環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第3節 社会経済活動と環境負荷

第3節 社会経済活動と環境負荷

 経済成長を維持しながら環境負荷を下げる社会経済づくりを進めることが、世界全体の潮流になっている中で、UNEPのグリーン経済やOECDのグリーン成長のあり方は、我が国における環境と経済の統合的な発展に向けた取組の推進においても参考となります。ここでは、OECDにおけるグリーン成長指標の体系を踏まえ、世界と我が国における環境と経済に関する統計的なデータを比較しながら、我が国の環境・経済・社会の構造の概況を見てみましょう。

1 環境負荷物質の排出と社会経済活動

 経済成長に伴う環境負荷の程度を計測することは、環境と経済を統合的にとらえた取組の進捗状況を知るための基本的な情報となります。これに関し、1990年以降の我が国のGDPの伸びと、二酸化炭素の排出量との関係や、硫黄酸化物、窒素酸化物、廃棄物といった環境負荷物質の排出量との関係を見てみましょう(図1-3-1)。これによると、二酸化炭素その他環境負荷物質の排出と社会経済活動との関係について大まかな傾向として、二酸化炭素についてはGDPの増減と連動して増減し、硫黄酸化物については経済の成長にかかわらずその排出量は減少傾向(デカップリング)を示しており、窒素酸化物や廃棄物については2000年代前半頃からデカップリングの傾向が見られます。


図1-3-1 GDPの伸びと、二酸化炭素排出量その他主な環境負荷物質の排出量の推移(1990年比)

 地球温暖化の原因となる二酸化炭素について、詳しく見てみましょう。世界全体では、経済の成長とともに二酸化炭素の排出量も増大する傾向にあり、特に開発途上国の二酸化炭素排出量の増加が著しいことから、地球温暖化対策に取り組む必要性はますます高まっています。

 図1-3-2は、人口1人当たりのGDPと二酸化炭素の排出量の関係の推移を国別に見たもので、右上への傾きが大きいほど経済成長に対する二酸化炭素の排出量の伸びが大きい状況であることを示しています。中国においては、経済成長に伴う二酸化炭素の排出量の伸びが著しいことが分かります。韓国も同様の傾向を示しており、経済成長に伴う二酸化炭素の排出が抑制されていない状況がうかがえます。


図1-3-2 経済成長と二酸化炭素排出量の変遷(1971~2009)

 先進国の中には、スウェーデンのように、経済成長をしながら、二酸化炭素の排出量を減少させている国があります。我が国においては、二酸化炭素の総量は、2007年頃まで増加傾向にありましたが、おおむね、経済力を成長・維持しながらも二酸化炭素の排出量を抑制してきました。

 経済成長を遂げながら低炭素社会を実現することは、世界の目指している持続可能な社会の一つの姿であると考えられます。以上のデータからは、世界全体の傾向として、経済成長と二酸化炭素の排出量の増加を切り離す(デカップリング)にはいたっていないものの、一部の国に見られるように、経済力を低下させずに地球温暖化による環境負荷も軽減し得ることを示唆しています。一方で、近年経済成長が著しい中国、インド等の国々については、経済成長に伴う二酸化炭素排出量の増加傾向が著しいことから、これらの国々は、成長の過程で地球温暖化対策に貢献し得る余地が多く残されていると考えられます。また、開発途上国の中でも経済成長を達成できないでいる国々との差が拡大しており、今後、これらの国々の格差の是正と環境問題をどのように考えていくかが、世界全体での大きな課題となっています。

 このような傾向は、二酸化炭素の排出量だけではなく、廃棄物についても同様の状況を見ることができます。アジア地域において、経済成長に伴って廃棄物量が増大することが見込まれています(図1-3-3)。その中にあって、我が国においては、経済成長を遂げながら廃棄物量は大きく増加していません。


図1-3-3 人口1人当たり廃棄物発生量と一人当たりGDPの関係

 我が国は、アジアをはじめとする世界のこのような状況を踏まえながら、システム・技術の革新や需給の構造を低炭素社会づくりに繋がるものに変えていくことによって、経済の成長と環境負荷の軽減を同時に達成する社会のあり方を追求し、我が国の有する高度な技術やシステムを一層高めつつ、いかに世界のグリーン経済に貢献するかを考えていく必要があります。

2 資源の利用と社会経済活動

 私たちが生きていくためには、化石燃料、鉱物資源、バイオマス資源、水資源といった、様々な自然資源を必要とします。この現状を把握することで、私たちが地球の資源にどの程度頼って生活をしているのか、どの程度効率的な生産活動を行っているのかをうかがい知ることができます。ここでは、資源生産性、生物多様性、水資源及び地下資源に焦点を当て、社会経済に投入されている自然資源の状況を概観します。

(1)資源生産性とマテリアルフロー

 私たちの社会経済においては、化石燃料、鉱物資源、バイオマス資源、水資源等様々な資源を利用して、物資を生産し、消費し、廃棄しています。この物資の流れを重量で表現したものを物質フローといいます。物質フローは、社会経済の内部で使われている自然資源の総量を把握し、その浪費の状況を統計的に見つけ出すための重要な情報となります。

 身の回りにある無駄なものを減らし、省資源化を図ることは、持続可能な社会の達成の重要な目標になります。そのためには、効率的な資源の活用を目指すとともに、投入される自然資源の利用の絶対量を減らさなければなりません。効率的な資源の活用の程度は、単位当たりの資源がどの程度の経済的価値を生み出したかを示す資源生産性によって評価されます。資源生産性は資源の生産国で低く、サービス産業の活発な国では高くなる傾向にあるものの、一般的には、資源生産性が高い国ほど、効率の高い生産活動を行う社会経済構造となっていると考えることができます。図1-3-4からは、我が国は世界の中でも資源生産性の高い国であることが分かります。


図1-3-4 主な国の資源生産性(砂利等の非金属鉱物系を除く)

 図1-3-5は、この傾向を詳細に見るために、我が国の物質フローとGDPの伸び率について1990年比で比較したものです。GDPの増加とともに化石燃料の投入量は増加している一方、砂利等を含む鉱物資源やバイオマス、水資源の投入量は減少していることが分かります。これに関して、社会経済活動に投入される物質の量の減少の詳細を見ると、非金属鉱物(砂利等)の投入量の減少が著しく、また、木材等のバイオマスの投入量も減少していることが分かります(図1-3-6)。公共事業等による社会インフラの整備が落ち着き、新たな資源の投入が抑えられていることがその主な要因として考えられます。我が国においては、社会経済活動に投入される物質の量は減少しているものの、化石燃料由来のエネルギー消費は増加の傾向にあります。


図1-3-5 我が国のGDPと物質のフロー


図1-3-6 我が国の天然資源等投入量

(2)生物多様性と社会経済活動

ア)生態系を構成する基本的な単位としての生物の「種の多様性」

 生態系サービスとして提供される森林資源、食料、繊維、医薬品等の生物由来の資源は、私たちの暮らしに欠くことができません。そのため、生物由来の資源を持続的に利用できるのかが、生物多様性と社会経済活動に関する諸問題を扱うに当たっての基本的な問題意識であると考えることができます。

 生物多様性に関する諸問題は、環境・経済・社会に関する事象を幅広く包含するものであり、その全体像を把握することは非常に困難を伴います。そこで、一般的には、「生態系の多様性」、「種の多様性」、「遺伝子の多様性」の3つの側面を切り口にとらえられています。

 このうち、「種の多様性」は、生態系の基本的な構成要素である生物の種に注目しています。どのような生物の種でも、生息している場所で栄養を摂取し、繁殖して、次世代に生命を繋いでいます。そのため、生物多様性について理解をするに当たって、どの種が、どのくらい、どこに生息しているのかという情報は、最も基礎的で重要な情報となります。以下では、ほ乳類と両生類の分布を見てみましょう(図1-3-7)。


図1-3-7 世界の哺乳類及び両生類の分布状況(国別の固有種数/生息種数)

 国際自然保護連合(IUCN)によると、哺乳類は世界で約5,500種、両生類は、約6,700種が確認されています。哺乳類も両生類も、どちらも熱帯地方を中心に多くの種が分布しています。国別の生息種数をみると、哺乳類について、1位のインドネシアで約670種、2位のブラジルで約650種、3位の中国で約550種、日本は144種で世界74位となります。両生類では、1位のブラジルで約800種、2位のコロンビアで約710種、3位のエクアドルで約470種、日本は56種で世界54位となります。

 各国の生態系の独自性についてより深く理解しようとした場合、各国の固有種の分布情報に注目するとよいでしょう。固有種はその国にのみ生息している種であるという点で、その国の生態系や地理的な特徴に強く結びついていると考えられます。

 哺乳類の固有種率を国別に見てみると、1位はマダガスカルの81%、2位はオーストラリアの71%、3位はフィリピンの55%、日本は30%で世界8位に浮上します。両生類についても同様に見てみると、種数こそ多くありませんが、ジャマイカ、セイシェル等の島国で100%の固有種率となり、日本は80%が固有種で世界11位に浮上します。このように、我が国は、世界でも有数の固有種の割合の高い国であることが分かります。

 このように、国別の生息種数に注目するのか、国別の固有種率に注目するのかで、地図の見え方が大きく異なります。図中において、固有種数の多い国に注目すると、国土の広さ等による国内の生態系の多様性を示唆し、固有種率の多い国に注目するとその国が有する独特の生態系を示唆します。

 図1-3-8の色の濃い箇所は、我が国に生育する固有の脊椎動物、維管束植物が多く分布する地域を示しています。このような地域は、地球規模で種の多様性を保全する上で、重要な場所であると考えられます。こうした情報は、世界全体や国土の中で、生物多様性の保全上どの地域が重要かを抽出するために、有用な指標の一つとなります。


図1-3-8 我が国の脊椎動物の固有種の種数分布及び維管束植物における日本固有種の固有種指数

イ)生物多様性と社会経済活動

 人間の社会経済活動の結果、直接的・間接的に影響を受ける生態系の構成要素として、土地の改変を挙げることができます。人間を含む陸上生物は土地の上に暮らしているため、土地の改変はそこに生息する生物に直接の影響を与えます。したがって、人間の社会経済活動に伴う生物多様性の損失を評価する手法として、土地の改変の程度を計測することは重要な指標となります。

 我が国における絶滅危惧種の減少要因としては、開発、水質汚濁、違法な捕獲、外来種等、人間の社会経済活動が挙げられ、野生生物の種が絶滅への脅威にさらされています(図1-3-9)。また、世界における生物多様性を脅かす要因として、インフラ整備、農地への転換、生息域の分断化、地球温暖化の進行等の脅威が指摘されており、今後もこの傾向は拡大すると考えられています(図1-3-10)。


図1-3-9 世界における種の多様性の損失要因の割合


図1-3-10 我が国の絶滅危惧種の減少要因

 このように、自然資源の過剰利用や開発などの社会経済活動による生物多様性の損失については、地球規模で進行しています。生物多様性と社会経済活動の接点を客観的に評価し、その影響の原因を分析することが、生物多様性の保全のあり方を考えるために求められています。


生物多様性の保全における経済的評価


 生物多様性の損失の大きな要因は、人間の社会経済活動であると考えられますが、近年、生物多様性の損失が人間の社会経済活動にもたらす影響にも目を向ける必要があると考えられるようになりました。

 このような問題意識の下で政策や事業活動の意思決定を行うに当たっては、人間の社会経済活動が生物多様性に及ぼす影響と、生物多様性の損失が私たちの社会経済活動に及ぼす影響について、客観的で定量的な評価をすることが重要です。このような評価手法はまだ確立されたものはありませんが、世界各地で様々な試みが始まっています。

 生物多様性の価値を経済的・貨幣的な価値に置き換えて評価する手法としては、国連環境計画(UNEP)が中心となって研究を進めた「生態系と生物多様性の経済学(TEEB: The Economics of Ecosystems and Biodiversity)」があります。この中では、森林の保護による温室効果ガスの吸収は3.7兆米ドルに相当すると評価するなど、個別の生態系サービスについて、その貨幣的な価値を評価することにより、生物多様性を保全した場合に享受する利益と生物多様性が損失した場合の経済的な損失を算出する試みを行っています。

 OECDが進めている「グリーン成長に向けて(Towards Green Growth)」では、経済と生物多様性の関係について、社会経済活動の結果として生じる土地の利用形態の変化に注目した評価を行っています。これは、生物多様性に関して貨幣的な評価をせずに、経済的・統計的な数値データを用いて両者の相関関係を分析する手法であると考えることができます。

 このように生物多様性と経済との関係性についての分析は、政策決定者、事業者、消費者等の合理的な意思決定のプロセスや、生物多様性の保全施策に多くの新しい手段を与える可能性があります。生物多様性と社会経済活動の現状を総合的に評価するための新たな指標の設定のほか、生物多様性の経済的な価値評価による市場メカニズムを活用した手法等、経済的な評価を加えた上での生物多様性の保全の取組が進められています。


生物多様性の保全施策における経済的な手法の例

(3)社会経済活動と森林資源

ア)森林資源の賦存量

 森林資源の賦存量を、森林の面積で見ると、世界の森林面積は、約40億haで、世界の陸上面積の3割が森林です。地域別に森林の分布面積を比べると、南アメリカ、北アメリカ、ロシアを含むヨーロッパを中心に森林が分布していることが分かります。

 森林の用途を見てみると、世界の森林の約3割は生産林として活用され、約2割が土壌・水源・生物多様性等の保護区域として指定されています。この森林の用途を地域的に詳しく見ると、南アメリカやアフリカは、生産林としての利用の割合が低いものの「用途不明もしくはデータがない」とされる森林も多く、これらの国によるガバナンスの確立が重要となります。ヨーロッパやアジア地域では生産林としての森林の利用が中心です。森林の持続的な利用のためには、森林の多面的機能や国や地域ごとの経済状況、気候条件等を踏まえた管理の手法を考える必要があります。


図1-3-11 世界の森林面積とその用途(地域別)

イ)農地の開発と森林の減少

 人間の社会経済活動と土地改変の関係という観点から、森林と耕地の関係を見てみましょう。1990年代以降、アフリカ、南アメリカ、東南アジアの熱帯地域を中心に農地面積が拡大して森林面積は減少する傾向にあります(図1-3-12)。これは、東アジア、ヨーロッパ、北アメリカの森林面積が、現状維持もしくは微増の傾向を示しているのに比べて、熱帯地域における森林の改変が著しい状況を示唆しています。


図1-3-12 地域別農地・森林面積の推移

 アフリカ、南アメリカ、東南アジアにおいて農地が増加して森林が減少するという傾向は、この地域の社会経済の状況に強く影響されています。特に、1990年代に飢餓の問題を抱えていた国々の森林は、この20年間で耕地開発の影響を強く受けています。図1-3-13は、1990年代初めに国内の栄養不足人口率が20%を超えていた主な国について、森林面積と耕地面積の変化率(2009年/1990年)を国別に見た図です。この図からは、飢餓を抱えている多くの国において、この20年間で森林面積が減少傾向にある国が多いことが分かります。なかでも、アフリカの多くの国においては、森林の減少が耕地の増加を伴っていることから、食料の不足を背景とした耕地開発による森林の改変が進行している状況がうかがえます。


図1-3-13 1990年代に飢餓を抱えていた国々における森林面積と耕地面積の変化率(2009/1990)

 我が国と関係の深い近隣のアジア諸国では、一部を除き、熱帯林を有する多くの国で耕地面積の増加と森林面積の減少がみられます。特にインドネシアやマレーシアでは、近年、世界的なパーム油の生産量の増加とともにパーム油の原料となるヤシの生産面積が増加しており、熱帯林減少の大きな原因となっています。


図1-3-14 日本の近隣国の森林・耕地面積の変化率(2009/1990)


図1-3-15 パームヤシ生産量及び生産面積推移

(4)社会経済活動と水資源

 水資源は、環境・経済・社会の問題と密接に関係があります。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)によると、世界の人口の増加に伴って世界の取水量も増大し、2025年までに2000年比で32%増加すると考えられています(図1-3-16)。水は食料生産に欠くことのできない資源である一方、近年の飼料作物の需要の増大によって、各地で深刻な水不足が懸念されています。また、社会経済活動から排出される水質汚濁物質は悪臭や衛生面での環境問題を引き起こすのみならず、閉鎖性水域などの富栄養化を進め、従来の生態系を損ねることもあります。また、気候変動による干ばつと洪水の頻度の増加も深刻です。


図1-3-16 世界の人口推移と世界の取水量推移

 水資源は、人間の生活に欠かせない資源です。水資源は、地球上に偏在しており、その95%が海洋に、2%が氷河などの氷の状態で存在しており、淡水の状態で存在しているのは1%程度に過ぎません。そのため、人々が淡水資源にいかにアクセスできるかが重要な視点になります。国民1人当たりの淡水資源量を見ると、アフリカ等で極めて深刻な水不足状態にあることが分かります。また、水の消費に伴う排水が適正に処理されるかも重要です。下水の処理が適正に行われているかという点について、アフリカ、インド等、深刻な状況にあることが分かります(図1-3-17)。


図1-3-17 世界の安全な水へのアクセスと、衛生施設の整備状況

 また、世界的には、都市域における水問題も深刻です。水源から供給される水が途中で失われる漏水の問題は、我が国ではほとんど問題とならないものの、世界的には大きな課題となっています(表1-3-1)。例えば、メキシコシティでは35%の水が供給の過程で漏水していることから、仮に我が国と同等の水供給の管理ができるようになったと仮定すると、同じ水源に対して約3割以上もの水資源を節約できることになります。


表1-3-1 世界の主な都市の漏水率

 以上に見たような安全な水の供給能力を高めていくために、水ビジネスの世界市場は今後拡大が見込まれており、2007年から2025年までに2.4倍に成長することが見込まれています(図1-3-18)。また、我が国の高い水準にある水の管理技術やシステムは、世界に貢献できる可能性を有していると考えられます。


図1-3-18 水ビジネス地域別「市場規模」(左)と成長倍率(右)


トイレの神様


 「トイレの神様」という植村花菜さんによる印象深い楽曲があります。普段、何気なく接しているトイレに神様がいるからトイレをきれいにする必要があるのだと考えることは、身近なものの大切さに気づくことでもあります。

 トイレは、通常、家屋内で代替の効かないものであり、日常生活に最も密接に関わっている設備の一つです。

 し尿の処理は、様々な努力によって下水道や浄化槽が多くの家庭に普及し、日常生活において、多くの人が支障を意識することのない水準に向上しました。しかし、普段、何気なく接している「トイレの神様」であっても、それがなくなったとき、その価値や存在の大きさに改めて気が付くこともあります。

 東日本大震災では、下水処理施設が大きな打撃を受け、被災地におけるし尿の処理は、深刻な状況となりました。岩手県では、発災直後のし尿の収集体制の確保のため、業界団体の支援を得てし尿の収集を行いました。宮城県においては、業界団体から被災した地元業者に対して寄贈されたバキューム車、山形県の業界団体によって派遣されたバキューム車により、し尿の収集にあたっています。収集したし尿については、宮城県内の処理施設のほか、山形県の支援も受け、広域的な処理が実施されています。

 私たちは、周辺地方公共団体や関係団体による避難所等へのし尿処理の支援がいかに大きな意味を持っていたかを教えられました。また、被災地に対して行われている、被災地外の地方公共団体や関係業界団体からのバキューム車、仮設トイレの提供等の支援は、被災地において重要な役割を果たしました。

 また、近年、各地で老朽化した下水処理施設の付け替えの問題が生じています。下水道管の老朽化による事故は、昭和50年代から増加を始め、現在では、年間4,000~6,000件で推移しています。

 一方、世界規模では、多くの人が上下水の処理がなされていない状況下において生活を営んでおり、環境面及び衛生面において深刻な現状が見られます。我が国の水の処理の技術やシステムは世界で評価され、その世界的な展開が行われています(下図)。海水の淡水化や再生水製造など主に水不足地域での造水に用いられるRO(逆浸透ろ過)膜、主に浄水処理に用いられる NF(ナノろ過)膜の世界市場シェアは日系企業3社で約半分を占めています。また、下水道事業においては、大規模での管理実績を持つ地方公共団体と大企業の協力によって、積極的に海外に展開している事例も見られます。

 しかし、単純な技術やシステムの移転だけで、その地域の持続可能な水資源管理ができるとは限りません。身近なものほど大切にする心がけを続けることによって、私たちの日常生活の環境は良好な状態で維持されます。我が国の先進的な技術やシステムに加えて、この心がけを含めて世界へ展開することも、世界の持続可能な社会の実現、ひいては、地球の環境を「べっぴんさん」にする上で大切なのではないでしょうか。


民間、地方公共団体の上下水ビジネス海外展開の動き

(5)地下資源の採掘と持続可能性

ア)限りある金属資源

 現在、私たちの身近にある製品には、様々な金属資源が使われています(図1-3-19)。例えば、車のボディには鉄が、送電網には銅が、金属の腐食を防ぐためのメッキには亜鉛が、蓄電池には鉛がそれぞれ使用されています。現在のわたしたちの便利で豊かな生活は、こういった多くの金属資源を消費することで、実現されています。


図1-3-19 主な製品に使われている金属類

 これらの金属資源は、国内ではほとんど採掘されておらず、海外の鉱山に頼っています。具体的には、我が国は、様々な製品を製造するため、毎年、鉄鉱石約1億3,000万トン、銅鉱石約500万トン、アルミニウム約100万トン、亜鉛鉱約100万トンを輸入しており、世界有数の金属資源輸入国となっています。

 他方で、金属資源を採掘することのできる場所は限られており、また、そこで採掘することのできる生産量にも限りがあります。現在確認されている鉱山の2010年時点での年間生産量で埋蔵量を割った現時点での可採年数は、鉄鉱石66年、銅鉱石40年、鉛鉱21年、亜鉛鉱21年になると米国地質調査所は試算しています。可採年数は、新たな鉱山発見や、価格の上昇による需給逼迫等により伸張する場合もありますが、例えば、鉄鉱石の可採年数は、1990年時点では166年でしたので、この20年間で約3分の1になってしまったことになります。

 また、これまでの間に採掘した資源の量(地上資源)と現時点で確認されている今後採掘可能な鉱山の埋蔵量(地下資源)を比較すると、すでに金や銀については、地下資源よりも地上資源のほうが多くなっています(2004年時点で、金は地上資源9.3万t、地下資源4.2万tであり、銀は地上資源63万t、地下資源27万tと推計できます(図1-3-20)。


図1-3-20 主な金属の地上資源と地下資源の推計量(%値は地上資源比率)

 鉱物資源の品位低下も進んでいます。一般に採掘される鉱物資源の品位は、地表部分で採掘されるものよりも、深層部で採掘されるもののほうが低い傾向にあります。近年、既存鉱山の採掘が進んだ結果、深層部で採掘するケースが増加しており、例えば、我が国に輸入される銅鉱石の品位(鉱石(精鉱)中の銅含有量の割合)は、2001年の32.5%から、2008年の29.0%に低下しています。鉱物資源の品位の低下は、生産コストの上昇を招くほか、精製に必要となるエネルギーや不純物の増加に伴う環境への影響も懸念されます。

 さらに、現在、開発途上国の経済発展や人口増加により、世界全体の金属資源の需要は増加しており(図1-3-21及び1-3-22)、今後もこの傾向は続くと考えられます。


図1-3-21 世界の粗鋼生産量と鉄価格(ドル)の推移


図1-3-22 世界の銅(地金)消費量と銅価格(ドル)の推移

 このような様々な需給要因を背景に、近年、金属資源の価格は上昇しています(図1-3-21及び1-3-22)。UNEPが設立した持続可能な資源管理に関する国際パネルは、これまでの世界の経済成長は安価な資源に支えられてきたものの、近年の資源価格は逆に上昇しており、今後はより効率的に資源を利用するため、持続可能性を持ったシステム・技術の革新を速やかに成し遂げる必要があるとのレポートを出しています。

 もちろん、短期的には、安価で大量に精製されている鉄や銅などのベースメタル(汎用金属)について、使用が制約を受けるおそれはそれほど高くありません。他方で、50年後、100年後といった長期的な視点で考えた場合、将来にわたって、現在のように大量の天然資源を使い続けることができる保障はないのです。

イ)採掘時の環境負荷

 資源を採掘するための鉱山開発は、広範囲な樹木の伐採が行われた場合の生態系の破壊や、掘削により発生した岩石や重金属の処理が不適切である場合の水質汚染、赤土の流出による川の汚染やサンゴ礁の生育阻害など、自然環境に様々な影響を及ぼし得ることから、環境保全に配慮した鉱山開発が必要になります。

 UNESCOは、普遍的価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産を「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」として登録しています。現在、危機遺産リストに登録されている15の世界自然遺産のうち、鉱山開発が原因となっているものは、2つあります(ニンバ山厳正自然保護区とオカピ野生動物保護区)。

 1981年に世界自然遺産に登録されたアフリカ西部に位置するニンバ山厳正自然保護区は、500種以上の動物、2,000種以上の植物が生息しており、そのうち、胎内で卵を孵化させるニシコモチヒキガエルなど約200種はこの地域にしか生息していない固有種であることが確認されています。また、絶滅危惧種に指定されているチンパンジーやコビトカバの生息地ともなっています。他方で、ニンバ山に鉄鉱石の鉱脈があることが確認されたことから、山を崩す大規模な露天掘りが行われるようになり、かけがえのない貴重な生態系が喪失してしまう可能性が高くなりました。このため、ニンバ山厳正自然保護区は、UNESCOにより、1992年に危機遺産リストに登録されました。


写真1-3-1 ニンバ山の野外実験場に現れたチンパンジー


写真1-3-2 ニンバ山の鉱山開発の状況

 鉱山開発に伴って生じる廃棄物を適切に処理せずに、環境汚染を引き起こした事例もあります。

 尾鉱(採掘した鉱石の純度を高めるためのプロセスで生じる鉱山くず)を川に放流し、堆積させることで処理を行っていた東南アジアの鉱山では、生産量に伴って尾鉱の量が増加し、熱帯雨林に排出基準値を超える酸性の尾鉱があふれ出してしまいました。このため、この鉱山では、法令の遵守、環境影響を低減するための生産量縮小等の指導がなされています。

 また、一部の国では、山の表土をはがしながら、鉱山開発が行われており、露天堀りで採掘するよりも、より大規模に森林伐採が行われています。

 他方で、このような環境破壊を招かないよう、環境に配慮し、鉱山開発を行う先進的取組も行われています。

 世界の主要な鉱業企業を中心として発足した国際金属・鉱業評議会 (ICMM)では、「持続可能な開発のための10の基本原則」を策定し、会員に対し、環境パフォーマンスの継続的な改善を追及すること、生物多様性の維持と土地用途計画への統合的取組に貢献することを求めています。また、「鉱業と生物多様性に関するグッドプラクティス・ガイダンス(Good Practice Guidance for Mining and Biodiversity)」の中で、鉱山開発を行う企業が生物多様性に取り組むことの重要性や、具体的な取組事例を提示し、企業の積極的な取組を促しています。

 これらを受け、企業の一部では、掘削した後の土壌の埋め戻しを行うことで、その土地の独自の植生を回復させたり、保護区域を定めたりする取組が行われています。

 また、国際金融公社(IFC)では、鉱山開発固有の環境対策について、事業者が遵守しなければならないガイドラインを策定し、プロジェクト審査に活用しています。このガイドラインでは、地域の環境水質基準を上回る汚染物質濃度とならないように鉱山排水を管理すること、鉱山廃棄物の堆積場の安全性の確保や廃棄物から流出する可能性のある有害な排水を遮断する工夫を行うこと、植生や土壌のかく乱を最小化し生物多様性を保全することなどの対策をとることを求めています。

 我が国における鉱山開発は、すでに環境に十分に配慮した先進的な開発手法を取り入れ、環境保全が図られています。他方で、鉱山は、アジア、アフリカなどの開発途上国に多く、それらの国では欧米など外国の資源メジャー中心による開発が行われているという特徴があります。資源を輸入し、豊かな生活を享受している私たちとしても、海外における資源採掘時に、適切な環境対策がとられているのか、注意を払っていく必要があります。

ウ)レアメタル

 世界的な精密機械の普及等に伴い、有用性が高い一方で希少性も高いレアメタルに関する注目が高まっています。

 レアメタルは、それぞれ耐熱性、耐食性、蛍光性に優れるなど特殊な性質を有しており、自動車、IT製品などの精密機械の原材料等として、幅広く使用されています(図1-3-23)。


図1-3-23 レアメタルの用途

 例えば、電子回路の素材として使用されるタンタルは、アルミニウム製のものと比べて約60分の1の大きさで同等の機能を有し、かつ、安定性も高いことから、パソコンや携帯電話の需要増大に伴って、生産量が急増しています。

 また、チタンは、酸や海水などに高い耐食性を持ち、質量は鋼鉄の45%でありながら、強度は鋼鉄以上であることから、超硬合金の添加物や航空機のエンジン、腕時計など様々な用途に用いられ、需要が伸びています。

 他方で、レアメタルはベースメタルの副産物として産出されるケースが多く、その供給構造は脆弱なものとなっています。例えば、インジウム、ガリウム、カドミウム、ゲルマニウムはこれらを主成分とする鉱石が無く、経済的にも量的にも鉱山として採掘する条件を満たすことができていません。このため、採算のとれる亜鉛鉱の副産物として産出されています。亜鉛鉱には少量の鉄やレアメタルが含まれており、亜鉛の生産工程である培焼工程を経た後に、硫酸溶液に溶かして鉄を分離することで、残ったレアメタル原料がつくられます。このレアメタル原料から、個別のレアメタルを精製していきます。このような状況にあるため、レアメタルの需給により生産を調整することができず、亜鉛の生産動向によって供給量が左右されてしまいます。したがって、例えば、液晶ディスプレイの電極の需要が大きく増加したとしても、インジウムの天然資源供給量をその分増加させることは困難なのです。

 また、レアメタルの産出国を見ると、その多くが全産出量の半分以上を上位3カ国が占めるなど特定の国に偏在しています(表1-3-2)。このため、中国のレアアースの輸出制限の例にみられるように、主要産出国のレアメタル輸出政策の変更により、我が国の社会経済活動が影響を受けるおそれがあるのです。


表1-3-2 非鉄金属資源の埋蔵と上位産出国

 以上のような特殊な需給事情により、レアメタルの価格は、安定的かつ大量に供給できる体制が整備されている鉄や銅などのベースメタルと比較して、極めて不安定なものとなっています。図1-3-24は、2000年時点の価格を100として、数種のレアメタルの価格変動を示したものです。簿膜型太陽光パネルやコピー機の感光ドラムに使われるセレンや、鉄鋼・特殊鋼の添加剤として使われるモリブデンの価格は、開発途上国の旺盛な需要や各地で相次いだ鉱山での事故による停止・減産などによって供給不足になり、2005年に急激に高騰しましたが、その後、金融危機に伴う景気後退の影響等を要因として大きく下落しています。


図1-3-24 レアメタルの国際価格の推移(実勢価格)

 このように、一般的に、レアメタルの需給構造は不安定なものとなっており、安定供給の確保が大きな課題となっています。


メキシコ湾原油流出事故


 世界的に原油高の傾向が続いており、また、採掘が容易な原油が枯渇の傾向にある中で、今後、採取が難しい大水深、非在来型ガス・オイルなどの採掘に向けた動きは、今後も拡大していくと考えられます。世界の大水深での石油・ガスの生産量は、2000年150万バレル/日、2010年には740 万バレル/日と増加しています。

 そのような中、2010 年4月20日、メキシコ湾で作業をしていた掘削基地が、逆流してきたガスに引火して爆発炎上し、作業全126名のうち、11名が死亡、17名が負傷するという大惨事が発生しました。2度目の爆発の後、4月22日朝に基地は沈没し、当初は基地に積載していた重油(1.7万バレル(約270万キロリットル))のみが海面に広がっていたと見られていましたが、その後海底からの流出が判明し、事態が深刻化しました。

 この原油流出事故は、漏洩個所が水深1,500mの深海だったため、流出を完全に止めるまでに3ヶ月近い歳月を費やしました。この間に流出した原油は490万バレル(約7.9億リットル)と過去最大級の流出事故となりました。この事故の生態系サービスへの被害は43億ドルと試算されています。沿岸域では、野生生物の保護等に関して、迅速、綿密な対応がなされました。

 今回の事故を受けて、アメリカ政府は、事故の原因究明のための一時的措置として、事故後6ヶ月における大水深域(500ft 以深)での掘削を禁止すること、2010年8月に予定していた大水深を含むメキシコ湾海域の鉱区入札を中止、アラスカ北部沖合において事故後1年間の掘削禁止、2012年に予定するバージニア州沖合鉱区入札の延期等を決めました。

 この事故に対して、主要各国は事故原因の解明の推移を見守っており、現在のところ米国のように深海油田の掘削活動を差し止めるまでの動きは見られないものの、一部の国では規制強化に向けた動きも見られます。イタリアでは、海岸線から5マイル(一部12マイル)以内の掘削作業を禁止する措置を発表し、イオニア海やアドリア海での探鉱計画も見直す予定となりました。この事故は、政府・産業界・企業それぞれがリスクを再評価し、大水深での掘削について新しいあり方を模索するきっかけとなったと考えられます。


メキシコ湾原油流出事故

3 環境分野における経済の動向

 資源制約の克服と環境負荷の解消をはかりながら経済成長や不平等の解消も達成する社会の実現に向けて、我が国の貢献のあり方を考えるためには、環境分野における経済状況について、我が国の強みを評価することが重要です。ここでは、環境分野における市場規模の推移、環境分野の特許の状況、技術革新を進める金融や政府の試験研究への支援、さらに、短期的な経済の景況感の観測から、我が国の環境分野における経済状況を概観します。

(1)我が国における環境分野の市場規模

 アメリカの民間会社の推計によると、環境産業の範囲や分類が異なりますが、2000年から2008年までの環境産業の世界市場は年率4%強の割合で伸びています。2009年には世界的な経済危機を受けマイナス成長が見られたものの、2011年以降は再び3%強の成長を続けるものと予測されています。これを地域別に見ると、2008年から2012年にかけてアジアが最も大きく成長し、約200億ドルの市場拡大が見込まれます(図1-3-26)。


図1-3-26 地域別で見た世界の環境市場

 我が国の市場規模について、環境省では、OECDの環境分類に基づき、我が国における環境産業の市場規模及び雇用規模について調査を行っています。この調査によれば、平成12年度以降、我が国における環境産業の市場規模及び雇用規模は継続して拡大基調にあります(図1-3-27)。平成21年度について見ると、世界的な経済危機の影響で、前年度に比べてやや減少傾向にあるものの、環境分野の市場規模及び雇用規模は、平成22年度において、それぞれ約69兆円、約185万人と推計されます。


図1-3-27 環境産業の市場・雇用規模の推移

(2)環境分野の特許

 我が国の環境技術力について特許登録件数から見ると、環境分野における企業・公的機関・大学等科学技術研究費の増加傾向を背景に、我が国で登録される環境分野の特許件数は上昇傾向にあり、平成21年には2,000件を超えました。また、国別に見ると、アメリカや欧州における環境分野の特許件数がほぼ横ばい傾向にある一方で、近年、中国における環境分野の特許登録件数が増加傾向にあります(図1-3-28)。


図1-3-28 環境分野の特許登録件数(日本及び主要国)と、科学技術研究費(日本)

 また、大気・水質管理、廃棄物管理、地球温暖化対策などの各分野においても、我が国の特許登録件数は高い水準に位置しています。特に、地球温暖化対策分野に関する特許登録件数を詳細に見てみると、我が国は電気自動車・ハイブリッド車、省エネ建築・省エネ機器の各項目で高いことが分かります。再生可能エネルギーの特許登録件数ではアメリカやドイツが高い水準となっています(図1-3-29)。


図1-3-29 地球温暖化対策関連技術の特許登録件数(2010)

(3)イノベーションを支える資金の運用等

 環境問題の解決に資する新たな技術等は、各主体の積極的な取組が無くしては生まれません。

 日本銀行では、デフレ克服へ向けた中長期的な成長軌道を引き上げていくことを目的に、2010年(平成22年)6月「成長基盤強化を支援するための資金供給」を開始しました。これは、政府の新成長戦略等に掲げられた18分野などへの取組方針を提出した金融機関に対し、融資実績を踏まえて低利資金を供給するものです。同年4~12月の累計投融資額をみると、環境・エネルギー分野における融資実行額は最多の6,719億円と全体の3割近くに達しており、成長分野として期待を集めていることがうかがわれます(図1-3-30)。今後は、金融機関が新たな成長事業を見つけ、育成する「目利き」機能を発揮し、環境・エネルギー分野の中でも有望である一方でリスクを伴う新たな技術開発や事業化などへの資金供給を通じ、次代を担う事業への発展を支援していくことが望まれます。


図1-3-30 成長基盤強化分野別の投融資実行状況

 政府の取組としては、環境の保全に必要な経費のうち地球環境の保全、公害の防止並びに自然環境の保護及び整備に関する経費である環境保全経費のうち、技術開発・研究等に関する予算額が近年増加しています。平成24年度における環境保全経費における技術開発・研究等に関する予算額は約355億円となっています(図1-3-31)。


図1-3-31 環境保全経費における技術開発・研究予算

(4)環境分野の景況感の把握

 環境政策を行うに当たっては、環境技術等の市場における状況を考慮しつつ、将来の環境関連市場の動向を見極めながら行う必要があります。こうした状況を受け、環境省では、平成22年度から、新たな統計調査として、環境経済観測調査(通称、環境短観)を実施しています。この調査は、環境ビジネス関連企業の景況感等の動向を年2回の調査で継続的に把握するものであり、環境ビジネスに係る具体的な振興施策の企画・立案や政策の効果の評価に関する基礎資料として活用するとともに、調査結果の公表を通じて環境ビジネスの認知度向上を図り、その発展に資することを目的としています。

 同調査の平成23年12月調査の結果によると、環境ビジネスは、ビジネス全体と比較して、良い業況にあります。環境ビジネスを現在実施中の企業について、当該環境ビジネスの状況を尋ね、それを全回答企業の会社全体の状況とDI(良いと答えた企業の割合から悪いと回答した企業の割合を引いた値、%ポイント)で比較したところ、「現在」、「半年後」及び「10年先」のすべてにおいて、環境ビジネスのDIが全産業を上回り、10年先にかけてほとんどの環境ビジネスで改善が見込まれました(図1-3-32)。


図1-3-32 環境ビジネスの業況DIと環境ビジネスの見通し

 また、我が国の環境ビジネスについて、今後の発展を見込んでいる企業が引き続き大勢を占めています。足下から半年後までは省エネルギー自動車が最も発展しているとみられており、10年先にかけては、再生可能エネルギーや、スマートグリッド、蓄電池等のエネルギー関連産業等が有望とみられています。一方、環境ビジネスの中で牽引役となっている地球温暖化対策分野においては、前回調査に比べて業況等のDIが低下しています。特に海外需給では、平成22年12月のDIは14、平成23年6月のDIは18、平成23年12月のDIは9と低下しています。これは、欧州で再生可能エネルギー等への政府支援が縮小されたことなどが影響したものと考えられます。

 一方、東北6県で今後、新規展開及び拡充したいビジネスについて最大3件まで回答を求めたところ、今後の環境ビジネスの新規展開及び拡充については、回答企業の8.2%にあたる341社から662件の実施意向が示されました。実施したいビジネスとしては「再生可能エネルギー」(太陽光発電を除く)がトップとなったほか、「スマートグリッド」、「太陽光発電システム(関連機器製造)」といったエネルギー関連のビジネスが上位に挙げられました。また、除染、除塩等に関連した「土壌・水質浄化用装置・施設(地下水浄化を含む)」「土壌・水質浄化サービス(地下水浄化を含む)」が第2位、第3位に入りました。

 企業の研究開発や設備投資、雇用等の判断は、いずれも多額の経営資源を投入するために重大な経営判断を必要とする場合が多くあります。将来見通しには不確実性がつきものであり、企業が安心して環境ビジネスの展開を図っていくためには、こうした中長期的な事業見通しに関する情報が重要な役割を果たすと考えられます。さらに、環境ビジネスの健全な成長を実現するためには、将来へ向けた政策指針を積極的に提示していくとともに、関連産業、金融部門と一体となったサポートを検討することが重要であると考えられます。

4 生活の質と環境

 持続可能な社会の実現のため、環境や経済的な指標だけではなく、人々の暮らしの質を評価する必要性が様々な方面から指摘されています。この生活の質という観点での指標の作成については世界的な試みが進められており、2011年に公表されたOECDによるレポート「暮らしはどうか?(原題"How's Life?")」における生活の質に関する指標群は、2011年に公表された「グリーン成長指標」と並んで、環境・経済・社会の持続可能性の状況を計測するための指標群として重要な位置を占めています。我が国では、新成長戦略(平成22年6月閣議決定)において幸福度指標の検討が盛り込まれ、平成23年12月、幸福度指標の素案が公表されました。同素案では、日本の幸福度について、雇用・所得、教育や住宅などの「経済社会状況」、「心身の健康」、人々のつながりなどの「関係性」という三つの要素からその指標化を検討しています。

 OECDの「How's Life?」における「よりよい暮らし指標(better life index)」では、生活の質に関してOECD加盟国等34カ国について国際間比較が行われています。これによると、オーストラリア、カナダ、スウェーデン等の国が上位に、チリ、メキシコ、トルコ等の国が下位となり、日本は中位に位置づけられるという結果となっています。

 このOECDにおける生活の質に関する指標群については、環境の側面の評価をグリーン成長指標にゆだねていることもあり、大気汚染の状況のみが環境関係の指標として選定されているなど、やや環境に関する指標が手薄な面があります。また、指標群としてどのような指標を選定するかによって算出結果が大きく変わる問題もあります。これに関して、環境省で実施した環境経済の政策研究においては、OECDが用いた21指標に加え、環境・社会の側面の主観的な豊かさ指標等を加味して8指標を追加し、指標の算出方法を見直して算定し直したところ、評価対象国の中での順位に大きな違いが出ることを示されました(表1-3-3)。


表1-3-3 OECD「よりよい暮らし指標」の指標群・算定方法を見直した試算結果

 生活の質の評価についての国際的な取組は始まったばかりであり、課題が大きいものの、経済的な側面だけではなく、環境や社会の状況も加味した真の豊かさとは何かを追求する姿勢は、今後ますます国際的な潮流となると考えられます。環境・経済・社会の状況に関して、私たち人間が、どのような状況に置かれているのかについては、自然資源、環境負荷、生活の質、さらには社会の状況等、幅広い視点で、客観的な評価を行う必要があります。

まとめ

 リオ+20においてグリーン経済に関する議論が進められるように、環境の持続可能性、経済の持続可能性、社会の持続可能性を統合的に向上させることは、世界の潮流となっています。豊かで持続可能な社会の実現のためには、どのようなことが必要なのでしょうか。

 まず、私たちが暮らしを営む上で欠かすことのできない自然資源は、地球上に均一に分布しているのではなく、地域的に偏在しています。また、化石燃料や鉱物資源などのように、地球の地殻に埋蔵されている資源の量が限られている資源もあります。森林資源や漁業資源などのように自然の中で再生産される資源であっても、その再生量を人間の採取量が上回れば枯渇してしまう資源もあります。また、現代の世代が自然資源を消費し尽くせば、私たちの子どもや孫といった将来の世代が使用できる自然資源は限られてしまうということも考えなければなりません。

 このように自然資源の地域間の偏在性、有限性、世代間の衡平性を考慮しなければ、持続可能な社会の構築は難しいということになります。自然資源を安定的に入手し、また、世代間の不均衡をなくすためには、資源の偏在性や賦存量を考慮した資源利用のあり方を考えるとともに、使用する資源を効率よく使うことのできる生産性や効率性の高い社会経済を構築する必要があります。

 次に、私たち人間が地球環境に及ぼす環境負荷についてです。私たち人間が社会経済活動の中で自然資源を使うと、さまざまな環境負荷物質が排出されます。また、土地の開発や無秩序な森林の伐採などのように、人間による活動が、生物多様性に直接的に影響を及ぼすものもあります。これらの環境負荷は、人間の活動の程度や排出される物質の性質等によって地球環境に与える負荷の程度が異なるため、その状況に応じて、環境負荷を低減する管理を行わなければなりません。

 また、自然資源の制約を克服し、環境負荷を低減しつつ、経済発展を達成するためには、環境分野の技術革新、それを促進するための金融や政策の支援が必要です。また、環境分野の産業の景況を計測し、その情報を提供することも重要な要素となります。

 私たちは、生きていくために必要な社会経済活動を行いながらも、環境・経済・社会の持続可能性を維持し、私たちの日常生活の質を高め、その中で得られる幸福感の高い社会を達成することを目指す必要があります。我が国においては、東日本大震災という未曾有の災害を受けた今だからこそ、安心して暮らせる豊かな社会を実現することが強く求められているのです。

 第2章では、この東日本大震災に関して、震災に伴う災害廃棄物の処理や東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応等について詳述します。