コウシンソウ(岩壁環境に生育する植物における野生復帰技術の開発)
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◆分  類:タヌキモ科
◆環境省レッドリストランク:絶滅危惧Ⅱ類
◆実施場所:東京大学大学院理学系研究科附属植物園日光分園(栃木県日光市)、栃木県日光市男体山、栃木県林業センター(栃木県宇都宮市)
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コウシンソウ
◆基本情報:
 日本では珍しい食虫植物で、男体山、女峰山を中心とする日光火山群のみに分布する稀少な日本の固有種です。生息環境は標高1,500〜2,300mのほぼ垂直に切り立った岩壁で、6月上旬〜10月下旬頃まで、長さ7〜20 mm 幅5〜10 mmの細かい毛を持つ捕虫葉(微小な昆虫を捕獲するための葉)を岩壁に密着するように5〜7枚広げます。成熟個体では、冬芽からの葉を広げると同時に中央から1本の毛ぶかい花茎を伸ばし、6月中旬〜7月上旬に紫色または白色の花を咲かせます。
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 1921年には庚申山(こうしんざん)のコウシンソウ自生地が天然記念物(1952年から特別天然記念物)に指定され、他の主な自生地も日光国立公園の特別地域・特別保護地域の中にあります。男体山や雲龍渓谷では岩壁一面に咲くコウシンソウを見ることができ、それぞれ数万個体が現存すると考えられます。しかし、近年は栽培目的の盗掘とともに、自生地の乾燥化や岩壁の崩落によりコウシンソウの個体数は減少しています。特に、発見地でもある庚申山では、登山道沿いの個体群はほとんど失われてしまっています。
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◆事業内容:
 コウシンソウは岩壁という特殊な環境に生育し、その生態や生育に必要な環境条件などは解明されていません。また、生息域外保全に必要な栽培・増殖方法も確立されていません。そこで、自生地での調査を進める中で得られた情報をもとに試験的な野生復帰取り組みを実施しています。
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有機物が薄く堆積した岩場の生育状況 ①自生地における生育環境条件の解明
 まずは、岩壁という特殊な環境での生育条件の解明が不可欠になります。岩壁が硬い岩質の場合、コケ植物などが生育した後にできる有機物が薄く堆積している場所のみで生育しています。また、風化が進んだ岩壁の場合は、特に火山岩のように保水力があるなら有機物の堆積が見られなくとも生育できることが明らかとなりました。
 気温条件としては高温に弱く、気温25℃以上では生育が阻害されます。一方で、寒さにはとても強く、-20℃程度の気温ならば生存できます。男体山、庚申山、雲竜渓谷で厳冬期にも生育地の状態を観察しましたが、コウシンソウの生育する急峻な岩壁には雪がほとんど付着せず、越冬芽という形で、ほぼ外気と同じ温度にさらされていることを確認しました。
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ベース資材上での発芽 ②岩壁環境における野生復帰試験
 コウシンソウの生育環境は垂直に切り立った岩壁で、しかも種子は大きさ1mm×0.3mmと非常に小さいため、種子を落下させない方法や播いた種子の様子を把握することが困難といえます。そこで、様々な資材を使って岩壁に種子を固定する方法を検討しました。また、周辺の環境に配慮して、生分解性(自然に分解する)の材料で試験をおこないました。貼り付けるベース資材としてはコットンや不織布を、接着剤としてゼラチンを用いました。岩壁に貼り付けたものは乾燥により発芽できませんでしたが、湿った地面では発芽を確認することができました。
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 減少要因の一つである岩盤の崩落については、常に自然に起きているものは、特に対策は必要ないと思われます。しかし、東日本大震災の際には、雲竜渓谷で大面積にわたって崩落が起きており、このような自生地の急激な縮小に対しては、今回の事業で開発中の野生復帰方法により、速やかな回復が期待できます。また、同様に盗掘跡への速やかな再生にも応用が可能と考えられます。
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