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栗野宏文氏

ユナイテッドアローズ・
栗野宏文が考える
ファッションの
サステナビリティとは

創業メンバーとして、アパレル企業
「株式会社ユナイテッドアローズ」を立ち上げ、
ファッション業界に長く携わってきた
栗野宏文さん。
最近はファッション業界が直面する
環境問題に鋭い視点で切り込み、
向き合い方についても
積極的に発信しています。
栗野さんの考える
ファッションのサステナビリティとは何か、
お話をお聞きしました。

サステナブルファッションの軸は「愛着」。
長く大切に着ることで廃棄を減らす

ファッション産業は、製造工程におけるエネルギー使用量の多さやライフサイクルの短さなどが原因で、地球に大きな環境負荷を与えているといわれています。

「20世紀後半以降の消費社会で、ファッション業界は『流行に乗り遅れないよう、新商品を取り入れるべき』といった一種の脅迫のような形で購買を促してきましたが、その時代はもう終わらせなければなりません。買い手は、きちんと考えて作られたものなのか熟慮してから購入し、長く着続け、どうしても手放すことになった場合は、捨てるのではなく他の人に譲って着てもらう。それが環境への負荷を軽減するひとつの形ではないかと考えています」

栗野さんご自身も長く愛用しているファッションアイテムを多数お持ちで、取材当日に着用していた洋服もその一部だと話します。

「シャツは40年前に購入したもので、穴が空いても繕って大切に着続けています。コム デ ギャルソンのジャケットは、ポリエステル100%で生分解はできませんが、11年も着続けていますし、今後も廃棄しなければ、環境負荷は少ない。昨年購入したデニムのパンツは、『ヤマサワプレス』という会社が仕立てたリメイク品です。傷物や、中古で廃棄になる直前のリーバイス501(リーバイスの代表作のデニム)を大量に買い取り、まずは生地としてデニム製品に再生します。それも数年後に劣化したら反毛(はんもう)という手法で一度糸に戻してから、さまざまな製品にリメイクしています。このパンツも、私がボロボロになるまで着ても、また糸に戻してリメイクできるわけです。資源や製品を循環させて廃棄物を減らし、環境負荷を軽減する『サーキュラーエコノミー※』に近い形ですね」

※1 大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済・社会様式につながる一方通行型の線形経済ではなく、資源を持続可能な形で効率的・循環的に有効利用する循環経済のこと。

「ヤマサワプレス」が買い取った『リーバイス』501の廃棄品。

「ヤマサワプレス」が買い取った『リーバイス』501の廃棄品。

購入の決め手になったのは、単に環境にやさしいだけではなく、形の良さ、デザインに惹かれ、長く着続けたいと思ったから。

「よく『サステナブルファッション』という言葉を耳にしますが、サステナブルな洋服かどうかは着る人次第だと思います。『愛着』という言葉がありますよね。穴が空いたり擦り切れたりしても、直してずっと着続けたいと思う、それがまさに『愛着』なんです。だから私が販売の現場に立つときは、流行で商品を薦めるのではなく、今持っている洋服に合うかどうか、長く着てもらえるどうかを念頭において接客しますし、私自身が洋服を購入する際も、そこを重視しています」

環境にやさしいだけでは解決しない。
いかに魅力的な製品を作れるかが重要

現在はサステナビリティを掲げたブランドが多く台頭してきていますが、そこにフォーカスし過ぎるために洋服としての魅力が欠けるものもあると言います。

「誰かに着てもらえなければ、結局は世の中の無駄になってしまう。オーガニックコットンなど環境への負荷が少ない素材を使うとか、過剰生産をしないということももちろん大切ですが、いかに魅力的な製品を作れるかが、とても重要なんです」

そう言って見せていただいたのは、一着のシャツ。

「洋服づくりでは、どんなに合理的な裁断をしても生地が余ってしまいます。多くのブランドはやむなく捨てるのですが、このシャツはそれを縫い合わせて作られています。だから一着一着すべて表情が違う。見た目が心躍るほど素敵ですし、着てみたいと思わせる。決して安いものではありませんが、作る手間暇とこの仕上がりを考えたら納得できると思います」

栗野さんは、物を無駄にしないというコンセプトのなかに見える、デザイナーの美意識に心を動かされたそうです。

「洋服は、環境に配慮しているだけではなく、着ることでハッピーになれます。だから作り手は、愛着を持って長く着てもらえる、魅力的な製品を作らなければならない。環境にやさしいという美談だけでは何も解決しない。このシャツは、我々がやるべき仕事を可視化した、ひとつの形のようにも思えました」

端材として廃棄されがちな生地を縫い合わせた「CASEY CASEY」のシャツ。

端材として廃棄されがちな生地を縫い合わせた「CASEY CASEY」のシャツ。

若い世代に広がるサステナビリティ。
リユースやリサイクルにも注目してほしい

近年、多くの若者が環境問題に高い関心をもっているといわれています。若手デザイナーが参加するファッションコンテストの審査員を数多く務める栗野さん自身、それを実感することはあるのでしょうか。

「今は環境問題について教育の一環で教わるので、若者の洋服に対する考え方は我々の世代よりもはるかにきちんとしています。私が審査員を務めている新人デザイナーのコンペティション『FFP(ファッション・フロンティア・プログラム)』は、サステナビリティをテーマに掲げていますが、その他のコンテストでも、環境に対する意識の高さを感じることはたくさんあります。今は、かっこよければ使い捨てても良い、というようなものづくりをする若者はいないと思いますよ」

FFPは、国内外の多彩な分野の専門家が、若い才能の開花を後押ししているプログラムです。

「例えば、生分解できる素材を使うなど、製造や廃棄の工程において環境負荷を与えないことを根底に考えつつ、デザイン的にも優れている魅力的な作品が数多く出品されています。2024年にグランプリを獲得した作品は、天然繊維で織った洋服を森の中の木漏れ日で染色することで、いかに人造的なエネルギーを使わずに作るかを実践していました。そこには夢がありますよね。昨今流行りの、有名人に着てもらって大々的に広告を打つ、話題性重視の販売戦略にはないスピリットやロマンを感じます」

サステナビリティを語るうえで欠かせない「古着」も、若い世代で関心が高まっています。洋服のリユース市場は数年前から拡大し続け、今後も伸びていくと予想されていますが、栗野さんはこのような世の中の流れをどのように感じているのでしょうか。

「非常に肯定的に捉えています。古着を買ったり着たりすると、大きな気づきがあるんですよ。例えば、ハリスツイードの上着を新品で買ったら数万円しますが、古着だと数千円で買えます。着てみると、30年以上も前に作られたのに、今でも着られる『品質の良い洋服』だと気づきますし、素材、年代による型の違い、洗い方、あるいはデザイナーの特性などを調べて学ぶこともできます。食には『食育』という言葉がありますが、古着に触れることは『服育』になるわけです」

リユースやリサイクルの活動は、アパレル企業の間でも活発化していて、着なくなった洋服を買い取り、ポイント還元して、次の洋服の購入につなげるといった循環ができつつあります。

ユナイテッドアローズでは、ブランドを問わず不要となった衣料品を店舗で回収し、さまざまなかたちでリユースやリサイクルにつなげるイベント『UA RECYCLE ACTION』を不定期で開催。期間中に衣料品を店舗に持参したお客様には、店舗やオンラインストアで利用できるクーポン券を渡す取り組みを実施しているそうです。

他人にどのような影響が出るのか考えながら
自分にできる第一歩を踏み出して欲しい

栗野さんが普段の生活のなかで、環境を考えて実践していることについてお聞きしました。

「食後の洗い物は、なるべく洗剤を使わないようにしています。例えば、食器の汚れは、口やテーブルを拭いたティッシュペーパーや紙ナプキンであらかじめ拭き取り、そのあとお湯で洗えば、大抵はきれいになります。また、野菜はなるべく無農薬のものを買うようにしています。皮や葉まで安心して食べられるので、生ごみがずいぶん減ります。それでも出る生ごみは、庭に埋めています」

以前捨てたゴーヤの種が庭で芽吹き、毎年夏になると成長したツルがグリーンカーテンを作るので、冷房を使わずに済む日もあるそうです。

「なるべく洗剤を使わない、ごみを増やさない、食べ物を捨てないなど、大したことをやっているわけではありませんが、習慣化すれば違ってくるものです。他にも、買い物でビニール袋や割り箸をもらわないなど、日常でできることは山ほどあります。日頃から無駄をなくす、再利用するということを意識している人は、大量消費や大量廃棄をする人にはならないと思います」

世の中を変えるためには、まず一歩踏み出すことが重要だと語る栗野さん。最後に、どのような人が“エコジン(エコロジー+人)”だと思うかをお聞きしました。

「利他的な人、つまり自分の行為が他人や地球環境にどう影響するかをきちんと考えられる人だと思います。私個人が環境のために行っていることは小さなことですが、すべては地続きになっているもの。もし環境に対してネガティブなことをしたら、絶対に何か悪いことが起こる。ですから、想像力を働かせて行動することが大切だと思います」

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栗野宏文(くりの ひろふみ)

1953年生まれ。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当。大学卒業後の1977年からファッション業界に身を置き、1989年に現名誉会長の重松理氏らと共に株式会社ユナイテッドアローズを設立。2008年、常務取締役を退任し、現職に就任。若手ファッションデザイナーの登竜門とされる「LVMHプライズ」の外部審査員を長年務めるなど、国内外で活躍。2020年8月に初の著書『モード後の世界』(扶桑社)を刊行。2021年に、アルトルーイズム(利他心)を基本精神とするものづくりの会社HUMANOSを設立。

写真/牧野智晃
原稿/中野悦子

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