海洋生物多様性保全戦略


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第3章 海洋の生物多様性及び生態系サービス

4.人間活動の海洋生物多様性に及ぼす影響

 海洋の生物多様性の保全及び持続可能な利用を効果的かつ効率的に行っていくためには、対象とする海域において生じている問題あるいは問題となるおそれがあることについて、体系的かつ総合的に捉えることが重要である。

(1)海洋生物多様性への影響要因

 我が国の海洋の生物多様性に影響を及ぼすか、又はそのおそれのある主要な人為的要因として、[1]生物の生息・生育場の減少をもたらす物理的な改変、[2]生態系の質的劣化をもたらす汚水の排出、廃棄物の排出、油や化学物質等の流出等による海洋環境の汚染、[3]過剰な捕獲(対象種以外の捕獲(混獲)を含む)・採取、[4]生態系の攪乱(かくらん)を引き起こす可能性がある外来種の導入、[5]海洋の物理化学的な環境又はシステムに影響を与える可能性のある気候変動による影響が想定される。特に人間活動の活発な沿岸域においては、これらの要因が複雑に関わり合っている。

1)生物の生息・生育場の減少をもたらす物理的な改変

 河川流域等内陸部、沿岸部及び海底の物理的な改変は、その場所や手法によって海洋生物の生息・生育場に影響を与えるおそれがある。
河川流域の開発では、表土の流出により河川へ流れ込む土砂や栄養塩等を過度に増加させる可能性があり、河口域及びその沿岸域の濁度の増加や富栄養化等の海洋環境の変化を引き起こすこともある。また、河川の流れを阻害する改変は、川と海を移動 (通し回遊) する魚類等の生息場を分断し、繁殖等に支障をきたし、個体群の縮小に繋がるおそれがあるとともに、陸域からの土砂供給量を減少させることにより砂浜の侵食が進むことも懸念されている。

 沿岸域の開発は、通常海岸線の物理的な改変を伴い、陸上における海岸地形の変化の他、海中では浅海域の生態系の喪失、流況の変化等をもたらす。藻場、干潟、サンゴ礁、砂浜等の喪失は、海洋生物の生息・生育場を奪うばかりでなく、その生態系が有する浄化能力を低下させることにより、富栄養化の一因ともなる。発電所等の温排水については、海洋生物に対して温度変化などによる影響が懸念されている。風力発電施設については、設置場所等によっては渡り鳥等のバードストライクなどの問題が懸念される。
また、海底のエネルギー・鉱物資源の開発に関しても、物理的な改変により、深海独特の太陽エネルギーに頼らない化学合成生態系を構成する生物の生息場を奪うおそれもある。

2)生態系の質的劣化をもたらす海洋環境の汚染

 ⅰ.陸域活動起源の負荷

 人間の産業活動や生活に伴って生じる産業排水や生活排水に含まれる有害物質、栄養塩類等の汚濁負荷の流入は、特に高度経済成長期に増大し、一部の海域にヘドロ(海底に堆積した有機汚泥などが含まれる柔らかい泥)の堆積や富栄養化に伴う赤潮の発生などの問題を引き起こし、特に沿岸域における生物の生息・生育環境に重大な悪影響を及ぼしてきた。また、有害性等について未知の点の多い化学物質による生態系への影響のおそれも挙げられる。

 ⅱ.海域利用活動起源の負荷

 海洋環境に対する、船舶など海上における活動に起因する負荷としては、船舶からの油や化学物質の流出及び船内活動により生じた廃棄物や汚水の排出による海洋汚染の問題、あるいは船舶事故による油汚染などの問題が考えられる。また、トリブチルスズ(TBT)等の有機スズ化合物を含む船舶用船底塗料の海洋生物への悪影響が1980年代後半より問題となった。
また、2010年4月にメキシコ湾で石油掘削施設より海底油田から大量の原油が湾全体へと流出した事故が発生した。原因は現在究明中であるが、流出箇所が深い海中であり、原油の噴出する圧力も極めて強く、容易に流出を止めることができなかったことも被害を拡大させたと言われている。

3)漁業に関連する問題

 漁業は豊かな海の恵みの上に成り立っている環境依存型の産業であることから、生産力を支える生態系の健全さを保つことが必要であり、そのためにも生物多様性の保全が重要である。一方で漁業や養殖の管理を誤ると、海洋生態系に大きな影響を及ぼす危険性がある。魚介類の過剰な捕獲(混獲を含む)は、漁獲対象種の個体群サイズを縮小させるほか、その種にかかわる餌生物や捕食種の種構成、更には食物網全体のバランスを崩すおそれもある。この他、漁獲された生物の投棄、放置された漁具に生物がかかってしまうゴーストフィッシングなどが生態系に及ぼす影響にも留意していく必要がある。また、養殖は対象とする漁業資源への依存度を下げることにより間接的に資源を回復させる手段となり得るが、ウナギやクロマグロのように種苗の大部分を天然資源

 依存している魚種については資源への影響が懸念されること、飼育密度や給餌量等への配慮を怠ると海域の汚染を引き起こすことや、遺伝的多様性への影響等に留意が必要である。

 安全で良質な水産物の安定的な供給のために漁業者によって取り組まれる沿岸域の環境保全の活動は、近年の漁村における過疎化や高齢化に伴って後退することも懸念されている。

4)外来種によって引き起こされる生態系の攪乱(かくらん)

 野生生物の本来の移動能力を超えて、人為によって意図的又は非意図的に国外や国内の他の地域から導入された外来種が、在来生物の捕食及びこれによる水産業等への被害、在来生物との競合による駆逐、在来生物との交雑による遺伝的な攪乱(かくらん)等の生態系への被害や、かみつきや毒等による人の生命や身体への被害を及ぼし、又は及ぼすおそれがあるものがあり、このような外来種への対策が必要となっている。海洋及び沿岸においては、もともと我が国にはいなかった種は76種、我が国にも自然分布しているが、それらとは別に明らかに海外から入ってきた種が約20種確認されており、国内の他の地域から導入された種も100種以上いるといわれている14。例えば、わが国の周辺海域では、チチュウカイミドリガニなどの定着が確認されており、影響が懸念されている。13

 外来種導入の経路の例としては、船舶のバラスト水に混入した生物や船体に付着した生物が、遠方の海域まで運ばれ、バラスト水の排出等により、当該海域で定着し、固有種の減少などの生態系の攪乱(かくらん)や漁業活動への被害を引き起こすことが近年指摘されている。
また、現地に元々存在しない種を導入して養殖する場合もあるが、この種が逃げ出す場合に生じる生態系への影響も懸念されている。更には、導入した種そのものによる影響に加え、それらに混入したり、寄生したりする生物が新天地で爆発的に増殖するといった懸念もある。例えば、貝食性巻き貝のサキグロタマツメタは、日本では有明海などごく一部の地域でみられていたが、最近では、輸入アサリを導入した際に混入して入ってきた外国由来のものがもともと生息していなかった海域で繁殖し、アサリなどの二枚貝を捕食し、アサリの養殖や潮干狩りの運営などに被害を与える例が報告されている。

5)気候変動による影響

 沿岸域及び外洋域のいずれにおいても近年懸念が高まってきているのは、気候変動による影響である。沿岸域においては、海水面の上昇、熱帯低気圧の強大化、高潮の頻発化などによる沿岸生態系への影響が考えられる。また、気候変動に対する脆弱性が高いとされるサンゴ礁では、近年、海水温の上昇等による大規模な白化現象が世界的に頻繁に発生している。さらに大気中の二酸化炭素濃度の上昇に伴い海水に溶け込む二酸化炭素が増加することによる海水の酸性化が進むと、炭酸カルシウムを成分とするサンゴの骨格やプランクトンの殻をつくる石灰化の作用が起きにくくなり、骨格や殻が十分に形成されない種が出てくる可能性や、種構成が変化することにより生態系のバランスが崩れることも懸念されている。
さらに近年の研究では、外洋域の主要な生産者である植物プランクトンの発生量が減少していることが明らかになっているが、その原因は温暖化に伴う海洋の成層構造の強化に起因する栄養塩類の有光層への供給量の減少ではないかといわれている15

 また、オホーツク海北西部では、海氷の形成に伴い、冷たく塩分の濃い重い海水が沈み込んで大陸棚から流れ出し、その過程でアムール川から供給される鉄分をオホーツク海南部や北太平洋まで運んでいる。この鉄分は、冬季に海表面が冷やされて起こる海水循環によって再び表層へ供給されて植物プランクトンの増殖を引き起こし、海洋生態系や陸域生態系を支えていることが知られている。温暖化によって海氷の形成が減少すれば、関連する海洋生態系の生物生産に広域的な影響を及ぼすおそれも指摘されている。
漁業においても、漁獲対象種の生息域が北上することにより、漁場や漁期が変化する可能性が指摘されている。北海道沿岸のウニ類について行われた1985 年以降の漁獲量調査によると、道南で多く獲れていたキタムラサキウニが、より北側の宗谷地方でも多く獲れるようになったことが確認された。また、亜熱帯から熱帯の沿岸域を生息場とするナルトビエイが、有明海や瀬戸内海で大量に発生するようになり、アサリやタイラギへの漁業被害が報告されるようになるなど、漁業へ悪影響を与える生物の北上も示唆されている。


14日本プランクトン学会. 日本ベントス学会編(2009)海の外来生物-人間によって撹乱された地球の海

15Gregg et al,(2005)Global Chlorophyll-a Trends During 1998-2003: Geophys. Res. Lett.

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