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里なび

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活動レポート

里なび研修会 in 熊本
半自然草原に生き続ける多様な命を守ろう

日時: 平成22年11月13日(土) 13:30~17:30
場所: なみの高原 やすらぎ交流館(熊本県阿蘇市)

熊本・阿蘇の自然は、採草、野焼き、放牧という地元の人々の営みの中で守ってきた広大な草原が特徴である。この草原にはさまざまな動植物が生息し、人々の暮らしとともに多様な命が生きている。近年、畜産業の低迷や高齢化により、草原の管理が行き届かなくなり、草原が激減してそこに住む多様な生き物たちも絶滅の危機に追い込まれている。今回の研修会では、この危機を打開し、草原に住む多様な命、生物多様性を守るための「交流」等の方策を検討した。

1 講演
テーマ:「草原の自然再生と多様な主体の連携」
講演者:高橋佳孝
((独)農業・食品産業技術総合研究機構上席研究員/阿蘇草原再生協議会会長)

 草原の問題は阿蘇だけではなく全国各地で起きている。しかし、今各地で火入れが行われるようにもなっており、価値観がまた変わり始めているということも確かである。

1)草原のタイプとサービス
 伊勢神宮の茅場は100haを全部人が作ったという経緯があり、現在は志摩の海女さんが茅を刈っている。こういう人工的な場にも実は貴重な生物がいる。茅場には雇用と生態系に恵みを与えてくれるサービスがあると言える。草原には次の生態系サービスがある。
 供給サービス:生態系が生産するモノ(財)(食料、水、燃料、繊維、遺伝資源等)
 調整サービス:生態系プロセス制御により得られる利益(気候の制御、機構の制御等)
 文化サービス:生態系から得られる非物質的利益(精神性、共同体としての利益等)
 基盤サービス:他の生態系サービスを支えるサービス(土壌形成、栄養塩循環等)
 草原のタイプも、自然草地、半自然草地、人工草地と3つある。自然草地はほとんど日本にはない。人工草地とは人工的に草を栽培している牧草畑のことである。半自然草地がいわゆる里地里山の草地に相当するもので、緩やかな利用管理による保全・保護(採草、放牧、火入れなど)を必要とする。半自然草地を守ることは、その利用価値が低迷している現状では大変な困難を伴う。

2)草原利用の歴史と生き物
阿蘇では、1万2千年前から火入れの痕跡が見える。旧石器時代から縄文時代にかけては狩猟の場として、また、弥生時代後期から草を利用し始めたようだ。畑の肥料としたり、夏山冬里方式で家畜のためにも利用した。こうして阿蘇には広大な草原景観が作られた。だが牛の餌、肥料などの資源採集の場としての草原は、戦後石油から作られる代替品が出てくると、使われなくなってしまった。
草原には多くの動植物がいる。阿蘇には約600種の草原性の植物があり、絶滅危惧種や固有種もかなりの割合を占めている。大陸由来の植物も結構残っている。この草原がなくなると日本の生物多様性に影響するのではないかと危惧される。比較的小さな面積でも多くの絶滅危惧植物が生存する草原の保全は、生物多様性保全の面で効率性が良いと言える。

3)草原保全の意義と現状
火入れによって、春期は裸地になり春植物にとって大変良い状態になる。野焼きは生き物によくないと思われがちだが、地表や地中の温度はそれほどでもなく、生き物へのダメージもそれほどは大きくはない。低温下で焼くと微粒炭という安定的な炭素が供給されることから、野を焼けば温暖化が防止されるという新たな観点からの評価もある。草を刈ることで、ススキ等を抑え、随伴する他の植物が出てくる。手入れされた草原はスギの植林地と比べて1.8倍のCO2吸収量があると言われているし、保水についても森林が降雨の20%が蒸発してしまうのに対して、草地はほとんどが地面まで到達して使えるというメリットがある。
しかしこの10年だけで畜農家は4割減少し年齢構成も大きく変わった。高齢化少子化の中で管理を続けていくことは困難であり、従来の価値観や枠組みではできない現状となっている。今、行政、NPOボランティア、研究者など様々な人たちが入ってなんとかやっていこうとしており、年間2,000人がボランティアとして作業に入っている。きつい仕事だが、達成感がありこれまでの経済では見えてこなかった価値がある。
牛による防火帯づくり、草原管理における牛のオーナー制度、赤牛を育てるなどはボランティアのリーダーから出てきた発想である。阿蘇市を中心に草そのものをビジネスにしようというアイデアもあり、動物園に卸すことや、茅葺き材料,家畜の餌,ススキ堆肥としての利用などの用途が考えられている。牧野カルテ(対象となる草原の管理履歴や植生の変遷、保全活用の状況等の記録簿)づくりの取り組みでは、地名やお年寄りに聞き取りをするなどして、草原と暮らしのつながりや現在に至った状況が浮き彫りにされる。草原の価値を再認識することができ、現在約20か所取り組んでいる。

4)これからの草原保全に向けて
 草原を保全していくためには、草原が様々なサービスを提供するものだとして認識することが大切だ。昔は資源採集を中心として、地元の人がその価値を認識してきたが、今は草原の価値を重要だと感じるのは地元だけではない。だから遠隔地の都市など外と内をつなぐ中間支援団体が非常に重要となっている。阿蘇草原再生千年委員会の発足がその一つと言える。
また今では外来種の対策も考えなければならない。たとえば外来種のセイタカアワダチソウについては侵入しやすさが場所によって異なる。土壌環境が草原植生タイプを決める大きな要因であり、土壌診断を取り入れることでどこが草地に戻りやすいかが分かるため、どこを優先してやるかを決める際に使えると考えている。

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2 事例報告

(1)「阿蘇の草原植物の現状と花野再生」
報告者:瀬井純雄(NPO法人阿蘇花野協会)

1)多様な植物の世界
阿蘇の草原は多様な植物の世界である。スズラン、ベニバナヤマシャクヤク、アソノコギリソウ、ヒメユリ、キキョウ、ヒゴシオン、リンドウなど、数え切れないほどあり、こうした阿蘇の花野は万葉の昔から詠まれている。大陸性遺存植物も多く、ハナシノブやチョウセンカメバソウなどは国内では阿蘇だけに存在する。
阿蘇固有の希少種は阿蘇外輪東部に集中している。生物多様性を保全するためには、主に阿蘇外輪東部において対策を講じることが必要である。

2)人々の営みと自然の調和による草原保全と花野
 阿蘇の草原と花野は人々の営みと自然との調和で成立している。草原にはいろんな種類がある。野焼きだけを行っているとススキが他の植物を圧倒して茅野になる。放牧地では阿蘇特有の植物が5年から10年経つ中で絶えてしまうので生物多様性ではあまり重要ではないと考えている。採草地は阿蘇特有の草原植物があるので、うまく管理することで花野になる可能性がある。

3)滅びゆく阿蘇の花野の現状
 今阿蘇の花野は滅びようとしている。絶滅危惧種は平成19年で74種に達している。原因は減少し続ける草原である。農業の機械化、化学肥料の普及、畜産業の低迷といった要因が相まって、草原価値が低下してしまった。草原利用の意義は畜産よりも農耕牛に対する利用が大きいと考えられる。施肥、刈敷などが草原の維持保全にとってうまく循環していたが、行われなくなったことで採草地が放棄地や植林地へと転換していった。今の阿蘇の草原の現状は、道がない、歩けない、花がないといった状況で、このままでは10年後には草原が消失してしまう危機にある。

4)阿蘇花野協会の取り組みと課題
 阿蘇花野協会では、花野の再生や生き物を未来に引き継ぐため活動を始めている。調査や実験も重要だが、まずは残すためにやってみようというスタンスである。
 阿蘇の貴重な植物は斜面や湿地の底のほうなど管理しにくいところに分布が多く、逆に管理しやすい平らなところは少ない。ただ草原を守ればよいという話ではなく、そういった管理しにくいところを保全しなければならないところに困難さがある。
 観察会などの楽しいイベントを実施する一方、草刈り・草集めなどの保全活動を毎年同じようにやっている。野焼きでは、実施後1年でいろんな植物が戻ってくることが分かった、しかし3年目ぐらいから減り始めるということもあり植物にも知恵があるのではと経験から思うことがある。保全活動の結果ヒメユリが戻ってきた際、地元の人がむかしがよみがえったようだ、と感動した。このように地元の人がどう受け止めてくれるかということは重要だと考えている。
 草刈り・草集めのボランティアの確保が大切で、毎年人手や資金で苦労をしている。
 もっとも大きな課題は、少子高齢化で草原を管理する人がいないということである。田舎で暮らして草原に携わる人が増えることが必要である。

(2)「『生物多様性』から考えよう 阿蘇の自然を守るには」
報告者:中園敏之(九州自然環境研究所代表取締役)

阿蘇の自然を守るためには、生物多様性に着目する必要がある。阿蘇の生物多様性を考える際、哺乳類の生息状況をまず確認しておく必要がある。確かに阿蘇の哺乳類は数も少ないし希少種ではないが、この動物たちの存在、食べ物が多様であることを意味し、重要である。牧野カルテによる調査では、アナグマ、カヤネズミ、テン、キツネの親子などが確認されている。問題はシカである。20年前ほどはそれほどいなかったとされるが、今は農業被害や森林被害を引き起こしている。
鳥類はノスリ、トヨシキリ、オオシギの他、九州では阿蘇にしかいないコジュウリ、典型的な草原の鳥類とされるホオジロなどが確認できる。
阿蘇は地形的・植生的にみた際、まず外輪山の急な傾斜地形に樹林地があり、その下部に草原、さらに下部に田畑、集落そして川という構成になっている。こうした多様な環境が動植物の多様性を生み出すと考えられる。哺乳類は10種類、鳥類は105種類、昆虫類105種類、コガネムシの仲間30種類確認でき、植物は約1,600種、その中で草原の植物は約600種を数える。
生物多様性がもたらすサービスの価値を認識することが必要である。

(3)「交流事業から考えよう 阿蘇波野の自然を守るには」
報告者:望月克哉(やすらぎ交流館)

1)交流館の取り組み
小学校が平成11年に廃校になった後、農林水産省の事業を活用して14年にオープンした。波野地区は、自然を生かした農業が盛んで、高冷地野菜、そばが有名であるほか、神楽などの文化・伝統芸能などの保全に取り組んでいる。交流館の交流活動では、波野ならではの体験プログラムを行っている。農業体験、食育体験、林業体験、川遊び、ツリークライミング、畜産体験などを行っている。

2)交流の限界と地域課題の解決に向けて
現在、交流による地域づくりが全国で盛んに行われているが、「交流」は万能ではない。地元のいろんな人たちが自分達の本音を出し合って地域課題をどう解決しようとするかが大切。当館のような交流施設の利用法を含め、地域全体が、自分たちの地域づくり活動を考え主体的に取り組んでいくことが重要だ。地域づくりは「交流」だけでなく、地元の後継者対策や次世代の生業を考えることではないかと思う。
交流館での試みとして、食育を通して波野の特産品づくりや仕事づくりに取り組んでいる。特産のキャベツを生かし、キャベツ料理のワークショップなどを開催した。キャベツだけで11種類ものフルコースができた。地域とやすらぎ交流館と企業・大学が結びつくことで新しい可能性が出てくると考えている。地元の子どもたちに草原を学ぶ体験を実施した時、野焼きの現場を知らない地元の子どもたちが意外にたくさんいることに驚いた。子や孫に伝わっていない現状があると思う。

3)交流館の目指す方向
 地域活性化のためには地域の力が重要で、交流館は、企業、団体、人をつなぎ新たな仕事を作り出す契機にはなれると思っている。阿蘇の自然の多様性や、自然を守る地域の生業をPRし、守る取り組みなど、地域の望みに即した活動を展開していきたい。

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3 ディスカッション
テーマ:「半自然草原に生き続ける多様な命を守ろう」
パネラー:高橋佳孝、瀬井純雄、中園敏之、望月克哉
コーディネーター:竹田純一(里地ネットワーク事務局長)

講演や事例報告を踏まえて、次の4つの観点から草原の保全と生物多様性保全の取り組みについて議論した。
1.ボランティアの視点
2.花野・草原の保全のCSR事業化
3.地域・やすらぎ交流館・企業・大学のコラボレーションの可能性
4.生業としての畑作と草地(産業化の可能性と後継者への仕事づくり)
 畜産業など地域の生業の再生と草原の保全活用が重要であることを共通項にしながら次の意見が出された。保全のための募金については、その意義だけではなく実際の使途をより明確に説明することで集まりやすくなり企業の協力も得やすくなる。後継者の問題は、阿蘇の草原での暮らしと生業が可能になれば、人がそんなに離れることはないのではないか、地域の価値をもう一度見直すことが重要だという意見が出た。そのためにも行政との連携を図るだけでなく、地域住民独自で立ち上がり、外部とつないでいく取り組みをもっと模索する必要性が議論された。

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4 まとめ
 半自然草原の保全は生物多様性保全だけでなく、人々の生業や暮らしと密接な関係がある。今回の研修会では、かつての草原の活用と保全のサイクルを確認するとともに、今後の新たな価値や維持保全に向けた担い手と生業の創出についても議論を深めることができた。
 また里地里山保全活動の着手段階において、地域の様々な形態の交流施設を活動拠点として位置付け活用していこうとするプログラムへの支援メニューの充実も必要であると考えられる。

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