環境省
VOLUME.62
2017年12月・2018年1月号

応用編

日本の国立公園が秘める
観光地としてのポテンシャルとは?

今月の講師

今月の講師

デービッド・アトキンソンさん

小西美術工藝社代表取締役社長
「国立公園満喫プロジェクト有識者会議」メンバー

小西美術工藝社代表取締役社長
「国立公園満喫プロジェクト有識者会議」メンバー

 私は、28年前に証券会社のアナリストとして来日し、日本に住み始めました。いまでは縁あって、日光東照宮をはじめとした国宝や重要文化財の補修を行う会社の社長を務めています。

 私が「観光」に関心をもつようになったのは、仕事を通じて日本の国宝・重要文化財の現実を知ったことがきっかけでした。

 日本の文化財は、政府からの補助金を使って補修が行われています。政府の財政事情を考えれば、文化財を「保護すべきもの」から「稼げる観光資源」に変えていくことが求められています。減少する日本人に代わって文化財を訪れる外国人を増やし、その収入で補修費用をまかなっていく……そうすることではじめて、世界に誇る“日本の宝”を、次の世代に受け継ぐことができるのではないか。そんな問題意識を持ったのです。

 日本の国立公園も、文化財と同じ問題を抱えています。「世界でも稀に見る多様性」を持つ日本の自然は、観光資源として大きな可能性を秘めています。その可能性を最大限に活かすことによって、美しい景観や貴重な自然環境を守り続けることができるのです。

 では、日本の国立公園を「稼げる観光資源」にするためには、何が必要なのでしょうか?その1つが「多様なニーズに応える体験型アクティビティを整備する」ことです。自然の楽しみ方は人によってさまざまです。キャンプだけではなく、トレッキングをしたいという人もいるでしょう。川や湖がある国立公園なら、釣りやカヤック、ラフティングを楽しみたいという人もいます。北海道などの国立公園であれば、スキーやスノートレッキングを楽しむこともできるでしょう。

十和田八幡平国立公園では、雪のある時期にスノートレッキングを開催。参加者はスノーシューを装着して、周辺の森など、雪景色の中を散策することができる

十和田八幡平国立公園では、雪のある時期にスノートレッキングを開催。参加者はスノーシューを装着して、周辺の森など、雪景色の中を散策することができる

慶良間諸島国立公園では、透明度の高い海を眺めることのできるカヤックや、スタンドアップパドルなど、沖縄ならではのビーチアクティビティが楽しめる

慶良間諸島国立公園では、透明度の高い海を眺めることのできるカヤックや、スタンドアップパドルなど、沖縄ならではのビーチアクティビティが楽しめる

 このような、自然の中で行う体験型アクティビティには、日本の観光における「主役」となりうる重要なポイントがあります。それは「時間がかかる」ということです。スキーやキャンプは1日がかりですし、トレッキングや川下りも、どんなに短くても半日はかかります。さらに、そのアクティビティが本当に好きな人は数週間にわたって滞在することも珍しくありません。つまり、滞在によって観光消費の約半分を占める食事や宿泊が増え、より多くのお金を落としてもらうことができるのです。

 日本における体験型アクティビティ整備の成功例が、北海道のニセコです。古くからスキーと温泉の街として親しまれてきたニセコは、2000年以降、良質なパウダースノーを求めるオーストラリア人が訪れるようになり、急速に整備が進みました。今では欧米やアジアからも多くのスキー客が訪れ、高級ホテルや別荘、コンドミニアムが建ち並んでいます。

 ニセコの成功例が表しているのは、「観光地としての魅力は“あるもの”ではなく“つくるもの”である」ということです。ニセコにもともとあったのは、ただの「山」や「雪」にすぎません。その環境がスキーに最適だと気づいた人たちがSNSなどで情報発信することで、その魅力は世界中に広まりました。そして、彼らが楽しく快適に過ごすための設備が整備されたことで、ニセコは「世界有数のスキーリゾート」へと変貌を遂げたのです。

 日本の国立公園には、自然の風景を楽しむという「客の視点」を踏まえた整備が不足しています。見晴らしのいい高台にゆったりくつろげるカフェをつくる、自然の中を歩きながら植物や動物、地形などについてわかりやすく説明するガイドを育成する、「訪れる側の視点」で情報発信をする……など、工夫すべき点は山ほどあります。

 観光大国になるための4条件は「自然・気候・文化・食」だと言われています。日本はこの条件をすべて満たしている、世界でも稀な国なのです。中でも「自然」は、観光資源として大きなポテンシャルを秘めています。日本の国立公園が、世界中の人にとって「ワクワクするような場所」になるよう、魅力づくりのための整備を進めることが必要です。

< 今回のおさらい >

日本の「多様性に満ちた自然」は
世界有数の「観光資源」。
長期滞在したくなる魅力づくりを。

デービッド・アトキンソン

1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。2009年、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社、取締役に就任。2010年に代表取締役会長、2011年に同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ、旧習の縮図である伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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