東日本大震災は、災害廃棄物の処理や電力需給の問題のほかにも、さまざまな環境分野にまたがる問題を引き起こしました。津波による海底のヘドロ等の陸域への拡散、倒壊した建築物等の解体作業等によるアスベストの大気中への飛散、被災した工場等からの有害物質の大気・公共用水域・地下水・土壌への漏出、津波による廃棄物の海洋への流出や油汚染等により、国民の健康への悪影響や生活環境の悪化が懸念されました。さらに、避難が長期化するなかで、被災地におけるし尿や一般廃棄物の処理、被災ペットへの対応、被災者の行政上の権利利益を保全する必要もあります。
ここでは、東日本大震災に伴う環境問題に対応するための法令に基づく措置等について概観します。また、これらの措置による復旧の現状についても触れています。なお、原子力発電所における事故に伴う環境問題への対応については、次節で詳述します。
被災地では、日常の各家庭からのし尿、ごみの収集処理に加え、避難所からのし尿、ごみへの対応が必要となっています。環境省では、震災直後の廃棄物処理の迅速な実施及び災害廃棄物の収集運搬等の緊急支援を各関係団体に要請し、多くの地方公共団体及び各一般廃棄物処理事業者団体から、収集運搬等のための人員や収集運搬車両について多数の派遣支援を、また機材については、多くの無償支援をいただきました。
下水については、震災直後の早い段階から、市街地内のすべての下水管を対象に、未処理下水を速やかに排除できる機能を有しているかどうか点検を行い、下水管が破断している場合やポンプが機能停止している場合には、仮設ポンプや仮配管により応急対応を実施し汚水を排除することにより、公衆衛生の確保を図りました。また、津波等で被災した下水処理場では、暫定的な施設等により簡易処理等を行いつつ、処理水質の段階的向上を図りながら、本復旧に向けた取組を実施しています。
東日本大震災では、有害物質の公共用水域・地下水への漏出、津波による廃棄物や油などの海洋への流出により、国民の健康への悪影響や生活環境の悪化が懸念されたため、緊急に水環境のモニタリング調査を実施しました。
調査は、地震や津波により甚大な被害を受けた青森県から茨城県において、河川、海域の水質・底質、地下水の水質について、環境基準項目、ダイオキシン類等の調査を実施しました。
調査の結果、震災の影響により、被災地の環境が著しく汚染されている状況は確認されませんでしたが、一部、環境基準値を超過する有害物質が検出された地点については、自治体等における継続監視を注視するほか、地下水については井戸の所有者に対して飲用指導等を行うなど、関係自治体等と連携し、適切に対応しました。
このほか、震災発生以後の陸域からの汚濁物質の流入によって、特に水質の悪化が懸念される被災地の閉鎖性海域(5海域)を対象に、震災後の状況を把握するために、水質、底質、生物等の調査を実施しました。
さらに、被災地の沿岸域周辺において、環境基準等は設定されていないものの、環境残留性・有害性の高い物質等を対象として、水質及び底質等について調査を実施しました。
また、海洋において、音波を利用した海底ごみ調査を実施した結果、海底に沈積しているごみを検知し水中カメラによる撮影を行いましたが、大型の災害廃棄物等(倒壊家屋や自動車等)は発見されませんでした。加えて、流出した廃棄物の総量推計を実施するとともに、当該廃棄物のうち洋上を漂流しているものの漂流経路、到達場所及びその時期等について今後の予測を実施しました。漂流物は、標準漂流物(家屋が壊れて生じた板、水船状態の漁船等)、海面上漂流物(養殖や定置網等のフロートやブイ、破損せずに浮かんでいる漁船等)、海面下漂流物(流木や海水を含んだ木材等)に分けて計算されており、その結果、当該漂流物の大部分を占める標準漂流物の一部は、2012年10月頃には北米大陸西岸の沿岸域に到達し始めることが予測されています(図2-3-1)。
土壌環境については、東日本大震災に伴う津波による化学工場等からの有害物質の流出や火災によるダイオキシン類の発生が予想され、国民の健康への悪影響が懸念されたため、緊急に土壌環境のモニタリング調査を実施しました。
調査は、津波等により甚大な被害を受けた青森県から千葉県の公有地において、土壌汚染対策法に定める特定有害物質やダイオキシン類を対象に行いました。
調査の結果、鉛やヒ素など4物質について、土壌溶出量基準値又は土壌含有量基準値を超過することが、一部の調査地点で確認されました。土壌溶出量基準値を超過した地点については、当該地点の近隣における地下水の利用状況を調査し、飲用に供されていることが判明した場合、地下水の水質を調査し、環境基準値を超過していないことを確認しました。また、土壌含有量基準値を超過した地点については、当該地点の土地利用状況を調査し、人の立入りが制限されていることを確認しました。
アスベストについては、被災直後から、アスベストの飛散防止対策、被災した住民等の不安解消を含むアスベストのばく露防止対策、大気濃度調査の実施によるアスベストの飛散防止対策・ばく露防止対策の確認と結果のフィードバックという3つの柱を設けて取り組んできました。
被災地におけるアスベストの大気濃度調査については、平成23年度中に延べ505地点で実施しており、今後も継続して実施することとしています。なお、これまでの調査結果では、一部の建築物のアスベスト除去等工事現場において、周辺への飛散はなかったものの、敷地内でアスベストの飛散が確認された事案が確認されましたが、それ以外は大きな問題はありませんでした。
大気については、岩手県、宮城県、福島県及び茨城県において、避難所等被災者が多数生活している地域を中心に、地方公共団体の要望を踏まえ30地点で大気環境モニタリングを実施したところ、ヒ素及びその化合物について指針値を超えた地点が1地点存在しましたが、9月に実施した再調査により、問題ないことが確認されました。また、12月に継続調査の観点からモニタリングを実施した結果からも問題ないことが確認されました。
宮城県、岩手県の漁港の冷凍庫等において、大量の水産物が腐敗し、悪臭やハエ等が発生するなど、周辺環境への悪影響が懸念される状況となっていました。
これらについては、発災後、埋設等の処分が行われていましたが、埋設場所の確保が困難な状況となったため、宮城県、岩手県よりその一部について海洋投入処分を行いたいとの要望がありました。
そのため、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律に基づき、緊急的な海洋投入処分に関する告示として、「環境大臣が指定する廃棄物並びに排出海域及び排出方法に関し環境大臣が定める基準」が、平成23年4月7日には宮城県内の腐敗水産物について、平成23年6月17日には岩手県内の腐敗水産物について、それぞれ告示されました。この腐敗した水産物の海洋投入処分については、平成23年7月頃に完了しています(写真2-3-1)。
東日本大震災により、被災地域の住民のみならずペット等の動物も大きな被害を受けました。特に、福島県では、東京電力福島第一原子力発電所の事故が発生し、住民の方々は着の身着のままで避難せざるを得ず、多くの動物たちが警戒区域内に取り残されました。
発災以降、人的支援、ペットフード等の物資の提供、義援金の募集及び配布等に関して、地方公共団体や緊急災害時動物救援本部((公財)日本動物愛護協会、(公社)日本動物福祉協会、(公社)日本愛玩動物協会、(公社)日本獣医師会で構成)等の関係団体の協力を得ながら、被災ペットの救護の支援が行われました。
また、環境省は福島県と全面的に協力し、ほかの自治体、緊急災害時動物救援本部、獣医師等の協力を得ながら、警戒区域内の被災ペットの保護活動を実施しました。
被災したペットへの対応の事例
発災当初、避難所においては、被災者に同行して避難したペットがトラブルにならないよう配慮することが重要な課題となりました。そこで、避難所における取組として、ペットと同伴している被災者との生活空間の分離(ペット同行避難者専用の居住スペースの提供)、ポスター等によるペットアレルギーの方への周知、獣医師による巡回・健康相談等の事例が見られました。
岩手県では、ケージ等の物資やアドバイス等の支援を行うとともに、同県陸前高田市及び釜石市では、被災者の動物飼育支援として、いち早く仮設住宅でのペット連れ入居を容認するなどの配慮がなされました。
宮城県仙台市では、被災動物の救護をより効果的に進めるため、市の動物管理センターと社団法人仙台市獣医師会及び特定非営利活動法人等との協議により、仙台市被災動物救護対策本部が設置されました。同本部では、動物病院の診療情報の提供、被災した飼い主不明の犬猫について動物病院での一時預かり及び診療、避難所における被災動物の救護、被災した飼い主の被災動物の一時預かり、被災動物の保護や返還・譲渡に向けた取組等、さまざまな努力が行われました。
東日本大震災をもたらした地震・津波により、東北地方の太平洋沿岸の自然環境は大きく変化しました。青森県三沢市から福島県いわき市までの沿岸を対象に、津波により浸水した範囲と植生図(環境省自然環境保全基礎調査)を分析した結果、浸水した地域の多くは耕作地(25,646ha 浸水範囲の54%(以下同じ。))と市街地(14,375ha 30%)でしたが、自然植生としては、クロマツやアカマツの植林地(2,501ha 5%)、湿原・河川・池沼植生(942ha 2%)、二次草原(887ha 2%)、砂丘植生(657ha 1%)のように、海岸部の植生が影響を受けていました。
岩盤に直接生えるワカメ、コンブなどの海藻藻場については、すべては把握されていませんが、消失等したところもあれば、ほとんど影響を受けていないところもあるなど、地域によって影響の程度は異なっているようです。砂地に生育するアマモなどの海草藻場については、その多くが影響を受けて消失したり、規模が縮小している地域が多いのではないかと予想されています。一方で、津波後に種から発芽したと考えられるアマモの株が確認されていて、アマモ場に生息する魚類の生息密度は減ったものの、種数は大きな変化がないという地域も見られています。今後アマモ場が再生していくか、長期のモニタリングが必要です。
岩手県船越湾は環境省のモニタリングサイト1000事業のアマモ場調査の対象地として継続的に調査が実施されています。撮影された海域は、津波前は高さ6mほどのアマモに覆われていましたが、津波後はほとんどが消失し、高さ数十cmのアマモの株がまばらに点在している状態でした。
干潟は、三陸海岸南部のリアス海岸の地域の湾奥、松島湾及び仙台湾沿岸に分布していましたが、多くの地域で津波の影響を受けています。津波により地形そのものが改変され、現在もその形状が変化し続けている干潟や、干潟の底質が変化したことにより、生息する生物種の構成が大きく変化した干潟もみられます。また、地震による地盤沈下の影響により、干出しなくなってしまった干潟がみられたり、砂浜についても消失したり、砂浜の幅が狭くなったところがみられます。宮城県蒲生干潟は現在も地形が大きく変化し続けています。
三陸海岸の三貫島と日出島は、クロコシジロウミツバメ(環境省レッドリスト絶滅危惧IA類)、ヒメクロウミツバメ(同絶滅危惧II類)といった、希少な海鳥の繁殖地となっていますが、繁殖シーズンと地震・津波の時期が重ならなかったこと、繁殖地が直接的な影響をほとんど受けなかったことから、現在のところ例年とおりの規模で繁殖が行われています。しかし、鳥類の餌環境の変化がこれから継続的に生じることが予想されるため、干潟を利用する渡り鳥も含め、鳥類への影響については、今後も注意深くモニタリングする必要があります。
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