環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成29年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第3章>第2節 環境・経済・社会の諸課題の同時解決に向けた方向性

第2節 環境・経済・社会の諸課題の同時解決に向けた方向性

1 環境保全対策による経済成長

(1)グリーン成長の実現

環境保全対策と経済成長との関係については、昭和52年版環境白書を始め公害対策が活発に行われた時代から論じられてきました。特に対策実施を求められる生産部門の視点から、環境保全対策の実施に伴うコストの増加による企業収益への影響、関連需要の減退、輸出競争力の低下等に対する懸念が示されてきました。

他方で、環境保全対策は、対策技術等に対する新たな投資・消費需要を生み出し、イノベーションを誘発する可能性があります。加えて、特に地球温暖化対策は、多額の化石燃料の輸入の削減に寄与すると考えられます。

現下の経済では、経済成長を促進するためには、第1節で述べたとおり、投資機会とイノベーションの創出が重要と考えられます。

パリ協定が掲げる「2℃目標」や「排出と吸収の均衡」の実現のためには、我が国のみならず、世界で温室効果ガスの削減に関して長期にわたる継続的な投資が必要となります。第2章で述べたように、国際エネルギー機関(IEA)によれば、「2℃目標」実現のために、電力部門における排出削減、建物、産業、運輸の省エネルギーに関して2050年までに約12兆ドルの追加的な投資が必要とされています。このように、地球温暖化対策は、前述のとおりコストの増加要因となる一方で、国内の投資機会の不足の解消につながる可能性があるとともに、人口減少が進むにつれて内需の量的な拡大が難しくなる状況において、我が国の優れた環境技術をいかし、輸出やサプライチェーンにおける取組等を通じて、外需を獲得するチャンスと考えられます。また、イノベーションの創出には、投資活動が重要な役割を果たすことから、こうした取組はイノベーションを創出し、生産性の向上や潜在ニーズの掘り起こしによる消費拡大等に資する可能性があります。投資機会の拡大を通じ、地球温暖化対策を我が国の更なる経済成長につなげていくことは重要と考えられます。

同様に、資源循環・廃棄物処理対策、自然再生等の他の環境分野の対策を促進することは、コストの増加要因である一方で、投資機会の拡大につながる可能性があります。また、我が国の優れた自然景観等の自然資源を活用し、内外の観光客を誘致し、国内消費の拡大や旅行収支の改善に結びつけ、環境保全対策による経済成長を実現することが可能と考えられます。

(2)環境保全と高付加価値化

第2章で述べたとおり、パリ協定が掲げる「2℃目標」を達成するためには、今後の累積排出量を減らすことが求められます。その状況下で一定の経済成長を続けていくためには、少ないCO2排出量、つまり、少ない「炭素投入量」で高い付加価値を生み出す、炭素生産性(温室効果ガス排出量当たりの付加価値)を大幅に向上させることが不可欠です。一般的に炭素投入量の増加を伴うと考えられる財・サービスの供給量の拡大を中心とした経済成長ではなく、先に紹介したブランド等の無形資産を活用したイノベーション等によって財・サービスの質を向上させて高付加価値化による経済成長を追求する姿勢、いわば「量ではなく質で稼ぐ」、「より良いに挑戦する」姿勢がより重要になってくると考えられます。そうすることで、高付加価値化によって財・サービス一単位当たりの炭素投入量は増加する可能性があるものの、より少ない財・サービスの量で多くの付加価値を生み出し、経済成長に伴って温室効果ガスの排出量が比較的増加しにくい経済構造への転換を促す可能性があると考えられます。

2000年代は、製造業の付加価値労働生産性(労働者一人当たりの付加価値)の伸びが物的労働生産性(労働者一人当たりの生産量)の伸びを下回ったとの分析があります(図3-2-1)。これは、製品単価の引下げなどによって製品一単位当たりの付加価値率が低下したことを示します。製品の製造と炭素・エネルギー投入の関係は深いため、製品一単位当たりの付加価値率が低下したということは、炭素・エネルギー投入当たりの付加価値率も低下する方向に働いた可能性があります。

図3-2-1 製造業の付加価値労働生産性と物的労働生産性

我が国の経済の課題である人口減少等の制約下において経済成長を実現するためのイノベーション等による経済の高付加価値化は、パリ協定の目標達成を目指す状況下で経済成長を続けていくために必要な炭素生産性の向上にも共通して重要な役割を果たす可能性があります。

環境保全をきっかけとした高付加価値化は地球温暖化対策に限られる話ではありません。自然の恵みを地域資源として、地域産業や地域そのものをブランド化して、いわば無形資産として活用できる可能性があります。例えば、新潟県佐渡市のトキの野生復帰の取組では、「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」制度により、環境への負荷の少ない生きものを育む農法によって生産された米に付加価値を付けて販売しています。また、長崎県対馬市佐護地区では、ツシマヤマネコと共生する稲作を目指した認定田で栽培された「佐護ツシマヤマネコ米」を販売しており、2014年には栃木県那須町にある動物園のレストランでヤマネコ米の使用による売上増加効果が認められました。さらに、兵庫県豊岡市では、「コウノトリ育む農法」と呼ばれる環境創造型農業により、「米の生産」と「生物多様性の保全」を同時に実現しています。この農法で栽培された米は、通常の慣行農法と比べ無農薬では1.64倍、減農薬では1.22倍の価格で取引され、近年では国外でも人気を集めています。

(3)資源生産性の向上

2016年5月の国連環境計画国際資源パネル(UNEP-IRP)の資源効率性に関する統合報告書では、1900年から2005年の間に、世界の人口は4倍となり、物質の採掘・使用量は8倍に増加しており、資源利用とそれに伴う環境影響を経済成長からデカップリングする必要があると指摘しています。その上で、資源効率性政策の導入により、気候変動対策による効果と合わせて、2050年における世界の天然資源採掘量を最大28%削減し、世界で60%(G7諸国で約85%)の温室効果ガスの排出を削減するとともに、コスト削減、経済成長、雇用の促進等の副次的効果があると指摘しています。

2016年5月に富山県で開催されたG7環境大臣会合において、富山物質循環フレームワークが採択され、その後の伊勢志摩サミットにおいて支持されました。富山物質循環フレームワークでは、G7各国の共通ビジョンとして、地球の環境容量内に収まるように天然資源の消費を抑制し、再生材や再生可能資源の利用を進めることにより、資源がライフサイクル全体にわたって効率的かつ持続的に使われる社会を実現すること、また、その実現により、廃棄物や資源の問題への解決策をもたらすのみならず、雇用を産み、競争力を高め、グリーン成長を実現し得る自然と調和した持続的な低炭素社会が実現することが示されています。

今後、天然資源の投入に頼らないサービスを生み出すことや海外からの輸入に頼る化石系資源や金属資源等を国内で生み出される再生資源に代替させることなどにより、我が国の資源生産性を向上させ、国内の経済活動の活性化と天然資源投入量の削減を同時に達成することが期待されます。

2 環境保全対策による地方創生・国土強靭化

(1)地域エネルギーの活用

再生可能エネルギーは、温室効果ガスを排出しない電源であり、資源の乏しい我が国のエネルギー自給率の向上と化石燃料の輸入削減にも寄与するエネルギー源として期待されています。

2016年1月の国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告書によれば、エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を2030年までに2010年比2倍の36%にすると、世界全体のGDPは最大1.1%、金額にして約1兆3,000億ドルが増加し、再生可能エネルギーによる雇用は、現在の920万人から2,440万人に増加すると試算されています。こうした効果は、特に化石燃料の輸入国で大きくなると指摘されています。

再生可能エネルギーのエネルギー源は、太陽光、風力、水力、地熱等、基本的にその土地に帰属する地域条件や自然資源であるため、その導入ポテンシャルは、都市部より地方部において高くなっています。他方で、各地域のエネルギー代金の収支を見てみると、約8割にあたる1,346自治体では地域内総生産の5%相当額以上、379自治体では10%相当額以上の資金が地域外へ流出している状況にあります(2013年時点の推計)(図3-2-2)。また、現在のエネルギー源の大半が化石燃料であるため、地域のエネルギー代金の支払いの多くが輸入代金として海外に流出しています。

図3-2-2 各自治体の地域内総生産に対するエネルギー代金の収支の比率

今後、特に地方部でポテンシャルが豊富な再生可能エネルギーの導入を始めとした気候変動対策により地域のエネルギー収支を改善することは、足腰の強い地域経済の構築に寄与し、地方創生にもつながるものです。また、再生可能エネルギーに関連する事業等により新たな雇用を生むことにより、労働力人口の域外流出を防ぐことにもつながります。さらに、再生可能エネルギーの多くは自立分散型エネルギーでもあり、災害時の強靭さ(レジリエンス)の向上につながるため、国土強靭化にも資する効果が期待されます。

(2)市街地のコンパクト化

人口減少社会においては、それぞれの地域内において各種機能をコンパクトに集約すると同時に、各地域がネットワークでつながることによって、一定の圏域人口を確保し、生活に必要な機能を維持することが、環境対策の観点からも効果的です。

都市構造と移動に関するライフスタイルを見ると、人口密度が低い地域では自動車分担率が高く、人口密度が高い地域では徒歩・自転車分担率が高い傾向にあります。温室効果ガスの排出削減に当たっては、自動車の低炭素化・脱炭素化など車両対策と共に、そもそもエネルギー使用量を減らすような交通対策等のまちづくりが重要になります。拡散した市街地における国民生活を支える各種サービス機能(医療・介護・福祉、商業、金融、燃料供給等)の集約によるコンパクト化は、燃料使用を伴う移動量の削減につながるとともに、床面積の適正化にも通じ、温室効果ガスの排出削減に寄与します(図3-2-3)。

図3-2-3 市街化区域人口密度と一人当たり自動車排出量との関係

また、こうした対策は、サービス機能の集約や人口密度の向上による労働生産性の向上、域内消費の増加や賑わいの回復等による市街地活性化、インフラ維持管理といった行政コストの低減、徒歩・自転車分担率の向上を通じ、高齢者が外出することによる健康寿命の延伸や医療・介護費用の削減といった効果も期待されます(図3-2-4図3-2-5)。

図3-2-4 市町村の人口密度と行政コスト
図3-2-5 高齢者の外出率
(3)自然資本の維持・充実・利用

自然資本は、森林、土壌、水、大気、生物資源等、自然によって形成される資本(ストック)のことで、自然資本から生み出される恵み(フロー)を生態系サービスとして捉えることができます。

自然資本は、清浄な空気、豊かな水、食料、木材等をもたらすのみならず、地域の独自性に基づく付加価値の高い財・サービスを生み出し、地域外から人を呼び込む源泉となっています。また、バイオマスや水力等の再生可能エネルギー源として、地域エネルギー収支の改善に資するとともに、原生自然だけでなく里山や都市部における公園、緑地等の身近な自然環境は、健康関連のQOL(生活の質)の向上にもつながります。

こうした自然の恵みを享受し、地域における健全な経済社会活動を続けるためには、ストックとしての自然資本の価値を適切に評価し、維持・充実させていくとともに、持続可能な形で利用していくことが重要となります。このため、我が国の自然資本(ストック)と生態系サービス(フロー)の状況を評価しようとする試みが行われています。

2015年度の環境省「生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO2)」では、我が国の生態系サービス(フロー)の多くは、過去と比較して低下又は横ばいで推移していると評価しています。このうち、水産物の供給については資源の過剰利用(オーバーユース)の状態にあり、その反対に、農産物や木材の供給については資源の過少利用(アンダーユース)の状態にあり、そのことが、生態系サービスを低下させる原因の一つになっていると指摘しています(表3-2-1)。

表3-2-1 生態系サービスの評価結果

また、2016年度の環境省「環境経済の政策研究」では、1990年以降の我が国の自然資本(ストック)は、漁業資本の減少が続く一方で、森林(市場)資本及び農地資本は増加しており、全体としては1990年代後半から増加傾向にあると評価しています(図3-2-6)。また、市町村別の自然資本の分布では、特に北海道の市町村を始めとした地方部において自然資本が多く分布していることが明らかとなっています(図3-2-7)。

図3-2-6 1990年を基準額とした我が国の自然資本の推移
図3-2-7 市区町村ごとの自然資本の分布(2015年)

自然資本は、その資本が分布する地域のみならず、適正に管理された森林によるCO2の吸収を始め、国全体に対して様々な恵みをもたらしています。今後は、自然資本(ストック)から生態系サービス(フロー)を享受するために、それぞれの地域において自然資本の維持・充実・利用を図るとともに、自然資本が多く分布する地域の経済社会を国全体で支えていく取組も重要となります。

自然資本が多く分布する地域を支える取組の一つとして、エコツーリズムを始めとする自然資源をいかした観光振興の取組が注目されています。近年、世界全体で海外旅行者数が増加しており、国連世界観光機関(UNWTO)によれば、世界の海外旅行者数は、2015 年の11.8億人から2030年には18億人に達すると予測されています。一方、我が国のGDPに占める観光産業の割合は7.5%で、世界平均の9.8%と比較してまだ低い水準にあり、特に地方部に多く分布する国立公園等の優れた自然を活用したインバウンド拡大の取組に期待が集まっています。

3 気候・エネルギー・資源安全保障

(1)気候安全保障

温室効果ガスの主要排出国の一つとして、科学的知見に基づき、国際的な協調の下で、率先的に温室効果ガスの大幅削減を目指すとともに、我が国の技術・ノウハウ、ライフスタイルや制度等を、海外に展開・発信することは、世界全体での温室効果ガス排出削減につながります。優れた低炭素技術を普及させることにより、世界全体の排出削減に貢献する二国間クレジット制度(JCM)等の「質」の高い国際貢献を実施していくことが重要です。こうした取組により、気候変動問題という地球規模の安全保障、いわば「気候安全保障」の強化に資するとともに、我が国の国際社会における存在感を高め、国際的な市場を拓くことによる国際競争力の獲得にもつながります。

(2)エネルギー・資源安全保障

国内にあるエネルギー・資源を最大限活用して、エネルギー・資源の自給率を高めていくことは、エネルギー・資源の安全保障の確保につながります。不確実性が増す世界において、地域におけるエネルギー・資源の活用の重要性はますます高まっている状況にあり、それぞれの地域における再生可能なエネルギー・資源の活用が重要になってきています。