第5節 対策技術の活用の方向性
地球温暖化対策を進めていく上で、技術は重要な役割を担います。ここでは、既存技術の大幅普及、革新的技術や自然と共生する技術の開発など、今後の地球温暖化対策に当たっての我が国の技術活用の方向性を考えます。
1 既存の技術を隅々まで行き渡らせる
第4節において、民生部門(家庭、業務その他)等を中心に、二酸化炭素排出の削減を実現する身近な地球温暖化対策技術とそれを活用した機器等の例を見てきました。このような機器の買換え等を進めれば、二酸化炭素排出削減の大きな効果が期待されます。
まずここでは、各家庭や業務用ビルなどに新しい技術を用いた機器等を大幅に導入することが、二酸化炭素排出削減にどのような可能性を持つか、見ていきます。
(1)家庭における機器等の導入に係る二酸化炭素排出削減量試算例
ア 家庭において機器の効率化等による対策を行った場合
最初に、現在既に家庭にある機器を、省エネルギータイプの機器に買い換えし、また家の一部に断熱改修などを行った場合の二酸化炭素削減効果について試算してみます。ここでは、3つの例を示します。
(ア)一戸建てに住む40代夫婦(子どもあり)の場合
40代の夫婦と子ども2人の4人家族(Aさん)が、一戸建て(持ち家)に住んでいる場合を想定します。家は築10年、間取りは3LDKとします。
新築時に揃えたエアコン、冷蔵庫、照明器具やガステーブル、その後購入し買い換え時期を迎えたテレビ、洗濯機、衣類乾燥機、温水暖房便座、給湯器等を、現在の省エネルギー性能の優れた製品に買い換えることとします。また、家の冷暖房効率を高めるため、窓ガラスを断熱性能の高い複層ガラスに換えることとします。
その結果、この家庭の年間の二酸化炭素排出量は、年間約2トン以上も削減されることとなります。これは、買換え等を行った機器の以前の排出量に対して約4割もの削減となります。これは、電気代やガス代に換算すると年間で約15万円近い削減となります。さらに、窓の複層化の結果、冷暖房費用の削減効果だけでなく、結露の防止による快適性の向上という効果も見込めます。
(イ)一戸建てに住む60代夫婦の場合
60代の夫婦(Bさん)が一戸建て(持ち家)に住んでいる場合を想定します。家は、アの家庭と同様、築10年、間取りは3LDKとします。ただし、ライフスタイルが異なるため、家電製品や照明の使用時間などは異なります。
エアコン、冷蔵庫、照明器具、買換え時期を迎えたテレビ、洗濯機、衣類乾燥機、温水暖房便座、給湯器を、現在最も省エネルギー性能に優れた製品に買い換えることとします。また、家の冷暖房効率を高めるため、窓ガラスを断熱性能の高い複層ガラスに換えることとします。
その結果、この家庭の年間の二酸化炭素排出量は約2トン弱も削減されることとなります。これは、買換え等を行った機器が発生していた量を約4割削減するものです。これは、電気代やガス代に換算すると年間で約10万円以上の削減となります。
(ウ)賃貸アパートに住む近く結婚予定の30代独身男性の場合
30代の独身男性(Cさん)が、結婚することになった場合を想定します。結婚に際して10年前の就職時に入居した一間のアパートを出て、1LDKの賃貸アパートに引っ越すこととし、これを期に単身者用の家電製品を処分し、現在の省エネルギー性能に優れた家電製品等を購入することとします。
これまでより大型の冷蔵庫、テレビ、洗濯乾燥機を選んだ上、世帯の人数が2人に増えるにもかかわらず、高効率の製品を選択する効果により、新婚家庭の買換え等を行った機器から発生する二酸化炭素排出量は、独身の頃よりも減る可能性さえあると試算されます。
以上の試算をまとめると図3-5-1のようになります。
イ 家庭において自動車の高効率化を行った場合
それぞれの家庭で自家用乗用車を所有している場合に、それを燃費の良いものに置き換えた場合の二酸化炭素排出削減効果について試算してみます。
自動車の使用により排出する二酸化炭素の量は、利用形態、走行距離によって大きく異なります。個々の家庭で全く走行距離の実態が異なるので、4つの異なる走行距離の例を示します(図3-5-2)。
(2)業務用ビルにおける機器等の導入に係る二酸化炭素排出削減量試算例
次に、既存の業務用ビルにおいて、現在既に実用化されている省エネルギー技術の導入を行った場合の二酸化炭素排出削減効果について試算してみます。ここでは、既存の設備を活用しつつ機器の調整等による運用対策の徹底を図った場合と、照明器具の交換等比較的短期に対策費用の回収が可能な範囲内の投資による省エネルギー対策を運用対策に加えて行った場合とを見てみます。東京都内の標準的なビル(地上8階地下1階、延床面積約7,500m2)を想定して、試算してみます。
ア 既存設備を活用しつつ運用対策の徹底を図った場合
空調、ポンプ、熱源機器、照明、コンセント、給湯設備、給排水、昇降機その他の設備については既存のままとした上で、空調の外気導入量削減、空調の外気冷房導入などの運用対策の徹底を図った場合について試算すると、年間約2.6%(約23トン)の二酸化炭素の排出削減が可能となります(図3-5-3)。
イ 主要設備について対策を講じた場合
アの試算で講じた対策に加え、インバータ設置による空調の可変風量制御方式の導入、インバータ設置による冷却水・冷温水ポンプの流量制御の導入、高効率照明や排気熱を回収する全熱交換機の導入といった投資効率の高い設備対策を講じた場合について試算すると、年間約27%(約236トン)の二酸化炭素の排出削減が可能となります(図3-5-3)。
ビルの条件は様々であり、ビルごとに適した対策と効果は異なりますが、この試算例のように、既存のビルについても、建替え時期を待たずに既存の技術で比較的コスト負担の少ないものを導入することによって、相当の省エネルギーを実現することが可能であると考えられます。
上記のような例からも、各家庭、業務用ビルにおいて、既存の各種の対策技術を導入することによって、短期間で大きな二酸化炭素排出削減効果を上げ得ることが分かります(なお、エアコン、冷蔵庫など、二酸化炭素の数千倍の温室効果を持つフロンガスを冷媒として使用しているものを処分するに当たっては、大気中にフロンガスが放出されると二酸化炭素排出削減効果を打ち消す結果となることから、適切にフロンガスを回収・処理する必要があります。)。
しかしながら、実際にはこのような対策技術の導入はまだ十分には進んでいません。つまり、最新型の省エネルギー性能の高い機器・設備を導入したり、機器・設備の調整を最適化したりする、といった対策を講じる余地はまだ大いにあると言えます。二酸化炭素排出量の削減を実効的に進めるためには、新たな技術開発が重要であるだけでなく、開発され実用化されたこのような技術を社会の隅々にまで行き渡らせていくことが極めて重要であると言えます。
コラム 業務用ビルにおける対策の実例
業務用ビルで実際に対策を講じる場合には、対策費用とその後の省エネルギーによるランニングコストの低下の関係が重要になります。省エネルギー効果が大きいものについては、ESCO事業(
第4節コラム参照)によって対策が進められる例も多くなっています。
首都圏のある店舗ビルA(地上6階、延床面積約47,000m2)では、ESCOを用いて省エネルギー改修を行いました。
同ビルでは、冷凍機や冷温水発生器の更新、インバータの取り付け、新しい空調機制御方法やBEMSの導入により、二酸化炭素排出量を約15%削減させました。
また、熱需要の大きいホテルなどの建物では、コージェネレーションの導入が非常に有効で、20%の排出量削減を実現する事例も珍しくありません。
2 革新的技術の開発を進める
第4節及び
本節1においては、民生部門及び運輸部門における対策を念頭に、既に実用化の段階にある技術について見てきました。その一方で、新たな対策技術の開発は今も不断に進められており、革新的な対策技術の開発が進み、それが普及していけば、業務や家庭といった民生部門、自動車などの運輸部門も含め、更に大幅な二酸化炭素排出の削減を実現することが期待されます。技術開発の進展は経済や社会も含めたイノベーションの新たな起爆剤となり得ます。そして、経済や社会の発展がさらに次の技術革新推進の原動力となり地球温暖化対策が進展していくという展開が期待されます。
コラム 将来に大きな期待の持てる技術
地球温暖化対策分野において将来に期待の持てる現在開発中の技術のうち、民生部門及び運輸部門に活用が可能な技術を中心に紹介します。
1)蓄える技術(蓄電蓄熱)
今日幅広く利用が進んでいるエネルギーである電気は、利便性は高いものの、発電場所や導線から離れたところで使用する際には、蓄積が難しいことに効率上の課題があります。このため高性能の蓄電体(リチウムイオン電池やナトリウム硫黄電池、大容量のキャパシタ)の開発が期待されます。充電時間が短い、充放電の繰り返しによる寿命低下がない、という利点を持つ大容量のキャパシタを開発することができれば、電気自動車への応用も考えられ、コンセントから充電を行うプラグインハイブリッド自動車を含めた、画期的に高性能・高効率な電気自動車の早期実用化が見込まれます。
また、様々なエネルギー利用に伴って生ずる熱も、逃さず蓄えて、必要な時間に使ったり必要な場所で使ったりすれば、大きな効率化になります。昼と夜、寒冷地と温暖地、冬と夏といった時間的・空間的な差を超えた熱の利用を可能とするトランスヒートコンテナのような技術と、それを実用化していくシステムの開発・普及が期待されます。
化学的エネルギーを直接電気に換える燃料電池についても、これを水の電気分解によって水素を取り出す技術と組み合わせて用いれば電気エネルギーを水素として蓄えることができると言え、早期の実用化が期待されます。
2)低温熱、未利用熱の活用
熱は、消費されるにしたがって温度が下がり、仕事として取り出せる有効エネルギー(エクセルギー)としての価値が下がっていきます。例えば高温の水蒸気のエクセルギーは高く、動力や発電などに使うことも容易ですが、水蒸気の熱が逃げて周りの空気と同じ温度の水になると、仕事を取り出すことはできません。従来活用されることなく大気中に逃げるなどして捨てられていたエネルギーを、高温から低温に移る段階ごとに順次無駄なく使用していくことは、エネルギーの効率的な利用の観点から非常に重要です。
こうした観点から、エクセルギーの高い段階から低い段階まで、例えばエンジンやガスタービンから蒸気タービン、給湯用高温水、暖房用温水といったように、エネルギーを無駄なく効率的に使用する「カスケード利用」(cascade:階段状に連続した小さな滝の意)の徹底のための技術開発も期待されています。
また、従来は利用されてこなかった比較的低温な熱も、その利用を可能にする技術の進展とともに、エネルギーとしての価値が見直されつつあります。低温の熱の利用のためには、地熱発電などで実用化の始まっているバイナリー発電の拡大などが期待されます。
3)きめ細かな連携、制御技術
個々の製品等から、建物全体・地域全体といったレベルまで、システム全体を連携して制御し効率化を図る技術が実用化されています。これらの管理制御技術の更なる進展も、エネルギーの効率的な利用の観点から重要と考えられます。
今後は、IT技術を活用した管理制御技術の向上による、地域内の各事業者間のエネルギー需給についての連携や、自然エネルギー等の分散型エネルギーを効率的に利用する分散型エネルギーシステムの実用化が期待されます。
4)素材・デバイス開発
ナノレベルでの極小技術の活用などによる、新しい機能や高い性能を持つ素材やデバイスの開発は、地球温暖化対策にも新たな可能性を開くことが考えられます。例えば、半導体の高性能化などへの応用が期待されるカーボンナノチューブなどの新素材や、新たな熱電材料(熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換できる材料)、照明器具の新たな材料として期待される有機EL(エレクトロルミネッセンス)なども、エネルギーの有効な活用を支える素材技術として研究が進められています。
その他の分野においても、二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術(
第2節コラム参照)、革新型原子炉技術など革新技術の開発が進められており、こうした技術の開発・普及が、地球温暖化対策を進める様々の取組に大きく寄与していくことが期待されます。
3 自然との親和を図る
これまで、温室効果ガスの排出量削減に資する様々な技術の開発と普及の重要性について見てきました。
第2章で見たように、私たちは生態系を構成する一員であり、その健全な生態系が働いている仕組みの中でしか生きられない以上、技術の開発・導入に当たっては、人間の活動が生態系の仕組みと親和性を持つべきものであることを忘れてはなりません。
また、こうした観点から考えると、自然の仕組みや生物の働きをいかした地球温暖化対策技術の開発・活用は、今後期待される分野の一つと考えられます。例えば、農業分野においても、自然環境やその変化に対応した作期の変更や品種の開発、遺伝子組換え技術を活用した環境耐性に係る研究開発を適切なバランスを考えつつ講じていく必要があります。また、太陽エネルギーを用いて水と二酸化炭素から酸素と有機物を合成したり、水を水素と酸素に分解したりする人工光合成など、自然の仕組みに学ぶ技術も開発が進められています。
地球温暖化対策技術の開発・普及は、我が国の温室効果ガス削減のためだけではありません。アジア太平洋地域を始めとする世界各国に優れた技術を移転し技術を組み込んだ製品等を普及させていくことは、世界的な温室効果ガスの排出削減やエネルギー問題の緩和に貢献するだけでなく、大気汚染など他の環境問題の解決も併せて図るという見地からも実現が強く求められています。また、省エネルギー等が一層強く求められている世界の情勢の中で、これらの技術は世界の市場の中でも大いに需要があるものと見込まれ、その中で我が国の関連技術の開発・普及は、国際競争力の向上等経済的な意味においても大きな利点があるものと考えられます。
第1節で見てきたように、地球温暖化が顕在している中で、持続可能な社会への転換が迫られています。技術は、これまで見てきたように地球温暖化問題を含む環境保全分野において、社会へ様々な利点を生み出してきました。今後、本節で述べた3つの方向性を意識しつつ技術を有効に活用することで、技術は地球温暖化問題への解決、つまり新しい社会への変革への道を開く重要な要素になると考えられます。