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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 山梨県小菅村
【流域連携の構築と多様なつながりの再生】

日時 平成24年10月27日(土)11:30~20:30
(オプションプログラム10月28日6:30~12:00)
場所 多摩源流大学白沢校舎(山梨県小菅村)

■概要
源流域の山村では、集落周辺の里山をたくみに活用することで、暮らしの智恵や生業などの生活文化を培い、美しい景観や水源の森や生物多様性を育んできた。
時代の変化に伴い農山村には様々な経済的・社会的課題が生じているが、多摩川源流域の山里である小菅村では、流域の都市部の大学や企業と連携しながら源流域であることにこだわった村づくりを続けている。
本研修会では、現地での里山整備実習を通じて自然とともに生きる源流文化を体で学ぶとともに、社会的共通資本ともいえる源流を守り、源流域の再生を進めるための課題と展望について考えた。

■講演
テーマ:「源流の森林・里山の成り立ちと生活文化の継承」
講演者:宮林茂幸(東京農業大学森林総合科学科 教授)
配布資料:レジュメ「24年度里なび研修会in山梨県小菅村 里山の活用と文化の継承」
説明資料:パワーポイント「里山の活用と文化の継承」

1)里山という概念
 里山とは人間がかかわっている山のこと。里山は農作業や暮らしに利用してきた身近な山だ。薪をとったり炭を焼いたり、落ち葉を掻いて給肥として使うなど様々な使い方をしてきた。
人が活用する里山の向こうには奥山があり、そこは動物の世界だ。そしてその高いところが峰や岳と呼ばれるところであり、ここは神様が降りてくる聖域として、人が立ち入ってはならないところとされていた。このように里山とその周辺空間は、人間が住む所、動物が住む所、そして聖域といったようにゾーニング分けされ相互にバランスのとれた結びつきを持っていたと言える。しかしこういったつながりは人間活動が拡大し便利さを追求する中で、壊してきてしまった。今そのことによって様々な問題が生じている。

2)里山と防災機能
 小菅村の集落をみてみると、近くまで山が迫ってきてしまっているのに気がつくだろう。以前はもっと空間があったはずだが、放置された結果山が迫ってきたのだ。こうした状況は豪雨や長雨等によって崩壊を発生させ、下流域では鉄砲水を引き起こして災害を誘発する危険性を高める。このように上流域の里山を荒らすことによって下流域の安全が脅かされることになる。今や国内の源流域と呼ばれる地域の大半がこのような状態になってしまっている。自分たちが使ってきた自然を荒らしていることが問題となっているのである。

3)里山と動物の関係
 集落と山の間にはかつては草地があった。この草地は里山を活用し管理することではじめて維持されるものだ。獣は藪を好む習性があり、これまではこの草地が中間にあるために山から降りてこなかったわけだ。しかし、里山が荒れて藪化することで、今は直ぐ近くまで熊やイノシシが出没し、農作物の被害が起こるようになった。このように山をきちんと使わないことで人間と動物の関係もおかしくなってしまうことになる。

4)土を作ることの重要性
 里地里山では土を作ることが大変重要である。腐葉土を用い、酸素や微生物を増やすことで土壌の構造を作り、土の力を形成することが大切だ。里山を中心に、落ち葉を掻き給肥を施すなどすることで、里山が管理され里地の土壌が豊かになっていく。こうして全体の環境が守られていくのである。
便利だからと言って安易に化学肥料に頼り切ると土の力が低下することになる。海外では化学肥料に依存した農業によって広大な土地がやせてしまい生産力の低下を招いている事例が報告されており、日本でも同じような状況が散見される。

5)里地里山の教育機能
 東京農業大学では「多摩源流大学」という取り組みを行っており、その一環で小菅村で実習を行っている。そこでは、手仕事で取り組むということを基本にしている。人間は、まず自らの労力を、その後に畜力を、そして最後に機械力を開発してきた。しかし原点である労力を学んでおくことがとても大切だ。特に近年では災害等でガソリンがなくなった時などに自力でやっていくことができるという観点からも重要だ。こういう知恵や技術、能力を里地里山に暮らしてきたおじいちゃんおばあちゃんは持っているので、そこから学んでいこうということである。
もともと里地里山のふるさとの家庭は一つの教育体だった。厳しい父母とやさしい祖父母、そして切磋琢磨しあう兄弟たちがいた。ちょうど今時分の里山では、11月に薪を伐りに山に入り、一昨年伐った乾燥した薪をしょって下りてきて、その年の冬に使う。また、アケビやその蔓を取ってきて冬の夜なべ仕事で民具を作り、作ったものを町に売りに行く。親父さんたちはキノコ採りなどをする。里山はそれらすべてのことを教えていく教育の場であり、親父やお袋が言わば教員だったのである。
 ほとんどの動物が森林で森と関係を持ちながら生きている中で、人間だけが森林を捨てて出てきた。なおかつ相当な圧力を与えて開発をしている。人間のエゴイズムが自然と人間との関係を変えてしまっていると言えるだろう。そのことを考えた時、里山に住むことにあらためて思いをはせながら、このような地域に来て学び、身体を動かして作業をし、工夫をしていくことで多様な文化や知恵を授かることができるのではないかと思っている。

6)「ふるさと」としての里山、そして里山に託す未来
「故郷」という歌がある。「うさぎおいしあのやま」という歌い出しはあまりにも有名だが、これはまさに里山の情景を歌ったものだ。昔は茅を刈り取って保存し、屋根葺きの時に利用した。そのために集落総出で茅場を管理していた。茅刈りをするとウサギが出てくるので、ムラの子どもも大人もこれを追いかけて捕まえようとしている情景をうたっているもので、それは茅刈りの厳しい作業の中での楽しいひと時だった。「故郷」は、まさにこのようなことを思い起こさせる歌なのである。このようにふるさととは何か挫折・逆境があった時に、癒してくれるものであり、いろいろなものを受け止めてくれる場だった。こうして考えると大学も一つのふるさと足りうるかもしれないし、その実習の場とさせてもらっている小菅村もふるさとの一つとなってもらいたいと考えている。そしてこうした内と外のつながりが新たなコミュニティを形成させ、地域の振興にもつながるのではないかと思っている。
民俗学者の宮本常一は、一つの集落の寿命は災害や疾病、騒動などの要因でだいたい300年周期であるといったことを言っている。では、どのように村を存続・更新させ、新たな形態で作り直すことができるのか。小菅村は源流大学が開始された時はここ10年ほどで1500人から700人まで人口が減ってしまっているが、江戸時代は300人ほどの人口で運営したという記録もあり、様々工夫することでやっていくことができるのではないかと思う。下流域の都市部の人や大学などいろんな人とつながるなど外の新しい血を入れることも一つの工夫なのではないかと考えている。
 2012年は団塊世代の先頭が65歳になった年だ。これから都市部ではどんどん高齢者が増えていくことになる。新たな暮らしと生きがいの場が求められている。一方で今の社会は年間3万人以上の自殺者を出している。これは交通事故で1万人以上の死者で交通戦争と言われるが、それよりもさらに問題だと思える数字だ。そして自殺者の半数は30~40代の働き盛りの人たちだともいう。これはもう今の社会の作り方自体がおかしいということを意味するのではないだろうか。こうしたことを変えていくためには、モノをたくさん作ってたくさん売ろうという発想から転換し、豊かさ・ゆとり・安心安全といったことを重視していくことが大切だ。
 小菅村では、源流域と下流域のいろんな人々がつながり、新たなコミュニティを作りつつある。コミュニティがしっかりしていれば、そう簡単に自殺などはさせない。里地里山保全活動とは、里山で上流域の人々と下流域の人々が日本のコミュニティ再生を一緒にやっていることなのだとも言える。世界が経験したことがない新たな時代を迎えようとしている中で、この国を今後どのようにしていくか、その新しい概念を作り始めている日本において、里山から学び考え行動することは様々な示唆と可能性に満ちているのではないだろうか。次の時代の1歩をぜひとも皆さんに踏み出してもらいたいと切に願っている。

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■事例報告(現地説明と実習指導) 「小菅村概要解説と里山整備実習・遊歩道整備活動」
報告者:小菅里山研究会・小菅村源流百姓の会
配布資料:なし
説明資料:なし

 小菅里山研究会と小菅村源流百姓の会を中心に、小菅村の概要について説明を受けると共に、地域の里山の保全整備作業や民俗・祭りについての解説と実習指導が行われた。

1)小菅村の概要
 小菅村は、山梨県東北部に位置し、人口700人あまり、面積が52.65平方キロメートルでその95%が山林を占めている。
 多摩川の源流域は明治34年より東京都が水源涵養林として営んでいるが、小菅村においても面積の3分の1は東京都の土地となっている。この水源涵養林については、東京都予算により手が行き渡っており、ブナ、ミズナラ、塩路等の巨木や巨樹と言われるものが274本確認されており、
今なお美しい原生林が残されている。小菅村はきれいな水を利用して昔からワサビやヤマメの養殖が盛んで、特にヤマメは昭和40年に日本で初めてヤマメの人工ふ化に成功し、ヤマメの里としても知られている。
 小菅村が源流にこだわり始めたのは昭和50年代後半頃のこと。源流に住んでいることに自覚を持ちながら、源流にこだわった施策をはじめ、東京都の支援もいただきながら、下水道普及率100%の達成や村民総参加のイベントとして「多摩源流まつり」を毎年開催している。毎年5月4日開催されるこのイベントには首都圏等から1万5千人もの人々が訪れている。また多摩源流水というミネラルウォーターを販売しており、「源流の森再生基金」として販売額のうち10円についてはシカの食害対策やスギ・ヒノキ等人工林の保全管理に役立てている。
 平成16年より「多摩川源流自然再生推進協議会」を組織し、源流資源の調査と発信を行っており流域との連携に努めている。平成19年度からは東京農業大学との協働で廃校になった分校を利用し「多摩川源流大学」を開講している。大きな特徴は講師陣がすべて村の「じっちゃん、ばっちゃん」であるということ。そして多くの大学生が小菅村を訪れるようになったことは大変大きなことだと感じており、村の活性化につながっている。地域づくり事業の推進体として「NPO法多摩源流こすげ」といった組織も立ちあがっており、村民と行政が一体となってこれまで構築してきたものをさらに伸ばしていこうとしている。

2)保全整備実習-マコモダケ圃場管理作業体験-
 小菅村源流百姓の会の指導により、マコモダケの圃場整備と収穫作業を実践した。百姓の会は、地元の農家が中心となって山村の特産品を新たに開発し売り出していこうと4年前に発足し、現在35名の会員がマコモダケ栽培を中心に取り組んでいる。村内の採石場跡地を有効利用し、山水を引き入れて圃場を作ってマコモダケを栽培。食用として販売する他に、入浴剤として村内の温浴施設で利用している。また枕やしめ縄の材料としても活用している。この圃場では東京農業大学と連携しながら維持管理や各種の実習や研究、新たな産品開発の試行・販売にも取り組んでいる。
 研修会当日は、収穫を終えた圃場において、マコモの刈り取りと粉砕を行うと共に、収穫したマコモダケの選別作業を行った。参加者は3班に分かれて、それぞれの作業に取り組みながら、道具の使い方や作物の見立て、里山における農作業の仕方などについて地元指導者から丁寧な解説を受けた。

3)里山遊歩道の保全整備と村の民俗・祭り
 村内小永田地区において里山遊歩道の保全整備と村の民俗・祭りについての解説が行われた。
小永田地区は戸数40戸余りの集落であり、集落を見下ろす高台に神社がまつられている。さらに周囲の山々にも神社がまつられており、いずれも村を見守ることができるところに位置している。本研修会オプションプログラムでは、山の頂にある神社に向かう山道を参加者と共に遊歩道として整備することが予定されていたが、あいにくの雨のため作業自体は中止となった。
参加者は活動予定フィールドの麓にある神社境内において集落の年中行事について説明を受け、里山の祭りが持っている防災訓練としての機能やコミュニティ紐帯づくり等の役割、神社から見る村の風景とその風致学的意味について理解を深めた。

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■ディスカッション
テーマ:「流域連携の構築と多様なつながりの再生」
パネリスト:宮林茂幸
小菅村住民講師メンバー
竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

本研修会の講師を囲んで、里地里山における学びの意味と可能性について、流域連携の構築や多様なつながりの再生という視点から議論を深めた。

1)里地里山からの学び
 宮林氏からは、かつて里山の家庭が持っていた教育機能について触れていただいた。本研修会で実践したマコモダケの取り組みから田んぼの水を移し温度を一定に保つ知恵や水を回転させながら下に落としていく工夫など具体的な事例を挙げていただきながら、里地里山の仕事には体感的に学べる要素が数多くある点についてご指摘いただいた。また里山における学びが大学にとどまらず企業や都市部の住民にとっても様々な学習要素があることについて複数の参加者から意見が出された。

2)大学との連携による里地里山資源の活用と活性化
 地元講師メンバーからは大学との連携により学生を中心とした若者たちとの交流が進み、地域が活気づいていることについて話があった。こうした話を受けて、竹田氏からは「源流大学」のように大学との交流によって山村が元気になる仕組みをどのように全国に広めることができるか、また本研修会で取り組んだマコモダケの事例のように、どのような里地里山資源に着目し活かしていけば地域が元気になるのかといった2つの観点から、全国の源流域を元気にするための視点について提起された。

3)里山における取り組みが持つ多面的な役割と展望
 宮林氏から里地里山の集落のお祭りには、避難訓練の要素や避難路・場所の確保など防災上の機能が含まれていることについての指摘があった。また参加者からも防災以外にも暮らしにかかわる多面的な役割と機能について事例が挙げられるなど多様な視点から意見交換が行われた。これらを受けながら宮林氏からは里地里山地域の生活文化を見直し、その教訓から学ぶことは安全安心を作ることにつながること、そしてこの活動に上下流域の様々な人々がかかわることは、新たなコミュニティを形成していくことであり、未来を作ることにもつながることではないかという意見が出された。

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■まとめ
 源流域の里地里山では、過疎化少子化等により、手入れが行きとどかずに里山が荒廃しその多面的機能が失われようとしている地域が散見されている。
 本研修会では、多摩川源流域の山里小菅村において大学連携による学びと交流の取り組みを中心に、保全整備活動や産品開発といった里地里山の保全と活用、活性化への方策について、参加者と共に作業体験も行いながら活発な意見交換が行われた。
 下流域の人やモノ等の相互の交流を通じながら、いかにして源流域の里地里山を保全し、新たな活用を促しながら地域を元気にしていくか、その道筋について議論を深めることができた。

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