課題名

H-5 地球環境リスク管理にかかるコミュニケーションと対策決定過程に関する    研究

課題代表者名

松本幸雄(独立行政法人国立環境研究所PM2.5・DEP研究プロジェクト主任研究官)

研究期間

平成11−13年度

合計予算額

45,071千円(うち13年度12,206千円)

研究体制

(1)気候変動のリスク・コミュニケーションと対策決定過程

  |狼經超安全保障の概念と気候変動

  気候変動リスク管理手法への適応的アプローチ

  4霑端治体の気候変動リスクヘの取り組み状況と現代的環境リスクの特徴

  ず得顕椎愁┘優襯ー導入の現状と課題−気候変動問題への地域社会と市民の対応−

  ド坡亮太をもった科学言説のもとでの気候変動リスク問題にかかわる決定形成

(独立行政法人国立環境研究所、東京都立大学、青森公立大学、

富士常葉大学、財団法人生存科学研究所)

(2)酸性雨の被害認識と対策決定の国際比較

  |羚颪砲ける酸性雨の問題認識及び対策の変遷−日本との関連における考察−

  越境酸性雨問題のリスク認知とリスクコミュニケーションの形成に関する研究

(独立行政法人農業環境技術研究所、東京大学、筑波大学)

研究概要

1.序
 国家安全保障の一環としての環境安全保障を達成する必要性の認識が広まりつつあり、気候変動においても戦略の確立が急務である。現象の複雑性によって生じるところの、気候変動にかかる数値的な予測の困難性を克服するために、不確定性の評価を継続しておこないつつ予測する適応的な方法が求められているといえよう。また、国家の気候変動問題への対応を規定するものとして、地域コミュニティがこの問題にどのように関わろうとするかは、実効ある対策の基礎となる。
 一方、アジアにおける経済発展による酸性雨問題が憂慮されるが、国際的な協力により対策を講じるために、問題の推移の政治的、社会的、経済的な要因の構造を関係する国々について実証的に分析して、酸性雨への対策が取られるに至る要因を明らかにし、また、今後の適切な対応におけるリスク・コミュニケーションのあり方を明らかにすることが重要である。
 そうして、このような課題は社会的な政策決定となるので、科学言説の不確実性をふまえた、それぞれの社会の文化に基礎をおいた決定プロセスの理論が必要になる。

2.研究目的
 気候変動問題に関しては、環境安全保障概念に基づき、IPCCで議論すべきことや、わが国の取るべき立場を検討し交渉方針への提言へ道を開こうとする。そのため、この概念には地球温暖化の直接的なリスクのみならず、それを契機に発生しうる環境難民や食糧不足による紛争といったリスクも含まれることを検証する。また、気候変動現象が関係する要因間の複雑な相互関係に規定されているので、予測を数値的に確定しようとすることが無意味であることから、不確定性の評価を継続的に行って予測をしていく適応的アプローチを開発しようとする。さらに、国家レベルの政策決定のためにも、自治体によるリスクへの対応行動のパターンの同定し、地域コミュニティによる自然エネルギー開発による気候変動問題への対処行動を社会史的に解明しようとする。さらに科学的知見に対する社会構成主義的解釈をあたえ、非専門家もふくむリスク・コミュニケーションのあり方をを検討する。
 また、アジア、特に中国においても酸性雨による被害が明らかとなり、実態の解明や対策・防止技術に関する調査研究が、中国独自、あるいは日本や欧米の先進国と共同で進められてきたところであり、二酸化硫黄の排出量も近年減少の傾向にある。本研究では1970年代から現在までの、酸性雨に関する日中の認識や中国政府の対応の変遷、国際的な環境問題の趨勢、わが国の酸性雨対策や中国への働きかけおよび日中の政治的な関係などを歴史的に調査し、中国の酸性雨問題に対する姿勢の変化の要因を明らかにする。さらに、国境を越え、時間を超えて被害を及ぼす越境性環境問題の実質的・効果的な解決のために、将来の酸性雨問題に対する草の根レベルでの活動の国際的、全国的、地域的ネットワーク形成の可能性と有効性について、資料、文献、関係者へのアンケートやインタビューを通じてデータを収集し、東アジアにおける地域社会、多国間のリスク・コミュニケーションのあり方とその可能性について提言しようとする。

3.研究の内容・成果
(1)気候変動のリスク・コミュニケーションと対策決定過程
地球環境安全保障の概念と気候変動
 近年、地球温暖化問題など、国に対して直接的、間接的に影響を与える環境問題が注目されるに至り、このような問題を安全保障の枠内で分析しようとする動きが急速に高まってきた。しかし、この議論の妥当性およびその効用については、評価が分かれているのが現状である。本研究では、本課題に関する今までの研究をレビューし、その定義を3つに分類した。また、その分類をもとに、IPCCの報告書における気候変動影響を分類し、「環境安全保障」という概念を取り入れることにより新たに見いだされる気候変動のリスクと対策を導出した。
 この結果、以下のことが明らかとなった。(1)環境安全保障研究は、3つに分類できる。第1は、環境汚染・破壊を新たな国家への危機と
してとらえたもの、第2は環境と紛争との関連性に注目したもの、第3は、マラリアやデング熱の広がりなど、国家という枠を超えて個人レベルで危機が生じる部分に注目したもの。(2)気候変動問題においては、第1、3のタイプに関する安全保障は、気候変動への「適応」という言葉によりすでに多くが議論されているが、第2のタイプが示唆するリスクに
ついては、実際の交渉においては危惧されているにもかかわらず、
IPCCではほとんど議論されていない。以上の分析の結果、結論として、気候変動が食糧不足や海面上昇などにより端を発する紛争の発生を予防するための措置という視点に関して、現在のIPCCでは全く扱われていないが、今後は重要な課題となりうることが判明した。
気候変動リスク管理手法への適応的アプローチ
 現時点の地球温暖化のモデル研究では、気候システムの変化や社会的反応の微妙な相互作用を完全にシミュレーションすることは不可能である。社会的、生物学的、物理的プロセスの相互作用によって形成されるこのような複雑系では、予測することのできない気候変動リスク(サプライズ)が発生する可能性がある。また、不確実性やリスクの定量を複雑にしているもう一つの要因は、自然・社会システムがたどる経路によって不確実性の性質が変化することにある。このジレンマから脱却する一つの方法が、適応的なリスク管理レジームの形成による問題への対処である。リスクに関わる多様な情報を総合的に判断するため、過去(バックワードルッキング)と未来(フォワードルッキング)に関する推定モデルを統合的に用いるリスク管理アプローチである。このような適応的リスク管理アプローチにおいては、過去の研究報告や将来予測などから得られた新たな情報によって、リスク管理モデルに付随する現時点での不確実性の評価がコンスタントに更新されていくことになる。この場合のリスク評価は、IPCCにおける政策決定者向けの科学的知見にとどまらず、最新の自然科学・社会科学・気候観測研究の知見の総合的な分析に基づいて機動的になされる必要がある。本研究の結果、今後の地球環境リスク管理に向けた適応的なアプローチについての検討が今後の重要な課題であることが判明した。
基礎自治体の気候変動リスクへの取り組み状況と現代的環境リスクの特徴
 1992年に国際合意されたアジェンダ21でもローカル・アジェンダの重要性が指摘され、近年の環境問題の性格の変化を受けて自治体でも環境政策を大きく変える努力が始まっている。国と都道府県の環境行政は当面の課題であるCO削減計画に関心を集中させているが、多くの基礎自治体のその反応は鈍い。しかし基礎自治体の中でも環境問題に積極的な先頭集団では、むしろ環境問題も安全問題も経済振興問題も総合したライフスタイルの確立に関心をよせて、市と市民のパートナーシップの取組みなど自治力を涵養しつつまちおこしなどの総合計画から変革していこうとする動きが目を引く。そうした意識の高い基礎自治体で気候変動問題を取上げている人々の間でも、そのリスクの科学議論にはほとんど関心を示さず、むしろ環境負荷低減の新時代に相応しいライフスタイルの確立の観点からコミュニティ内のコミュニケーションに多くの関心と努力を費やしていた。再開発やまちづくりに環境負荷低減策を積極的に組み込むことを奨励する政策は目前に迫るCO量削減対策としては効果的ではないものの、長期的に地球環境負荷低減の観点から見ればむしろ大きな底力を発揮しうるものであり、自治力や自立性を回復する将来性のある積極政策である可能性が明らかになった。
再生可能エネルギー導入の現状と課題気候変動問題への地域社会と市民の対応−
 気候変動への地域レベルの対応としての再生可能エネルギーの導入に焦点を当て、導入実現の形態や決定過程の違いによる4つのパターンを抽出し、社会的意義と導入促進に影響を与える要因について検討した。分析の基盤としたデータは、日本各地の風力発電または太陽光発電施設のうち、自治体が設置しているケース、「市民共同発電所」として市民有志が設置したケースについて、関係する個人・組織からの聞き取りと資料収集を中心として行った調査によって得られたものである。再生可能エネルギー導入が地域社会に与える経済的・社会的影響としては、1)産業誘致が困難な過疎地における環境負荷の少ない新産業としての可能性を持つ、2)風力発電の場合には町のシンボルとして観光資源になる、または「風車の町」をアイデンティティとする町おこしにつながるといった経済効果がある、という2点が挙げられる。導入形態は、発電所の設置・運営主体の種別や導入の目的、導入に至る過程などにより、大きく次の4つに分類することが可能と考えられる。第1は「自治体町おこし型」、第2は「企業落下傘型」、第3は「モデル事業型」、第4は「市民イニシアティブ型」である。第1、第4においては特に、気候変動へに関する懸念が再生可能エネルギー導入のきっかけになっており、啓蒙のみではなく対案実践に主眼をおいた新たなタイプの運動によって実際の施設導入が可能になっている。
不確実性をもった科学言説のもとでの気候変動リスク問題にかかわる決定形成
 気候変動問題においても、水俣病事件においてもそうだったように、環境リスク問題においては科学的知見の不確実なままでの対応策の決定が求められることはしばしば起きる。さらに、そういった不確実性を含む環境問題において、専門家による科学的判断への非専門家や一般市民の追随が迫られる事態がみられる。そもそも、科学的知見が不十分だというときに、どうして合理的な対応策の決定ができるのか。また、非専門家は専門科学者の判断に従うべきなのか。そのうえ、なんらかの科学的言説が示されても、多くの場合それは「政治性をも含んだ確実性の必ずしも高くない科学的言説」である。本研究では、このような困惑をもたらしているものは、われわれの科学に対する二重の思い違いによることを示した。すなわち、思い違いの第1は、科学という言葉の用法の混乱、ないしは用法上の詐術にある。第2は、第1のものから導かれた科学への過大な信頼から引き起こされたものである。そうした思い違いを排して、科学的言説を操る者にどのような対処をし、気候変動問題について市民や非専門家が自己の考え方をいかに決定するべきかを明らかにした。
(2)酸性雨の被害認識と対策決定の国際比較
中国における酸性雨の問題認識及び対策の変遷−日本との関連における考察−
 ヨーロッパにおいて越境大気汚染である酸性雨の防止のための排出削減の合意が成功した背景に、東西冷戦構造とデタントという要因があったと考えられている。1980年以降アジア、特に中国においても酸性雨による被害が明らかとなり、実態解明や対策・防止技術に関する調査研究が、中国独自、あるいは日本や欧米の先進国と共同で進められ、二酸化硫黄の排出量も近年減少の傾向にある。本研究では1970年代から現在までの、酸性雨に関する日中の認識や中国政府の対応の変遷、国際的な環境問題の趨勢、わが国の酸性雨対策や中国への働きかけおよび日中の政治的な関係などを歴史的に調査し、中国の酸性雨問題へ対する姿勢の変化の要因を考察した。
 中国では1970年代から現在まで、(1)問題発見・模索の時期(-1983)(2)科学的解明の時期(1984- 1989)(3)地球環境問題化の時期(1990-1994)を経て、(4)対策強化の時期(1995以降)へ至った。中国は1970年代から自国の酸性雨問題を認識し、その実態解明のための調査などを行ってきたが、経済発展が優先され、1990年半ばまでは実効性のある対策がとられなかった。1990年に入り地球環境問題への国際的な関心の高まりの中で、わが国は対中国への環境協力を推進するとともに、中国からの越境汚染を懸念し圧力を強めた。1990年代に戦争責任問題や人権問題など環境問題以外の政治問題によって日中関係が、また米中関係も悪化する中、中国は環境問題で他国との対立を避けることが必要であり、また「汚染大国」のイメージに危機感を抱いた。これらが1990年半ば以降中国が酸性雨対策に積極的になった要因であると推察された。
越境酸性雨問題のリスク認知とリスクコミュニケーションの形成に関する研究
 1980年代からの経済発展が著しい東アジア地域では、市場経済の拡大や経済活動のグローバル化により、酸性雨、温室効果ガス、有害化学物質などが発生する可能性(環境リスク)とその影響が当該の地域社会の境界を超えて、越境、拡散し、直接的、間接的に大きな影響を与えることが明らかになってきた。国境を越え、時間を超えて被害を及ぼす越境性環境問題の実質的・効果的な解決のためには、地域間、国家間の共通認識に基づいた協調的取り組みが必要となる。本研究では、日本も位置する東アジア地域で、1) 今後、深刻化するであろう酸性雨問題へのリスク認知がどのような現状にあるのかを精査し、2) 地域間や国家間の越境性酸性雨リスク対策の政策形成過程について、酸性雨対策の先進地域である欧州との国際比較により、東アジアの「酸性雨対策レジーム」をどのように発展させられるかを検討した。さらに、3) 日本国内の環境NGOの交流・ネットワーク形成状況から、将来の酸性雨問題に対する草の根レベルでの活動の国際的、全国的、地域的ネットワーク形成の可能性と有効性について、資料、文献、関係者へのアンケートやインタビューを通じてデータを収集し、東アジアにおける地域社会、多国間のリスクコミュニケーションのあり方とその可能性について提言として取りまとめた。

4.考察
 国家間での紛争発生を予防することの環境安全保障における重要性をIPCCなどでも重々認識す
べきことを明らかにした。紛争による大量の難民発生を想定すると、我が国は相当の政策転換を迫られることとなろう。また、意味のある気候変動予測をするために、適応的リスク管理のアプローチの展望とを提案したことは、気候変動問題について議論するために重要である。また、国家としての気候変動対策を構成する基盤となる、地域コミュニティーのリスク認知と対処への過程を、ローカルアジェンダの形成経過の分析と、風力発電の推進状況を通して明らかにした。政府が国際交渉において温暖化ガス排出削減率の割当て軽減を要求し、結果を外交の成功と喧伝しておいて、民生部門に温暖化ガス発生の削減を求めても、一貫した気候変動リスク認識を政府が持っていると国民に印象づけることはできないだろう。リスク・コミュニケーションとはそういうものである。また、自然エネルギーの開発促進を国策として明確にうちだすことも、温暖化リスクへの国家政府の認識を示すうえで必須だろう。関連して、非専門家が気候変動問題に関わる判断において、巷間の「科学的」予測に惑わされず、主体的に発言し行動すべきことの指摘の意義は明らかであろう。
 多くの国際交渉一般でもみられるが、酸性雨にかかる国際交渉では、交渉の行方に影響を与える要因は、当該関係事項への考量だけではなく、国家関係を規定するの多様な要因が関係する。このことは、ヨーロッパでも言えた。中国は環境問題で他国との対立を避けることが必要であり、このようにして、中国が酸性雨対策に積極的になったものと推察されたことは、今後の気候変動交渉戦略について示唆するところが多いといえよう。また、酸性雨問題においてみられるような、地道な国家間のネットワークづくりが、気候変動問題においても継続的に行われるべきものと思われる。
 総括するに、酸性雨対策の交渉史は気候変動交渉に対する示唆に富む。資金と技術とエネルギーを投入すれば対処できるヨーロッパや東アジアという局地の国際公害に過ぎない問題への対策決定に、被害が顕在化していたにもかかわらず20年余を要している。文明そのものの帰結であるエネルギー使用の限りなき増大にいかに対処するかという問題が、だだの数年の交渉で解決できるわけはない。ことは思想の問題であり、思想への洞察は我が国で決定的に欠けているものだ。

 

研究者略歴

課題代表者:松本幸雄

 1945年生まれ、東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得、

 現在 独立行政法人国立環境研究所 PM2.5DEP研究プロジェクト 主任研究官

 主要論文:松本幸雄、新藤純子、田村憲治、安藤 満、伊藤政志: 大気汚染学会誌、29,

 41-54(1994)

 「幹線道路を含む領域における二酸化窒素濃度の変動構造」

 K. Tamura, M. Ando, M. Sagai, Y, Matsumoto: Environmental Sciences, 4, 37-51(1996)

 "Estimation of Levels of Personal Exposure to Suspended Particulate Matter and Nitrogen Dioxide in Tokyo"

 呉 春玲、田村憲治、松本幸雄、遠藤朝彦、渡利千里、荒井 峻、村上正孝:

 公衆衛生雑誌(2002)

 「茨城県におけるアレルギー性鼻炎受療率に及ぼす杉花粉飛散量、大気汚染、

 都市化の影響」(in press)

サブテーマ(1)代表者:(課題代表者に同じ)

サブテーマ(2)代表者:新藤純子

 1951年生まれ、東京教育大学大学院理学研究科修士課程修了、工学博士

 現在、独立行政法人農業環境技術研究所 生態システム研究グループ 主任研究官

 主要論文:J. Shindo, T. Fumoto, N. Oura, T. Nakano and T. TakamatsuWater Air and Soil Pollution 130, 259-264(2001)

 "Estimation of mineral weathering rates under field conditions based on base cation budget and strontium isotope ratios

 新藤純子・麓多門・高松武次郎:土壌肥料学雑誌、72, 394-4022001

 「酸性沈着による土壌化学性変化のダイナミックモデルによる予測−野外調査結果への適用による酸緩衝機構に関する検討−」

 J. Shindo, T. Fumoto,N. Oura, H. Toda and H. Kawashima: The Scientific World (S1),

 472-479 (2001)

 "Input-output budget of nitrogen and effect of experimentally changed deposition on it in the forest ecosystems in the central Japan