環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部パート1第2章>第4節 地球温暖化対策を支える基盤的取組

第4節 地球温暖化対策を支える基盤的取組

1 気候変動に係る研究の推進、観測・監視体制の強化

 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)は、環境省、国立研究開発法人国立環境研究所及び国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発した、世界初の温室効果ガス観測専用の衛星です。大気中のCO2とメタンの濃度を宇宙から観測し、その吸収・排出量の推定精度を高めることを主目的にし、さらに炭素循環の将来予測の高精度化への貢献を目指して、平成21年1月23日の打上げ以降、現在も観測を続けています。

 従来は特定の地上観測点の濃度データしか得られませんでしたが、「いぶき」の観測データを使うことによって、地上から上空までの「地球大気全体(全大気)」のCO2等の平均濃度を算出できるようになりました(図2-4-1)。


図2-4-1 「いぶき」による世界のCO2濃度分布観測結果

 算出結果によれば、月別平均濃度は季節変動をしながら年々上昇し、平成27年5月に約398.8 ppm を記録しました。さらに、推定経年平均濃度は平成27年7月に約398.2 ppm に達したことが分かりました(図2-4-2)。このままの上昇傾向が続けば、月別平均濃度や推定経年平均濃度は共に、遅くとも平成28年中に400ppm を超える見込みです。これは、「いぶき」の観測によって地球大気全体の平均濃度が400ppm に近づくことを初めて示すことになり、衛星による温室効果ガス観測の重要性を表すものと言えます。


図2-4-2 全大気の月別CO2平均濃度及び推定経年平均濃度

2 地球温暖化対策技術開発及び実証

 横断的な取組として、低炭素技術の開発・普及は重要です。ここでは、そうした取組事例として、サーマルグリッドシステムを用いた空調コントロールの事例、再生可能エネルギーから水素を製造する事例及びCO2排出量の「見える化」による低炭素なまちづくりの推進の事例を取り上げます。

(1)サーマルグリッドシステムを用いた空調コントロール

 環境省の「廃熱利用等によるグリーンコミュニティー推進実証事業」は、地域コミュニティ単位での熱の高効率利用の好事例です。既存の複数の建物間の空調熱源や空調機(空調負荷)を冷温水二重ループ配管で連絡してサーマルグリッドシステムを構築し、全体として必要な冷温水を最も効率が良くなるように熱源機器を選択的に稼働して熱を生産し、建物間で冷温水を融通するようコンピュータで制御するイノベーティブな技術です。これは従来、真冬や真夏の最も大きな負荷に合わせて各建物に個別に設置・運転されていた空調機器が、一年を通してみると平均負荷は小さいため効率が低下することに注目し、全体として最適運転をすることで高効率を維持するものであり、従来機器を大きく改修することなく導入できる技術です(図2-4-3)。


図2-4-3 サーマルグリッドシステムの概念図(夏期運転)

 平成27年度の実証では、システムを導入することにより、夏期において、CO2排出量を未導入時の166トン(推計)から48トン(実績)と、70%以上削減することができました。今後、このシステムを各地域のコミュニティで導入できれば、大きな温室効果ガス排出削減が期待できます。

(2)再生可能エネルギーからの水素製造及び利用

 環境省は経済産業省と連携し、平成27年度より「地域再エネ水素ステーション導入事業」を開始しています。これは、低炭素な水素社会の実現及び燃料電池自動車の普及・促進のため、平成31年度までの5年間にわたって、100か所程度の、再生可能エネルギーから水素を作って燃料電池自動車に供給する水素ステーション(以下「再エネ水素ステーション」という。)の導入支援を目指す事業です(図2-4-4)。環境省では、技術開発・実証事業として、平成23年度にソーラー水素ステーションを開発し、埼玉県庁において実証してきました。その実証事業を経て、平成27年度には、宮城県、埼玉県、徳島県及び熊本県並びに神戸市と共に本事業を実施しています。平成28年3月現在、これらの5地域のうち宮城県及び徳島県では、太陽光等発電設備及び水素製造設備を備えた再エネ水素ステーションの導入・運用が開始されています。


図2-4-4 地域水素社会のイメージ

 太陽光等の再生可能エネルギーから水素を製造することで、「貯める」ことが難しい電気を水素の形で貯蔵・運搬することが可能になります。貯めることが難しいという弱点を克服することで、再生可能エネルギーの利用の一層の拡大が期待できます。また、水素は化石燃料から製造することもできますが、その際にCO2を排出します。再生可能エネルギー電気から水素を製造する場合、大規模化や経済性等、改善すべき課題はありますが、CO2を排出しない点において、化石燃料から製造する場合よりも優れています。こうした技術を実際に社会に先行導入して、その効果を示すことにより、再生可能エネルギー由来の水素の普及に貢献することで、結果的に温室効果ガス排出削減に大きく寄与することが期待できます。

(3)CO2排出量「見える化」アプリによる低炭素なまちづくりの推進

 地球温暖化対策の技術開発・実証は、地方公共団体においても実施されています。福井県では、CO2排出量を「見える化」することのできるアプリにより、低炭素なまちづくりを推進しています。同県では、スマートフォンに内蔵されたセンサーやGPS情報等から個人の移動に伴うCO2排出量を「見える化」するアプリ「カーボントラッカー」を、福井県地球温暖化防止活動推進センター、福井県鯖江市、株式会社jig.jp及びSAPジャパン株式会社と共同開発し、試験運用しています(図2-4-5及び図2-4-6)。


図2-4-5 移動ログの収集事例

図2-4-6 アプリ画面の例(一日の記録)

 このアプリは、移動手段(自動車、自転車等)及び距離をセンサー等の情報で自動で把握し、それに伴うCO2排出量を表示します。これにより、個人の意識や行動の変化を促し、公共交通機関や自転車利用への転換を進めるとともに、個人情報保護にも留意しつつ、移動手段・経路等のデータを属性情報(性別、年齢及び所在市町村)も加えて分析・活用します。これにより、自転車と自動車で混雑する車道への自転車レーンの設置、バスの運行スケジュールの見直しといったインフラ整備や交通政策の再検討による低炭素交通の活性化等を目指すことを目的としています。

 平成27年度は、福井県鯖江市を中心に100人程度の市民モニターを募集し、実証実験を行いました。一般配布は平成28年夏頃をめどとしていますが、来年度以降も規模を拡大して実証実験を行い、精度を更に高めるとともに、民間企業とのポイント連携やゲーム機能の追加等、アプリの改良や対象機種の拡大を重ねることでユーザー数を拡大して、福井県発の新たな手法による低炭素のまちづくりを推進するとしています。

3 低炭素社会の実現に資する環境金融に関する取組

 第1章第1節第5項では、環境投資が世界的に拡大していることに触れました。2006年(平成18年)にコフィ・アナン国連事務総長(当時)が公表した「国連責任投資原則」(PRI)は、投資等の資金運用において、環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)というESGの視点を反映させる原則であり、平成28年3月時点で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を含む41の国内の年金基金、運用会社等が署名しています。日本を含むアジアにおけるESG投資(環境、社会、企業統治に関する情報を考慮した投資)の規模は非常に小さなものですが、こうした状況を踏まえれば、今後我が国でも、世界の潮流を受けてESG投資が拡大していくことが見込まれています。

 こうした中、その判断の情報源である企業の非財務情報の開示を各国が後押しする動きが活発化していますが、一般にこうした情報は入手や比較が困難という課題を抱えており、ESG投資を推進する上で大きな阻害要因の一つと懸念されています。そこで環境省では、世界に先駆け、環境情報を中心とした非財務情報の開示システムの開発に着手して運用する事業を実施しています(図2-4-7)。平成27年度に実施した実証試験では、国内外の企業・投資家等合わせて約300の主体が参加し、両者間で活発な対話が行われました。


図2-4-7 環境情報開示システムの概要

 環境省では、引き続き本システムの開発と実証を行い、情報開示面からESG投資の推進をすることで、低炭素化等に取り組む企業へ適正な資金が流れる社会経済の実現を目指しています。

 また、民間企業においても、ESGの取組と情報開示を促進している事例が見られます。こうした企業のESGの取組と情報開示の促進を通じて、我が国でも今後更にESG投資が増加することによって、低炭素社会の実現にも裨益する環境ビジネスの主流化が進むことが期待されます。

民間企業におけるESGの取組と情報開示

 民間企業においてESGの取組と情報開示を促進している事例として、株式会社三井住友銀行では、企業のESGを中心とする取組状況や開示状況について評価を行う「SMBCサステイナビリティ評価融資」を平成25年から実施しています。


SMBCサステイナビリティ評価融資における評価基準

 本取組では、同行と株式会社日本総合研究所が作成した独自の評価基準を用い、ESGの項目それぞれについて、地球温暖化対策を含む取組や情報開示が十分であるかなどを評価しています。

 ESGの項目は、更に取組と開示の計26の中項目に分けられ、最終的には100項目以上の細目と加点項目から総合的な評価が行われています。環境に関する評価の場面では、例えば、サプライチェーンを含めたCO2排出量の把握等の取組や情報開示の適切さに加え、環境問題への取組が企業価値向上にどのように結びついているのかという観点からも評価しています。

 同行ではさらに、ESGの評価結果を取組企業に還元するとともに、近年のESGの開示方法の動向や他社の事例を踏まえながら、ESGに関する企業の今後の取組と開示の参考となるようアドバイスを行うなど、企業と社会の持続性を向上させる取組も実施しています。