課題名

G-2 中央アジア塩類集積土壌の回復技術の確立に関する研究

課題代表者名

松井 重雄(農林水産省国際農林水産業研究センター海外情報部)

研究期間

平成8−10年度

合計予算額

165,18310年度 37,216)千円

研究体制

(1) 塩類集積の現状及び塩類集積土壌の改良に関する研究

 ̄類集積の現状に関する研究(鳥取大学農学部)

塩類集積土壌の改良に関する研究(鳥取大学乾燥地研究センター)

(2) 塩類集積土壌の除塩技術及び二次塩類集積防止の研究(鳥取大学乾燥地研究センター)

(3) 導入作物の研究(佐賀大学農学部)

 

研究概要

1.序(研究背景等)

 世界の人口が100億に向かって急速な増加を続けている今日、地球全体で毎年600万ヘクタールの耕地が砂漠化によって失われ、すでに6,000万ヘクタールの灌漑農地に塩分集積の被害が生じていると言われる。こうした土地の劣化は、多くが不適切な農地管理に基づいているが、今後は干ばつや異常降雨など、地球の温暖化に起因すると見られる異常な気象が、耕地の劣化を一層、押し進めると見られている。耕地における塩類集積の発生は大部分が過剰な灌漑によるものである。人類は広大な荒地に川から水を引いて作物を作ることにより、莫大な富を得られることを知り、とくに今世紀に入ってからは大規模な灌漑施設を世界の乾燥地域に次々に建設した。適切に管理されている灌漑農地では安定した生産が行われているのは確かであり、一時的には高い農業生産を上げることができた地域もある。だが、多くの耕地が塩類集積の障害によって生産力が低下し、放棄され始めている。

 中央アジアのアラル海は、66,000平方キロの巨大な湖であった。しかし、この湖に流入する2つの川から農業用に多量の水がとられ、湖にほとんど水が流れ込まなくなった。このため、湖の面積はかつての半分以下に縮小してしまい、豊かな漁業がほぼ壊滅に至った。一方、川の水を灌漑に用いた流域の農地は一時的に米や綿の生産が増加して、ソビエト連邦を支える重要な役割を担ったが、次第に塩類集積による生産力の低下が顕著になった。一旦、塩類集積による耕地の劣化が始まると、塩類の除去のため、一層、多量の水を使わなければならず、このことが、さらに塩類集積を助長するという悪循環に陥り、ついには耕作放棄に至る。

 シルダリヤ川はアムダリヤ川とともにアラル海に注ぐ長大な国際河川で、天山山脈に発源する豊かな水量を誇っていたが、灌漑用に多量に取水され、最下流では年間を通してほとんど、水が枯れてしまった。流域の農地では水稲が大規模に作られたが、今は耕作の放棄された水田も多い。灌漑によって、どのように塩類集積が発生するのか、塩類集積を起こさない耕作が可能であるのか、劣化した圃場を回復することができるのか、早急にこれらの問題を解決する必要がある。

 

2.研究目的

 本研究ではカザフスタン共和国クジルオルダ州のシルダリヤ流域における、水稲を主体とした集団農場(コルホーズ)に研究対象圃場を得て、塩類集積の機構を解明するとともに、劣化した耕地を回復するための技術を開発する。塩類集積土壌の改良は、水による土壌の洗浄、除塩が基本であるが、土壌の組成や構造、塩類の形態(溶解性、不溶性)、対象地域の排水性等によって土壌改良剤の使用など、改良方法が異なる。このため、対象地域の土壌条件に適合した技術を確立するとともに除塩のために用いた水が、再び塩類集積の原因とならないよう、適切に処理する必要がある。このため、本研究では対象コルホーズの農地のうち、塩類集積のために放棄された圃場で、現地の研究機関と共同で土壌改良の研究を行い、既存の土壌改良技術ならびに二次的塩類集積を防止するための灌漑・排水技術を改善する。さらに、耐塩性の強い作物を導入し、栽培技術の改善と合わせて、塩類集積の進行しない、持続可能な作付け体系を確立することを目的とする。

 

3.研究の内容・成果・考察

(1)塩類集積の現状及び塩類集積土壌の改良に関する研究

  ̄類集積の現状に関する研究

  コルフォーズ内の最も新しく開発された灌漑ブロックを対象に、塩類集積の実態と土壌の特性との関係を調査した。集積塩類はNa塩を主体とし、集積量は農場内の灌漑ブロツク内で最小(飽和抽出液の電導度、ECe=1020dS/m)で、塩集積放棄地でも他のブロックの畑地と同レベルであった。しかし、ブロック内での水稲作の影響で、地下水位が高く、下層も塩類に富む傾向があった。下層が粗粒な土壌の場合、表層への塩類集積が抑制されていた。粘土鉱物同定の結果、農場一帯の土壌はスメクタイト等の2:1型主体であることが明らかになり、リーチングに伴う透水性の悪化が懸念された。水質分析の結果、灌漑網の末端に届き排水される過程でNa塩が付加され、塩濃度とNaの割合が上昇することが確認された。

 

 塩類集積土壌の改良に関する研究

  コルフォーズ内の塩類集積によって放棄された農地に設けた実証圃場において、リーチング水量を4通りに設定したリーチング実験を実施した。リーチング前の土壌塩分は、場所によって大きな違いがあるが、ECe100dS/mを超える値であり、塩類土壌の最低値4dS/mに比べて著しく大きいことを示した。リーチング方式は、設定水量を1回で供給する連続湛水方式ならびに何回かに分けて供給する間欠湛水方式とした。その結果、リーチング水量と、リーチング前の土壌ECに対するリーチング後の土壌ECの比で表したリーチング効率との関係は、場所毎に大きな違いを呈したが、平均的には、連続湛水方式よりも間欠湛水方式の場合のリーチング効率が高いことを示した。しかしながら、いかに多量のリーチング水量を適用しても、土壌中の塩分はリーチング前の20%以下には減少しなかった。一方、現地土壌を用いたカラム実験においては、土性の違いによるリーチング効率の違いを検討した。その結果、リーチング効率は、砂質土壌ではリーチング方式の違いでは変わらず、粘質土壌では連続湛水方式よりも間欠湛水方式で高かった。これは、リーチングの際の土中の流れが飽和状態であるか、不飽和状態であるかによるものであり、不飽和状態でリーチングを行うことが効果的であることを示すものである。

  リーチングによる土中塩分の変化に伴って、灌漑水の水質の違いが土壌の透水性に及ぼす影響を把握し、土壌改良剤の必要性の有無を検討するために、濃度0.50.050.01N溶液(SAR10)ならびに蒸留水を用いて、飽和透水係数を測定した。0.5ならびに0.05N溶液の結果には差がなかったが、0.01N溶液ならびに蒸留水の場合には、透水係数が減少した。これは、粘土の膨潤あるいは分散によるものであるが、現地土壌のNa量や土中に含まれる石膏分から考えると、改良剤としては、石膏のようなカルシウム塩より分散抑制を目的とした凝集剤の効果が高いと判断された。

 

(2)除塩技術の確立及び二次塩類集積防止の研究

 水稲作を中心とする8圃式輪作体系がとられている灌漑ブロックを対象に、現地実験を通して二次的塩類集積の発生原因とプロセスを解明し、それを防止するための水管理対策について提案を行った。

 1)二次的塩類集積が問題になっているシルダリヤ川下流域における、地表水、地下水の水質特性を明らかにした。特に、地表水においては、河川水、灌漑水、圃場湛水、排水ごとにその特徴を整理した。また、EC値とTDSの間に明瞭な線形関係があることを認めた。

 2)広域水収支および塩分収支調査から、その実態が明らかとなった。大量の水消費が行われていること、そしてその量は作物の必要水量ではなく、用水路の送水能力で決まること、塩分の残留がブロック内およびその周辺で認められ、年々累積していること、さらに作付けパターンの前年に対する変化が、塩分収支に大きく影響すること、等が明らかとなった。

 3)下層に塩類集積土壌、あるいは塩性の高い地下水が存在する圃場での水稲作による湛水は、より深い層の塩分を上方へ拡散させ、浅い層の塩分濃度を高めるため、リーチング効果は期待できないことが明らかになった。また、湛水の塩分濃度の上昇を抑えるため、灌漑水は掛け流しの状態で絶えず補給する必要があり、そのことが大量取水の主な原因となっている。

 4)排水路への地下排水がほとんど機能していない。これは、排水路の両岸が農道として利用されているため、締め固めが進んだことによる。水稲区からの浸透水は、排水路の下を通って畑作区へ移動し、その地下水位を高めている。そのことが畑作区への塩分集積を加速させていると考えられる。したがって、現整備水準のもとでは、灌漑ブロック内での8圃式輪作体系の適用は、望ましくない。

 5)田面の均平状況は、耕区内で±15cm(標準偏差は6.5cm)を超える高低差があり、適正な水管理を行うのに必要な均平度±5.0cm以内の基準を大幅に超過している。このことは、最も高い部分を基準に湛水深管理が行われるため、必然的に深水状態をもたらすこととなり、圃場管理用水量の増大につながる。

 6)灌慨ブロック内の基幹用水路において、その間の損失水量を観測した。その結果、1km当たり約5.8%の損失があることが判明した。この状態で用水を10km流下させるとすれば約55%に、50kmではわずか5%の水しか残らない計算になる。なお、このブロック内の水路損失(圃場用水路は含まず)は、約28%と推定された。

 7)これら一連の研究から、水管理に起因する二次的塩類集積の形成機構が明らかになった。さらに、その成果をもとに二次塩類集積防止のための水管理改善対策を提案した。

 

(3)導入作物の研究

 本研究は、シルダリヤ川下流域に位置するコルホーズ内の高塩類土壌集積による一廃棄圃場を対象として、土地改良と耐塩性作物の導入を計りながら廃棄圃場を再生・復活させることを目的として行った。平成8年度は、前年度に決定した現地試験地の廃棄圃場に暗渠パイプの埋設工事が予定されたので、カザフ国内及び隣国のキルギスタンとウズベキスタンの農業事情、塩類集積及び水環境についての情報収集を行い、さらに、クジルオルダ農業生態研究所の協力研究者と実験実施計画の検討を行った。平成9年度は、シートパイプ暗渠埋設工事及び実験圃場の造営工事(圃場の土壌流失・破壊箇所の修復・均平化、明渠排水溝、境界溝、家畜防護柵、灌漑水路・水門の整備・補強など)を大成建設とクボタの協力で完了した。さらに、イネ用育苗箱で数種の作物を供試し、作物の耐塩性の比較及び土壌のリーチング効果を確認した。帰国後は寒天培地上でのイネ品種の耐塩性の比較試験を行った。平成10年度は、本研究プロジェクトの10年度での打ち切りと申請予算額の半減が決定されたことから、本研究計画の大幅変更を迫られることになった。しかし、本研究の目的遂行と9年度に実験圃場造営に投資された予算を考え、試験規模の大幅縮小はしないことにした。ただし、経費削減のため実験期間の短縮(開始を2カ月遅らす)、作物の栽培・耐塩性試験は可能な一定期間での比較試験とすることにした。結果は、イネについては試験目的を達成できなかったが、他の畑作物はすべて期待以上の試験成績を得ることができた。調査研究の分担は、供試作物の生育調査及び地下水・土壌分析は佐賀大学が分担し、作物の収量調査は現地の協力研究者が担当した。なお、協力研究者の報告は翻訳が未了であるので、今回は佐賀大学の調査結果の一部を報告した。10年度の研究成果は、カザフ共和国で初めて高塩類集積による廃棄圃場を再生させ作物栽培に成功したことであろう。脱塩処理、畝間灌漑、作物・品種の選定、肥培管理などを適切に行うことによって、不毛の廃棄圃場が再び生産性豊かな農場に変わることになるのである。

 

4.研究者略歴

課題代表者:松井重雄

1946年生まれ、東京大学農学部卒業農学博士、現在、国際農林水産業研究センター国際研究情報官、東京大学教授。

主要論文

テンサイ作付けによる後作ダイズの生育抑制とテンサイ茎葉および堆肥施用の残効。日作紀 58: 337-341. (1989)

Effect of water supply and defoliation on photosynthesis, transpiration, and yield of soybean. Jpn. Jour. Crop Sci. 61: 264-270. (1992)

Effect of water table on physiological traits and yield of soybean. I. Effect of water table on leaf chlorophyll content, root growth and yield. Jpn. Jour. Crop Sci. 64: 294-303. (1995)

 

サブテーマ代表者

(1):)槎晶喟

1945年生まれ、東京教育大学農学部卒業、東京教育大学大学院修士課程農学研究科、現在:鳥取大学農学部教授

主要論文:

腐植の簡易分析法−Color Density, Δlog k, Melanic Indexによる分類・区分、土壌構成成分解析法−新しい手法、新しい考え方。(分担執筆)。博友社、(東京)、pp.736. (1992)

黄河流域・寧夏回族自治区・五星村の灌漑土壌の特徴土壌の理化学的特徴、日本砂丘学会誌43: 1-81. (1998)

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1939年生まれ、九州大学農学部卒業、九州大学農学部助手、現在、鳥取大学乾燥地研究センター教授

主要論文:

砂漠化の発生と影響土と基礎、42 (1): 7-12 (1994)

Estimation of plant transpiration by imitation leaf temperature. Trans. of JSIDRE, 183: 47-56. (1997)

The response of low and high swelling smectites to sodic conditions, Soil Science, 162 (4): 299-307. (1997)

(2): 北村義信

1949年生まれ、鳥取大学農学部卒業、農林水産省構造改善局、農業工学研究所、国際農林水産業研究センター、現在、鳥取大学乾燥地研究センター助教授

主要論文:

砂漠緑化の最前線−調査・研究・技術−、新日本出版社(1993

共著(北村:「V アフリカの砂漠化と開発・緑化:141-184」を執筆)

地球水環境と国際紛争の光と影−カスピ海・アラル海・死海と21世紀の中央アジア/ユーラシア−、信山社、(福嶋義宏監修)(1995

共著(北村:「第4章 2 アフリカの砂漢化と灌漑農業:191-218」を執筆)

西アフリカ・サバンナの生態環境の修復と農村の再生、農林統計協会(1997

共著(北村:「第2章 西アフリカの生態環境 1.気象環境の特性:74-80、4.水文環境の特性:125-133、5.水利環境の特性:34-153」を執筆)

 

(3): 和佐野喜久生

1937年生まれ、九州大学農学部卒業、九州農業試験場作物第1部研究員、現職:佐賀大学農学部教授

主要論文:

Recovery of blast-resistant rice plants following selection in vitro in culture filtrate from Pyricularia grisea. SABRAO JOURNAL, 29(2): 67-72, 1997, Chaunpit Boochitsuriku1 他との共著

Effects of water stress on carbon exchange rate on activities of Photosynthetic enzymes in leaves of sugarcane (Saccharum sp.). Aust. J. Plant Physiol. 23: 719-726, 1997, Yu-Chun Du, Y. Kawamitsu 他との共著

Activities of phenylalanine ammonia-1yase (PAL) and tyrosine ammonia-lyase (TAL) in young rice panicles inoculated with Pyricularia grisea. Jpn. J. Trop. Agr. 42 (1): 39-45, 1998 Chuanpit Boochitsurikul他との共著