環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部パート1第2章>第3節 新たな枠組みの下での適応対策

第3節 新たな枠組みの下での適応対策

1 気候変動の我が国に対する影響の評価の取りまとめ

 平成27年3月、中央環境審議会により「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と今後の課題について」(以下「影響評価報告書」という。)が取りまとめられました。影響評価報告書では、500点を超える文献や気候変動及びその影響の予測結果等を活用して、影響を7分野・30大項目・56小項目に整理し、それぞれの重大性、緊急性及び確信度の観点から、科学的知見に基づく専門家の判断に基づき評価を行うことで、温暖化の影響を明確化しました。我が国において重大性が特に大きく、緊急性も高いことに加え、確信度も高いと評価された小項目は、表2-3-1のとおり、「水稲」、「果樹」、「病虫害・雑草」、「洪水」、「高潮・高波」、「熱中症」等の9項目でした。あわせて、今後の課題として、継続的な観測・監視、研究調査の推進及び情報や知見の集積、定期的な気候変動による影響の評価、地方公共団体等の適応の取組の支援、海外における影響評価等の推進が挙げられました。こうした気候変動の影響に対処するためには、温室効果ガスの排出の抑制等を行う緩和だけではなく、既に現れている影響や中長期的に避けられない影響に対して適応できる社会の構築を推進することが求められます。


表2-3-1 気候変動影響評価結果の概要

2 気候変動の影響に対する政府の適応計画の策定

 平成27年9月、気候変動の影響への適応に関し、関係府省庁が緊密な連携の下、必要な施策を総合的かつ計画的に推進するため、気候変動の影響への適応に関する関係府省庁連絡会議を設置しました。影響評価報告書も参考にしながら、本連絡会議において「気候変動の影響への適応計画」の案の取りまとめを進め、平成27年11月に本計画を閣議決定しました。なお、生物多様性分野については、学識経験者からなる検討会の結果を踏まえて、環境省において平成27年7月に「生物多様性分野における気候変動への適応についての基本的考え方」と「当面の具体的取組」を取りまとめ、本計画に反映しています。

 本計画は、第1部:計画の基本的考え方、第2部:分野別施策の基本的方向性、第3部:基盤的・国際的施策の3部で構成されています(図2-3-1)。


図2-3-1 適応計画の概要

 第1部においては、本計画の背景、気候変動の影響に適応するための目指すべき社会の姿、基本戦略、本計画の基本的な進め方が盛り込まれています。本計画では、いかなる気候変動の影響が生じようとも、適応策の推進を通じて当該影響による国民の生命、財産及び生活、経済、自然環境等への被害を最小化あるいは回避し、迅速に回復できる、安全・安心で持続可能な社会の構築を目指すこととしています。そして、21世紀末までの長期的な展望を意識しつつ、今後おおむね10年間における政府の基本戦略及び施策の基本的な方向性を示しています。

 本計画においては、[1]政府施策への適応の組み込み、[2]科学的知見の充実、[3]気候リスク情報等の共有と提供を通じた理解と協力の促進、[4]地域での適応の推進、[5]国際協力・貢献の推進からなる5つの基本戦略を設定しています。これらの基本戦略の実現に向けて、関係府省庁の連携を通じ、第2部の分野別施策と第3部の基盤的・国際的施策を効果的に推進することとしています。

 とりわけ、基本戦略[1]の「政府施策への適応の組み込み」については、世界各国の適応に係る国家戦略には、既存の政府の取組や規制枠組みの中に適応を組み込んでいくことで適応を推進する手法が広く採用されていることを踏まえ、本計画においても、政府の関係府省庁で実施する気候変動と関わりのある施策について、計画的に適応を組み込んでいく手法を採用しています。

 第2部では、影響評価報告書の評価結果も参考にして、「農業、森林・林業、水産業」、「水環境・水資源」、「自然生態系」、「自然災害・沿岸域」、「健康」、「産業・経済活動」及び「国民生活・都市生活」の7分野において、関係府省庁が実施する適応の基本的な施策を示しています。例えば「農業、森林・林業、水産業」分野においては、一等米比率の低下が予測されていることを踏まえ、高温耐性品種の開発・普及等が記載されています。また「自然災害・沿岸域」分野においては、大雨や短時間強雨の発生頻度の増加と大雨による降水量の増大に伴う水害の頻発化・激甚化が予測されていることを踏まえ、堤防や洪水調整施設、下水道等の施設の整備を着実に実施することなどが記載されています(表2-3-2)。


表2-3-2 適応の分野、予想される気候変動の影響及び基本的な施策

 第3部では、観測・監視、予測技術、調査・研究や気候リスク情報等の共有と提供、地域(地方公共団体)での適応の推進、国際的施策に関する基本的施策を示しています。

 なお、本計画については、今後の国際動向を踏まえつつ、おおむね5年程度をめどに気候変動の影響の評価を実施し、当該影響評価の結果や各施策の状況等を踏まえ、必要に応じて見直しを行うこととしています。

 COP20で採択された「気候行動のためのリマ声明」において「適応計画の取組を提出すること」などとされたことを踏まえ、平成27年11月から12月にかけてフランス・パリで開催されたCOP21に先立つ11月27日に、同計画の概要(英文)を気候変動枠組条約事務局に提出しました。

 今後は、COP21で採択された「パリ協定」に従って適応計画を実施し、適応に関する取組状況に関する報告書を同条約事務局に提出するとともに、その後も報告書を定期的に更新し、提出することになります。

 本計画は、我が国政府が初めて策定した適応に関する計画です。本計画の下で、各府省庁が「目指すべき社会の姿」と「基本戦略」を共有し、共通の評価方法で実施された気候変動影響評価結果を踏まえて、それぞれの府省庁が適応策を推進するとともに、これら気候変動影響に関する情報や適応策の情報を各府省庁で共有した上で、地方公共団体、事業者、国民等の様々な主体に政府として一体的に情報提供することで、我が国全体の気候変動の影響に効果的に対応していくことが期待されます。

3 適応に関する地方公共団体の取組事例

 地方公共団体においては、地域住民の生活に関連の深い様々な施策を実施していることから、地域レベルで気候変動及びその影響に関する観測・監視を行い、その地域の気候変動の影響評価を行うとともに、その結果を踏まえて、各地方公共団体が関係部局間で連携し推進体制を整備しながら、自らの施策の中に適応を組み込むなど、総合的かつ計画的に取り組むことが重要です。他方、多くの地方公共団体が、気候変動の影響が既に現れ適応が必要と考えているものの、平成28年3月現在、影響評価の実施や適応計画の策定まで至っていません。

 このため、地方公共団体における取組の促進に向け、環境省では「平成27年度地方公共団体における気候変動影響評価・適応計画策定等支援事業」において、先行的な適応の取組を実施している地方公共団体に対して、気候変動影響評価の実施や適応計画の策定を支援するモデル事業を行いました。平成27年度支援対象の11県・市(福島県・埼玉県・神奈川県・三重県・滋賀県・兵庫県・愛媛県・長崎県・熊本県・仙台市・川崎市)では、庁内に適応に関する部会や検討会を設置するなど推進体制を整備し、各部局の施策の中から適応策に該当する施策を整理するなどの取組が進められています。また、前述の影響評価報告書や、環境省の環境研究総合推進費で平成22年度から平成26年度に実施した「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究(S-8)」の研究成果等を基に、本モデル事業において地域ごとの影響評価が実施されています。さらには、各地方公共団体が策定する環境基本計画や地球温暖化対策地方公共団体実行計画等への適応策の盛り込みや、適応基本方針の策定等が検討又は実施されています。本モデル事業では、各地域における影響評価や適応策を検討するために必要な文献調査や有識者への照会、気象庁・管区気象台・地方気象台と連携した各地域の気象情報の提供、他の地方公共団体の事例調査、庁内検討会への参画、普及啓発資料作成支援等、各地方公共団体の課題に応じた支援を実施し、各地方公共団体の適応の取組を促進しました。以下では、個別の地方公共団体における適応に関する取組事例を紹介します。

 埼玉県では、埼玉県地球温暖化対策実行計画「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050」改訂版を平成27年5月に公表し、地球温暖化への適応策について取組の基本的方向性を示しています。適応策の章では、適応策の意義・必要性、埼玉県における温暖化の影響、各影響分野における適応策の方向性、適応策の進め方、適応策の推進体制等が記載されています。特に、適応策の検討・実施においては、将来予測に一定の幅のあることと、時間と共に変化する気候変動の進行に柔軟に対応するために、あらかじめ様々な条件を基に複数の対策メニューを用意しておき、温暖化影響のモニタリング結果に応じて順応的に適応策を進めていくこととしています(図2-3-2)。


図2-3-2 埼玉県における適応策の順応的な推進方法

 熊本県では、「第五次熊本県環境基本計画」を平成28年2月に策定しました。そこでは、温暖化への適応策の推進が新たに追加されました。施策の方向性として、「地域内の気候変動に関する観測やデータ収集を進め、関係者間で情報を共有し、各分野への影響に係る評価・予測に努める」、「関係する各行政分野の事業計画において、科学的知見や地域特性を踏まえ、適応の視点を加える」としています。また、分野別に「防災」、「農業」、「水産業」及び「健康」に関する施策が示されています。

 仙台市では、「仙台市地球温暖化対策推進計画2016-2020」を平成28年3月に策定しました。そこでは、気候変動の「適応」への取組が新たに追加されており、「地球温暖化(気候変動)が仙台市域にも影響を与えていることを知り、気候変動影響によるリスクを低減するための適応策に取り組む」としています。そして、仙台市域に関わり得る気候変動影響について政府の適応計画に準じた影響評価及び仙台市域での影響例に基づき、「農業(水稲、病害虫・雑草)」、「自然生態系(在来生態系の分布・個体群の変動)」、「自然災害(河川(洪水、内水)、沿岸(高潮・高波)、山地(土石流・地滑り等))」、「健康(熱中症)」及び「都市生活(暑熱による生活への影響等)」を、優先的にリスクを低減させる取組に挙げています。

 こうした先行的な取組を行っている地方公共団体の事例も踏まえ、環境省において地方公共団体向けの適応計画の策定手順等を整理したガイドラインを現在策定中です。今後、ガイドラインの普及等を通じ、他の地方公共団体において適応の取組が進展することが期待されます。