第2章 大気環境の保全(地球規模の大気環境を除く)


第1節 大気環境の現状


1 酸性雨

(1)問題の概要
 酸性雨により、湖沼や河川の酸性化による魚類等への影響、土壌の酸性化による森林への影響、建造物や文化財への影響等が懸念されています。酸性雨が早くから問題となっている欧米では、酸性雨によると考えられる湖沼の酸性化や森林の衰退等が報告されています。
 酸性雨は、原因物質の発生源から数千kmも離れた地域にも影響を及ぼす性質があり、国境を越えた広域的な現象です。欧米諸国では酸性雨による影響を防止するため、1979年に長距離越境大気汚染条約を締結し、関係国が共同で酸性雨のモニタリングを行うとともに、硫黄酸化物、窒素酸化物等の酸性雨原因物質の削減を進めています。また、2002年のヨハネスブルグ・サミットで採択された実施計画においても、国際的、地域的、国家的レベルでの協力の強化が求められています。

(2)酸性雨対策調査結果
 日本では、昭和58年度から酸性雨のモニタリングやその影響に関する調査研究を実施しており、平成16年6月に昭和58年度から平成14年度までの計20年の調査結果が取りまとめられました。その概要は、次のとおりです。
1) 全国的に欧米並みの酸性雨が観測されており(全平均値pH4.77)、また、日本海側の地域では大陸に由来した汚染物質の流入が示唆された。
2) 現時点では、酸性雨による植生衰退等の生態系被害や土壌の酸性化は認められなかった。
3) 酸性雨に対し生態系が脆弱であると考えられる岐阜県伊自良湖等への流入河川や周辺土壌において、pHの低下等酸性雨の影響が疑われる理化学性の変化が認められた。ただし、これらの変化はいずれも直ちに人の健康並びに流域の植物及び水生生物等の生態に何らかの影響を及ぼすレベルにはない。
 なお、最近の降水のpHは図2-1-1のとおりです。


図2-1-1 降水中のpH分布図


 このように、日本における酸性雨による影響は現時点では明らかになっていませんが、一般に酸性雨による影響は長い期間を経て現れると考えられているため、現在のような酸性雨が今後も降り続けば、将来、酸性雨による影響が顕在化するおそれがあります。

2 光化学オキシダント

(1)問題の概要
 光化学オキシダントは、工場・事業場や自動車から排出される窒素酸化物(NOx)や揮発性有機化合物(VOC)を主体とする一次汚染物質が太陽光線の照射を受けて光化学反応により二次的に生成されるオゾンなどの総称で、いわゆる光化学スモッグの原因となっている物質です。強い酸化力を持ち、高濃度では眼やのどへの刺激や呼吸器に影響を及ぼすおそれがあり、農作物などにも影響を与えます。

(2)光化学オキシダントによる大気汚染の状況
 ア 環境基準の達成状況
 平成15年度の光化学オキシダントの測定局は、一般環境大気測定局(以下「一般局」という。)は671市町村、1,166局で、自動車排出ガス測定局(以下「自排局」という。)は25市町村、27局です。
 光化学オキシダントに係る環境基準(1時間値が0.06ppm以下であること)の達成状況は、極めて低く、一般局と自排局を合わせて、昼間(午前5時〜午後8時)に環境基準を達成した測定局及び1時間値の最高値が0.12ppm(光化学オキシダント注意報レベル)未満であった測定局数は、図2-1-2のとおりです。


図2-1-2 光化学オキシダント濃度レベル毎の測定局数の推移(一般局と自排局の合計)(平成11年度〜15年度)


 イ 光化学オキシダント注意報等の発令状況等
 平成16年の光化学オキシダント注意報の発令延べ日数(都道府県を一つの単位として注意報等の発令日数を集計したもの)は189日(22都府県)で、15年の108日(19都府県)と比べ、約75%増加しました(図2-1-3)。その発令延日数を月別にみると、7月が最も多く88日、次いで8月が38日でした。また、光化学大気汚染によると思われる被害届出人数(自覚症状による自主的な届出による。)は393人でした。


図2-1-3 注意報等発令延べ日数、被害届出人数の推移(平成7年度〜16年度)


 地域ブロック別に注意報の発令延日数をみると、関東ブロックで125日となっており、全体の約66%を占めています(図2-1-4)。


図2-1-4 平成16年の各都道府県の注意報等発令延べ日数


 ウ 非メタン炭化水素の測定結果
 昭和51年8月中央公害対策審議会から「光化学オキシダントの生成防止のための大気中の炭化水素濃度の指針について」が答申され、炭化水素の測定については非メタン炭化水素を測定することとし、光化学オキシダントの環境基準である1時間値の0.06ppmに対応する非メタン炭化水素の濃度は、午前6〜9時の3時間平均値が0.20〜0.31ppmC(成分ごとに炭素原子数をかけて合算したppm値に相当)の範囲にあるとされています。
 平成15年度の非メタン炭化水素の有効測定局数は、229市町村322の一般局と、133市町村185の自排局でした。昭和53年度から継続して測定を行っている6一般局と6自排局の午前6〜9時における年平均値の経年変化は図2-1-5のとおりです。


図2-1-5 継続測定局における非メタン炭化水素の午前6〜9時における年平均値の経年変化(平成11年度〜15年度)


3 窒素酸化物

(1)問題の概要
 一酸化窒素(NO)、二酸化窒素(NO2)等の窒素酸化物(NOx)は、主に物の燃焼に伴って発生し、その主な発生源は工場等の固定発生源と自動車等の移動発生源があります。NOxは光化学オキシダント、浮遊粒子状物質、酸性雨の原因物質となり、特にNO2は高濃度で呼吸器を刺激し、好ましくない影響を及ぼすおそれがあります。

(2)二酸化窒素による大気汚染の状況
 平成15年度の二酸化窒素に係る有効測定局(年間測定時間が6,000時間以上の測定局をいう。以下同じ。)数は、一般局734市町村1,454測定局、自排局262市町村426測定局です。年平均値の平均値は、一般局0.016ppm、自排局0.029ppmで、図2-1-6に推移を示したとおりほぼ横ばいの傾向にあります。


図2-1-6 二酸化窒素濃度の年平均の推移(昭和45年度〜平成15年度)


 環境基準の達成状況の推移は、図2-1-7のとおりで15年度は、一般局99.9%、自排局85.7%で、前年度と比較すると、一般局、自排局共にやや改善しています。


図2-1-7 二酸化窒素の環境基準達成状況の推移(平成11年度〜15年度)


 また、平成15年度に環境基準が達成されなかった測定局の分布をみると、一般局については東京都に分布しており、自排局については自動車から排出される窒素酸化物及び粒子状物質の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(平成4年法律第70号。以下「自動車NOx・PM法」という。)の対策地域を有する都府県(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、三重県、大阪府及び兵庫県)に加え、静岡県、岡山県、広島県、山口県、福岡県、長崎県の各6県にも分布しています(図2-1-8)。


図2-1-8 平成15年度二酸化窒素の環境基準達成状況


 自動車NOx・PM法に基づく対策地域全体における環境基準達成局の割合は、平成15年度には76.4%(自排局)と近年改善傾向がみられます(図2-1-9)。また、年平均値は近年ほぼ横ばいの状況にあります(図2-1-10)。



図2-1-9 対策地域における二酸化窒素の環境基準達成状況の推移(自排局)(平成6年度〜15年度)

図2-1-10 対策地域における二酸化窒素濃度の年平均値の推移(平成6年度〜15年度)


4 粒子状物質

(1)問題の概要
 大気中の粒子状物質は「降下ばいじん」と「浮遊粉じん」に大別され、さらに浮遊粉じんは、環境基準の設定されている浮遊粒子状物質とそれ以外に区別されます。浮遊粒子状物質は微小なため大気中に長時間滞留し、肺や気管等に沈着して高濃度で呼吸器に悪影響を及ぼすおそれがあります。浮遊粒子状物質には、発生源から直接大気中に放出される一次粒子と、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、揮発性有機化合物(VOC)等のガス状物質が大気中で粒子状物質に変化する二次生成粒子があります。一次粒子の発生源には、工場等から排出されるばいじんやディーゼル排気粒子(DEP)等の人為的発生源と、黄砂や土壌の巻き上げ等の自然発生源があります。

(2)浮遊粒子状物質による大気汚染の状況
 平成15年度の浮遊粒子状物質に係る有効測定局数は、一般局738市町村1,520測定局、自排局248市町村390測定局でした。年平均値の平均値は、一般局0.026mg/m3、自排局0.033mg/m3で、図2-1-11に推移を示したとおり前年度に比べて改善し、近年ほぼ横ばいからゆるやかな減少傾向がみられます。


図2-1-11 浮遊粒子状物質濃度の年平均値の推移(昭和49年度〜平成15年度)


 長期的評価に基づく浮遊粒子状物質に係る環境基準の達成率の推移は図2-1-12のとおりであり、平成15年度は、一般局92.8%、自排局77.2%と前年度に比べていずれも改善しています。環境基準を達成していない測定局は全国20都府県に分布しています。


図2-1-12 浮遊粒子状物質の環境基準達成状況の推移(平成11年度〜15年度)


5 硫黄酸化物

 平成15年度の二酸化硫黄(SO2)に係る有効測定局数は、一般局643市町村1,395測定局、自排局77市町村92測定局でした。年平均値の平均値は、一般局、自排局共に0.004ppmで、図2-1-13のとおり近年横ばい傾向にあります。


図2-1-13 二酸化硫黄濃度の年平均値の推移(昭和45年度〜平成15年度)


 長期的評価に基づく二酸化硫黄に係る環境基準の達成率の推移は表2-1-1のとおりで、平成15年度は、一般局99.7%、自排局100%と近年良好な状態が続いています。


表2-1-1 二酸化硫黄の環境基準達成状況(長期評価)(平成11年度〜15年度)


6 一酸化炭素

 平成15年度の一酸化炭素(CO)に係る有効測定局数は、一般局86市町村99測定局、自排局205市町村302測定局でした。年平均値の推移は図2-1-14のとおりであり、一般局0.4ppm、自排局0.7ppmと近年漸減傾向にあります。


図2-1-14 一酸化炭素濃度の年平均値の推移(昭和45年度〜平成15年)


 平成15年度においては、前年度に引き続き、一般局、自排局ともすべての測定局において環境基準を達成しています。

7 有害大気汚染物質

 近年、低濃度ながら、多様な化学物質が大気中から検出されていることから、これらの有害大気汚染物質の長期暴露による健康影響が懸念されています。
 平成15年度に環境省及び地方公共団体等が実施した有害大気汚染物質のモニタリング結果によると、環境基準の設定されている物質に係る測定結果は表2-1-2のとおりでした(ダイオキシン類に係る測定結果については第5章参照)。

表2-1-2 有害大気汚染物質のうち環境基準の設定されている物質の調査結果(平成15年度)


 また、環境中の有害大気汚染物質による健康リスクの低減を図るための指針となる数値(指針値)が設定されている物質のうち、ニッケル化合物については、大気環境中濃度が指針値(25ngNi/m3)を超過した測定地点の割合は2.6%で、全測定点での平均濃度は低下傾向でした。また、アクリロニトリル、塩化ビニルモノマー、水銀及びその化合物については、すべての地点で指針値(それぞれ、2ug/m3、10ug/m3、及び40 ngHg/m3)を下回っていました。

8 騒音・振動

 騒音に係る環境基準(平成10年環境庁告示)は、地域の類型及び時間の区分ごとに設定されており、類型指定は、平成15年度末現在、47都道府県の674市、999町、113村、23特別区において行われています。また環境基準達成状況の評価は、「個別の住居等が影響を受ける騒音レベルによることを基本」とされ、一般地域(地点)と道路に面する地域(住居等)別に行うこととされています。
 また、航空機・鉄道の騒音・振動については、その特性に応じて、別途環境基準又は指針が設定されています。航空機騒音・新幹線鉄道騒音に係る環境基準については、地域の類型ごとに設定されており、平成14年度末現在で、航空機騒音については33都道府県、63飛行場周辺において、新幹線鉄道騒音については25都府県において類型の指定が行われています。

(1)問題の概要
 騒音・振動は、その発生源の周辺地域に限定的に存在する物理現象ですが、人の活動する範囲で広く存在するため、工場・事業場、建設作業や自動車、航空機、鉄道等の交通による騒音・振動が及ぼす影響から生活環境を保全することは大きな課題となっています。
 騒音苦情の件数はここ数年徐々に増加しており、平成15年度は15,928件でした(図2-1-15)。発生源別にみると、工場・事業場に係る騒音苦情の割合が33.5%を占め、次いで建設作業騒音に係る苦情の割合が27.0%を占めています。また、近年では、低周波音も大きな問題となっています。


図2-1-15 騒音・振動・悪臭に係る苦情件数の推移(昭和49年度〜平成15年度)


 また、振動の苦情件数は、平成15年度は2,608件でした。発生源別にみると、建設作業振動に対する苦情件数が最も多く、工場・事業場振動に係るものがそれに次いでおり、苦情原因として依然大きな割合を占めています。

(2)騒音・振動の状況
 平成15年度の一般地域における騒音の環境基準の達成状況は、全測定地点で72.5%、地域の騒音状況を代表する地点で72.9%、騒音に係る問題を生じやすい地点等で70.9%となっています。
 平成15年度の道路に面する地域における騒音の環境基準の達成状況は、自動車騒音の常時監視結果によると、全国2,395千戸の住居等を対象に行った評価では、昼夜とも環境基準を達成したのは1,933千戸(80.7%)でした(図2-1-16)。このうち、幹線交通を担う道路に近接する空間にある1,016千戸のうち環境基準を達成した住居等は709千戸(69.8%)でした。この状況は、GIS(地図情報システム)を活用し、「全国自動車交通騒音マップ(環境GIS 自動車交通騒音実態調査報告)」として、インターネット上で一般に公開しています(http://www-gis.nies.go.jp/noise/car/)。


図2-1-16 平成15年度 道路に面する地域における環境基準の達成状況


 航空機騒音問題については、防衛施設5飛行場において、夜間の発着禁止、損害賠償等を求める訴訟が提起されています。航空機騒音に係る環境基準の達成状況は、全般的に改善の傾向にあるものの、ここ数年は横ばいとなっており、平成14年度においては測定地点の約71%の地点で達成しました(図2-1-17)。


図2-1-17 航空機騒音に係る環境基準の達成状況(平成10年度〜14年度)


 新幹線鉄道騒音については、平成14年度までに、東海道・山陽新幹線及び東北・上越新幹線沿線については、主に住居地域を中心におおむね75デシベル以下が達成されましたが、一部の地域で75デシベルを達成していない地域が残されています。また、北陸新幹線高崎・長野間については、測定地点の46%の地点、東北新幹線盛岡・八戸間については、測定地点の78%の地点で環境基準が達成されました。新幹線鉄道振動については、振動対策指針値はおおむね達成されています。

9 悪臭

 悪臭苦情の件数は昭和47年度をピークにおおむね減少傾向にありましたが、ここ数年は増加傾向にあります。平成15年度の悪臭苦情件数は過去最高の24,587件でした(図2-1-15)。発生源別にみると、畜産農業や化学工場など、かつて問題となっていた業種に係る苦情件数は近年横ばいで推移していますが、9年度以降、野外焼却に係る苦情が急激に増加しています。


図2-1-15 騒音・振動・悪臭に係る苦情件数推移(昭和49年度〜平成15年度)


10 その他の大気に係る生活環境の現状


(1)ヒートアイランド現象
 都市部の気温が郊外に比べて高くなるヒートアイランド現象が大都市を中心に生じています(図2-1-18)。この現象により、夏季においては、熱帯夜の出現日数が増加していることに加え、冷房等による排熱が気温を上昇させることにより、さらなる冷房のためのエネルギー消費が生ずるという悪循環が発生しています。また、夏季の光化学オキシダントや冬季の窒素酸化物(NOx)による大気汚染の助長との関連性も指摘されています。


図2-1-18 東京地域の高温域の分布(1981年、1999年)


(2)光害(ひかりがい)
 不適切な夜間照明の使用から生じる光は、人間の諸活動や動植物の生育に悪影響を及ぼすことがあります。また、夜間の屋外照明は安全確保や防犯のために不可欠ですが、過度の屋外照明はエネルギーの浪費であり、地球温暖化の原因にもなります。


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