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2015年08月22日日本武道館から旧江戸城清水門(雁木坂)へ

皇居外苑バリアフリー情報 / 北の丸公園ブログ / 歴史

日本武道館から清水門を通り抜けて、最寄り駅(九段下駅、竹橋駅)方面に向かう分岐点までの散策ルートをご案内致します。

今回このブログでご紹介する散策ルートは、途中に階段のある園路がある他、清水門に向かうには江戸時代につくられた雁木坂と呼ばれる石段もあるため、バリアフリールートとして推奨出来る経路ではありません。少し遠回りになりますが、迂回路も合わせて紹介しますので、階段の上り下りが困難な方々やベビーカーを使用されている方々等は、ご自身の体調や状況に応じて迂回路を選択してください。

写真:日本武道館から清水門に向かう外周園路(武道館南側の公衆トイレ付近)

<日本武道館から清水門に向かう外周園路(武道館南側の公衆トイレ付近)>

写真の交差点手前が日本武道館、奥に向かう園路が清水門や吉田茂像、科学技術館、第1、第2駐車場のある方向、右側が日本武道館前の時計台や北の丸休憩所(ザ・フォレスト北の丸)、第3駐車場のある方向です。

この公衆トイレは、建設から20年ほど経っていますので、最新の公衆トイレと比べると規模もとても小さく、設備も古めかしいものですが、車いす対応のブースも備わっています。清水門周辺には第1駐車場まで行かないと車いす対応の公衆トイレがありませんのでご注意ください。日本武道館敷地との境目に段差がありますので、特に夜間に通行される際などは転倒しないよう足下に注意してお通りください。

写真:日本武道館から清水門に向かう外周園路(吉田茂像付近)

<日本武道館から清水門に向かう外周園路(吉田茂像付近)>

日本武道館の東口側から清水門に向かう園路沿いには、森林公園として造営された北の丸公園では少し異色ですが、八重桜やハナミズキなどに代表される一般的な花木も多く植えられている一角があるため、お客様向けの通称として「花木園」などと称して季節の花などをご案内しています。

この先の丁字路を左に曲がり階段を下ると清水門上の展望広場です。

丁字路を右に曲がって科学技術館の正面に周り、左手に回り込むように延びる管理道路のような園路を辿ると、途中急な坂道を通りますが、階段を通らずにこの先にある清水門上の展望広場に到達することが可能です。

写真:清水門上の展望広場に向かう階段

<清水門上の展望広場に向かう階段>

この階段下の展望広場には、パーゴラとベンチのある展望休憩所と公衆トイレ(一般ブースのみ)があります。見た目よりも急な階段ですので、この階段をお通りになる際は足下に気をつけて下さい。

現在では、周囲に高層ビルが建ち並んでいるため、つくられた当時のような見晴らしを目にすることは出来ませんが、広場の一角からは、旧江戸城を偲ばせる清水門や雁木坂、清水濠、石垣等の文化財群を眺める事が出来ます。

段差を上り下りすることが困難な方は、清水門展望広場の公衆トイレ脇から先ほどご紹介した科学技術館の裏手の園路に戻り、左手に坂を下って道なりに辿っていくと、清水濠の堤塘に沿って竹橋交差点付近に通り抜ける事が出来る園路がご利用いただけます。この迂回経路に階段はありませんが急な坂道が長く続きますので、ご通行の際は気をつけてお通りください。

写真:旧江戸城清水門(雁木坂)

<旧江戸城清水門(雁木坂)>
清水門は、江戸時代につくられた江戸城北の丸に出入りするための城門の一つで、国の重要文化財に指定されています。清水門の一角を占める「雁木坂」と呼ばれるこの急な石段は、万が一、この門から敵に攻め入られても容易に駆け上がれないよう、わざわざ一段ずつの段差が非常に高く、不揃いに作られおり、敷き詰められた砕石も歩きにくさを増しています。北の丸公園が開園して以来、公園の出入り口としてもご利用いただいていますが、健脚の方でも歩きにくいようにつくられた歴史ある石段(文化財)ですので、雁木坂をお通りになる際は、一段一段気をつけてお通り下さい。

写真:旧江戸城清水門(渡り櫓門)

<旧江戸城清水門(渡り櫓門)>

写真:旧江戸城清水門(枡形広場)

<旧江戸城清水門(枡形広場)>

写真:旧江戸城清水門(高麗門)から見える市街地の様子

<旧江戸城清水門(高麗門)から見える市街地の様子>

清水橋の突き当たりの道路(内堀通り)をはさんで向かい側にある千代田区役所庁舎内には千代田図書館等もあり、高層階の窓辺からは旧江戸城清水門や北の丸公園を見下ろす都心とは思えない絶景も見えるそうです。

写真:牛ヶ淵

<牛ヶ淵>
清水橋の左手では皇居のお濠の一つ「牛ヶ淵」がご覧いただけます。清水橋は、牛ヶ渕の水面を間近に見ることが出来る貴重な場所です。

写真:清水濠

<清水濠>
清水橋から右手(南側)のお濠は「清水濠」です。竹橋辺りまで続く切り立った石垣は、特別史跡旧江戸城跡にふさわしい威厳ある風景を形作ります。

写真:清水橋(内堀通り/千代田区役所前)

<清水橋(内堀通り/千代田区役所前)>
清水橋を渡った先の丁字路は内堀通りを左に進むと九段坂交差点(九段下駅)方面、右に進むと竹橋交差点(竹橋駅)方面です。

今回ご紹介したとおり、清水門やその周りの文化財群は、地形的にも文化財保護の観点からもバリアフリー化することは困難な場所ですが、車いすを使用されている方々や階段の上り下りが困難な方々、ベビーカーを使用されている方々でも、内堀通りや科学技術館の裏手の園路を大きく迂回しながら巡っていただくことで、清水門(高麗門)の近くや展望広場からご覧いただく事も可能です。

※竹橋交差(竹橋駅付近)から九段坂交差点(九段下駅付近)までのバリアフリー経路は、こちらでご紹介しておりますので、参考にご覧ください。

※九段下駅出入口の詳しい位置や運用時間、駅構内のバリアフリー設備、エレベーターの運行状況等については、九段下駅(都営地下鉄新宿線東京メトロ東西線・半蔵門線)へお問い合わせください。

※竹橋駅出入口の詳しい位置や運用時間、車いす昇降機の利用方法、駅構内のバリアフリー設備等については、竹橋駅(東京メトロ東西線)へお問い合わせください。

※近隣の文化施設等の開館・開園状況やバリアフリー設備の設置状況等については、各文化施設等(日本武道館、科学技術館千代田図書館皇居東御苑東京国立近代美術館国立公文書館工芸館千鳥ケ淵戦没者墓苑千鳥ヶ淵緑道及び千鳥ヶ淵ボート場昭和館(順不同))へお問い合わせください。

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2015年07月30日町名の由来(北の丸公園)

皇居外苑バックナンバー2015 / 北の丸公園ブログ / 歴史

北の丸公園や近隣の文化施設等の住所は、「東京都千代田区北の丸公園」です。

現在、北の丸公園として一般公開されている一帯の土地は、徳川家康が江戸幕府を開いた後に拡張した江戸城の一部で、北の丸公園という町名は、この地が江戸城本丸の北側に位置する「北の丸」と呼ばれる場所だったことに由来します。

※清水濠と石垣(国指定特別史跡「江戸城跡」の一部)。北の丸公園を囲む皇居のお濠の一つ。千代田区役所庁舎から撮影。


江戸時代のはじめ頃、この辺り一帯は、関東総奉行を命じられた内藤清成をはじめとする徳川側近の大名家の屋敷地となったことから「代官町」という町名で呼ばれるようになります。

図:絵地図


その後、御三卿と呼ばれる徳川宗家に近い血筋の3つ武家のうち、田安氏と清水氏の屋敷が置かれ、明治維新後はその名残から「東代官町」と「西代官町」の2つの町名に住居表示が分けられた時期もあったそうです。

※旧江戸城田安門(国指定重要文化財)。

※旧江戸城清水門(国指定重要文化財)。千代田区役所庁舎から撮影。


戦後、国民公園皇居外苑(北の丸地区として編入)の一部として一般公開されることが決まり、公園として生まれ変わるための造営工事が進められる中、昭和42年(1967)に行われた住居表示の改訂によって、「北の丸公園」という町名が生まれました。

※写真は、千代田区が設置した町名由来板(竹橋駅から代官町通りを北の丸公園に向かって紀伊国坂を少し上がった歩道の脇に設置されています。)


北の丸公園では、休憩所(ザ・フォレスト北の丸)の一角にインフォメーションコーナーを設け、この地域の歴史についても常設展示でご紹介しています。

夏休みに北の丸公園や近隣の文化施設等へお越しの際は、散歩の途中でインフォメーションコーナーに立ち寄って、歴史など学びながらちょっと休憩(クールシェア)されてはいかがでしょうか。

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2015年06月24日職人たちが支えます

皇居外苑バックナンバー2015 / 歴史 / 皇居外苑ブログ

皇居のお濠や石垣をはじめとする江戸城跡は、文化財保護法により「史跡のうち学術上の価値が特に高く、わが国文化の象徴たるもの」として、国の特別史跡に指定されています。

皇居外苑管理事務所では、特別史跡江戸城跡に指定されているこれらの文化遺産や、歴史的風景を保全するため、さまざまな取り組みを行っており、お濠の周りで行っている石垣や堤塘の草刈りや低木の刈り込み作業などといった日常的な管理作業もその一つです。

石垣の低い位置等、手の届く範囲はボートの上から草刈りを行います。

isigakino

切り立った石垣の草刈り作業は、ロープで石垣を伝わり歩きながら作業します。遠くからみている以上に高くそびえ立つ石垣の管理作業は、高所で安全に作業を行うため訓練された特別な技能が必要です。

水面に落ちた刈草は、きれいにすくいあげて、ボートで運び出します。

現在では、これらの定期管理は民間造園会社との請負契約で行っていますが、特別史跡江戸城跡の歴史的・象徴的風景は、大切な史跡をキズ付けることなく後世に伝えようとする思いや、隅々まできれいに保つための繊細さをあわせもつ職人たちの技が支えています。

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