コシガヤホシクサ(地域関係者で協定を結んで行う野生絶滅からの野生復帰)
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◆分  類:ホシクサ科
◆環境省レッドリストランク:野生絶滅
◆実施場所:国立科学博物館筑波実験植物園(茨城県つくば市)、茨城県下妻市砂沼
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コシガヤホシクサ
◆基本情報:
 一年生の水生植物で、埼玉県越谷市、茨城県下妻市の2カ所でのみ確認されています。種名の由来は、最初に発見されたのが埼玉県越谷市であったことと、またホシクサとは非常に小さいのですが星形の花をつける仲間の総称(ホシクサ属)からきています。
 埼玉県越谷市元荒川で発見された後、まもなく確認できなくなり長らく絶滅したと考えられていましたが、1975年に茨城県下妻市の砂沼(さぬま)で再発見されます。砂沼は農業用の溜め池として利用されていて、春〜夏は水を溜め、農業用水としての需要がなくなる秋季以降は水位を下げる水管理がなされていました。コシガヤホシクサは水位が高い春〜夏は水中ですごし、秋頃に水位の低下と共に花のついた茎を水面上に出して結実するという、水位変動に応じたサイクルで生育していました。
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 しかし全国的な水不足となった1994年に、砂沼は年間を通じて溜水させておく水管理に切り替えられたため、花茎が水中に没したまま結実できず、 翌年には姿を消してしまいました。このように野外で絶滅してしまったコシガヤホシクサですが、幸いなことに絶滅前に地元の保護活動家が救出していて、この個体を元に筑波実験植物園にて栽培・増殖がなされていました。
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◆事業内容:
 コシガヤホシクサは、すでに砂沼では絶滅してしまっているため、主に筑波実験植物園で栽培・増殖した個体を再び現地に戻す野生復帰の取り組みを行っています。なお、現状では野生絶滅した維管束植物は国内で8種ありますが、野生復帰を成功させた前例はありません。
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①水位管理を絶滅以前の環境に戻す取り組み
水位管理方法に関する合意文書の調印式  まず、野生復帰にあたっては、生育地環境の整備が不可欠です。砂沼での絶滅の要因は一年を通じて溜水させるようになった水管理方法の変化ということが明らかになっているため、2008年に水管理者および利用者と協議して、初秋から翌春にかけて水位を下げる水位管理方法に戻す協定に合意していただき、絶滅以前の環境に戻すことができました。
 さらに、自治体、(社)日本植物園協会、NPO法人アクアキャンプなどの参画による「コシガヤホシクサ野生復帰合同検討会議」を年2回開催し、各年の水位管理の確認や研究保全成果の共有などを行っています。2010年には、水位管理に関する3年間の合意文書を取り交わし、2013年には2016年までの3年間の更新について合意を取り交わすことができました。
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②野生復帰の実施と種子の増殖体制の構築
 合意形成によって環境を復元した後に、現地では種子を播く手法で野生復帰をおこなっています。合意形成後は、秋〜冬にかけて水位低下によって岸辺の水底が水面から露出するようになりましたので、この場所に種子を播きます。最初に種子を播いたのは2008年秋で、翌2009年春には発芽が確認され、その年の秋には実に14年ぶりに開花が見られました。2011年の秋には、約1万個体が開花・結実し、翌年の2012年秋には、砂沼で出来た種子からの個体がさらに種子をつけ、野生下での第二世代が誕生しました。
 また野生復帰には大量の種子を必要とするので、筑波実験植物園や越谷市農業技術センターにおいて、NPO法人アクアキャンプの協力の下、栽培による安定的な種子増殖も行っています。
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③生育環境条件や交配・繁殖特性の解明
 砂沼では、現在コシガヤホシクサの開花が見られるようになりましたが、まだまだ個体数は少ない状況と考えられ、今後もっと個体数を増やして安定的に生育できる集団に育て上げる必要があります。このためには、どのような環境なら良好に生育し、また子孫を残しやすいのかなどについて、科学的な視点から明らかにする必要があります。そこで、野生復帰をする際に、種子を播く場所の土の性質や水深など複数の条件を試すことで、環境とコシガヤホシクサ生育との関係を明らかにする研究に取り組んでいます。これまでの研究結果から、泥状よりも砂状の土壌で、水深は中間的な場所(水深1-1.5m程度)が生育に良好な条件であることが明らかになってきています。
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 今後も、このような取り組みが順調に進めば、野生絶滅種から野外環境における野生生物種への移行も見えてきました。それは、一度野外から姿を消したコシガヤホシクサが、生態系の中で本来の役割を果たしながら、健全な野生生物種として、まさに野生に帰ることになります。
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