこととしています。まず、廃棄物処理制度によるプラスチックごみの回収・適正処理をこれまで以上に徹底するとともに、ポイ捨て・不法投棄による海洋流出の防止を推進することとしています。それでもなお環境中に排出されたごみについては、まず陸域での回収に取り組むとともに、一旦海洋に流出したプラスチックごみについても回収に取り組むこととしています。また、海洋流出しても影響の少ない素材の開発やこうした素材への転換など、イノベーションを促進していくこととしています。さらに、我が国の廃棄物の適正処理等に関する知見・経験・技術等を活かし、途上国等における海洋プラスチックごみの効果的な流出防止に貢献することとしています。加えて、世界的に海洋プラスチック対策を進めていくための基盤となるものとして、海洋プラスチックごみの実態把握や科学的知見の充実にも取り組むこととしています。

(2)生物多様性に関する国内の施策の動向

2020年は、2010年に日本で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)において策定された生物多様性に関する世界目標である「愛知目標」の目標年となります。日本における愛知目標の進捗状況のほか、法改正を含めた生物多様性に関連する制度の変更など、生物多様性に関する国内の主な動きを紹介します。

ア 愛知目標の達成や評価に向けた取組

2012年に閣議決定された「生物多様性国家戦略2012-2020」は、愛知目標の達成に向けた我が国のロードマップとしての役割も担っています。本国家戦略のうち、愛知目標に対応した国別目標については、2018年に生物多様性条約事務局に提出した「第6回国別報告書」において進捗状況を評価し、目標の一部については達成できる見込みとした上で、全体的には継続的な努力が必要と報告しています。政府では、目標の達成に向けた取組を引き続き進めているところです。

例えば、愛知目標においては目標11として、沿岸域及び海域の10%を保全することとされ、他国で海洋保護区の設定が加速していますが、我が国においても、これに関連する取組として、2019年4月に自然環境保全法が改正され、沖合海底自然環境保全地域制度が創設されています。

また、目標19として、科学的基盤を向上・共有等することとされていますが、モニタリングサイト1000により、日本を代表とする生態系の現状や傾向を把握しており、2019年11月には、これまで得られた調査結果を取りまとめ、専門知識を持たない人でも理解できるよう「とりまとめ報告書概要版」を作成し、自治体や環境保全団体などに広く共有をしました。「とりまとめ報告書概要版」では、例えば、里地調査では、調査地に限って言えば、調査したチョウ類の約4割の種が減少していることが確認できたほか、次のようなことも分かっています。

○絶滅の危機にあった渡り鳥シジュウカラガンの増加(陸水域調査)

日本に国内外から飛来するガンカモ類について、その個体数調査の結果、絶滅の危機に瀕(ひん)していたシジュウカラガンが近年増加傾向にあることが本調査でも確認されました(図2-1-12、写真2-1-1)。

図2-1-12 シジュウカラガンの1地点における最大個体数の経年変化
写真2-1-1 シジュウカラガンの群れ

○巨大地震が与えたインパクトとその後(沿岸域調査)

東北地方太平洋沖地震は、沿岸の地形やその周辺に住む生きものに大きな影響を与えましたが、沿岸域調査では、実際に生態系がどれほど影響を受けたのかが明らかになりました(図2-1-13)。

図2-1-13 地震による地盤沈下に伴う水深の変化により、徐々に消滅した定点モニタリングのアラメ(宮城県志津川サイト)

なお、愛知目標の我が国の最終的な達成状況については、2020年夏頃に公表予定の生物多様性国家戦略の進捗状況の最終評価において示すべく、現在関係省庁において評価作業が進められています。

イ 沖合海底自然環境保全地域の創設

我が国は世界有数の広大な管轄海域を有する海洋国家であり、その海域には多様な環境や生態系が存在しています。我が国の管轄区域を沿岸域(領海(内水を含む。)かつ水深200m以浅の場所)と沖合域(我が国の管轄海域のうち、沿岸域を除いた場所)に分けると、沖合域の海底には海山、熱水噴出域、海溝等の多様な地形等に特異な生態系や生物資源が存在しています。これまで我が国の管轄海域においては、沿岸域を中心に海洋保護区が設定されてきましたが、沖合域の自然環境の保全を目的とした海洋保護区制度がありませんでした。そこで、沖合域の海底の自然環境の保全を図るため、2019年4月に自然環境保全法が改正され、新たな海洋保護区である沖合海底自然環境保全地域制度が創設されました。本改正により、陸域、沿岸域から、今回新たに沖合域に至るまで、総合的に生物多様性の保全について取り組むことが可能となりました。

ウ 自然公園区域の見直しや管理の充実

生物多様性を保全するための屋台骨である国立・国定公園では、指定や区域の見直しを行うとともに、保護管理の充実を図っています。指定や区域の見直しについては、自然環境や社会状況、風景評価の多様化に対応して行った国立・国定公園の資質に関する総点検事業の結果等を踏まえ、全国的に国立・国定公園の指定の見直し、再配置を進めています。国定公園においては2016年3月に京都丹波高原国定公園、2020年3月に中央アルプス国定公園の指定を行い、国立公園においては2016年4月に西表石垣国立公園区域を大規模に拡張したほか、2016年9月にやんばる国立公園、2017年3月に奄美群島国立公園を指定しました。引き続き、国立・国定公園総点検事業に基づき選定した新たな国立・国定公園の指定又は大規模な拡張を検討する候補地について検討や調整を進める予定です。

また、保護管理の充実として、国立・国定公園で採捕を規制する動植物(以下「指定植物」、「指定動物」という。)の見直しを進めています。指定植物については、2015年に改訂した指定植物の選定方針に基づき、全国の国立公園において見直し作業を進めており、指定動物については、2020年2月に奄美群島国立公園において新規指定しました。

さらに、外来種による生態系の劣化に対しても適切な取組を進めることが必要とされており、国立公園において生態系維持回復事業計画等に基づいた外来種対策を実施したり、公園区域内の生態系に影響を及ぼしているニホンジカ対策を実施するなど、各国立公園における生物多様性の保全を強化しているところです。

エ 二次的自然に分布する希少野生動植物種の保存

2020年2月に、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」(平成4年法律第75号)に基づく特定第二種国内希少野生動植物種として両生類のトウキョウサンショウウオ、淡水魚類のカワバタモロコ、昆虫類のタガメの3種を指定しました。

特定第二種国内希少野生動植物種制度は2017年の種の保存法改正により新たに創設された制度で、今回の3種は制度創設後初の指定種となります。現在、多くの絶滅危惧種が里地里山等の二次的自然に依存しており、そうした環境に分布する昆虫や淡水魚等は、生息地の環境改善がなされれば速やかに個体数の回復が見込めるものが多いという特徴があります。一方、販売目的の大量捕獲等がなされた場合には種の存続に支障を来たすおそれがあります。本制度はこうした種の保全を目的として、商業目的での捕獲等のみを規制するものです。

今回指定した3種は、健全な里地里山の指標となる絶滅危惧種です。今後は、販売規制に加え、地域の保全活動を支援することなどにより、これらの種の保全と里地里山の環境保全を進めていきます。

写真2-1-2 タガメ
オ ヒアリをはじめとした非意図的に侵入する外来種への対策

国外からの貿易量の増大に伴い、海上コンテナ等から爬虫類、両生類、昆虫等の外来種が非意図的に国内に侵入する頻度が増しています。2017年6月に国内で初めて確認され、2020年1月までに国内で48事例が確認されているヒアリ(発見された巣や個体は全て駆除され、国内への定着は防がれています)についても、その大半が海上コンテナで運ばれたと見られています。

南米原産のヒアリは、攻撃性が強く、刺された場合、体質によってはアナフィラキシー症状を起こす可能性があるなど人体にとって危険な生物であり、定着すると生活や産業に大きな影響が出ると危惧されています。環境省は、ヒアリが確認されて以降、地元自治体や関係行政機関等と協力して発見された巣や個体を全て駆除するとともに、全国の港湾で定期的なモニタリングを行っています。

また、輸入業・運送業に携わる関係者にヒアリに関する注意事項や配慮事項を関係機関を通じて通知するほか、ヒアリに関する基礎情報をウェブサイト等で一般の方へも広く周知しています。ヒアリは、一般家庭へ配送される荷物に紛れているところを発見された例もあります。個人の方にもヒアリと疑わしい場合に通報してもらえるよう、ヒアリ相談ダイヤルを設置し、2019年7月からはヒアリ専門のウェブサイト内でチャットボットでの相談対応(24時間受付)も実施しています。

なお、2019年10月には東京湾青海ふ頭で多数の女王アリが確認されたため、現場の徹底的な駆除、周辺地域における重点的な調査を行うとともに、関係事業者や地域の方への情報発信を強化しました。

ヒアリに限らず、非意図的に侵入する外来種による影響は国際的に大きな問題となっており、様々な関係者の理解と協力に加え、関係国との連携を深めていくことが重要です。

写真2-1-3 児童館で注意喚起する様子
図2-1-14 チャットボット画面