環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第2章>第6節 ビジネスと適応 -企業の取組-

第6節 ビジネスと適応 -企業の取組-

1 ビジネス環境の変化

(1)気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言

気候変動に伴う物理的影響や低炭素経済への移行に伴う変化は、企業にとって大きなリスクとなる可能性がある一方で、気候変動の緩和と適応に重点を置く企業にとっては重要な機会を創出する可能性があります。2017年6月に、金融安定理事会の下に設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、企業が気候関連リスクと機会に関する「ガバナンス」や「戦略」、気候関連リスクの「リスクマネジメント」及び「測定基準(指標)とターゲット」という4つの要素で気候関連のリスクや機会が企業に与える財務的影響を適切に開示することを促す提言を公表しました。企業が気候関連財務情報を開示することは、投資家等による気候関連のリスクと機会の適切な評価の基盤を提供するほか、企業と投資家等が気候関連事項に関して建設的な対話(エンゲージメント)を進める上でも重要です。

(2)ビジネスを取り巻く国内外の動向

2018年の「平成30年7月豪雨」や台風第21号は、民間企業にも操業停止や建物の破損、断水など様々な影響を与えました。民間企業への影響は被災地にとどまらず、サプライチェーンの寸断等によって全国各地に広がりました。将来、気候変動によってこのような豪雨や台風、猛暑等のリスクが更に高まることが予想されています。

先進的な取組を行っている英国では、電力や水道、鉄道など公共的な事業を行う企業に対して、事業活動における気候変動影響を分析し計画的に対策を行うことを求めているため、積極的に「適応」に取り組む企業が多く、また、企業の気候変動適応を推進するためのガイドブックや参考資料等も充実しています。

一方、我が国では、企業の気候変動適応の取組は始まったばかりで、適応の取組に対する認識があまり進んでいません。しかし、企業はこれまでも防災の取組やサプライチェーンマネジメントなど、日々の事業活動の中で気候変動適応に資する活動を行ってきています。これらの取組に、現在又は将来の気候変動リスクを加味した対策を加えていくことで、事業の持続可能性を高めることが可能となります。

気候変動適応はリスク対応のみならず、適応の取組に資する製品やサービスを売り出すことで、新たな事業機会を創出する「適応ビジネス」の取組も広がっています。

WMOが2017年に発表した報告書によると、2017年の気象及び気候関連の災害による被害額は3,200億ドルとの試算結果が出ており、また、国連環境計画(UNEP)が2016年に発表した報告書では、2050年の開発途上国の適応に係る費用は最大5,000億ドルとの推計結果が出ています。気候変動適応に戦略的に取り組むことは、事業の持続可能性を高める上で必要不可欠であることはもとより、顧客や投資家等からの信頼を高めることや新たな事業機会を創出することなど、企業の競争力を向上する観点からも重要と考えられます。

2 リスクマネジメントのための適応

気候変動適応計画において、企業は、自らの事業活動を円滑に実施するため、その事業活動の内容に即した気候変動適応を推進するよう努めるとされ、また、企業は国及び地方公共団体の気候変動適応に関する施策に協力することが期待されるとされています。

気候変動は様々な形で企業の事業活動に影響を及ぼします。これまでに経験していない規模の洪水や干ばつ等によって被災したり、停電、断水等の影響を直接受ける場合や、2011年のタイの洪水のように、海外の生産拠点やサプライチェーンを通じて間接的に影響を受けることも懸念されます。また、熱波や感染症の流行は、従業員の労働環境に影響を及ぼす可能性があります。

さらに、気温や海水温の上昇や、海水面の上昇のように緩やかに変化する気候による影響も考えられます。例えば、食品を扱う企業では、原材料となる農作物への気候変動影響により、十分な量の原材料を将来にわたって継続的に調達することができなくなる可能性もあります。そのため、企業は気候変動が事業活動に及ぼすリスクやその対応について理解を深め、事業活動の内容に即した気候変動適応を推進することが重要です。

環境省では、気候変動の事業活動への影響についての理解を深め、企業の戦略的な適応取組を促進することを目的としたガイドを作成しました。また、気候変動適応情報プラットフォームにおいて、気候変動に関する参考資料や国内外での取組事例を紹介しています。今後は、セミナー等の機会を通じて、企業の気候変動適応の取組の重要性に対する理解を促進していくこととしています。

事例:「バイオサイクル」で持続可能な農業に貢献(味の素グループ)

農業が基幹産業である多くの開発途上国においては、気候変動の影響で耕作可能な農地が減少し、穀物生産量が減少することが懸念されています。

味の素グループでは、資源循環型生産モデル「バイオサイクル」を運用することで、農産物の品質改善と収穫量増加による収益性の向上を可能とし、さらに、化学肥料(窒素分)の利用削減、製造部門のCO2排出量削減、また生産過程の廃棄物縮減を実現しています。

バイオサイクルとは、農産物から低資源利用発酵技術(先端のバイオ技術を活用し、糖等の原料の利用量や排水量を削減する低資源の循環発酵技術)でアミノ酸を取り出した後に残る栄養豊富な副産物であるコプロを、肥料や飼料として地域内で99%有効利用する地域循環の仕組みです。

同グループでは、アミノ酸原料を地域で安定的に調達するために1960年代からバイオサイクルを世界各地の工場で実践しており、世界最大規模のブラジル工場においても、進出した操業開始の頃から導入しています。農業大国であるブラジルでは、肥料の使用が慣習化しコプロを肥料として販売できる十分な国内需要があったこと、現地に根付いたビジネス展開を行ったことで単なる資源循環を超えて生産物、副産物、雇用、消費、生活など様々な角度から地域全体にメリットを生むシステムとなったことが、バイオサイクルの定着に貢献しました。

現在ブラジル工場では、製糖工場から購入した糖蜜からアミノ酸を生産する過程で生じたコプロを有機肥料に加工して、地域農家に販売してサトウキビ畑やブドウ畑に還元することで、サトウキビやブドウが再び生育する資源循環が繰り返されています。また、2012年にはバイオマスボイラーを導入し、搾りかす(バガス)を燃料とする「燃料のバイオサイクル」へと取組を拡大し、2014年には工場で使うエネルギーの約40%をバイオマス燃料で安定調達するなど、バイオサイクルのエネルギー部門への拡大を推進しています。

バイオサイクルの概要

コラム:自立分散型エネルギー供給拠点の防災機能(株式会社北海道熱供給公社)

札幌市においては、暖房用の石炭等の燃焼によるばい煙発生の解消のため、1972年の冬季オリンピック開催を契機に、株式会社北海道熱供給公社が札幌駅周辺地区で地域熱供給を行っています。現在では、札幌駅の南側の地区を中心に、北海道庁や札幌市本庁舎といった公的機関を含む約106haの区域で冷熱・温熱の供給を行っています。同地区に5つあるエネルギーセンター(EC)のうち、2018年10月にグランドオープンした複合施設「さっぽろ創世スクエア」の地下に建設された創世EC(2018年4月供給開始)では、天然ガスコジェネレーションシステムの導入により、熱電併給による平常時の低炭素化と、非常時のエネルギー供給による強靱(じん)化が図られています。

2018年9月6日午前3時7分、北海道胆振地方中東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し(北海道胆振東部地震)、この地震によって北海道全域で大規模な停電が発生しました。この停電では、一時北海道全域の約295万戸が停電し、190万人以上の人口を抱える札幌市においても停電の影響が及びました。

この停電に際し、さっぽろ創世スクエアでは、停電後に建物の非常用発電機が起動し建物内の保安系統へ電源が供給され、当ECのコージェネレーションからは、建物内の空調設備へ電源を供給するとともにEC内の熱源機器を稼働させ冷水等の供給を行ったほか、札幌市本庁舎へも冷水供給が行われました。これによりさっぽろ創世スクエア内の札幌市民交流プラザは、観光客や出張者等の帰宅困難者への対応として、地震発生日の9月6日には約400名、9月7日には約130名の宿泊者を収容し、充電スペースの開放やテレビの設置を行うなど、災害時のエネルギー供給拠点としてだけでなく、被災者のための施設としてもその機能を発揮しました。この一件によって、建築計画時点での設計・想定の重要性が再確認されたのみならず、行政や民間事業者の連携が重要であること、建物の保有する設備や燃料の有無・長短によって建物の対応に格差が発生することなど、今後に向けて様々な教訓が得られました。

さっぽろ創世スクエアでの対応は、地震に伴う停電への防災機能が有効に発揮された事例として注目されていますが、気候変動の影響により気象災害リスクの増加も予測される中、都市機能の強靱(じん)化は各都市とも喫緊の課題であり、災害に強いまちづくりの参考となる事例として他の地域からも注目されています。

さっぽろ創世スクエア
さっぽろ創世スクエアにおける震災時の対応

3 ビジネス機会としての適応

気候変動適応計画において、気候変動適応の推進は、適応に関する技術・製品・サービスの提供など、新たな事業活動(適応ビジネス)の機会を提供することから、こうした適応ビジネスに携わる企業は、適応ビジネスを国内外に展開することを通じて、国、地方公共団体、国民、他の企業及び開発途上国をはじめとする諸外国における気候変動適応の推進を支援することが期待されるとされています。

適応ビジネスは、他者の適応を促進する製品やサービスを展開する取組であり、災害の検知・予測システム、暑熱対策技術・製品、節水・雨水利用技術等が挙げられます。我が国でも一部の企業で取組が始まっており、衛星画像や航空写真等を組み合わせて、農作物の生育状況をリアルタイムに分析・把握する営農支援の技術や、稲作農家を対象とした「天候インデックス保険」等のサービスが海外を中心に展開されています。

環境省では、企業の適応ビジネスを促進するため、国内の情報基盤である気候変動適応情報プラットフォームや国際的な情報基盤であるAP-PLATも活用しつつ、企業の有する気候変動適応に関連する技術・製品・サービス等の優良事例を発掘し、国内外に積極的に情報提供することで、その普及を図ることとしています。

事例:次世代型の農業技術と経営システムによる適応(ファームドゥグループ)

農業を営むには、気候の変化を捉え、気象に係る環境の変化に対して取組、健全な経営ができる栽培システムが必要となり、これらは農業の現場で長年取り組んできた課題でもあります。また、極端な気象現象が起き、栽培施設や農作物が被害を被ってしまった場合に、それらに対応できる財務基盤を強化しておくことは、気候変動への適応力強化の取組といえます。

ファームドゥグループでは、新しい農業の形として、耕作放棄地や遊休地を再生して先進的な農業生産と太陽光発電を同時に行う事業に取り組み、作物の多収化及び売電収入による農家の所得向上システムを展開しています。

同社は、ハウスの屋根部に、栽培に十分な太陽光が農作物に降り注ぐよう、独自の透過性太陽光パネルを敷設し、農業と発電を同時に行う「ソーラーファーム」のシステムを導入しています。このシステムは、農作物により透過率を変え、受光率調整をはじめ、温度や水分・肥料管理をIoTによる自動環境制御で行っています。また、気候の影響を自動管理する栽培システムも活用し、大きくは気象に依存しない環境制御型の農業を実現しています。農家の収入がダブルインカムとなることで、農家の財務基盤の強化に貢献できます。既にこのシステムの一部は、モンゴル等への海外展開を実現しています。

ソーラーファームシステムの構造、ソーラーファームハウス養液型高設栽培の様子

事例:金融商品で気候リスクをヘッジ(国内損害保険各社)

保険やデリバティブ等の金融商品によってリスクをヘッジするという手法は、株式や為替、天然資源など、様々な商品の取引において広く活用されています。近年は、気候変動の影響に備えた金融商品の開発が進み、様々な内容のものが取り扱われています。

例えば、天候デリバティブは、保険ではなく、気候変動の影響を受けやすい法人の天候リスク回避のための金融商品で、国内の損害保険会社各社が商品化しています。これは、契約時に所定のプレミアム(契約料)を支払い、あらかじめ契約で定められた気象に関する対象指標(気温、降水量、降雪量等の気象に関する指標)の変動のみに基づき、決済金の支払い有無と額が決まる仕組みです。この商品は、契約者が被った被害額等について調査が不要なため、比較的短期間で決済金が支払われます。

降水日数を例に取ると、2011年度の場合、観測期間中の降水日数は12日で、6日が契約時に定められた条件値であるストライク値だとすると、上回った6日間分に1日当たりの決済金支払い額を乗じた額が、決済金となり支払われます。テーマパークやゴルフ場、スキー場といった気象変動の影響を受けやすいレジャー施設が、降雨、台風、降雪、少雨等により収益が減少するリスクのヘッジや小売りや飲食企業が降雨や台風、降雪等により収益が減少するリスクのヘッジに利用できます。

実例として、東京海上日動火災保険株式会社では、少雪時における除雪事業者の経営安定化に資する新たな対策として天候デリバティブの提案を行っています。除雪事業者によっては、現場の降雪状況や経験を基に、国土交通省からの待機指示を上回って人員を確保・待機させて除雪事業に備えている場合があります。

これは、除雪事業が国民生活や企業活動に大きく影響すること、すなわち除雪事業者が地域交通の機能維持に社会的な責任を負っていることに起因しますが、降雪が少ない年(少雪年)には事業者負担が多くなり、事業単位では赤字に陥る可能性があります。この結果、少雪年が長く続くと、「除雪事業は採算が合わない」として応札を見送ることにつながり、事実一部の自治体では実際に入札不調が発生しています。

使命感の強い「地域の守り手」を確保し、地域の安全を守るという観点から、天候デリバティブに期待される役割は大きなものとなっています。実際にデリバティブ契約に加入していただいた除雪事業者からは「少雪の時の不安軽減の一助になったので、非常に感謝している」や「利益平準化のためには有効な手段である」といった旨の意見があり、除雪事業者が抱えるリスクの軽減及び安定的な事業運営に貢献しています。

天候デリバティブの支払いイメージ、除雪作業状況(高岡市六家地先)

また、SOMPOホールディングスグループでは、2007年から国際協力銀行等とともに気候変動に対するリスクファイナンス手法の研究を進め、2010年からタイの農業協同組合銀行と連携し、稲作農家を対象とした天候インデックス保険を販売しています。天候インデックス保険とは、気候や降水量など損害と関係がある天候指標を定め、それが事前に定めた条件を満たした場合に、実際の損害額調査を要せずに定額の保険金が支払われる保険です。

通常の実損てん補式損害保険と比較して早期の保険金受取が可能で、保険の設計、補償内容がシンプルであることが特徴として挙げられます。保険金支払いの迅速性、有無責のわかりやすさ、モラルリスクの排除の観点からも、新興国の小規模農家により有効な内容であると評価されています。

農業は気候変動の影響を受けやすい産業の一つに挙げられますが、東南アジアでは、農業生産額がGDPに占める割合や農村人口の割合が高く、農業経営の不確実性への対応策が必要です。同グループは、2019年2月からタイの主要農作物であるロンガンを栽培する農家向けに天候インデックス保険の販売を開始し、ロンガン農家の経営安定の一助となっています。

「天候インデックス保険」商品開発に向けた地域社会との対話、農業の風景

事例:SEKISUI Safe & Sound Project「あさかリードタウン」(積水化学工業株式会社)

積水化学工業株式会社は、「Safe & Sound:安心・安全で、環境にやさしく、サステナブルなまち」をコンセプトに、同社の工場跡地のある埼玉県朝霞市において、新たなまち「あさかリードタウン」の整備を行っています。

ここでは、住民が安心・安全に暮らしていくためのまちづくり、住まいづくりを目指し、見えるところ(地上)だけでなく、見えないところ(地下)までしっかりと基盤を整備しています。具体的には、地上部分においては、水道配管を活用した飲料水貯留システムやフィルム型リチウムイオン電池を備えた地震に強く高耐久・高性能な工業化住宅を配置しています。また、街区には自然環境と生態系の保全に配慮した豊富な植栽を施し、高強度の再生材デッキや木陰を作るフラクタル日よけ、災害時に活用できるベンチかまど等を設けています。また、地下部分においては、耐震・耐久に優れたガス管、下水管の設置や電線の地中化、更にはゲリラ豪雨対策として雨水貯留管「エスロンRCP」や雨水貯留システム「クロスウェーブ」を埋設するなど、強靱(じん)なインフラを整備しており、これらを通じて、日々の生活の快適性の向上だけでなく、防災機能も考慮したまちづくりを行っています。

さらに、あさかリードタウンでは、各住戸や各分譲地内に設置するスマートセンサーやスマート街灯等のIoTデバイス、センシングデバイスを用いて街の防犯防災情報の一括管理や回覧板の電子化を行うスマートタウンマネジメントを提供する予定です。2020年のまちびらきに向けて、社会課題の解決を目指すサステナブルなまちづくりが進められています。

あさかリードタウン完成イメージ、雨水貯留管「エスロンRCP」埋設風景