環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成30年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第2章>第3節 地域循環共生圏の創出に向けた自然資源の活用

第3節 地域循環共生圏の創出に向けた自然資源の活用

1 自然資源を活かした地域産業の活性化

私たちの暮らしは、豊かな飲み水、きれいな空気、食料や資材、自然の上に成り立つ特色ある文化やレクリエーションなど、森・里・川・海やその連環が形成する豊かな自然の恵み(生態系サービス)によって支えられています。こうした自然の恵みは地域の資源と捉えることができ、それらを活用することにより、地域ならではの文化・風土に即した独自の豊かさの実現につながる可能性があります。それぞれの地域が生み出すモノやサービスの付加価値を高めていくことが求められる中、特に地域の自然とのつながりが深い農林水産業や観光業においては、自然の恵みを地域資源として、地域産業や地域そのものもブランド化し、活用できる可能性を秘めています。本項では、自然の恵みを地域資源として活用し、環境の保全と利用を両立させ、地域における魅力の再発見と豊かな暮らしの実現につなげている事例を紹介します。

事例:コウノトリと共に生きる(兵庫県豊岡市)

かつてコウノトリは、日本各地で見られる鳥でした。しかし、生息環境の悪化により数を減らし、1971年に日本の空から姿を消しました。最後の生息地である兵庫県豊岡市では、1965年から絶滅する前にコウノトリを守ろうと一つがいを捕獲し、人工繁殖を始めました。1989年、待望のコウノトリの人工繁殖に成功し、以後、毎年ヒナが誕生しています。2005年、コウノトリの放鳥が始まり、その2年後の2007年7月には日本の野外で43年ぶりにヒナが誕生し、46年ぶりに巣立ちしました。現在では、100羽を超えるコウノトリが同市を中心とした野外で暮らしています。

2003年からは、野外で暮らすコウノトリの生息環境を確保するため、農薬や化学肥料に頼らない「コウノトリ育む農法」という環境創造型農業に取り組んでいます。この農法で栽培された米は、慣行農法に比べ1.3倍から1.5倍の価格で販売されており、農家の所得増につながっています。環境を良くする取組により経済が活性化し、それが誘因となって、さらに取組が広がるという、環境と経済が「共鳴」する関係ができています。

また、同市はコウノトリ野生復帰の取組をエコツーリズムにも活かしています。コウノトリを間近に観察できる豊岡市立コウノトリ文化館の来場者数は、コウノトリ放鳥前の2004年は12万人でしたが、放鳥した2005年は24万人、翌年の2006年は48万人に増え、今でも約30万人の来場者があります。同市では、来訪者の様々なニーズに応えるため、地元旅行業者等と協力して、コウノトリ生息地保全活動と城崎温泉等の観光を組み合わせた「コウノトリツーリズム」を提案しています。

地元の子どもたちも、生きもの調査を始めコウノトリの野生復帰の取組に参加しています。2017年度からは市内の全小中学校で「ふるさと教育」が始まり、コウノトリや地元の自然について学んでいます。また、地域でも様々な取組が行われています。田結(たい)区では高齢化等により耕作放棄された水田を、大学、NPO、企業と連携し、コウノトリの採餌環境となるような湿地に再生しました。多くの人が訪れるようになったことから、勉強会を開いてガイドグループを結成するなど、集落が活性化しています。こうした取組は、自分が生まれ育ったふるさとに対する愛着と誇りを醸成することにつながっています。

こうしたコウノトリ野生復帰の取組は世界的にも認められ、2012年7月に「円山川下流域・周辺水田」がラムサール条約に登録されています。

コウノトリと少年/コウノトリ育むお米

事例:琵琶湖のいのちを育む「魚のゆりかご水田」(滋賀県)

琵琶湖は日本最大の面積を誇り、豊富な水産資源にも恵まれた湖です。この琵琶湖周辺の水田は、かつては春に琵琶湖から上ってくるニゴロブナやナマズ等の湖魚にとって格好の産卵場ともなっていました。しかし、農業の近代化により農業用排水路と水田の間に大きな落差ができ、これらの湖魚が水田に上りにくい環境となりました。

そこで、滋賀県は農家と連携して2001年に「魚のゆりかご水田プロジェクト」を始め、落差の問題を解決するため、水路の中に階段状に堰(せき)を設けて水路の水位を徐々に水田の水位と同じ高さになるように堰(せき)を上げる魚道を考案し、その普及啓発に取り組みました。

水田に向かって水路を遡上するフナ

2006年には県単独の環境直接支払制度を創設(2007年からは国庫補助事業を活用)。さらに2007年にはこうした水田で農薬・化学肥料を通常の5割以下に削減し、使用可能な農薬も魚毒性の低いものに限定するなどしてつくられたお米を「魚のゆりかご水田米」として認証する仕組みも設けています。こうした支援の結果、2017年の取組地域は琵琶湖周辺の25地域、約130haまで拡大しています。

また、このプロジェクトに取り組む地域が、生物多様性や環境保全と合わせて地域農業の活性化を図っている先進事例としてグッドライフアワード環境大臣賞を始め様々な賞を受賞しており、全国あるいは海外からの視察も増えてきています。

事例:地域経済にも貢献する三方五湖の自然再生(福井県若狭町、美浜町)

三方五湖は、海水、汽水、淡水と塩分濃度が異なる5つの湖からなり、ハス、タモロコ、イチモンジタナゴといった日本固有種に代表される生物多様性豊かな湖です。かつては、水田は湖と水路でつながっていて、フナ等の魚類の繁殖場でした。

三方五湖(左手前が三方湖)

一方で、袋状の特徴的な地形であり、古くから大雨が降るたびに水害に悩まされてきました。このため、護岸のコンクリート化や土地改良による田面のかさ上げといった防災・減災の事業が行われ、人々の暮らしに安全・安心をもたらす一方で、豊かな自然が改変されてきました。湖と水田のつながりが減少したことは、フナ等の生息数が減少した理由の一つと考えられています。三方五湖の一つである三方湖のフナ・コイの漁獲量は、1981年の約150トンから2000年には2割近くにまで減少しています。

このため、漁業者や農業者、NPO、地域住民、研究者、県、町らが参加して、2011年に三方五湖自然再生協議会が設立され、かつてのような生き物のにぎわいの回復と地域の豊かな暮らしの持続を目指した取組がスタートしました。

その一環として、漁業協同組合が行う水産資源の確保を目的としたフナ等の放流において、他県から稚魚を購入するのではなく、湖で採卵し水田で育成した地元産のフナ等を放流する取組が進められています。具体的には、フナやコイに湖でシュロ等に産卵させ、それを水田でふ化・育成し、水路を経由して湖に放流します。2017年度は海山(うみやま)漁業協同組合が実施した全放流量の約15%(約30kg)が地元水田で育成されたものでした。この取組は地域固有の遺伝的系統の保全に貢献するだけでなく、地域外から放流する稚魚を購入する費用が、地域内で循環するという経済効果も期待されています。また、環境教育の一環として地元の三方小学校の学校田でも行われ、有機・無農薬で育てたお米は「ゆりかご米」というブランドで一部販売されています。

田んぼで育った稚魚の調査

三方五湖自然再生協議会では、自然再生と地域の活性化に加え、災害にも強い地域を目指し、グリーンインフラとして洪水で発生した河川の土砂を活用した浅場再生や、石倉かごの設置による自然護岸の再生の取組も進められています。

2 自然観光資源の活用

(1)観光による地方創生

人口減少が進むと域内需要が縮小するため、域外需要を確保する観点から、交流人口の拡大を目指す必要があります。世界観光機関(UNWTO)によれば、国際観光客は2016年の12.3億人から2040年に18億人まで拡大すると予測されており、国内に限らず海外の人々から我が国の観光地域が選好されるよう、付加価値が高く国際競争力のある生産性の高い観光産業へと変革していく必要があります。

近年、訪日外国人旅行者数は急増しており、2017年には2,800万人を突破し、旅行消費額は4.4兆円に達しています(図2-3-1)。一方、日本人の国内旅行者数及び国内旅行消費額は、2014年の消費税増税の影響による一時的な落ち込みからは回復したものの、近年はおおむね横ばいで推移しています。我が国の旅行消費額は、日本人の国内旅行消費額が占める割合が高くなっていますが(図2-3-2)、今後、人口減少に伴って国内旅行が縮小していくおそれがある中で、地域への経済効果、雇用創出効果を高めるためには、国内旅行を一層促進するとともに、地方部を訪れる外国人旅行者を増加させ、訪日外国人旅行消費の効果を全国津々浦々に届けることで、地方創生につなげていく必要があります。

図2-3-1 訪日外国人旅行者数と旅行消費額の推移
図2-3-2 旅行消費額(2016年)

日本人の行ってみたい旅行のタイプは、「温泉旅行」、「自然観光」、「グルメ」の順に高くなっており、自然や温泉といった地域の自然資源を活かした旅行が求められています(図2-3-3)。また、訪日外国人旅行者に今回の旅行でしたことと、次回の旅行でしたいことを聞いたところ、今回は「日本食」、「ショッピング」、「繁華街の街歩き」といった都市に関連する項目が上位になっていますが、次回は、「日本食」、「自然・景勝地観光」、「温泉入浴」、「四季の体感」といった地方の豊かな自然に関わりの深い項目が高くなる傾向があります(図2-3-4)。

図2-3-3 行ってみたい旅行タイプ(複数回答)
図2-3-4 今回したことと次回したいこと(全国籍・地域、複数回答)
(2)国立公園満喫プロジェクト

安倍内閣総理大臣を議長とする「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」は、2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン」を決定し、訪日外国人旅行者数の新たな目標として、2020年に4,000万人(旅行消費額8兆円)、2030年に6,000万人(旅行消費額15兆円)を掲げ、我が国の豊富で多様な観光資源を誇りを持って磨き上げ、観光の力で地域に雇用を生み出し、人を育て、国際競争力のある生産性の高い観光産業に変革していくこととしています。この中で、国立公園については、迎賓館や文化財等と共に、改革を進める10の柱の一つに位置付けられ、世界水準の「ナショナルパーク」を目指し、充実した滞在アクティビティなど民間の力も活用し、体験・活用型の空間へと生まれ変わらせることで、2015年に490万人だった訪日外国人国立公園利用者数を2020年までに1,000万人にする目標を掲げています。

環境省では、2016年に先行的・集中的に取組を進める国立公園として、8つの国立公園(阿寒摩周国立公園、十和田八幡平国立公園、日光国立公園、伊勢志摩国立公園、大山隠岐国立公園、阿蘇くじゅう国立公園、霧島錦江湾国立公園、慶良間諸島国立公園)を選定しました。2017年は、国立公園利用者のニーズを踏まえつつ、それぞれの「ステップアッププログラム2020」に基づき、ビジターセンターや歩道等の整備、上質な宿泊施設や滞在施設の誘致、ツアー・プログラムの開発、質の高いガイドの育成、ビジターセンターにおける情報発信の強化等の取組を進めています。

事例:ビジターセンターの情報発信強化

自然公園をより楽しむための施設として「ビジターセンター」があります。米国等の国立公園では、公園に来訪する利用者は必ずと言っていいほどビジターセンターに立ち寄って、自然や地域の情報を得たり、そこで開催されるアクティビティを楽しんだり、場所によっては国立公園グッズを購入したりしています。

日本の国立公園にもビジターセンターがありますが、米国ほどは利用されていない一方で、施設利用者の8割ほどは満足しているとの調査もありました。そこで、国立公園満喫プロジェクトの一環として、2017年1月に「ビジターセンター情報発信強化プロジェクト」を発足させ、同年7月に取りまとめ報告を発表しました。今後の取組の方向性として、「国立公園やビジターセンターに関する情報が事前によりわかりやすく」、「ビジターセンターに寄って国立公園をより楽しく」、「ビジターセンターがより便利に」の三つをコンセプトとして、ビジターセンターの情報発信強化に向けた様々な取組を展開しています。

例えば、環境省が整備した65か所のビジターセンターについて、アピールポイントや特徴等をまとめた冊子「ビジターセンターに出かけよう!!〜国立公園をもっと楽しむために〜」を作成しました。この冊子は全国のビジターセンターで閲覧できるほか、環境省ウェブサイトでも公開しています。また、国立公園の公衆無線LANとして「National Park Wi-Fi」を開設しました。これにより、LAN環境の整備が可能な日本全国のビジターセンター内で無料のWi-Fiサービスが利用できるようになりました。今後も更に利用拠点を増やしていく予定となっています。

「National Park Wi-Fi」のロゴマーク

2017年度には、釧路湿原国立公園の温根内ビジターセンター及び慶良間諸島国立公園の「さんごゆんたく館」(阿嘉島)を新たに整備しました。ビジターセンターが国立公園をより楽しめるためのツールとなるよう、着実に取組を進めていきます。

慶良間諸島国立公園さんごゆんたく館(阿嘉島)

事例:民間事業者との連携による「天空カフェテラス」(伊勢志摩国立公園)

国立公園満喫プロジェクトの先行8公園の一つ、伊勢志摩国立公園は「悠久の歴史を刻む伊勢神宮 人々の営みと自然が織りなす里山里海」をコンセプトに、古くから信仰の対象になっている伊勢神宮や、自然と調和した人の営みの長い歴史の中で育まれた優美な景観等を活かし、訪日外国人旅行者の利用増進に取り組んでいます。

取組の目玉の一つとして、英虞(あご)湾北部の高台に位置しリアス海岸と真珠の養殖筏(いかだ)で構成された美しい景観を一望することができる横山展望台において、展望デッキ等の再整備に合わせ、新たにゆっくりと快適な時間を過ごすことができるカフェを導入します。店舗は環境省において新設する休憩所の一部を提供し、民間事業者がカフェ開業に必要な資機材や什(じゅう)器を持ち込むという役割分担で設置します。営業期間は最長10年間(全国的に民間事業者の導入を進めるため環境省所管土地建物の使用許可期間を3年間から10年間まで延ばすよう改定した運用の第一号)とし、一般公募を行った結果、2017年12月に地元で観光施設を経営する株式会社志摩地中海村が運営事業者候補者として決定されました。

公募に当たって、事業者には、国立公園の目的を踏まえ周辺の美化清掃活動の実施など、美しい自然環境の保全への貢献を求めており、事業者にとっては企業イメージ向上のメリットが期待できます。官民連携による国費の縮減やサービス向上といった一般的な効果に加え、国立公園の魅力を最大限発揮できるような行政と民間が一体となった新たな施設運営を目指します。

駐車場の拡張や遊歩道改良、展望台の下に位置する横山ビジターセンターの展示の多言語化など、相乗効果を発揮するような工夫も進め、2018年3月に展望デッキ再整備を完了し、同年8月に休憩所やカフェを竣工して「天空カフェテラス」がグランドオープンする予定です。

使いやすくなった快適な展望台で英虞湾のパノラマを楽しみながら、地元・伊勢志摩産の海藻、果物等の素材を活用したメニューなど、この地ならではの食を体験できます。国立公園満喫プロジェクトの新しい成果に期待してください。

伊勢志摩天空カフェテラス全景イメージ

事例:国立公園オフィシャルパートナー

官民が連携して、日本が世界に誇る国立公園の美しい景観と国立公園に滞在する魅力を世界に向けて発信し、国内外からの国立公園利用者の拡大を図ることで、自然環境の保全への理解を深め、国立公園を有する地域の活性化につなげるため、2016年11月から国立公園の魅力発信に取り組む企業・団体と「国立公園オフィシャルパートナーシップ」を実施しています。2018年3月時点で幅広い業種から34社が参加しています。

国立公園オフィシャルパートナーロゴマーク

これまでに、成田空港・羽田空港・中部国際空港や日本航空株式会社・全日本空輸株式会社の機内での国立公園の魅力を紹介する動画の放映や、JR各社やNEXCO各社等での広報誌における国立公園の特集記事の掲載等の情報発信のほか、株式会社日本旅行等の旅行会社における国立公園をテーマにした旅行商品の造成等が実施されています。また、サントリーホールディングス株式会社では、国立公園の自然体験活動等に資するグッズの支援等を実施しました。

(3)エコツーリズムの取組

私たちの暮らしは自然と密接に関わり、自然と共生してきました。動植物の生息地や生育地等の自然環境のほか、自然と密接に関わる風俗習慣や伝統的な生活文化に関わるものも資源として捉え、自然環境の保全、観光振興、地域振興、環境教育の場としての活用を図る取組として、エコツーリズムが挙げられます。国では、エコツーリズム推進法(平成19年法律第105号)に基づいてエコツーリズム推進基本方針を定めていますが、そこでは、エコツーリズムを推進する意義を、[1]自然環境の保全と自然体験による効果、[2]地域固有の魅力を見直す効果、[3]活力ある持続的な地域づくりの効果の三つの効果が相互に影響し合い、好循環をもたらすことにあるとしています。

事例:自然を活かしたまちづくり(群馬県みなかみ町)

群馬県みなかみ町は、上信越高原国立公園の谷川岳等の山々に囲まれ、利根川源流ならではの起伏に富み、豊かな自然環境を有しており、この自然を活用した地域振興及び観光振興を推進するべくエコツーリズムに取り組んでいます。

2012年6月には谷川岳エコツーリズム推進全体構想がエコツーリズム推進法に基づく国の認定を受けており、谷川岳地域の自然を守りながら、学び遊んでもらうための様々な活動を展開しています。また、外来種除去エコツアーの実施やインタープリターが日々現地で気づく植生等の変化を地域で共有・集約することによる簡易モニタリング調査等の保全活動も行っています。さらに、環境に配慮した電気バスを運行し、バス内ではガイドがネイチャーガイダンスを行うなどの保全と活用を両立した取組や、町内の宿泊者に対するエコツアー参加料の割引など、地域一体となった観光振興に取り組んでいます。

谷川岳山麓でのスノーシューツアーの様子

事例:飛騨の暮らしを旅する「飛騨里山サイクリング」(株式会社美ら地球(ちゅらぼし))

岐阜県飛騨市古川町は四方を山に囲まれたのどかな里山の風景が残る地域です。この地域では、昔ながらの習慣や文化が今でも残っており、人々は豊かな自然と共に暮らしています。小京都と呼ばれる高山や起し太鼓で有名な飛騨古川など観光地として魅力が溢れる地域ですが、少子高齢化、観光客の減少等の問題を抱えていました。

株式会社美ら地球は、この地域にある豊かな資源を活用して、将来世代に受け継いでいくことを目指して、「SATOYAMA EXPERIENCE」として、この地域に今も残っている古きよき習慣や文化を旅するエコツアーを運営しています。最も人気があるのは、ガイドと共にマウンテンバイクで里山を巡る「飛騨里山サイクリング」です。観光客だけでは見ることや触れることのできないのどかな里山の風景や地元の人々の暮らしを巡ります。旅行者と地元の文化を結ぶサイクリングツアーは、日本人だけではなく、外国人からも人気が高く、2010年のツアー開始以来、世界70か国以上から1万人を超える外国人旅行者が参加しています。世界的な旅行口コミサイトでも、「ガイドブックには載っていない日本の風景を見ることができた」、「地元の人々と触れ合えた」と高評価を獲得しており、新たな参加者やリピーターの獲得につながっています。

里山サイクリングの様子
(4)温泉を活かした取組

日本の温泉地は長らく治癒の場としての役割を果たしてきましたが、保養や休養の役割が加わり、また特に戦後は観光地・歓楽地として発展してきました。このような観光地化に伴い、温泉利用宿泊施設数は最大15,714施設(1995年度末)、温泉地数は最大3,185温泉地(2010年度末)まで増加しましたが、近年は大深度掘削等の技術の進展により、地方だけでなく都市部においても日帰り温泉施設等の建設が急速に増加する一方で、温泉利用宿泊施設数は13,008施設(2016年度末)まで減少しています。

そのような中、民間の取組として、地域の自然・歴史・文化・食等をウォーキング等で巡るONSEN・ガストロノミーツーリズムが実施されたり、温泉の効能や温泉地の魅力を広く知ってもらうための全国的な投票イベントが行われるなど、これまでにない動きも見られています(写真2-3-1)。さらに、温泉の熱をエネルギーとして利用することは、特に高い温度の温泉で行われてきましたが、現在では一定の温度さえあれば有効利用できる技術開発が進んでおり、熱の多段階利用も可能となっています。

写真2-3-1 ONSEN・ガストロノミーウォーキング in 岩室温泉(新潟市)

環境省では、現代のライフスタイルに合った温泉の楽しみ方を「新・湯治」と位置づけ、「新・湯治」を提供する場としての新しい温泉地の在り方、環境省や関係機関に求めることを「新・湯治推進プラン」として2017年7月に提言を取りまとめました。温泉地訪問者が、温泉入浴に加えて、周辺の自然、歴史・文化、食等を活かした多様なプログラムを楽しみ、地域の人や他の訪問者とふれあい、心身ともに元気になることなどを目指し、2018年4月からは「チーム 新・湯治」といった取組が開始されています。

事例:現代版湯治(大分県竹田市・長湯温泉)

大分県竹田市の長湯温泉は、1706年に当時の岡藩主・中川侯の入湯宿泊のために御茶屋が建設されたのが本格的な施設建設の始まりと言われています。長湯温泉は、我が国では珍しい炭酸泉であり、そのつながりから、1988年にバート・クロツィンゲン市(ドイツ)と国際姉妹都市となっています。

長湯温泉では、日本古来の湯治を見直し、予防医療の観点から「現代版湯治」として、市独自の温泉療養保健制度(一定期間の宿泊による宿泊料への補助)を実施し、その雄大な自然とあいまって長期滞在型の療養スタイルを提唱しています。本制度の導入により、知名度の向上や地域経済への波及効果も見られるなど、従来の単なる観光とは一線を画した施策が行われています。

長湯温泉

事例:温泉街が一丸となった温泉熱利用(山形県鶴岡市・湯野浜温泉)

日本海に面した山形県鶴岡市の湯野浜温泉では、温泉街が連携して、温泉の未利用熱を活用したCO2排出削減に取り組んでいます。

2017年4月、旅館経営者らで設立した湯野浜源泉設備保有株式会社が温泉街に熱交換器を備えた集中給湯設備や配管等を整備しました。約60℃の源泉からくみ上げた温泉を熱交換器で適温に下げるとともに、各施設のシャワーや厨房等で使用する水道水を温めた温水を全長4kmの配管でホテル・旅館、公衆浴場など12施設に供給しています。各施設のボイラー等における重油や灯油など化石燃料の使用量を減少させることで、年間879トン、約15%のCO2削減効果が見込まれています。また、温水の利用料金は燃料代より安く抑えられており、経営上のメリットもあります。

温泉の未利用熱の活用の検討が各地で進められていますが、温泉街を挙げた取組は全国で初めての事例となり、CO2排出削減と合わせて、環境にやさしい温泉街という新たな地域ブランド構築による活性化につながることが期待されます。

湯野浜温泉全景/集中給湯設備外観/熱回収ヒートポンプ

事例:土湯温泉町における温泉エネルギーの利用(福島県福島市)

磐梯朝日国立公園内にある福島県福島市の土湯温泉町は、東日本大震災による建物の倒壊や風評被害により観光客が減少し、また、地域の高齢化率が高まり、空き家が目立つようになり、生活圏の維持が課題となっていました。

土湯温泉町では、東日本大震災から復興し、震災前を超えるにぎわいを取り戻すため、2012年に地元団体が出資して「株式会社元気アップつちゆ」を設立し、地域資源を活かした再生可能エネルギー事業に取り組んでいます。具体的には、2015年度から、既存の温泉井戸を活用した400kWの地熱バイナリー発電所や、砂防堰堤を利用した140kWの小水力発電所が稼働しています。また、再生可能エネルギー事業を活かした体験学習プログラムや地熱バイナリー発電後の廃熱を活用したエビ養殖事業を開始するなど、新たな産業創出に取り組んでいます。こうした取組は全国の温泉地から注目を集めており、年間2,000名程度が視察等に訪れています。

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所

3 木質バイオマス資源の活用

我が国では、国土の3分の2を森林が占めており、森林蓄積は50億m3を越え、バイオマス利用の先進的な取組を行っているドイツの34億m3を大きく上回っています。我が国では、かつては薪や木炭等を日常的なエネルギー源として利用してきましたが、1960年代のエネルギー革命以降、エネルギー源は電気やガスに置き換えられ、燃料としての木材の需要は大幅に減少しました。しかしながら、近年、木質バイオマスは、温室効果ガスの実質的な増大がないカーボンニュートラルなエネルギー源として注目が集まっています。特に、2012年の再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)の導入以降、木質バイオマスを燃料とする発電所が急激に増加しています。2017年9月末時点で、全国で82か所(発電出力合計:92万kW)の木質バイオマス発電所が稼働しており、このうち、53か所(発電出力合計:40万kW)が間伐材等の未利用木材を主な燃料源としています(図2-3-5)。これにより、エネルギーとして利用された間伐材等の木質バイオマスの量も、2012年の81万m3から2016年には433万m3へと5倍以上も増加しています。

図2-3-5 木質バイオマス発電の導入量の推移

近年、輸入材を利用した発電所の事業計画の認定が増えてきていますが、間伐材等の未利用木材を利用した取組は、化石資源の代替と長距離輸送の削減によって低炭素・省資源を実現しつつ、健全な森林の維持・管理に貢献することで、生態系サービスの維持・向上に資するとともに、地域への経済効果や雇用機会の増大をもたらすことが期待されています。

事例:「百年の森」を活かした持続可能なまちづくり(岡山県西粟倉村)

岡山県西粟倉村は、人口約1,500人の小さな村で、面積の95%を森林が占め、森林面積の約85%がスギ・ヒノキの人工林となっています。西粟倉村では、2008年に樹齢百年の美しい森林に囲まれた「上質な田舎」を実現するためのビジョン「百年の森林構想」を策定し、森林バイオマスの活用等により、再生可能エネルギーによる自給100%を目指しています。

「百年の森林事業」で進む集約化森林整備

具体的には、村内の三つの温泉施設に薪ボイラーを導入し、源泉の加温に利用しています。燃料となる薪は、同村と岡山県美作市をエリアとする木の駅プロジェクト「鬼の搬出プロジェクト」により、森林所有者が搬出した林地残材等をIターン者が起業したローカルベンチャーである株式会社SONRAKUが買い取って、温泉施設に販売・供給を行っています。買取金額6,000円/トンの半分は商工会商品券で、地域の商店で利用できるようになっています。薪ボイラーの導入により、年間当たり、燃料経費約20%削減、域内留保約1,300万円、CO2排出削減量379トン等の効果が見込まれています。

温泉施設の薪ボイラー

さらに、同村の基幹施設(庁舎・文化施設等)や小中学校における地域熱供給システムの整備を進めるとともに、小水力発電の導入や家庭向け太陽光発電・太陽熱利用、電気自動車やその急速充電器の整備等を進めています。

こうした地域資源を活かした取組を通じて、森林関係のローカルベンチャーを中心に、2008年以降30社が起業し、Iターン者約130名を含む140名以上の雇用が生まれ、2017年は転出者を転入者が25人上回る社会増となっています。

事例:エネルギーの地産地消が、雇用を生み、経済が巡る(群馬県上野村)

群馬県上野村は、群馬県の最西南端に位置し、長野県、埼玉県に隣接しており、面積の95%以上が森林です。村内には、清流「神流川」が流れており、その源流域は平成の名水百選(環境省指定)にも選定されています。

村の人口は約1,250人で、減少傾向にありますが、2005年度頃から人口と世帯数の減少速度は緩やかになっています。生産年齢人口の割合が保たれているのは林業を中心として若いUIターン者が定住を始めたことが要因として考えられます。人口の21%を占める261名がIターンによる移住者であり、森林整備、木材加工・利用等の仕事に携わり村づくりに貢献しています。

同村では、伐採した針葉樹・広葉樹を原木市場に出荷するほか、森林組合製材所では住宅材に加工しています。また、木工家協会を設立し、挽物製品(茶盆、菓子器、茶托)や家具等を製造しています。製材にならない原木は、木炭センターで燃料炭等に加工、もしくは、ペレット工場にてペレット燃料を製造しています。さらに、ペレットはホテルや温泉のボイラー燃料、一般家庭のペレットストーブ燃料等として地域内で消費されています。あわせて、村内最大の産業である上野村きのこセンターの隣接地に熱電併給施設を設置し、電気と熱を同センターに供給しています。

こうした取組の成果として、上野村森林組合の素材生産量が5年で7.5倍になるとともに、熱利用施設(しおじの湯)において年間110万円の経費が削減されました。今後は、熱電併給施設により、きのこセンターにおいて年間2,000万円以上かかっている電気代の削減を目指しています。

小さな村だからこそできるスモールメリットを生かした地域内経済循環によって、持続する地域コミュニティ(小規模バイオマスコミュニティ)の取組を進めています。

上野村の森林バイオマスを活用した地域内経済循環

コラム:生態系の力を防災・減災に活用する(Eco-DRR)

気候変動による自然災害の激甚化や、人口減少による未利用地の増加が進む中、生態系が有する防災・減災機能を積極的に活用して災害リスクを低減させる「Eco-DRR(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)」が注目されています。

これは、自然災害の被害に遭いやすい土地の利用や開発を避けながら、例えば海岸林が津波被害を軽減する、サンゴ礁が高潮被害を軽減する、湿原で洪水を遊水させる、森林が土砂の崩壊等を抑制するといった生態系のもつ機能を活用することで、災害のリスクを低減させるという考え方です。

サンゴ礁による高波のエネルギーの減衰

防災・減災を始め、水・食料・美しい景観・レクリエーションの場の提供など、生態系が有する多様な機能を地域づくりに活かすことで、災害に強い地域コミュニティの形成、地域の活性化、気候変動による影響への適応等への貢献が期待されます。

地域の特性や土地利用の状況、また地域の人々のニーズに応じて、人工構造物による防災対策とも組み合わせながら、生態系を管理・保全・再生し、持続可能で安全で豊かな社会を構築することが重要です。

湿原による遊水効果