シルビアシジミ(基礎的な研究による効果的な生息域外保全技術の開発)
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◆分  類:シジミチョウ科
◆環境省レッドリストランク:絶滅危惧ⅠB類
◆実施場所:大阪府立大学(大阪府堺市)、橿原市(かしはらし)昆虫館(奈良県橿原市)、全国の生息地
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シルビアシジミ
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◆基本情報:
 はねを広げると2cm程度の小型のチョウで、関東から九州南部にかけて局所的に分布しています。草丈の低い、開放的な草原環境を好み、成虫は4月下旬から11月頃まで5〜6回発生し、成虫の寿命は約2〜4週間程度です。幼虫はマメ科のミヤコグサなどを食べます。もともと里地里山や平野部などの人間生活に近い場所に生息していたため、土地開発によって大きな影響を受け、全国的に著しく減少しています。さらに、最新の研究によると、昆虫類特有の感染症や個体群ごとの遺伝的多様性の低下が懸念されていて、今後の生存への悪影響が心配されています。
 また、多くのチョウ類は科学的に未解明な部分も多く、絶滅危惧昆虫の保全のための飼育・繁殖施設も不足している状況です。
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◆事業内容:
 昆虫類の保全技術は全般的に立ち遅れており、シルビアシジミの増殖についても施設での繁殖技術が未確立といえます。また、多くの昆虫類は生息地の環境悪化に大きな影響を受けることが知られており、いくら野生復帰させても生息地の環境が整わないと簡単に全滅してしまいます。このため野外調査を通じて、シルビアシジミが生息できる環境条件や昆虫類特有の感染症の感染状況や影響などを解明する必要があります。さらに、昆虫類の多くは生息地によって遺伝的な違いが見られることが知られており、自然な状態の遺伝的多様性を守る(各生息地に固有の遺伝子構成を乱さない)ために、生息地ごとの遺伝子解析も実施する必要があります。
 このようにシルビアシジミの保全技術は未確立な分野が多く、また基礎的な研究と技術開発が必要な段階といえます。このため大阪府立大学昆虫学研究室では保全に必要な、卵・幼虫・さなぎの飼育技術の開発、成虫の交配技術の開発、野生復帰ができる生息環境の条件の解明、昆虫類特有の感染症の感染状況や影響の解明、遺伝的多様性の解析など、保全に必要なさまざまな研究分野にアプローチして、これに取り組んでいます。
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幼虫の照度・温度管理 ①日長条件と温度条件の調整による一斉羽化
 成虫の寿命が短いシルビアシジミでは、効率的に増殖させるために成虫を同じ時期に羽化させる必要があります。チョウ類の多くは日の出から日没までの時間(日長)によって季節を判断し、幼虫時期の日長と温度によってさなぎや成虫になる時期が決まります。研究室での飼育実験の結果、シルビアシジミは秋になり日長が約12時間半より短くなると休眠に入り、幼虫の摂食量が極端に減って、発育が抑制されることがわかりました。これらの休眠幼虫は、春になって気温が上昇し日長が長くなると、発育を再開して蛹になり、やがて成虫になります。このような温度・日長反応を利用することにより、施設内で多数の幼虫を休眠状態で管理したり、発育を同調させて一斉に成虫として羽化させたりすることができるようになりました。
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開発した人工肥料 ②人工餌の開発
 多くの幼虫を飼育するには、餌となる植物を大量に栽培する必要があり、これには多大な手間と費用がかかっていました。これを研究によって、長期間保存できる食草の乾燥粉末を利用した人工餌を開発することで、安定した量の餌を季節や天候に左右されることなく、また植物に付着した寄生性昆虫の卵や病原菌の心配をすることなく、安い費用で確保できるようになり、数百頭を同時に飼育管理することが可能となっています。
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③交配技術に関する研究
 室内で継続的に繁殖させるためには、幼虫の飼育技術だけでなく、成虫を交配させる技術も必要です。シルビアシジミの施設内での交配は非常に難しく、現在も安定した交配技術は確立できていませんが、野外での観察により配偶行動に関係する要因が明らかになったため、交配技術の確立は、あと一歩のところまで近づいてきています。
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④遺伝子解析による保全への配慮事項の整理
 種としては同じシルビアシジミでも、日本各地の集団の遺伝子解析を行うことにより、地域ごとに異なる遺伝子のタイプをもつことがわかりました。これは、シルビアシジミが各地域に長い間生息し、その環境に適応する過程で獲得したものと考えられます。さらに、地域集団ごとに感染している細菌のタイプやその割合が違うこともわかりました。
 このようにシルビアシジミは集団ごとにそれぞれの遺伝子レベルの多様性を持っていたり、感染細菌の違いが見受けられるため、安易な交雑や個体の移動によって、このような自然の状況を乱さないよう、保全にあたっては慎重に「保全単位」を設定し、これらに配慮する必要があります。
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