課題名

E-2 熱帯林生態系における野生生物種の多様性に関する研究

課題代表者名

可知 直毅(東京都立大学理学部生物学科)

研究期間

平成5−7年度

合計予算額

115,1717年度 35,237)千円

研究体制

(1) 樹冠形成過程の生理生態学的多様性に関する研究

(環境庁国立環境研究所、自然環境研究センター)

(2) 主要樹種の環境適応機構の多様性に関する研究

(農林水産省森林総合研究所、農林水産省国際農林水産業研究センター)

(3) 動植物の相互関係の多様性に関する研究(環境庁国立環境研究所)

(4) 熱帯林構成樹種の系統進化学的研究(農林水産省森林総合研究所)

研究概要

 熱帯雨林保全のための科学的な指針を与えるために、熱帯雨林にみられる驚異的な種多様性がどのようなメカニズムで維持されているのか、また複雑な種間関係が森林生態系の動的平衡とどのように関連しているかを明らかにすることを目的として、個体群生態学、生理生態学、遺伝生態学の手法を用い、東南アジアの熱帯林を構成する樹種を材料にして、(1)林冠形成過程の生理生態的特性の多様性、(2)主要樹種の環境適応機構の多様性、(3)動植物の相互作用の多様性、(4)フタバガキ科樹種の系統的多様性の解明を試みた。

研究成果

1.マレーシア半島部のパソー森林保護区に設置した樹冠回廊を用い、樹冠を形成している葉の光合成速度、気孔コンダクタンスを4種について調べた。光合成速度は光量子密度が上昇するに伴い午前中は増加したがその後は減少した。気孔コンダクタンスが増加すると光合成速度が増加する関係が認められた。樹冠構成葉の光合成速度と気孔コンダクタンスを降雨量の比較的少ない7月と多い11月に測定した。その結果、両月における光合成速度と気孔コンダクタンスの差はほとんど見られながった。また、樹冠回廊近傍に自生しているElateriospermum tapos葉の光合成速度と気孔コンダクタンスを調べた。その結果、熱帯林の階層構造の形成は、複数の樹種にのみによっているのではなく、広い光強度領域で生活可能な単一樹種によっても形成されうることが示唆された。

 

2.フタバガキ科樹種の成長に及ぼす環境要因の影響を明らかにするために、マレーシア連邦国半島部に位置するマレーシア森林研究所およびその周辺の熱帯林において、P-V法によるフタバガキ科樹種の水分特性の解明を行った。さらに、携帯式光合成・蒸散測定装置を用いたフタバガキ科6樹種の光−および温度−光合成特性、熱帯樹種17種の光合成(Pn)と水利用効率、Shorea leprosulaAcaia mangiumの水蒸気拡散コンダクタンス(Gw)の日変化、フタバガキ科3樹種の光合成の日変化、およびDryobalanops aromatica成木のPnGwの日変化の測定を行い、熱帯林生態系を構成する主要樹種の生理生態的特性を解明した。

 

3.58種の木本植物の果実について、自動撮影装置を用いて、訪れる果実食者群集を調査した。哺乳類24種、鳥類5種、爬虫類2種が記録された。これらの動物の多くが、貯食行動をもつことから種子捕食者としてだけでなく種子散布者としても重要であることが示唆された。また、2種のフタバガキ科(Shorea leprosula, Neobalanocarpus geimii)の実生の林冠ギャップに対する生存と成長反応を調べた.林冠下において、移植後1年間にShoreaは生存率が低下したのに対して、Neobalanocarpus90%以上生存した。稚樹の樹高成長は、両種ともギャップの直下で最もよかったがShoreaの方が成長速度が高かった。幹・枝の乾重と葉の乾重との間の相対成長関係から、成長に伴って支持器官の割合が増加していくことが示された。さらに、低地熱帯雨林での稚樹の個体群動態と分散構造を明らかにする目的で、パソー森林保護区内の50ヘクタールプロットで取得された2回のセンサスデータの解析を行った。その結果、上層と下層植生とでは群落の構造的な安定性に違いがあることが推察された。また、パソの森の林冠構成種の一つであるPentaspadon motleyiの実生の生存過程について調べたところ、親木に近いエリアでの実生の死亡率が高いことが分かった。

 

4.フタバガキ科植物の系統関係を調査するために葉緑体DNA上にコードされている11の遺伝子についてPCR増幅を行い、各遺伝子10種類以上の制限酵素を用いてRFLP分析を行った。その結果、Neobalanocarpus属がHopea属のに含まれる以外はAshton及びSymintonの分類と非常によく一致した。Neobalanocarpus heimiiの交配様式を明らかにする目的でアイソザイム分析およびRAPD分析を行った。その結果1.065SD;.212)という極めて高い他殖率を示した。また、Hopea属の塩基置換率をShorea属と比較すると種内の塩基置換率は小さく、種間は大きい値を示した。