環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第3節 海洋プラスチックごみ汚染・生物多様性の損失

第3節 海洋プラスチックごみ汚染・生物多様性の損失

気候変動以外に深刻化している地球環境問題として、海洋プラスチックごみ汚染や生物多様性の損失が挙げられます。海洋プラスチックごみ問題も生物多様性の損失も、地球規模の課題であり、国際的な連携の下で取組を進めていくことが重要です。2019年にG20大阪サミットが開催され、海洋プラスチックごみに関して2050年までに追加的な汚染をゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」がG20首脳間で共有されました。また、生物多様性に関しては、2021年以降の生物多様性に関する国際的な目標(ポスト2020生物多様性枠組)について議論されています。

本節では気候変動との関係も踏まえつつ、プラスチックをはじめとした資源循環の状況と生物多様性の状況について概説します。

1 海洋プラスチックごみ問題について

プラスチックの生産量は世界的に増大しており、1950年以降生産されたプラスチックは83億トンを超えています。また、生産の増大に伴い廃棄量も増えており、63億トンがごみとして廃棄されたと言われています。現状のペースでは、2050年までに250億トンのプラスチック廃棄物が発生し、120億トン以上のプラスチックが埋立・自然投棄されると予測されています(図1-3-1)。

図1-3-1 プラスチック廃棄物発生量の推計

こうしたプラスチックの製造用途については、2018年6月に発表されたUNEPの報告書によれば、2015年における世界のプラスチック生産量を産業セクター別に見ると、ワンウェイのものを含む容器包装セクターのプラスチック生産量が最も多いとされており、全体の36%を占めているとされています(図1-3-2)。

図1-3-2 2015年の産業分野別の世界のプラスチックの生産割合

プラスチックは賢く付き合えば私たちに恩恵をもたらすものですが、資源循環の分野では、不適正な管理等により海洋に流出した海洋プラスチックごみが世界的な課題となっています。海洋プラスチックごみは生態系を含めた海洋環境の悪化や海岸機能の低下、景観への悪影響、船舶航行の障害、漁業や観光への影響など、様々な問題を引き起こしています(写真1-3-1)。

写真1-3-1 海洋プラスチックごみが絡まっているウミガメ

具体的には、例えば生態系との関係では、世界中から、死んだ海鳥の胃の中から誤って食べたプラスチックが多く見つかり、魚の胃の中からも、細かいプラスチックが発見されています。また、海中などに放棄され又は流出した網やカゴなどの漁具が、長期間にわたって水生生物に危害を加えることもあると言われています。これは、持ち主のいなくなった漁具が人の管理を離れて長期間水生生物を捕獲することからゴースト・フィッシングとも呼ばれており、生態系だけでなく、漁業にも悪影響を与えています。

海洋プラスチックごみの量は極めて膨大であり、世界全体では、毎年約800万トンのプラスチックごみが海洋に流出しているとの報告があります。また、この報告では、このままでは2050年には海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超えるとの試算もしています(図1-3-3)。

図1-3-3 BAUシナリオにおけるプラスチック量の拡大、石油消費量

近年はマイクロプラスチック(一般に5mm以下の微細なプラスチック類をいう。)による海洋生態系への影響も懸念されています。マイクロプラスチックは、プラスチックごみが波や紫外線等の影響により小さくなることにより、あるいは洗顔料や歯磨き粉にスクラブ剤として使われてきたプラスチックの粒子や合成繊維の衣料の洗濯等によっても発生します。製造の際に化学物質が添加されていたり、プラスチックの漂流の際に化学物質が吸着することにより、マイクロプラスチックに有害物質が含まれていることがあります。具体的な影響は必ずしも明らかにはされていませんが、含有・吸着する化学物質が食物連鎖に取り込まれることによる生態系に及ぼす影響が懸念されています。北極や南極においてもマイクロプラスチックが観測されたとの報告もあり、地球規模の海洋汚染となっています(図1-3-4)。

図1-3-4 マイクロプラスチック(1~4.75mm)の密度分布(モデルによる予測)

こうした海洋プラスチックごみの主要排出源は東アジア地域及び東南アジア地域であるという推計があります。もっとも2017年に環境省が行った日本に漂着した漂着ごみのモニタリング調査によれば、日本語表記のペットボトルも相当な割合を占めるなど外国から漂着するごみだけでなく、私たちが排出したごみも海岸に漂着しています。海洋プラスチックごみ問題は新興国・途上国だけではなく我が国を含め世界全体の課題として対処する必要があります。

2 プラスチック資源循環に関する国際的な施策の動向

(1)新興国・途上国含めた取組の第一歩である「大阪ブルー・オーシャンビジョン」

2019年6月15日及び16日に、長野県軽井沢町において「G20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合」が開催されました。[1]イノベーションの加速化による環境と成長の好循環、[2]資源効率性・海洋プラスチックごみ、[3]生態系を基盤とするアプローチを含む適応と強靱なインフラについて議論を行い、成果文書として、議論の内容をまとめたコミュニケ及びその付属文書を20か国・地域の同意により採択しました。

海洋プラスチックごみ問題の分野では、我が国が主導する形で、新興国・途上国も参加し、各国が自主的な対策を実施し、その取組を継続的に報告・共有する実効性のある新しい枠組みである「G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組」に合意しました。また、資源効率性に関しては、G20資源効率性対話における取組を評価し、日本が議長国を務める同対話の会合で、同対話のロードマップを作成することに合意しました。

さらに、6月28日及び29日には大阪市において、G20大阪サミットが開催されました。本会合の成果物として、「G20大阪首脳宣言」が採択され、20か国が一致して、「環境と成長の好循環」がイノベーションを通じて行われるパラダイム・シフトが必要とされていること等が確認されました。海洋プラスチックごみに関しては、2050年までに追加的な汚染をゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」をG20首脳間で共有し、軽井沢で行われた閣僚会合で策定した「G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組」を承認するものとなりました。

これを受けて10月に東京で行われたG20資源効率性対話・G20海洋プラスチックごみ対策フォローアップ会合では、G20等各国の取組についての「G20海洋プラスチックごみ対策報告書」と、G20資源効率性対話ロードマップが初めて取りまとめられました。

「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」は、G20以外の国にも参加を促し、2020年3月末時点で59か国がビジョンに賛同しています。

写真1-3-2 G20資源効率性・海洋プラスチックごみ公開シンポジウムにおける石原宏高環境副大臣による挨拶の様子
(2)汚れたプラスチックごみを規制対象とするバーゼル条約第14回締約国会議

1980年代に入り、ヨーロッパの先進国からの廃棄物がアフリカの開発途上国に放置されて環境汚染が生じるなどの問題が発生したことから、一定の有害廃棄物の国境を越える移動等の手続き等について規定した有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約(以下「バーゼル条約」という。)が締結されています。この条約では輸出する際の事前通告・同意取得の義務や不法取引が行われた際の輸出国の再輸入等の義務が課されるなど有害廃棄物についての輸出入が規制されています。

廃棄物の管理能力の低い途上国では、プラスチックごみが不適正に処理されるおそれがあり、その結果海洋への流出につながることもあります。そのような途上国へのプラスチックごみの輸出を管理することが重要であることから、2019年4月29日~5月10日にかけてジュネーブにおいて開催されたバーゼル条約の締約国会議では、我が国は、ノルウェーと共同で、リサイクルに適さない汚れたプラスチックごみを条約の規制対象とする旨を提案しました。会議の結果、汚れたプラスチックごみを規制対象とすることが決定されるとともに、海洋プラスチックごみに関するパートナーシップの設立が決定されました。

(3)その他の資源循環に関する国際的な動き

欧州では、2015年12月に欧州委員会がサーキュラー・エコノミー・エコノミーパッケージを発表し、製品と資源の価値を可能な限り長く保全・維持し、廃棄物の発生を最小限化することで、持続可能な低炭素かつ資源効率的で競争力のある経済への転換を図るべく、アクションプランを掲げています。欧州はこれらアクションプランの実現により、2030年までGDPはプラス7%(約1兆ユーロ)の経済成長、2035年までに廃棄物管理分野における17万人の雇用創出、2~4%の温室効果ガス総排出量の削減等の効果が見込まれると試算しています。特にプラスチックについては、優先分野として、ライフサイクル全体を考慮する戦略として、2018年1月に欧州委員会はプラスチック戦略を発表しています。

この戦略では、2030年までに全てのプラスチック容器包装をコスト効果的にリユース・リサイクル可能とすることや、企業による再生材利用のプレッジ・キャンペーン、シングルユースプラスチックの削減の方向性等を盛り込んでいます。また、2019年3月に欧州議会は、食器、カトラリー類、ストロー、綿棒等のワンウェイプラスチック製品を2021年までに禁止する規制案を可決しました。

アジアでは、2017年7月、中国政府が「固体廃棄物輸入管理制度改革実施案」を発表しました。この発表では、2019年末までに国内資源で代替可能な固体廃棄物の輸入を段階的に停止すること、まずその第1弾として、2017年末までに生活由来の廃プラスチック、仕分けられていない紙ごみ、紡績ごみ、金属くず等の輸入を禁止することが示されました。その後、同年8月に固体廃棄物輸入管理目録案が公表され、「固体廃棄物輸入禁止目録」において、「非工業由来の廃プラスチック」が位置付けられ、プラスチックの生産及びプラスチック製品の加工過程において生じた切れ端や切り落とし等の廃プラスチックが、混入物の割合や品質等に関係なく一律に輸入禁止とする具体的な措置内容が明らかとなりました。その後年末にかけて輸入許可量の制限が行われたため、我が国から中国(香港経由を含む。)への年間の輸出量は2017年以前は約130万トンでしたが、2017年12月末に禁輸措置が施行された後2018年には約5万トンに減少しています。

他方で、中国の輸入規制措置等の影響により、中国への輸出量が激減した結果、東南アジア諸国がその受け皿となり、タイ、ベトナム、マレーシア等への輸出量が増大しました。ところが、東南アジア諸国に、短期間で大量のプラスチックごみが輸入されたため、同国内にプラスチックごみが滞留し、東南アジア諸国でもプラスチックごみの輸入に制限をかける国が出てきました。その結果、我が国からの輸出量は2016年は153万トンでしたが、2018年は101万トンまで減少しています。

環境省が実施している、外国政府の輸入規制等に係る影響等に関する調査結果によると、廃プラスチック類の不法投棄は2019年7月末時点では、確認されていません。一方、同調査によると、一部地域において上限超過等の保管基準違反が発生していることなどから、今後、廃プラスチック類の適正処理に支障が生じたり、不適正処理事案が発生する懸念がある状況が継続していると認識しています。そのため、既存施設の更なる活用や、関係団体との協力により不適正な事案の発生時も即時に対応が可能となる体制の構築を進めています。また、廃プラスチック類のリサイクル施設等の処理施設の整備等を速やかに進め、国内資源循環体制の強化を進めています。

3 生物多様性の状況

(1)生物多様性がもたらす恵み

地球上には様々な自然の中に、それぞれの環境に適応して進化した多様な生き物が存在し、相互につながり、支えあって生きています。現代の私たちの生活もこうした生物多様性がもたらす恵み(生態系サービス)の上に成り立っています。

例えば、私たちの呼吸に必要な酸素は数十億年の間に微細な藻類や植物の光合成により生み出されてきたものです。雲の生成や雨による水の循環、それに伴う気温・湿度の調節も森林・湿原の水を貯える働きが関係しているなど、生態系のサービスは生命の存立の基盤になっています。また、私たちが利用する食べ物、木材、繊維、医薬品なども様々な生物を活用することで成り立っているとともに、豊かな文化の根源にもなっています。加えて、豊かな森林は、山地の災害の防止や土壌の流出防止、安全な飲み水の確保にもつながっています。サンゴ礁やマングローブなど自然の海岸線が残されていた地域で津波被害が小さかった例も報告されているなど生物多様性がもたらす恵みは安全・安心の基礎にもなっています。

(2)生物多様性の世界的な悪化

生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)は、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化するプラットフォームです。

2019年5月のIPBES第7回総会では、生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書政策決定者向けの要約が承認・公表されました。この報告書は世界の生物多様性と生態系サービスの状況や後述する愛知目標等の国際目標の達成に向けた進捗状況を評価するとともに、改善に向けた今後のアプローチを提示しています。

同報告書において、世界の生物多様性及び生態系サービスの状況については、以下のとおり評価されています。

まず、自然とその人々への重要な寄与(生態系サービスとも表現される。)は世界的に悪化しているとしています。

また、人為的な複数の要因よって地球上のほとんどの場所で自然が大きく改変されていると評価されました。具体的には、世界の陸地の75%以上が著しく改変され、海洋の66%では累積的な影響が悪化傾向にあり、湿地の85%以上が消失したとしています。また、1870年代以降サンゴ礁の生きたサンゴの約半分が失われ、ここ数十年では気候変動が他の要因を悪化させ、減少が加速しているとしています。さらに固有種の豊富な地域の多くでは、在来の生物多様性が侵略的外来種の深刻な脅威にさらされているとしています。

報告書で評価した動物と植物の種群のうち平均約25%、例えば両生類では、40%以上が絶滅危惧種であり、これは推計100万種が既に絶滅の危機に瀕(ひん)しているとしています。また、これらの種の多くは、生物多様性への脅威を取り除く行動をとらなければ、今後数十年で絶滅するおそれがあるとされています。現在、地球上の種の絶滅は過去1000万年平均の少なくとも数十倍、あるいは数百倍の速度で進んでおり、適切な対策を講じなければ、今後更に加速することが見込まれています。

加えて、栽培作物と家畜の地域品種が全世界で失われつつあるとしています。遺伝的な多様性を含む多様性の損失は、害虫、病原体、気候変動などの脅威に対する多くの農業システムの強靭性を損ない、世界の食料安全保障にとって重大な脅威になるとしています。

こうした自然の変化を引き起こす要因については、同報告書では、過去50年間で、自然の変化を引き起こす直接的な要因として、影響の大きい順に土地と海の利用の変化、生物の直接採取(漁獲、狩猟を含む。)、気候変動、汚染、侵略的外来種を挙げています。また、こうした直接的な要因は、様々な根本的な原因、あるいは間接的な変化要因とも呼ばれるものによって引き起こされるとし、これらの要因として生産・消費のパターン、人口の動態と推移、貿易、技術革新及びローカルから全世界にかけてのガバナンスなどといった社会の価値観や行動が挙げられています。

このうち最大の直接的要因は陸と海で異なり、同報告書では、陸域と淡水域の生態系では1970年以降の土地利用の変化であり、海洋生態系では漁獲に代表される生物の直接採取としています。気候変動は直接的な要因の一つであるだけでなく、他の直接的な要因の影響を増幅して自然と人間福祉への影響をさらに悪化させていることを指摘しています。多くの種類の汚染や侵略的外来種が増加傾向であり、自然に悪影響を及ぼしているとも指摘しています。汚染については、具体的には海洋プラスチックが1980年から10倍に増加し、ウミガメの86%、海鳥の44%、海洋哺乳類の43%の種を含む少なくとも267種に影響を与えているとしています。また、外来種の累計数は、貿易量の増加及び人口の動態と推移に伴って、1980年以降40%増加したとしています。地球の表面の2割近くは外来の動植物による侵略の危機にさらされており、経済や人々の健康にも影響を与えていると評価されています。

生物多様性分野における2020年までの世界目標である愛知目標等の国際目標の達成に向けた進捗状況については、同報告書では、このままでは国際的な目標のほとんどは達成できないとしており、経済、社会、政治、技術の分野にわたる社会変革(Transformative Change)によってのみ達成し得るとしています。また、自然の保全、再生、持続可能な利用と国際的な目標は、社会変革に向けた緊急で協調した努力によって同時に達成することができるとしています。

なお、IPBESが2018年に公表した土地劣化と再生評価報告書でも、世界の土地劣化の支配的要因として、主に先進国の大量消費型のライフスタイルや途上国と経済移行国の消費増を挙げ、土地の劣化を回避又は低減するためには商品の持続可能な生産と消費が必須であることを指摘しています。

図1-3-5 異なる種の集団における現在の世界的な絶滅リスク
図1-3-6 地球規模の持続可能性のための「全社会の変革」を表す図

IPBESの報告書では、先進国をはじめとした大量消費型のライフスタイルが世界の生物多様性に影響を与えるとしています。人間活動が地球環境に与える影響を示す指標の一つに、「エコロジカル・フットプリント」と呼ばれる指標があります。私たちが消費する資源を生産したり、社会経済活動から発生するCO2を吸収したりするのに必要な生態系サービスの需要量を地球の面積で表した指標です。単位はグローバルヘクタール(gha)で表され、これは全世界の平均値となる自然の生産能力を持つ面積1ha分を意味します。世界のエコロジカル・フットプリントは年々増加し、1970年代前半に地球が生産・吸収できる生態系サービスの供給量(バイオキャパシティ)を超えてしまっており、世界全体のエコロジカル・フットプリントは地球約1.7個分に相当します。現在の私たちの豊かな生活は、将来世代の資源(資産)を食いつぶすことによって成り立っていると言えます。我が国の一人当たりのエコロジカル・フットプリントは約4.7gha(世界42位)で、世界平均の約1.7倍です。また、我が国の一人当たりのエコロジカル・フットプリントは、我が国のバイオキャパシティの約7.7倍で、持続可能な水準を超えています。エコロジカル・フットプリントのうち海外からの輸入分は我が国のバイオキャパシティの約3.1倍です(図1-3-7、1-3-8)。我が国は消費に当たって生物資源を含め海外の資源を多く利用していますが、このことは我が国の経済・社会システムが世界の生物多様性にも大きな影響を与えているとも言えます。

図1-3-7 日本の消費にかかるエコロジカル・フットプリント
図1-3-8 地球規模及び日本のエコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティ(2014)

また、日本の消費によって世界各地の絶滅危惧種に大きな影響を与えているとの指摘があり、とりわけ東南アジアでその影響が局所的に大きいと言われています(図1-3-9)。そのため、日本の消費により影響を与えている国内外の生態系への負荷をできるだけ低減するようサプライチェーン全体を見渡した生産・消費活動が必要になります。

図1-3-9 日本の消費によって生物多様性が脅かされているスポット

先進国をはじめとした大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済・社会システムや日常生活が世界の生物多様性に影響を与えている一方で、我が国では、自然に対する働きかけの縮小による生物多様性の危機も深刻な問題になっています。我が国においては、従来、薪や炭、屋根葺きの材料などを得る場であった里地里山や草原などは、経済活動に必要なものとして人の手で維持され、その環境に特有の多様な生きものを育んできました。しかし、生活や産業の変化により、森林や草原から薪や草を採取するなどの利用がなくなると、長い間、人の営みによって維持されてきた生態系のバランスが崩れます。例えば、薪炭林では伐採による更新や下草刈り、落ち葉かきなど定期的な管理が行われることで、カタクリやギフチョウなどが好む明るい環境がつくられますが、管理がされなくなると森林の遷移が進み、林床が暗くなることでこのような動植物が生息・生育できなくなります。また、放牧地・採草地として利用されることで維持されてきた二次草原が減少し、草原性の鳥類、チョウ類を大幅に減少させる要因として指摘されています。さらに、中山間地域の過疎化や農林業の担い手の減少・高齢化による耕作放棄地の増加や狩猟者の減少・高齢化などが一因となり、ニホンジカやイノシシの著しい個体数の増加や分布の拡大が生じ、その結果、深刻な農林業被害や生態系への影響が発生しています。

4 生物多様性に関する国際的な施策の動向

生物多様性に関する国際的な目標である愛知目標は2020年を目標年としており、次の国際的な目標(ポスト2020生物多様性枠組)は生物多様性条約第15回締約国会議(COP15。以下、この節において生物多様性条約締約国会議を「COP」という。)において採択される予定です。本節では主な国際的な施策の動向を紹介します。

(1)生物多様性に関する主な国際的な施策の動向

生物多様性は人類の生存を支え、人類に様々な恵みをもたらすものです。生物に国境はなく、日本だけで生物多様性を保全しても十分ではありません。世界全体でこの問題に取り組むことが重要です。このため、1992年5月に生物多様性の保全、生物多様性の構成要素の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を目的とした「生物多様性条約」が採択されました。

2010年に愛知県名古屋市で開催されたCOP10では、2020年までの世界目標として「生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標」が採択されました。生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標は、2050年までの長期目標(Vision)として「自然と共生する世界」の実現、2020年までの短期目標(Mission)として「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ことを掲げています。あわせて、短期目標を達成するため、5つの戦略目標と、その下に位置付けられる2015年又は2020年までの20の個別目標である愛知目標を定めています(図1-3-10)。

図1-3-10 生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標の概要

各国は、目標の達成に向け、生物多様性の状況や取組の優先度などに応じて必要な国別目標を設定し、生物多様性国家戦略の中に組み込み、その取組を進めてきました。こうした中、2019年5月には、先に紹介したIPBESの地球規模評価報告書政策決定者向けの要約が公表され、愛知目標の達成状況について評価がされています(図1-3-11)。同報告書では、順調な進展が見られるのは目標9、目標11、目標16、目標17の各目標の一部のみであり、目標3~8といった目標については、進捗が不十分であることが指摘されるとともに、自然がもらたらすものは世界的に劣化しており、このままでは、生物多様性保全と持続可能な利用に関する国際的な目標は達成できず、目標達成に向けては「社会変革」が必要と指摘しています。

図1-3-11 愛知目標に向けた進捗の概要

ポスト2020生物多様性枠組の策定に向けたプロセスは、2018年にエジプトで開催されたCOP14において決定され、これに基づき公開ワーキンググループや海洋、自然再生、保護地域等のテーマ別ワークショップ、国連地域区分ごとの地域ワークショップ等が順次開催されています。

枠組の議論においてはIPBESの地球規模評価報告書で必要性が指摘されている社会変革をどのように引き起こすのかが重視されています。これは、国立公園を始めとする保護地域の設定や希少動植物種の保護・増殖といった従来型の手法によって保全することに加え、産業や人々の暮らしを含めた様々な社会課題を解決しなければ生物多様性の損失には対応できないとの危機感によるものです。また、2050年までの長期目標である「自然と共生する」世界を目指すというコンセプトは維持しつつ、この目標が達成された状態を明確化することも検討されています。

我が国からは、基本的な考え方として愛知目標の下での取組が継続し発展すること、科学的知見を踏まえること、分かりやすく行動に移しやすいものにすること、SDGsの達成にも貢献することを提案するとともに、重視すべき内容として、自然共生社会の実現を目指すSATOYAMAイニシアティブの更なる展開、生態系を活用した防災・減災、非意図的に侵入する侵略的外来種への国際的な対処、経済活動における生物多様性への配慮の推進を指摘しています。

このうちSATOYAMAイニシアティブは、原生的な自然環境の保護だけを目指すのではなく、人と自然が一体となり共生してきた日本の里地・里山のような地域の自然環境を保全し、生物多様性の保全とその持続可能な利用の両方の実現を目指すという考え方であり、我が国が国連大学と共同で提唱したものです。COP10では、日本が中心となって、この考え方に基づき自然共生社会の実現を目指すSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップが発足しました。2020年3月末時点、本パートナーシップの参加者は、21か国の政府機関を含む258団体になっています。

本パートナーシップでは、これまで約40の国や地域において、約270件のプロジェクトを支援しています。例えば、ウガンダにおける地域特有の植物を活用したジャムやワインなどの商品開発や、ガーナにおけるエコツーリズム等の新たな生計手段の開発などのプロジェクトが実施されています。生物多様性を保全しつつ、人の福利の向上につながる本イニシアティブは、ランドスケープアプローチという、土地・空間利用の視点を踏まえて、多様な利害関係者が協働しながら自然との共生や資源の循環を計画・管理する手法を用いており、国際的に高く評価されています。

食糧や木材などの生産現場でもある里地里山のような身近な自然環境は、依然として世界的な劣化が進んでいます。その保全及び持続可能な利用を一刻も早く、より一層進める必要があります。COP15では、SATOYAMAイニシアティブのこの10年間の経験等を踏まえ、本イニシアティブの考え方が各国の取組に活かされ、さらに、SDGsの達成にも貢献できるよう、新たな枠組を議論する中で、積極的に発信することが重要と考えます。