環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第2章>第5節 原子力安全規制の転換点を迎えて

第5節 原子力安全規制の転換点を迎えて

1 東日本大震災に伴う原子力災害を受けて

 これまで、原子力発電所は、経済成長を支えるエネルギー源、また、温室効果ガスを排出しない電源としても期待されてきました。東日本大震災以前においては、環境問題と原子力災害との関係については、現実的な政策上の課題として取り上げられることが少なかったと考えることができます。

 これに関して、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、原子力発電所が深刻な原子力災害の際にもたらす甚大な環境問題の側面がクローズアップされ、放射性物質による環境汚染は最大の環境問題として取り上げられるに至っています。また、原子力政策を含むエネルギー政策全体についての議論も広く行われることとなりました。たとえば、環境白書においては、震災前までは原子力発電の活用について安全確保を大前提にすすめることと記述されていましたが、震災後の平成23年版環境白書においては、事故原因について徹底的な検証を踏まえつつ、原子力政策を含むエネルギー政策全体についての議論が必要であるとされました。

 原子力発電所の安全対策については、ひとたび事故が発生すれば深刻な環境汚染を生じさせ得るものであることから、そのリスクをどのように考えるかということが重要な観点の一つになります。東日本大震災によって、自然災害や津波の想定といった事故の要因に関するリスクの許容限度のとらえ方に関して、確率論的なリスクを評価して意思決定をすることの難しさが浮き彫りになったということが挙げられます。原子力事故に伴う環境汚染のリスクに加え、放射性物質の環境中への放出によって周辺住民が避難を余儀なくされる等の社会的なリスク、電力需給の逼迫に伴う生産活動へのダメージ等の経済的なリスク、低線量被ばくに関する健康リスク等、様々な側面のリスクの課題も生じています。

 これらのリスクの評価には一定の難しさがあります。そのリスクと正面から向き合っていくためには、重大な事故に至るリスクの許容限度について、広く開かれた透明性の高い議論を経て決定されるなどの工夫が考えられます。また、リスクに関しては、多様な分野の専門家や民間団体、住民等によってとらえ方が異なることを踏まえて、リスク情報を提示し、政策決定者や国民が合理的な選択を行うことができるような透明性の高いリスクコミュニケーションを行うことなどが考えられます。これに加え、科学的な知識を用いて現状を認識し、判断をすることができる科学リテラシーの醸成も重要です。

 また、シビアアクシデントを回避し、施設の安全性を高めようとすることは不断の努力で行われるべきものであって、社会的議論を踏まえつつ、最新の科学的な知見でリスクを評価し直し、既存の施設に改良を加えることは当然に必要なことであると言えます。

 自然災害や事故は起こり得るものであり、絶対的な安全というものが存在しないということを謙虚に受け止めることが重要です。もとより、原子力関連施設においては重大な事故は発生してはなりませんが、事故のすぐ先には、放射性物質による環境汚染、人の健康へのリスク、避難に伴う生活基盤の喪失、電力需給の逼迫という、環境・社会・経済に対して取り返しのつかない深刻な問題が生じ得るのだという責任と緊張感が、原子力規制行政には真に求められると考えられます。

2 原子力安全規制の転換に向けた議論

 平成23年6月に公表された「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」においても指摘されているように、東日本大震災以前まで、我が国の原子力の規制や監視に関し、その第一義的責任の所在が不明確でした。また、後述する原子力事故再発防止顧問会議提言(平成23年12月13日)においては、「原子力安全行政に対する国民の信頼は地に堕ちた」「政府及び事業者の双方において、安全対策の有効性に対する過信・慢心があり、放射性物質を大量に放出する過酷事故を防ぐことができず、多くの人々のくらしとコミュニティを破壊してしまった」といった指摘がなされ、「政府は、このような事態の再発防止を最重要の使命とする原子力安全規制体系を速やかに再構築しなければならない」とされています。

 政府においては、「原子力安全規制に関する組織等の改革の基本方針」(平成23年8月15日閣議決定。以下、この項において「基本方針」といいます。)を公表しました。その中で、「当面の安全規制組織の見直しの方針」として「規制と利用の分離」、「原子力安全規制に係る関係業務の一元化」、「危機管理」、「官民を問わず、質の高い人材の確保」、「規制の在り方や関係制度の見直し」という5つの見直しの方針や、新組織を設置するための必要な法律案の立案等の準備を平成24年4月を目指して行うこと、東京電力福島第一原子力発電所における事故調査・検証委員会による組織の在り方に係る検証結果等が示された場合は柔軟に対応する旨が盛り込まれました。さらに、中長期的な原子力政策及びエネルギー政策の見直しや事故調査・検証委員会による検証の結果を含めてより広範な検討を進め、新組織が担うべき業務の在り方やより実効的で強力な安全規制組織の在り方について、平成24年末を目途に成案を得ることとされました。

 さらに、基本方針を基に、原子力安全規制に関する組織のあり方、原子力安全規制強化のあり方等について検討するため、原発事故の収束及び再発防止担当大臣が当該分野に関する専門的知見を有する者に参集を求め、意見を聞くことを目的として、原子力事故再発防止顧問会議が開催されました。平成23年10月4日から12月2日にかけて4回開催され、「原子力事故再発防止顧問会議提言」がとりまとめられました。この中で、[1]「規制と利用の分離」、[2]「一元化」、[3]「危機管理」、[4]「人材の育成」、[5]「新安全規制」、[6]「透明性」、[7]「国際性」の7つの原則に基づいて原子力安全規制組織等の改革を進めていくべきであるとされました。

 これらの議論を踏まえ、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律(案)」及び「原子力安全調査委員会設置法(案)」が1月31日に閣議決定され、国会に提出されました。

 当該法案では、損なわれた信頼を回復し、原子力の安全に関する行政の機能の強化を図るべく、原子力安全・保安院の原子力安全規制部門を経済産業省から分離するなど「規制と利用の分離」を徹底し、原子力の安全の確保に関する事務を一元化するなど関係する組織を再編するとともに、事故発生時における迅速な対応を確保するための新たな原子力安全規制組織の体制を構築することとしています。

 また、原子力基本法を改正し、原子力利用における安全の確保は、国際的な動向を踏まえつつ、放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として行うことを、原子力利用の基本方針とするとともに、環境基本法等を改正し、従来、環境基本法の適用除外とされていた放射性物質による大気の汚染等の防止のための措置について、環境基本法の適用の対象とすることとしています。

 さらに、原子力の安全の確保に関する規制その他の制度の見直しを行うために、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律について、最新の知見を踏まえた基準に許可済みの原子力施設を適合させる制度への転換、重大事故対策の強化及び運転期間の制限等を行うとともに、電気事業法との関係を整理し、発電用原子炉施設の安全規制体系を見直すこととしています。原子力災害対策特別措置法については、原子力災害の予防対策を充実させ、原子力緊急事態が発生した場合に設置する原子力災害対策本部を強化するとともに、原子力緊急事態が解除された後においても事後対策を確実に実施できるようにすることとしています。

 現在国会では、原子力安全規制に関する組織及び制度の強化に向けて、様々な観点から議論が行われています(平成24年5月16日現在)。