海洋生物多様性保全戦略


環境省保全戦略トップ海洋生物多様性保全戦略目次第1章 背景

第1章 背景

 海洋の生物多様性と持続可能な利用を推進していくための基盤として、国際的には、海洋分野における国家の権利義務関係を包括的に定める「海洋法に関する国際連合条約 (国連海洋法条約) 」が1982年に作成され、1994年に発効している。我が国も関連国内法を整備した上で、これを世界で94番目に批准しており、1996年7月20日(海の日、当時)に国内で効力が発生している。

 「海の憲法」とも呼ばれるこの条約は、前文において「海洋の諸問題が相互に密接な関連を有し及び全体として検討される必要があること」を認識した上で、国際交通の促進、海洋の平和的利用、海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全の促進を目標に掲げている。

 国連海洋法条約は17部320カ条の本文と9つの附属書からなる。このうち「海洋環境の保護及び保全」と題する第12部では、冒頭で「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」(第192条)と宣言し、排他的経済水域を含む海洋の環境を保護することが国家の一般的な義務であることを確認したほか、海洋環境の保護及び保全に係る詳細な規定を置いている。生物多様性の保全の観点からは194条5に、海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置には「希少又はぜい弱な生態系及び減少しており、脅威にさらされており又は絶滅のおそれのある種その他の海洋生物の生息地を保護し及び保全するために必要な措置を含める」という規定があるが、そのための具体的な措置などについては定められておらず、各国に委ねられている。
また、1980年代に世界規模の種の絶滅の進行や人類存続に欠かせない生物資源の喪失等への危機感が高まり、1992年の国連環境開発会議(地球サミット)にあわせて「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」が採択された。同条約の目的には「生物多様性の保全」、「その構成要素の持続可能な利用」及び「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」が掲げられている。我が国は1993年5月に18番目の締約国として締結し、条約は同年12月に発効した。

 2002年の同条約の第6回締約国会議(CBD-COP6)において「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」とする目標(2010年目標)が合意されたが、達成することができず、2010年に我が国で開催された第10回締約国会議(CBD-COP10)で、2011年以降の新たな目標(戦略計画2011-2020(愛知目標))が決定し、今後進むべき道が明確にされた。戦略計画2011-2020(愛知目標)には20の個別目標があり、そのほとんどが海域の生物多様性にも関連するが、特に関連が深いものとして、全ての魚類、無脊椎動物の資源と水生植物の持続可能な管理及び採捕(目標6)、サンゴ礁その他の気候変動や海洋酸性化に脆弱な生態系への人為的圧力の最小化(目標10)、生物多様性と生態系サービスのために特に重要な区域を含む沿岸及び海域の少なくとも10%の保護地域システムやその他の効果的管理による保全(目標11)などが設定された。
生物多様性条約の締約国会議では、この他にも分野別課題のひとつとして、1995年に開催された第2回締約国会議(COP2)で採択された「海洋及び沿岸の生物多様性」に関する決定(決定Ⅱ/10;通称「ジャカルタ・マンデート」)以降、海洋の生物多様性に関する様々な案件についての議論がなされてきた。第10回締約国会議では、「海洋及び沿岸の生物多様性」の議題において、「保護を必要とする生態学的及び生物学的に重要な海域(EBSA: Ecologically or Biologically Significant Area)特定のための科学的基準」の適用に関する理解の向上や、「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD:World Summit on Sustainable Development,2002年開催)」で採択された「ヨハネスブルク実施計画」に盛り込まれた「2012年までに海洋保護区のネットワークを構築する」という計画の達成に向けた取組の推進、国家管轄権外の海域における生物多様性保全に関する科学的助言、持続可能ではない漁業による影響を検討するための関係機関との協力、気候変動に関連した海洋酸性化の影響の検討等について決定 2 された。
 国内的には、海岸環境に対する関心の高まり等を受けて1999年に海岸法が改正され、その目的に「海岸環境の整備と保全」が含まれるようになった。また港湾法も環境への関心の高まりを背景に翌2000年に改正され、その目的に「環境の保全に配慮」することが含まれるようになり、海洋に関連する個別の法律に環境の保全の観点が盛り込まれてきた経緯がある。

 また、総合的な海洋の管理に関する国民的な意識の高まりを背景に、海洋基本法が2007年4月に成立している。同法は、「我が国が国際的協調の下に、海洋の平和的かつ積極的な開発及び利用と海洋環境の保全との調和を図る海洋立国を実現することが重要である」との認識のもとに成立したものである。海洋環境の保全等について規定した第18条では、汚濁の負荷の低減や廃棄物排出の防止などとあわせて、「海洋の生物の多様性の確保」を明記している。また、同法に基づき2008年3月に閣議決定された「海洋基本計画」も、政府が講ずべき施策として、生物多様性の確保等のための取組を明記している。

 2008年5月には、生物多様性に関する国内外の関心の高まりを背景に「生物多様性基本法」が成立した。これは、生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進することにより、豊かな生物多様性を保全し、その恵みを将来にわたって享受できる自然と共生する社会を実現し、地球環境の保全に寄与することを目的とするものである。

 2009年5月には自然公園法と自然環境保全法を改正し(2010年4月施行)、それぞれの法の目的において「生物の多様性の確保に寄与すること」を明記した。

 生物多様性基本法の成立を受け、2010年3月に「生物多様性国家戦略2010」が閣議決定された。これは、生物多様性条約に基づき1995年に策定した初めての生物多様性国家戦略から数えて第4次の国家戦略であり、海洋に係る記述を拡充している。

 生物多様性国家戦略2010においては、沿岸・海洋域の生物多様性の保全及び持続可能な利用のための様々な政府の施策を記述しているが、同時に、広大な沿岸・海洋域の保全と再生を効果的に行うためには、その生態系の特性を明らかにし、計画的に規制や保全の取組を進める必要があることを明記した。

 本海洋生物多様性保全戦略は、こうした国際的、国内的な動向を背景とし、戦略計画2011-2020(愛知目標)を踏まえ、生物多様性国家戦略2010に沿いながら、海洋の生物多様性の保全を総合的に推進するための基本的な方針をまとめるものである。


2 UNEP/CBD/COP/DEC/Ⅹ/29

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