海洋生物多様性保全戦略


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第3章 海洋の生物多様性及び生態系サービス

3.海洋生物多様性の現状

(1)地球規模の海洋生物多様性の概況

 多様で複雑な生物多様性の現状を評価するため、地球規模及び国内で様々な取組が進み、海洋の生物多様性の損失の概況が少しずつ把握されるようになってきている。

 2001年から2005年にかけて、95カ国から1,360人の専門家が参加した「ミレニアム生態系評価」(MA: Millennium Ecosystem Assessment)は、それまでに例のない大規模な地球規模の生物多様性や生態系を評価する取組だった。

 ミレニアム生態系評価では、人類は陸上の生態系の構造を大きく改変させ、また、生物種の絶滅速度をここ数百年でおよそ1,000倍に加速させたことを明らかにし、人類が根本的に地球上の生物多様性を変えつつあることを示した。海洋については、20世紀末の数十年で世界のサンゴ礁の約20%が失われ、また、データが入手可能な国において、過去20年間でマングローブ林の約35%が失われるなど、生物多様性が豊かとされる沿岸域の生態系が人間活動により大きな影響を受け、損失の危機にあることが指摘されている。同評価において、世界的に需要が拡大している海洋漁業資源については、科学的な資源評価の対象となっている魚種の4分の1が乱獲により著しく枯渇しているとされている。特に食物連鎖の上位に位置する魚種(一部のマグロ類やタイセイヨウマダラなど魚食の大型魚)の資源量が減少しており、海洋の生物多様性の低下が指摘された。加えてこの生態系評価では、生態系サービスに着目した分析を行っており、代表的な24の生態系サービスのうち、向上しているものはわずか4項目(水産養殖、穀物、家畜、気候調節)で、多くは低下しているか、維持できない形で利用されていることが示された。生物多様性の損失は生態系サービスの低下をもたらし、将来世代が得ることのできる利益が大幅に減少する危険性が指摘されている。

 また、生物多様性条約事務局も、2001年、2006年及び2010年に「地球規模生物多様性概況」(GBO: Global Biodiversity Outlook)を取りまとめ、公表している。2010年5月に公表された第3版(GBO3)では、条約締約国により合意された2010年目標の達成状況が評価され、21の個別目標のうち地球規模で達成されたものはないことが指摘された。沿岸及び海洋生態系の現状に関しては、マングローブ林やサンゴ礁などが引き続き減少しているとともに、世界の海洋漁業資源の80%が満限利用の状態にあるか過剰に利用されているとしている。

 また最近では、過去、現在、未来の世界の海洋生物の多様性、分布と個体数を調査し解明するための地球規模の研究プロジェクトとして、海洋生物のセンサス(CoML: Census of Marine Life)が2000年から10年間の計画で取り組まれてきた。このセンサスには日本を含む80を超える国々の研究者が参加し、得られたデータを地球規模の海洋生物地理情報システム(OBIS: Ocean Biogeographic Information System)に登録、蓄積している。

(2)我が国の海洋生物多様性の状況

 我が国の生物多様性の状況評価としては、環境省が設置した生物多様性総合評価検討委員会が208名の専門家の協力を得て、2010年5月に「生物多様性総合評価報告」(JBO: Japan Biodiversity Outlook)を公表した。生物多様性総合評価では、特に高度経済成長期に進められた開発、改変によって、干潟や自然海岸などの規模が大幅に減少したこと、現在は開発・改変の圧力は低下している一方、海岸侵食の激化や外来種の導入、地球温暖化の影響が新たに心配されていることが指摘された。

 具体的には、沿岸・海洋生態系における生物多様性の損失の状況を示す指標として、[1]沿岸生態系の規模・質、[2]浅海域を利用する種の個体数・分布、[3]有用魚種の資源の状態を取り上げ、いずれについても損失の傾向にあるとしている。

 [1]の沿岸生態系の規模・質に関しては、戦後の高度経済成長期における埋立・浚渫、海砂利の採取、海岸の人工化などの土地の開発・改変によって、干潟、藻場、サンゴ礁、砂浜などの沿岸域の生態系の規模が縮小したことが指摘された。特に干潟は、内湾に立地することが多く、開発されやすいため、高度経済成長期の開発で大幅に縮小し、1945年以降50年間の間に約4割が消滅した。自然海岸も本土においては5割を切っている。砂浜は、河川や海の砂利等の採取や河川上流部の整備等による土砂供給の減少、沿岸の構造物による漂砂システムの変化などの影響も受け、海岸侵食が進んでいる。また、大型の海藻が密生した海中林などが著しく衰退する磯焼けなどの様々な生態系の変化やサンゴの白化現象なども見られる。海草・海藻とサンゴは、海水温の上昇による変化又は劣化が指摘され、地球温暖化の影響が懸念されている。

 [2]の浅海域を利用する種の個体数・分布に関しては、干潟や砂浜の減少や環境の悪化、水質汚濁等によるシギ・チドリ類、アサリ類、ハマグリ類その他生活史の一部を浅海域に依存する鳥類・魚介類等の個体数の減少が指摘された。

 [3]の有用魚種の資源の状態については、現在、資源評価が実施された漁業資源の約40%が低位水準にあることが指摘された。
生物多様性総合評価では、生物多様性と生態系サービスとの関係について十分に明らかにされていない部分があるとしながらも、我が国における生物多様性の損失が生態系サービスの供給に関係していると指摘している。瀬戸内海では、海砂等の採取などに伴う砂堆の消失がイカナゴ資源の減少を招いたとされ、それがさらに冬鳥として飛来するアビ類の減少などに影響したといわれている。アサリやハマグリ等の減少は、食料としての供給サービスだけではなく、潮干狩りの体験という文化的サービスを低下させることにもつながっている。

 この他、近年は日本海でエチゼンクラゲの大発生が頻発するなど、海洋の生態系の変化とそれに伴う漁業等の生態系サービスへ影響が見られる。


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