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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 神奈川県
【里山再生活動へのIT技術と地域協働の仕組みづくり】

日時 平成24年2月9日(木) 13:30~17:20
場所 秦野市保健福祉センター多目的ホール(神奈川県秦野市)

■概要
 秦野市では、希少な野生生物の生息環境保全のため、休耕田となった湧水湿地等を「生き物の里」として指定している。現在6箇所が指定されており、それぞれ地域の住民などで管理組織を作り保全している。しかし、保全・整備の具体的な手法は明確ではない。そのような中、近隣の大学や企業が、研究の一環として生物調査や保全活動に参加しているところもある。秦野に工場をもつ日立製作所は、「ITエコ実験村」と称し、保全整備を行いながら特殊なセンサーやカメラによる環境情報の収集や動植物の生態調査を行っている。  
この研修会では、各生き物の里、及びそのネットワーク化による秦野市全体の生物多様性の向上を目指して、生態系モニタリング調査の内容と手法、蓄積したデータの活用方法について学ぶとともに、効果的な整備手法や情報通信技術の活用について意見交換を行った。

秦野市における里地里山関連事業の取り組みについて
 高橋生志雄副市長より、秦野市が里地里山の保全再生事業に積極的に取り組んできた経緯を説明いただいた。また今後は保全整備をするだけでなく市民と協働する活動を展開していく中で、次の時代に向けた地域の新たな可能性を創出していきたいとのお話をいただいた。
 市環境産業部環境保全課からは、「生き物の里」についての説明があった。現在指定されている6か所を今後は12か所まで増やす選定に取り組んでいる。課題として地域に理解してもらうため行政として生き物の里の意義を広めること、整備手法の確立、地域の保全団体をネットワーク化し情報を共有することが挙げられるとの報告があった。
 地域連携保全活動計画の策定に取り組む予定の秦野市では、本研修会をプレ検討会と位置付け、24年度計画策定に向けた取り組みを本格化させようとしている。

■講演 テーマ:「生物多様性保全のための生態系モニタリング調査の手法と活用」
講演者:関岡裕明((株)環境アセスメントセンター)

環境コンサルタントとして、生き物を保全する場で具体的にどのように取り組んだらよいのかをアドバイスする仕事を行ってきた。もともとは植物の調査や保全する仕事が中心だが、最近は現場に入り、子どもたちや地元の方など地域と連携して取り組むことが多くなっている。そのような経験から調査手法とその活用方法について、取り組みステップに着眼した話をしてみたい。

1)生態系保全のプロセス
 生態系保全整備にかかわる事業でよく質問を受けるのは、何を、どうやって守ったらよいか、具体的な次元のことだ。どのくらいの水深にしたらよいのか、ビオトープを造成するのか、エコトーンがあればよいのかという設計についての具体的な質問が投げかけられる。しかし、いきなりそういった細部の空間構築に関する議論をしても地域で共有していくことは難しいのではないかと考えられる。
 大きな方向性を検討しながら構想、計画、設計、施工、維持管理というように順々にステップを踏んでいくことが大切だと考える。

2)生態系の復元における目標設定の位置づけ
生態系復元における取り組み端緒として最も大事なのが目標設定だ。劣化した生態系を、完全に元に戻すのか、それとも部分的に復元するのか、あるいは他の生態系による置き換え違う形で豊かにしていくということまで考えるのか、方向性だけでシナリオはいくつもある。いずれの方向に持っていくのかをきちんと整理し共有していくことが大切である。

3)中池見における田んぼの雑草再生の取り組み‐調査とデータ活用のステップ-
 福井県敦賀市の中池見は、貴重な環境だということが分かり保全地域として残すことになったところだ。地域のほとんどがかつての水田跡地である。
 ところで水田雑草といわれている植物も、今では絶滅危惧種になってしまっている現状がある。実に水田雑草の約1割が絶滅危惧種である。これらの植物の生育場所は水辺が多く中でも水田で生育するものが最も絶滅の危険度が高くなっている。この点からも田んぼの希少な水草を守ることが生物多様性上重要だと言える。
中池見では、こうした植物や生き物の保全がどのようにしたらできるのかということに技術者としてかかわった。今現場は、水田、池、木道、ミュージアムという構成になっているが、このようなアウトプットを導くためにどのように取り組んだかを紹介してみたい。
ア)目標設定
 まず保全目標とする動植物の設定を行った。ここではそれは、ゲンゴロウ、チュウサギ、ヒメギシ、ミズオオバコといった種類である。これらは原生自然に住んでいるのではく、水田耕作がされているところに生息しているという特徴がある。
イ)整備方針‐地域の遍歴調査と生き物の生息分布の確認、整備方針の設定‐
この地域がどういう遍歴があったのかを空中写真等で検討を加えた。その結果、1960年代はすべて水田として利用されており、70年代から放棄され始め平成9年にはほぼ全域が耕作放棄となって、一部でしか水田がなされていないということが分かった。
さらに希少な動植物が生息しているところを調べると放棄田ではなく水田耕作をしているところで分布が確認された。この地域で動植物を保全していくためには、積極的に人が関わる必要があるということであり、耕作放棄地・休耕田を整備する方向性が設定された。
ウ)ゾーニングのプロセス‐生き物分布図と「分布可能域図」の作成‐
 整備計画のための平面図を得るために、希少種と生物多様性保全を重視したゾーニングを試みた。現地調査を行い、どこにどのような生き物がいるのかを全部プロットしていく。
 さらに、今はいなくてもどんな所に動植物が生息・生育できるのかをまとめた「分布可能域図」を作製した。これには生息場所を文献調査と現地調査を重ねて整理することで類推していく作業が必要となる。例えばヒメビシという植物であれば、生育場所、日照、土湿、水深、pHなどの項目を挙げる。こうしたデータは地域によっても異なり他に転用できるとは限らないため現地に近いところで独自にデータを拾う必要がある。特に水深やPH、電気伝導などは大変重要だとも言われる。例えば水深が浅いのと深いのとでは生える植物が異なる。水田雑草では10㎝内というわずかな差でダイナミックに変わることが分かってきた。
単に水辺を整備すればよいという設定だけだとこのような点に気がつくことができず守りたい生き物を守れないということになる。以上を踏まえることで、集中的に保存するゾーン、積極的に利用するゾーン、観察のための導線などのゾーニングが可能となる。
エ)維持管理方法の設定
 ゾーニング場所でどのような管理が必要かということを設定するために、まず地域のおじいちゃんおばあちゃんから聞き取りを行った。いつ田んぼに水を入れ、草刈はどの時期にするのかなどを確認し、いろんな人たちと共に作業を行う。
以上のステップを踏むことで中池見では水田植物が見事に再生されるという成果が生み出された。

4)保全手法の波及的活用の可能性
 以上の手法は、生き物を守る、人と生き物のかかわりを作るという点で他にも転用可能なのではないかと考える。
中池見から離れた三方五湖の放棄水田でも取り組んでみたところ、サンショウウオ、ミズオオバコを30年ぶりに復活することができた。ここでは地下に眠っていた種が保全再生活動によって発芽し植物がよみがえった。自然のままでは自然は守れないということもいえるのであり、次の視点が着眼点が重要ではないかと考えている。
ア)耕作放棄地の可能性-シードバンクとしての機能‐
 福井県内のある学校で、放棄された湿田を再生し米づくりを行ったところ、植物が増加したという報告がある。耕作放棄地、特に湿田だったところなどは農地として耕作しにくいかもしれないが、シードバンクとなって水田植物や希少種が残っている可能性がある。
イ)現行水田の可能性‐ポテンシャルマップの作成から‐
 米づくりが行われている水田の場合も、お米を作らなくなった時点から雑草化するということから、同じくシードバンクとしての機能があるように考えられる。
そこで、水田土壌のシードバンク調査を、実際に土を採取して行った。その結果、土壌の水分が高いところでは希少な植物や種子が多く、乾燥していると少ないということが分かった。したがって田んぼの乾湿を調査することで、実際にそこに行ってみなくても希少な植物が残っているかという可能性を把握することができる。それを地図化したのがポテンシャルマップである。このようにしてより広域的に重点的に保全策を講じる地域を設定していくための前提を設けることが可能となる。
ウ)種によって異なる生育条件への着目‐水深の重要性など-
中池見の取り組みでは、水深によって植生が異なることが分かったが、どうしてそうなるのかということを調べてみた。採取した同じ土を深さを変えて比較し調べた結果、やはり出てくる植物が異なった。どうやら光の強さが影響しているようだが、それだけでなく水中の空気の量など様々な要因が関係しているし、同じ種類の植物でも条件によって発育の仕方が異なるということもある。それぞれの種が求めているものに応じて、作り出す環境を変えていくことが大切だということが分かる。
エ)うまくいかないことを把握すること-維持管理・モニタリング継続の重要性-
取り組みの中でうまくいかなかった事例もある。例えば水草保全をしたのにアメリカザリガニが原因でなくなってしまった池など、せっかく整えた環境が外来種によってなくなってしまうこともあった。
この点で維持管理・モニタリングを継続していくことが大切である。目標に応じたモニタリングを継続しながら、うまくいかないことに気づき早めに手立てを講じることができるからだ。
 生き物の里の目標とする姿が明確であれば、これらの手法を用いながらそれぞれの地域で環境条件をどう整えればよいのかを定めることができ、より効果的な活動が展開できるのではないかと期待している。

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■事例報告

(1)「柳川生き物の里における取り組みと手法」
報告者:秋山健夫(柳川生き物の里管理運営協議会)
井下原元(東海大学人間環境学科自然環境課程)

1)柳川生き物の里活動の経緯と課題
 柳川生き物の里は、平成14年秦野市の生き物の里第1号指定地となった。行政の熱心な働き掛けと地元のやる気がマッチングした結果であるとともに、当時地球温暖化や生物多様性といった事柄がマスコミなどからも盛んに発信されていたことも大きかったと考えている。
 保全整備した面積的は約1万㎡でほとんど休耕田。葦が生えて大変だったがそれらを刈り取って水田にするまで丸2年かかった。活動組織は地権者、小学校、地元関係団体、そして東海大学や内外のボランティアの方々など100名ほどで、実際の活動には10名から20名ぐらいが参加している。田んぼを中心に草刈りや収穫祭など年4回みんなで集まって活動してきた。子どもたちや地域社会のために取り組んできた結果、昨年は、神奈川県知事から表彰も受けた。
しかし活動10周年を迎える現在では課題も抱えている。一つは生物多様性という言葉が難しく、地域住民に理解されにくいということがある。生物多様性の価値や意義をわかりやすく発信し、伝播することをしていかないと今後、ボランティアをひきつけることが難しいのではないかと思う。活動の目的や目標そして成果として何を企図するのかなどどう設定し伝えていくのか今模索している。
 難しさや課題もある一方で自治会が中心となって取り組んだことで、10年間で約200名の地域の方が携わったとことは貴重だ。専門家や有志だけでなく、地域の一般の方々から活動経験者をたくさん出すことができた。経験した地域の人の中にはボランティアはこうなのか、有意義なものだと思ってくれた人もあり、これが価値だと考える。

2)生き物の里で多様な植物相を残していくために
 秦野市は遊水池があり湿地環境がある。農業を営む中で人と自然が深くかかわる暮らしがあったといえる。そのことが、人間だけではなく、水田を好む植物、ヤゴなどの水生生物、そして水鳥や哺乳類の生息を促し、豊かな生態系を育んでいると言える。
 そこでどのような動植物が定着しているのかを考えるために、柳川を中心に4か所の生き物の里でどのような植物が定着しているのか調査を行った。その結果、それぞれの生き物の里で特徴があり、生息している生き物も異なることが分かった。また同じ一つの生き物の里の内部でさえも異なる場所に異なる植物がすみわけをして生育していることが分かった。またミズオオバコやイチョウウキゴケなど乾燥を嫌う希少種も存在していることが確認されている。こうした多様な動植物を保全していくためには、水田内や水のたまりやすいところに通年で水が残されるような管理が行われることが大切である。また、定期的な草刈りなどの作業も必要となる。生き物の里で活動する各団体の労力や資金を考えながらより効果的な管理計画を立てていくことが重要だと思っている。

(2)「渋沢生き物の里における取り組みと手法」
報告者:和田晃江(渋沢生き物の里管理運営協議会・秦野市立渋沢小学校)

渋沢小学校では、生き物の里での取り組みを生活科や総合的な学習の時間、理科、社会化などと関連付けながら「みんなで守り育てるふれあいの里」として位置づけている。地権者の方、地域の方、保護者、秦野市、先生方の協力で整備しふれあいながら人と生き物の共存を学ぶ場としている。

1)ふれあいの里の特徴
ふれあいの里は土地の持ち主からの提供をきっかけにPTAの部会で運営している。秦野市の生き物の里に指定された後は、地権者、各自治会長、PTA男子部、職員を含め20名で管理運営している。学校では、生活科、総合的な学習、社会理科で活かしており、子どもたちが自然と身近にふれあうことができるようになった。
アカハライモリ、ホトケドジョウ、アズマヒキガエルなどの水生生物、ミヤマアカネ、シオカラトンボ、ハラビロカマキリ、ベニシジミなどの昆虫類、コゲラ、ジュウビタキ、ヤマガラなどの野鳥など、実に多様な生き物が生息していている。豊かな谷津湧水にも恵まれたこの里には、260種類の植物と290種類の昆虫が生息していることが確認されている。

2)親しむ活動
ふれあいの里は入口近くに湧水が流れ込むところがあり水生生物がたくさん見られる。また、木道沿いに山のほうに歩いていくと、夏はホタルが見られたりサワガニを見つけたりすることができる。植物もたくさんあるので首飾りやフジのブランコを作ることができる。
子どもたちはこうした活動を通して、愛着が高まり、もっとかかわりたいという気持ちが育成されていく。またここでは幼稚園や保育園の子どもたちとの交流も行われており、自然体験活動を通じて相手を思いやる気持ちも育まれていく。今年も幼保小中一貫教育の一環でホタル観賞会を行う予定である。

3)調べる活動
生活科や総合的な学習の時間でふれあいの里を活用している。低学年では四季を通じた生き物調べを行い、中高学年では里地里山を活かすテーマを設けながら学習活動を行っている。樹木や生き物の名前や特徴を調べたりなどしながら五感を使って体験している。今年度は総合学習で米作りにも挑戦した。
身近な自然で木の実や小さな幼虫を見つけたりする中で、希少生物になっているヘイケボタル、アズマヒキガエル、ホトケドジョウ、アサザにも関心を高めている。

4)守る活動
清掃活動を行って湧水が自然の状態で流れるようにしている。また看板を作り保全協力を呼びかけている。年に2回、地権者とPTA男子部、保護者、地域の方、市の職員の方、先生方の協力の下で草刈りや歩道整備、水路の土砂上げなどをしている。整備に必要な道具や資材を地域の人たちに提供してもらうとともに、効果的に作業をする方法を教えてもらっている。
こうした取り組みに積み重ねが地域ぐるみで里山を守っていこうとする意識を高めることにつながると考えている。

5)広報活動
活動を保護者や地域の方に伝えるため、月1~2回「渋沢小ふれあいの里だより」を発行している。掲示板なども使いながら活動の様子を知らせている。子どもたちや教員だけでなく、地域の方や保護者が一緒になり野生生物保護のために協力していることが大事だと思っており、これからも活動を続けていきたい。

(3)「名古木生き物の里における取り組みと手法」
報告者:関野勝政(名古木生き物の里管理運営協議会)
平野杏奈(東京農業大学短期大学部環境緑地学科緑地生態学研究室)

1)名古木生き物の里の概要
名古木地区は秦野市の東に位置しており、第4号と6号の生き物の里が指定された。
4号の生き物の里は、平成19年に認定され面積は4,809㎡。谷戸からの湧水を利用している。水田わきの水路や周囲の樹林の他、草地が多いのが特徴。こうしたところに多様な生物が生息している。38年間人手が入っていない荒廃休耕田だったこともあり、その間除草剤が使用されていなかったことが生き物が残る要因になったのではないかと考えている。
6号の生き物の里は、平成22年に指定。面積は7,088㎡。谷戸からの湧水を利用しており、水田わきの水路や周囲の樹林、草地に多様な生き物がいる。アカハライモリなどの生息地となっている。

2)活動内容と運営
管理運営団体は当初自治会だったが、2年目以降は参加していた有識者や地元農業生産者、そして市外ボランティアの方などで構成する名古木里山を守る会に引き継がれた。また協力団体として、東京農業大学短期大学部や地元の少年野球チームなどがある。
 取り組み内容としてビオトープの造成を行い葦の伐採を行ったりして維持している。保全地域では生産している農地が隣接していることから、特に湧水にかかわる保全整備作業では迷惑がかからないよう田植えの時期をずらしたり、冬の間だけ水を張ったりするなどの配慮をして時間をかけながら取り組んでいる状況である。
事業を行っていくとどうしても資金面で問題が出てくる。例えば、ある耕作放棄地では、県から里地里山条例で補助金をもらうなど森林づくり課とも連携して取り組んでいる。このような調整も含め、管理団体や協力団体がしっかりしていないと里地里山やビオトープの管理はうまくいかないのではないかと考えている。

3)生き物調査の結果と今後の課題-生物多様性を支えるために-
 東京農業大学短期大学部環境緑地学科緑地生態学研究室は、生物調査のフィールドとして生き物の里を活用している。卒業研究では、哺乳類、クモ類、カタツムリ類、チョウ類、ノスリ、イモリなどを対象にした調査が行われたほか、ビオトープ造成にかかわる協力などもしてきた。
 調査の結果、植物535種、昆虫類707種、哺乳類14種、爬虫類9種。両生類7種、鳥類46種が確認されている。こうした調査を元に、目標を設定し、ビオトープ作りのステップなどを提案している。名古木生き物里4号では、ビオトープが造成され、イモリ、ツリガエル、シュレーゲルアオガエル、ホトケドジョウ、マルタニシ、カワトンボ類などの生息場所になっている。
 取り組みによってわかるのは、生き物の里の里山や水辺では、神奈川県全体では減少した生き物も生息しているということで、外来動物が少ないことも大きな特徴だ。一方でシマゲンゴロウやガムシなどの希少水生昆虫が減少しているということが分かってきた。そこで水生生物をはじめ小動物にとってよりよい生息環境としていくための指針を探るため卒業研究では、アカハライモリの生息数調査や里山におけるチョウ類のルートセンサス調査、陸生貝類のコドラート調査を行った。
 これらの調査の結果、既存の水辺を守り拡大を図るためにはビオトープが有効であることが確認された。またさらに多様な生き物が生息するためには、ビオトープ周辺の広葉樹、人工林、草地、放棄地など、里山や休耕田を効果的に管理し、多様な植生を確保することが大切であることが分かった。
研究室としては今後も生き物調査を継続していくとともに、調査研究を介した管理面での情報提供や人手の提供を行うことで協力していきたいと考えている。

(4)「千村生き物の里における取り組みと手法」
報告者:谷 光清(千村生き物の里管理運営協議会・ITエコ実験村)
飯塚祥太(東海大学人間環境学科自然環境課程)
坂巻 央(東海大学人間環境学科自然環境課程)

1)千村生き物の里(ITエコ実験村)の概要と現状
 千村生き物の里、ITエコ実験村は去年の4月に秦野市の生き物の里に指定され取り組みをスタートさせた若い里である。自治会メンバー、地元NPO団体、日立製作所OBによるクラブ(千村自然クラブ)が管理運営を行っている。東海大、法政大、東京都市大、渋沢保育園などと一緒に活動を行っている。
 取り組みを始めてみて、例えば野鳥一つをとってみても、川に来る野鳥が千村の谷戸にも来るなど生態系が変わってきているのが目に見えるようになってきている。まだ、すべての生き物を観察できていないが、イモリやホトケドジョウなど一般的な生き物が対象となるのではないかと考えている。しかし、今後何をどのように再生していくのかなどはまだ決まっていきたい。これから大学などと連携していく中で先生や学生たちと議論しながら決めていきたいと考えている。
課題は、企業参加において、けががあってはならないということだ。そして地域で問題を起こしていかないという意識も強い。そのようなわけで、まだ機械を使って行う作業などはなかなかできない。地域の方に協力いただきながらやっている状況で、なかなか取り組みが早く進んでいかないということはある。また、現在の企業と地元での取り組みをもっといろんな人たちに知ってもらい参加してもらいたいと希望している。そういう意味では秦野市が提唱する保全団体間のネットワークは必要だと考えている。また土地に愛情を持つということをよりどころにして多くの人を取り込めないかということもアンケートを通じて検討をしている。
今後は生き物の里のエリアだけでなく周囲まで広げ、例えば森林浴を楽しめるような整備をするなどの活動を展開したいし、田んぼや畑を広げるなどをしていきたいと考えている。企業としては、生き物の里にセンサーをはじめITを持ち込んで何かに使えないかということを考えている。現在、地温、気温、湿度等を測定しているが、これと生き物調査をリンクさせて、時系列的に変化を確かめたり調査したりするということもできるのではないかと検討している。会社では衛星画像をいろんな形で撮影しているので、GISの視点も導入できればと考えている。このように自分たちの会社の機材が地域の生物多様性の向上に使われるようにしていきたい。活動の成果によって秦野の里がこれからどうなっていくのか楽しみにしている。

2)里山雑木林の哺乳類-生息実態と地域保全のための対策と課題-
 哺乳類は食物連鎖の上位にあり生態系に大きな影響を与える。また農業被害も哺乳類で起こされている。そこで生き物の里及び周辺で哺乳類の生息状況についての研究を行った。
 調査方法はフィールドサインとともにセンサーカメラを配置し生息を確認するというもの。その結果、ニホンアナグマ、ホンドタヌキ、ハクビシン、ニホンジカ、ニホンノウサギ、ホンドテン、ニホンリス、ニホンザルなど全部で9科12種類の哺乳類の生息が確認できた。センサーカメラではアナグマやネズミタヌキが多く撮影できた一方でリスなどはあまり多く写せなかった。アナグマ等は千村生き物の里で活動しているが、ホンドテンやウサギなどは生き物里をあまり活用していないということが考えられる。
確認頻度の多いニホンアナグマでは、体毛が抜ける病気「疥癬病」が確認されている。ヒゼンダニによるものと考えられるが、これは人にも感染する。ホンドタヌキでも確認されているので、対策を考える必要がある。また、ニホンジカが調査地を活用していることが明らかになったが、ニホンジカはヤマビルの寄生先でもある。農業被害を起こす可能性もあるため、ハーブなどを用いたシカよけ対策など考える必要があるだろう。一方で希少種保全という観点では、準絶滅危惧種のニホンリスは情報が少ないため継続的な調査が必要である。
以上のように調査で確認できたことをインターネットで情報公開しながら、対策や手法を検討していく姿勢が今後は求められるのではないかと思っている。

3)水生生物の季節消長およびトンボ類の場所利用
里地里山では、水田や雑木林といった様々な土地利用が組み合わさりモザイク性をもっていることによって生物多様性が高まるといわれている。
 そこで生き物の里における生物多様性の状況の一端を把握するため、水生生物とトンボ類を対象に生息場所や生息数について季節調査を実施した。水生生物は水源やビオトープで玉網等ですくい取りを行い調べ、トンボについては確認地点をシートに記述するとともに、マユタテアカネについてはマーキング調査を実施した。
調査の結果、水生生物は26科42種が確認された。水田よりもビオトープの方が若干種類が多い。しかしビオトープの導水路故障による渇水時に、水田の種類数が多くなったことから、移動が可能な生物は水田を一時的な避難所にしているということも考えられる。また水田とビオトープではそれぞれ異なる生き物も確認されており、両者は相補的な関係にあると推定される。
 トンボについては、生き物の里の環境が生息に適しているとともに、種類ごとに活動場所や出現時期が住み分けされていることが浮き彫りになった。マーキング調査を実施したマユタテアカネは、405個体のうち160回採捕獲をしており、8月には最高5回同じトンボが捕獲された。過去佐賀県で行われた同種の調査では再捕獲率は大変低かったとの報告があるが、ここでは同じ場所に留まっていることが顕著であり、生息の拠点となっていることが分かる。一方で活動の季節的な生息空間の変化は見られる。8月後半から9月は日蔭域が活動場所で9月後半は日向域が活動域の8割近くとなっていた。真夏は日陰で体温を調整し冬にかけて温かいところで過ごすという行動パターンが見えてくる。
 以上を踏まえると生き物の里の水辺は生物多様性のために重要であり、また周囲の樹林地も日蔭を提供するなど生き物に対して重要な役割を持っていることがわかる。このように生き物の里は、地域の生物多様性上重要な機能を果たしていると考えられる。

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■ディスカッション
テーマ:「地域連携保全活動計画の策定にむけて」
パネラー:関岡裕明、秋山健夫、和田晃江、関野勝政、谷光清
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

1)計画策定にかかわる生き物の里活動の論点-課題と対応策-
はじめにコーディネーターより、これまでの秦野の活動を踏まえながら、計画策定にかかわる今後の取り組みをどう展開していくのかという話題が提示された。そして、各生き物の里の取り組みとそれらをつなぐネットワーク構築といった2つの視点から、どのように活動を展開していけば、生物多様性を高めていけるのかという論点が示された。
 秋山氏からは、生物多様性を理解するということが一般の人たちには難しいとの指摘があった。地域をはじめ多くの人たちにかかわってもらうためには、この価値をどう伝えるかを考える必要があるという話があった。
 和田氏からは、調査がきちんと行われフィールドの状況を把握することができれば、どのような整備作業を行っていけばよいのか具体的な形が見え、効果的な活動を行うことができる。小学校では生き物調査が十分に調査することができないため、他地区の生き物の里のように大学などと連携して調査を行っていけるような体制を作りたいとの意見が出された。
 関野氏からは、生き物の里を取り巻く地域社会は都市化が進む中で世帯数も増え様々な人々が暮らすようになっている。したがって、専門的な観点からあまり難しく考えすぎるとかえって一般の人々が参加しにくくなるということもある。農家など土地を提供してくれる人たちと共に子どもの頃のことを思い出しながら楽しい取り組みを生み出していくという姿勢が大切だとの提案があった。
 谷氏からは、日立ITエコ実験村の取り組みを通じて、多くの人たちが関わることが重要だとの話があった。そのためにはフィールドに愛着を持つということが大切で、スマートフォンをはじめITを用いて生き物や草花などを見たり、状況を確認できるようにするなど、より身近にフィールドを感じ接触できるようなシステムが作れないかとのアイディアが提示された。
 関岡氏からは、秦野市には多くの活動団体がありうらやましい。また学生が入った調査も行われ具体的な動植物名も出てきて保全活動が展開されていることは素晴らしい。今後はこれまで団体ごと個別で行われてきた活動をどのようにネットワーク化し、全体化し、またそれによって各活動が位置づけられ、計画づくりに反映させていくかを考えていくことが大事であろうとの話があった。

2)今後の生き物の里づくりに盛り込む方向性-楽しみや地域文化の観点を-
 今回事例紹介を行った学生からは、子どもだけでなく大人も意外に身近な生き物のことを知らずイメージがわかないということがある。生き物の里は身近な自然を知ってもらうきっかけになるではないかとの話があった。そのうえで、希少種を守るということや生物多様性の観点も必要だが、次世代にとっては里地里山はいろんなことができるのではないかという可能性が魅力だ。生き物保全だけでなく、地域の人たちとの交流や収穫祭などのイベントといった楽しいことができるところとして形成していく視点を盛り込んでもらいたいとの提案があった。
フロアーからは、生き物の里を取り巻く地域の歴史・民俗にも着眼することで地域の多様性を浮かび上がらせより魅力ある取り組みが展開できるのではないかとの話や、市外との交流連携のためには共通の価値観の形成がポイントとなるが、楽しい活動を盛り込むことがその促進につながるのではないかとの話があった。また、生き物の里という限られた領域だけでなく、生態系としてかかわりあうより広い領域を視野に入れてこのような活動を展開させていくという方向性を盛り込むことについても提案があった。

3)新たな取り組みの視点と配慮-ネットワーク化の促進による課題対応策の模索-
 谷氏からは、今後の生き物の里は指定されたエリアだけでなく、より広域で考えるとともに地域社会全体にも情報がいきわたるという意味でのネットワークづくりの視点が重要だとの提案があった。
 関野氏からは、今後の活動ではますます農地を利用するというケースが出てくる。農地法などの法的枠組みを理解したり入会権について把握するなど地元との摩擦が生じないような配慮も必要だとの指摘があった。
和田氏からは、五感を使った体験は地域の自然を理解するためにも大事な要素だ。学校としてはこうした体験活動を補助できるようなスマートフォン等を活用した新たな学習システムなどが連携活動を通じて創出されることを期待しているとの話があった。
 秋山氏からは、情報の交流や共有が促進されることで、各活動団体の課題の解決につながるのではないかとの指摘があった。
 関連して関岡氏から、ネットワーク化しながら計画策定に取り組む中で各団体の課題の解決が促されることが期待される。こうした取り組みはお金がかかるという性質のものでもないため、行政も積極的に関与しながら関係機関をつないでいくという姿勢が求められるとの話があった。

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■まとめ
 里地里山保全活動では、地域ごとの特性に応じた取り組み方法や課題の検討が重要な一方で、地域間を越えたより広域的なネットワーク形成を行うことによって個々の取り組みでは対応できない課題を解決することができたり、新たな可能性を導き出したりすることが期待される。また、活動を進めるにあたっては、生物多様性など自然の観点だけでなく、交流や楽しみ、そして地域文化などの社会的観点も大切な要素であるといえる。
 今回の研修会では、こうした里地里山の活動に付随する特徴と課題、今後の可能性について、市民団体、学校や学生、企業、行政など多様な立場から活発な議論が行われ、計画策定に向けた論点整理を行うことができた。

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