海洋生物多様性保全戦略


環境省保全戦略トップ海洋生物多様性保全戦略目次第3章 海洋の生物多様性及び生態系サービス  > 4.人間活動の海洋生物多様性に及ぼす影響 > (2)海域特性を踏まえた影響要因

第3章 海洋の生物多様性及び生態系サービス

4.人間活動の海洋生物多様性に及ぼす影響

(2)海域特性を踏まえた影響要因

 影響要因を把握するにあたり、陸域との関連性が強く、藻類などの第一次生産者が生育するなど特異な生態系が形成されている「沿岸域」と陸域からの影響が比較的少なく、生態系も沿岸域とは異なる「外洋域」は区分して考える必要がある。

 沿岸域は、一般に陸上から供給される栄養塩類に富んでいる一方、人間活動による影響を受けやすい。沿岸域と外洋域との生態系区分は曖昧で、両者は相互に関連しあっているが、沿岸域の範囲について、本保全戦略では、「水深200m以浅の大陸棚海域から潮間帯を沿岸域として、人間活動の影響を強く受ける海域」と定義し、それ以外を外洋域とする。

1)人間活動の影響を強く受ける沿岸域

 沿岸部では農耕に適した平地が多く形成され、古くから人口が集中し、主要な都市が形成されてきた。さらに、戦後の経済発展の中で、海外から原料を輸入する際の交通の便の良さや水資源確保の容易さ等のため、太平洋ベルト地帯に代表されるように工業も沿岸部に集中した。このように、平地の沿岸部に人口や産業が集中している我が国では、沿岸域に環境負荷がかかりやすい構造となっている。このため、海岸に近接する沿岸域は、これまで埋立や海岸線の人工化、海砂採取のための浚渫などの人為的圧力を受け、藻場、干潟、サンゴ礁や砂浜・砂堆などの海洋生物の生息・生育場や海岸植生の減少、環境の劣化、陸と海のつながりの分断などが進んできた場所でもあり、日常の生活の中で海との関わりが希薄になってきた。近年では、急激な開発は収まってきており、沿岸域の埋立面積は年間800ha程度で横ばいと緩やかになってきているが、なお新たな開発は続いている。なお、沿岸域では開発以外でも、ダイビングなどのレクリエーション利用において、その海域の生態系に適切な配慮がなされない場合には、生態系の攪乱(かくらん)を生じさせることがある。

 また、物理的な沿岸の改変のみならず、生活や産業活動から排出される様々な物質が河川や地下水を通じて海水を汚染し、生態系に大きな影響を与えている。過去(1950年代)には、水域に排出された有機水銀によって汚染された魚介類を食べることによって、中毒性の神経疾患である水俣病が発生し、我が国の四大公害病の一つとして大きな社会問題となった。また、工場排水や生活排水による水質汚濁が進行したことにより、水中の溶存酸素が減少し、本来そこにいた生物の生息に適しない水域が広がっていた。近年、著しい汚濁は改善されたものの、特に閉鎖性海域では現在もなお貧酸素水塊や赤潮の発生が見られ、魚介類の減少やそれに伴う漁業への影響などの問題が生じている。また、自然災害だけでなく、農地や荒廃林地、工事現場などから流出する土砂が、サンゴや藻場等の沿岸生態系へ影響を与える事例などが報告されている。

 日本海沿岸をはじめ、我が国の海岸には、我が国の国内や周辺の国又は地域から大量の漂流・漂着ごみが押し寄せ、生態系を含む海岸の環境の悪化、白砂青松に代表される美しい浜辺の喪失、海岸機能の低下、漁業への影響等の被害が報告されている。人間活動によって生じたプラスチック等の海ごみは海岸へ漂着したり海底に堆積したりして、景観や漁業活動に悪影響を与える他、ウミガメや海鳥等が飲み込むことがあるなど、生物の生存を脅かす等の問題もある。

 海洋の生物資源を活用する漁業については、適切に管理がなされない場合、過剰漁獲や混獲等により海洋の生態系に影響を与える。魚種別系群別資源評価の対象である52魚種84系群については、そのうちの4割が低位水準にあると評価されているが、この原因として、海洋環境の変化による影響のほか、沿岸域の産卵・生育の場である藻場・干潟の減少に加え、一部の魚種に対して回復力を上回る漁獲が行われたことも指摘されている。また、沿岸域においては養殖も行われており、前述のとおり適切な管理への留意が必要である。さらに、近年食用として意図的に導入した外来種等が定着先の生態系に影響を及ぼすことも懸念されている。

2)外洋域への人為的圧力

 外洋域は、沿岸域に比べると人間活動の直接的な影響を受けにくい海域である。現在の主な利用活動としては、船舶航行、漁業及び廃棄物の海洋投入処分等が挙げられる。また、今後は海底資源の開発、波力や潮力等の自然エネルギーの活用など新しい開発や利用が想定される。

 船舶に起因する海洋への影響としては、油や有害物質の流出があり、特に事故時の油流出による海洋生態系への影響は大きい。我が国は、戦後、世界の多くの国々との貿易活動を通して経済的に発展してきた。現在、我が国は貿易量のほぼ全量、国内輸送量の約4割を海上輸送に依存している。地球規模の経済発展とグローバル化に伴って世界の海上輸送量は増大しており、我が国はその輸送量の約7分の1に関わっている。

 漁業に関連しては、外洋域においても、乱獲などによって特定の種や特定の個体群サイズが著しく縮小すると、その種に関連する生物の個体群や、食物網全体のバランスにまで影響を与える危険性がある。また、混獲やゴーストフィッシングの問題もある。

 沿岸域や外洋域での人間活動によって海に排出されたごみや汚染物質は、海流や大気、移動する生物によって広域に運ばれ、外洋域においても生物の体内に蓄積されるなどの影響が見られる。北太平洋では海流等によって漂流ごみが集積する海域があることが知られており16、我が国に由来するごみがミッドウェー諸島等の海岸に漂着した事例も報告されている。環境省の海洋環境モニタリング17では、水深4,000m級の外洋域でも、浮遊性プラスチック類が広く分布していることが明らかになっている。また、深海探査によって深海底にもプラスチック製のゴミなどが確認されている。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されず、長期にわたる生物への潜在的な影響が懸念される。


16M. Kubota (1994) A mechanism for the accumulation of floating marine debris north of Hawaii. Journal of Physical Oceanography.24, :1059-1064
17環境省(2009)日本周辺海域における海洋汚染の現状-主として海洋モニタリング調査結果(1998~2007年度)を踏まえて-
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