環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第2章>第2節 パリ協定を踏まえた我が国の気候変動への取組

第2節 パリ協定を踏まえた我が国の気候変動への取組

2015年12月、パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21。以下締約国会議を「COP」という。)において、全ての国が参加する新たな国際枠組みとして「パリ協定」が採択され、翌2016年に発効しました。パリ協定では、温室効果ガス排出削減(緩和)の長期目標として、気温上昇を2℃より十分下方に抑える(2℃目標)とともに1.5℃に抑える努力を継続すること、そのために今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出量を実質ゼロ(排出量と吸収量を均衡させること)とすることが盛り込まれました。一方、その目標を達成したとしても、気候変動による影響は避けられないため、その影響に対する適応策が重要です。そのため、適応の長期目標や適応計画プロセスや行動の実施、適応報告書の提出と定期的更新など、気候変動適応に関する事項も盛り込まれました。本節では、適応策について述べる前に、緩和に係る各国の動向及び我が国の取組について簡潔に紹介します。

1 緩和に係る各国政府の動向

パリ協定の下で提出が求められている自国が決定する貢献(National Determined Contribution、以下「NDC」という。)については、パリ協定の185の締約国のうち、我が国を含め183の締約国が既に提出しています。世界最大のCO2の排出国である中国は、提出済みのNDCにおいて、2030年までにGDP当たりCO2排出量を2005年比で60~65%削減とし、2030年前後にCO2排出量のピークを迎えることとしています。また、EUは、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも40%削減するとするNDCを作成し、気候変動枠組条約事務局に提出しています(2019年4月時点)。

また、パリ協定では、2℃目標等の達成のため、全ての締約国が長期低排出発展戦略(以下「長期戦略」という。)を作成するよう努力することとしています。長期戦略については、2015年のCOP21決定で2020年までに提出するよう求められています。我が国は、2016年のG7伊勢志摩サミットにおいて、2020年の期限に十分先立って策定することとしています。既にG7のうち、米国、カナダ、ドイツ、フランス、英国は長期戦略を策定、提出していますが、これら提出済みのG7各国は共通して、長期戦略を大幅削減に向けた政策の枠組み・取組の基本方針を示すものとして位置付けており、シナリオ分析を活用し、大胆な方向性・絵姿を示すことで、投資の予見可能性を高め、大幅削減に向けた移行を成長の機会にしていくものとして策定しています。

2 我が国の緩和に係る取組

(1)地球温暖化対策計画

パリ協定の目標を達成するためには、吸収源を踏まえた累積排出量を一定量以下に抑える必要があり、我が国においても、利用可能な最良の科学に基づき、迅速な温室効果ガス排出削減を継続的に進めていくことが重要です。我が国はパリ協定への対応として、2016年5月、地球温暖化対策の推進に関する法律(平成10年法律第117号)に基づく、地球温暖化対策計画を策定しました。同計画では、2030年度の中期目標として、温室効果ガスの排出を2013年度比26%削減するとともに、長期的目標として、「我が国は、パリ協定を踏まえ、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す。このような大幅な排出削減は、従来の取組の延長では実現が困難である。したがって、抜本的排出削減を可能とする革新的技術の開発・普及などイノベーションによる解決を最大限に追求するとともに、国内投資を促し、国際競争力を高め、国民に広く知恵を求めつつ、長期的、戦略的な取組の中で大幅な排出削減を目指し、また、世界全体での削減にも貢献していく」こととしています。我が国は、中期目標の達成に向けて、地球温暖化対策計画に基づき、着実に取組を進めているところ、本年度は、同計画の策定から3年が経過することを踏まえ、その目標及び施策について検討を加えることを予定しており、その検討の結果に基づき、必要に応じて同計画を見直すこととなります。引き続き、温室効果ガスの国内での大幅な排出削減を目指すとともに、世界全体の排出削減に最大限貢献し、我が国の更なる経済成長につなげていくよう、取組を進めていきます。

(2)長期低排出発展戦略

あらゆる主体の大胆な低炭素化に向けた投資判断、意思決定に資するよう、国が長期大幅削減という目指すべき方向性を一貫して示すことが必要です。我が国では、長期戦略の策定に向け、金融界、経済界、学界等の各界の有識者からなる「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会」において、議論が進められ、2019年4月2日に提言が取りまとめられました。提言では、

[1]今世紀後半のできるだけ早期に「脱炭素社会」の実現を目指し、2050年までに80%の温室効果ガス排出削減に大胆に取り組む

[2]1.5℃の努力目標を含む、パリ協定の長期目標の実現に向けた日本の貢献を示す

[3]気候変動問題の解決には世界全体での取組と非連続なイノベーションが不可欠であり、ビジネス主導の環境と成長の好循環を実現する長期戦略を策定すべき

などの基本的な方向性が示されました。この提言を踏まえつつ、2019年のG20までに、政府としての長期戦略を策定します。

(3)石炭火力発電に係る取組

石炭火力発電は、安定供給性と経済性に優れているがCO2の排出量が多いという課題があり、石炭火力発電所に十分に効果的な温室効果ガス削減対策を行わないまま建設・稼働していけば、CO2排出量の高止まりを招くおそれがあります。2018年4月17日に閣議決定した環境基本計画において、今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出の実質ゼロ(人為的な温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)を目指すパリ協定とも整合するよう、火力発電からの排出を大幅に低減させていくことが必要である、とされています。とりわけ、火力発電の中でもCO2排出量が多いのが石炭火力発電であり、石炭火力発電の排出係数は、最新鋭のものでも天然ガス火力発電の排出係数の約2倍です。このため、諸外国では石炭火力発電及びそれからのCO2排出を抑制する流れがあります。また、国内においても、2018年度に入り、事業性の観点から石炭火力発電所としての開発計画について、天然ガス発電所へ変更を検討する動きが出ています。

今後は、地球温暖化対策計画に定められた2030年度の削減目標の確実な達成はもとより、2050年及びその後を視野に入れた脱炭素化の取組が不可欠です。特に、電力部門からの排出量は我が国全体のCO2排出量の約4割を占める最大の排出源です。加えて、電力部門におけるCO2排出係数が相当程度増加することは、産業部門や家庭部門における省エネの取組(電力消費量の削減)による削減効果に大きく影響を与えます。このため、電力部門の取組は、脱炭素化に向けて非常に重要です。加えて、とりわけ石炭火力発電は、事業者にとっては一旦投資判断・建設を実行すれば投資回収のために高稼働させるインセンティブが働くことから、電力の脱炭素化の道筋を描くに当たっては、石炭火力発電による長期的な排出のロックインの可能性を十分に考慮する必要があります。

こうした観点から、2018年7月に閣議決定したエネルギー基本計画においては、2030年度の削減目標達成に向けては、非効率な石炭火力発電のフェードアウト等に向けて取り組んでいくとともに、2050年に向けても、石炭火力を含む火力発電について、長期を展望した脱炭素化への挑戦として、二酸化炭素回収・貯留(CCS)や水素転換を日本が主導し、化石燃料の脱炭素化による利用を資源国・新興国とともに実現することとしています。

また、CO2を炭素資源(カーボン)として捉え、これを回収し、燃料や素材として再利用するカーボンリサイクルを実現することが重要であり、CO2の回収コストの低減や、CO2を素材・資源に転換する技術の開発、炭素由来の化学品・資源等の用途開発などに取り組み、新しい炭素循環型社会を構築していくことが必要です。

さらに、2030年度の削減目標達成に向けて、エネルギーミックス及びCO2削減目標と整合する2030年度の電力排出係数の目標を確実に達成していくために、電力業界の自主的な枠組みの取組や省エネ法や高度化法に基づく取組が継続的に実効を上げているか、毎年度、その進捗状況を評価するとともに、目標の達成ができないと判断される場合には、施策の見直し等について検討することとしています。

2018年度の進捗状況の評価結果も踏まえ、環境大臣は、3月28日に「電力分野の低炭素化に向けて~新たな3つのアクション~」を発表しました。この中で、石炭火力発電からの確実な排出削減に向けた環境アセスメントの更なる厳格化を打ち出しました。「目標達成の道筋」が準備書手続き過程で示されない等の石炭火力の案件について、環境大臣意見において、是認できないとし、いわば「中止を求める」こととしました。また、CCUSの早期の社会実装に向けた取組の加速化などの方針も打ち出しました。

(4)カーボンプライシング

カーボンプライシングについては、既に欧州諸国や米国の一部の州をはじめとして導入している国や地域があり、中国でも全国規模で排出量取引制度を導入しています。

一方、日本では、二酸化炭素の限界削減費用が高く、エネルギーコストも高水準であり、またエネルギー安全保障の観点においてもエネルギー資源の大半を輸入しているという事情があります。

また、カーボンプライシングは、制度によりその効果、評価、課題も異なります。そのため、国際的な動向や日本の事情、産業の国際競争力への影響などを踏まえた専門的・技術的な議論が必要です。

現在、中央環境審議会に設置されたカーボンプライシングの活用に関する小委員会において、環境大臣による諮問を受けて、あらゆる主体に対して脱炭素社会に向けた資金を含むあらゆる資源の戦略的な配分を促し、新たな経済成長につなげていくドライバーとしてのカーボンプライシングの可能性について、審議が進められているところです。

(5)緩和に関する国際協力

我が国では、「日本の気候変動対策支援イニシアティブ2018」等に基づき、日本の優れた技術・ノウハウを活用しつつ、開発途上国と協働してイノベーションを創出する「Co-innovation(コ・イノベーション)」の考え方の下、開発途上国支援を着実に実施しています。

具体的には、パリ協定第6条に規定された開発途上国等における排出削減への我が国の貢献を適切に評価する二国間クレジット制度(JCM)の構築による低炭素技術・製品・インフラ等の提供と普及を通じた取組、2018年10月に打ち上げに成功した温室効果ガス観測技術衛星「いぶき2号」や2018年9月にインドネシアと初の二国間意向書を署名した「コ・イノベーションのための透明性パートナーシップ」を通じた各国の温室効果ガスの算定と公表に関する透明性の向上、2019年5月に京都で開催されるIPCC第49回総会における各国のGHG排出量の適切な把握とパリ協定の着実な実施の支援等の国際協力を推進しています。