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2.TDIを巡るこれまでの経緯の概要

(1)1990年(平成2年)のWHO欧州地域事務局専門家会合

 世界保健機関(WHO)欧州地域事務局が開催した1990年(平成2年)の専門家会合は、当時得られていた知見を評価した結果、ダイオキシン類の一種である2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ジオキシン(2,3,7,8-TCDD)を用いて実施されたラットの2年間投与試験(Kocibaら,1978)の低用量で認められた体重増加抑制、肝障害などを指標とし、ラットに毒性を示さなかった投与量1ng/kg/日(無毒性量;NOAEL)に不確実係数(100)を適用し、2,3,7,8-TCDDの耐容一日摂取量(TDI)として、10pg/kg/日の値を提案した1)
 WHOがTDIの設定に用いたこの方法は、根拠とするデータの選択等について部分的な変更が加えられている場合もあるが、米国以外の各国の関係行政機関による規制値等の設定に際し、基本的な方式として取り入れられてきた。
 なお、米国環境保護庁(EPA)では、ダイオキシン類の健康影響に関して、WHOと異なる概念である実質安全量(VSD)を用いた評価を行っている2)

(2)我が国におけるTDI等の設定

 我が国においても、1996年(平成8年)、厚生省の「ダイオキシンのリスクアセスメントに関する研究班」は、WHOの算定方式に基づき、ダイオキシンの科学的知見を検討した結果、上記のラット2年間投与試験に加え、ラット三世代生殖試験において認められた子宮内死亡、同腹児数の減少、生後の体重増加抑制などから、無毒性量を 1 ng/kg/日と判断し、不確実係数(100)を適用することにより、当面のTDIを、2,3,7,8-TCDDとして、10pg/kg/日と提案した3)
 また、1997年(平成9年)、環境庁の「ダイオキシンリスク評価検討会」は、Kocibaらのデータを根拠とするWHOの算定方式を採用しながらも、算定に当たってアカゲザルの試験データを勘案し、ダイオキシン類の健康リスク評価指針値(ダイオキシン類に係る環境保全対策を講ずるに当たっての目安となる値であり、ヒトの健康を維持するための許容限度としてではなく、より積極的に維持されることが望ましい水準としてヒトの暴露量を評価するために用いる値)を、5 pg/kg/日とした4)

(3)1998年(平成10年)のWHO専門家会合における見直し

 ダイオキシンの健康影響については、1990年(平成2年)以降においても、国際的に様々な調査研究が実施・継続されてきた。このため、WHO欧州地域事務局及び国際化学物質安全性計画(IPCS)は、1990年以降集積された新しい科学的知見に基づきTDIを見直すため、1998年(平成10年)5月、専門家会合をジュネーブ(スイス)にて開催した。本会合では、ダイオキシンに関する発がん性及び非発がん性の影響、小児への影響、体内動態、作用メカニズム、ダイオキシンによる暴露状況など広範な分野について、新しい科学的知見をもとに議論が行われた。
 その結果、毒性試験の結果をヒトにあてはめるに当たって、投与量を直接用いるのではなく、体内負荷量(body burden )に換算してあてはめる考え方を導入した。その上で、最も低い体内負荷量で毒性がみられた毒性試験の結果に基づいて算定した数値をヒトの最小毒性量とみなし、この値に不確実係数(10)を適用し、TDIを1~4pgTEQ/kg/日とした。
 WHOの最終報告書概要によれば、現在の先進国における暴露状況が、2~6pgTEQ/kg/日のレベルであると述べた上で、この暴露レベルにおいても微細な影響は生じているかもしれないが、現時点では明確な毒性影響の発現は報告されておらず、また、観察されている影響についても他の化学物質の影響が否定できないことから、1~4 pgTEQ/kg/日が当面の耐容できる値であると考察している。その上で、結論として、4 pgTEQ/kg/日を当面の最大耐容摂取量( maximal tolerable intake on a provisional basis )とし、究極的には摂取量が1 pgTEQ/kg/日未満となるよう努めるべき、と記されている。


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