課題名

H-11 京都議定書の目標達成に向けた各種施策(排出権取引、環境税、自主協定等)の効果実証に関する計量経済学的研究

課題代表者名

日引聡(独立行政法人国立環境研究所社会環境システム領域環境経済研究室)

研究期間

平成14−16年度

合計予算額

51,316千円(うち16年度 16,131千円)

研究体制

(1)環境税が企業行動に及ぼす効果に関する計量経済学的研究

  (独立行政法人国立環境研究所〈研究協力機関〉上智大学、カナダ・コンコーディア大学)

(2)企業の自主的行動による環境負荷低減効果に関する計量経済学的研究

   ・環境マネジメントの実施インセンティブに関する研究(独立行政法人国立環境研究所

        〈研究協力者〉アメリカ・イリノイ大学、ニューヨーク大学、OECD)

   ・市場の評価機能に関する研究(上智大学)

(3)排出権制度の有効性に関する計量経済学的研究

  (上智大学、〈研究協力機関〉カナダ・コンコーディア大学、アメリカ・フロリダ大学)

研究概要

1.序(研究背景等)

 京都議定書遵守のための環境政策の立案に向けて、環境税、排出量取引制度、自主的取組などの政策手段に対する関心が高まっている。炭素税に関しては、2005年を目途に導入が検討されている。自主的取組に関しては、欧州や米国を中心とした諸外国においては、協定といった一定の契約方式や、国がプログラムを策定する方式で事業者の自主的取組を活用する事例が多く見られるようになり、環境基本計画では、自主的取組を「事業者などが自らの行動に一定の努力目標を設けて対策を実施する自主的な環境保全のための取組」と定義し、地球環境問題や産業廃棄物問題、化学物質問題を中心に積極的に活用していく政策手段の一つと考えられるようになってきた。また、排出量取引(あるいは、排出権取引)に関しては、二酸化炭素の排出量を確実に排出目標値に抑制しつつ、社会全体の二酸化炭素削減費用を最小にできるという点からその導入が検討されている。特に、近年、排出権取引の将来の導入可能性をにらみ、企業や産業界では自主的に排出権制度を構築し、実験的に排出権取引を行う試みも見られるようになってきた。
 従来、環境負荷低減を目的として企業の生産活動を抑制されるためにさまざまな環境政策が実施されてきた。しかし、環境税にせよ、規制的手段にせよ、一旦導入すると、弾力的にその水準を変更することは難しいという問題がある。たとえば、経済が成長していく局面では、環境政策が実施されていても、環境負荷は増加するにもかかわらず、税額を引き上げたり、規制値を強化することは、容易にできない。
 環境税や規制的手段の実際の運用における硬直性の問題を考える時、環境政策をデザインするにあたって、継続的な環境負荷を低減させるインセンティブを企業や事業所に与える政策を実施することは、長期的に環境負荷の削減を検討する場合に重要である。
 また、京都議定書の排出目標遵守の方策の一つとして、自主的アプローチ取組への関心が国内外で高まっているが、国内の温暖化対策の一つとして自主的アプローチの有効性を検証するためには、企業の自主的に環境保全に役立つ取り組みを実施するインセンティブは何か、どのようなタイプの企業が取組により大きなインセンティブをもつか、自主的取組は環境負荷低減に有効かなどについて分析する必要がある。
 さらには、排出権取引については、日本では未経験の政策手段であり、その有効性を高めるには、排出権取引が企業行動に及ぼす影響を定量的に明らかにし、制度が効率的に機能するためにどのような制度設計が必要かを検討する必要がある。
 本研究は、以上のような問題意識に一定の回答を与えることを目的として実施する。

2.研究目的

  本研究は、以下の3つのサブプロジェクトから構成される。
(1)環境税が企業行動に及ぼす効果に関する計量経済学的研究
(2)企業の自主的行動による環境負荷低減効果に関する計量経済学的研究
(3)排出権制度の有効性に関する計量経済学的研究
 各サブプロジェクトの研究目的は、以下の通りである。

(1)環境税が企業行動に及ぼす効果に関する計量経済学的研究
 本研究では、現在、事業所が直面しているさまざまな政策(規制、環境税(SOx汚染賦課金))や企業が自主的に行っている環境マネジメントに対する取り組みが、企業の継続的な環境負荷削減インセンティブにどのような影響を与えているかを明らかにすることを目的としている。これにより、さまざまな環境政策と事業所レベルの環境負荷との関係を分析し、継続的な環境負荷インセンティブを企業や事業所に与えていくためにはどのような政策を実施すればよいかを検討する

(2)企業の自主的行動による環境負荷低減効果に関する計量経済学的研究
 本研究は、自主的取組の一例として、近年、大きく普及しているISO14001の認証取得あるいは事業所内での種々の環境マネジメント手法の実施を対象に、企業の自主的取組のインセンティブと市場の機能を評価することを目的としている。
 環境マネジメントの実施やISO14001認証取得は、組織を環境負荷低減型にシフトさせ、企業の環境負荷を低下させる効果を生み出す可能性がある。したがって、特に、環境マネジメントに対する企業の取り組みの分析は、ただ単に、自主的取組の一例として意義があるだけでなく、温暖化対策を補完する政策手段としても分析する意義がある。

(3)排出権制度の有効性に関する計量経済学的研究
 本研究の目的は、アメリカのSO2排出承認証制度を対象に、排出権取引が企業行動に及ぼす影響を定量的に明らかにし、制度が効率的に機能するためにどのような制度設計が必要かを検討することにある。対象として、アメリカのSO2排出承認証制度を選んだのは、本制度が長期にわたって安定的に実施されているため、それによって得られるデータ(発電所別の燃料消費、承認証(排出権の一種)価格など)が安定的であると考えられることと、分析に必要なデータが公開されており、入手が比較的容易だからである。

3.研究の内容・成果

 (1)環境税が企業行動に及ぼす効果に関する計量経済学的研究
 本研究では、環境税をはじめとして、現在、事業所が直面しているさまざまな政策(規制、環境税(SOx汚染賦課金))や企業の自主的取組を促進する環境マネジメントに関する認証制度(特に、ISO14001)が、企業の継続的な環境負荷削減インセンティブにどのような影響を与えているかを明らかにする。このために、事業所サーベイを実施し、収集したデータに基づいて、さまざまな環境政策と事業所レベルの環境負荷との関係を分析し、継続的な環境負荷インセンティブを企業や事業所に与えていくためにはどのような政策を実施すればよいかを検討する。
 本研究では、モデル分析ための基礎データを収集するために、事業所を対象として、事業所が直面する環境政策、事業所の環境パフォーマンス(生産活動に伴って発生する環境負荷)、事業所の経営状況、環境マネジメントに関する取り組みなどについてサーベイ調査を行った。
 調査票を送付する企業(事業所)を選定するにあたり、利用したデータベースは、帝国データバンクである。帝国データバンクは全国の企業に関するデータ(雇用数、資本金、経営・資産状況など)を有している。その中の、企業の属する業種コード、雇用数を使って、50人以上の企業の中から、産業別・企業規模別(雇用者数別)にランダムサンプリングを行い、選ばれた企業に2003年4月に質問票を送付した。本調査の目的は、企業の属する代表的な製造事業所に関して、事業所レベルの意思決定の構造を探るとともに、事業所の意思決定に影響を及ぼす企業全体の経営状況を把握することにある。そのため、質問票は、企業用(ランダムサンプリングによって選ばれた企業が回答するもの)と事業所用(その企業に属する代表的な事業所1個所が回答するもの)の2種類が用意された。事業所用の質問票に回答する事業所の選定は、調査票を受け取った企業の担当者自身に依頼した。
 その結果、4757の企業に質問票を発送し、32%の企業(1499社)およびその事業所から回答を得た。質問票の長さを考慮すると、この種の調査としては、比較的高い回収率であったといえよう。
 本分析では、事業所の環境負荷を表す変数として、環境負荷量の程度についての順序つきカテゴリー変数を用いる。サーベイ調査では、いくつかの環境負荷について「過去3年間で生産量あたりの環境負荷量にどの程度変化があったか」について質問しており、回答は5つのカテゴリーの中から選択される。

 『非常に減少』=1, 『減少』=2, 『変化なし』=3, 『増加』=4, 『非常に増加』=5

とする順序つき変数を、「自然資源の使用」、「大気汚染物質の排出」の2種類の環境負荷について作成し、それぞれを被説明変数として推計式をたてる。ここでは、分析する2本の推計式の誤差項が互いに独立であると考えて推計をおこなう。
 この分析では、被説明変数が順序を表す離散的な値であることから、順序プロビットモデル(Ordered Probit model)を用いる。この順序プロビットモデルでは、被説明変数yiがどのような値をとるかを決定する観測されない潜在変数yiがあり、これが説明変数の一次結合の形で表されると仮定する。



 ここで、Policyは事業所が直面するさまざまな政策に関する変数、Stakeholderは事業所の意思決定に影響を及ぼすであろう、利害関係者に関する変数、Marketは事業所が操業する市場に関する変数、Xiは事業所の属性変数、EMPは事業所が実践している環境マネジメントの数を表す変数であり、Uiは各変数で説明されない部分を表す誤差項をあらわす。この誤差項が各iに関して独立に標準正規分布に従うと仮定することで被説明変数yiがあるカテゴリー値をとる確率を定義し、最尤法を用いてパラメータを推計する。
 推計結果は、表1、2のとおりである。推計結果から得られる主要な結論は以下のとおりである。

(1)環境マネジメントは継続的に資源(エネルギー、水など)の使用量や大気汚染の環境負荷の削減に対して継続的な効果をもち、その取組を進めるほど、継続的な削減効果が大きくなる。
(2)立ち入りによる事業所のモニタリングの強化は、環境汚染に直接関連する「大気汚染」に関して、継続的な環境改善効果をもつことを意味している。
(3)規制的手段や賦課金などの経済的手段などの政策は、事業所に対して継続的な環境負荷低減のインセンティブを与えていないことが明らかとなった。すなわち、事業所は、これらの政策の導入によって、一旦環境負荷削減のためのシステムを事業所内で作り上げてしまうと、それを維持するだけで、より積極的に単位生産量あたりの環境負荷を低減させるような技術の導入や生産プロセスの変更を行うインセンティブをもたないことを表している。
(4)銀行からの圧力の存在は、これらに対して、継続して負荷量を減少させる効果を持つということを意味している。これは、銀行など資金提供側が、企業評価に際して環境負荷強度を評価基準に組み込でいるためと考えられ、これにより企業には、資金調達を有利に進めるために環境負荷量を削減しようというインセンティブが働いていると考えられる。このことから、事業所レベルの環境負荷の情報を開示し、銀行などの利害関係者による事業所の環境パフォーマンスの評価を容易にすることは、事業所の環境負荷削減インセンティブを強める効果があると推察される。



 以上から、環境マネジメントは継続的に資源(エネルギー、水など)の使用量や大気汚染の環境負荷の削減に対して継続的な効果をもち、その取組を進めるほど、継続的な削減効果が大きくなる一方で、規制的手段や賦課金などの経済的手段などの政策は、事業所に対して継続的な削減インセンティブを与えていないことが明らかとなった。このため、事業所に継続的な環境負荷のインセンティブを与えるためには、従来の政策では不十分であり、事業所レベルの環境マネジメントに対する取り組みを促進し、従来の政策を補完することが重要である。

(2)企業の自主的行動による環境負荷低減効果に関する計量経済学的研究
 本研究は、2つの研究内容からなる。第一の研究は、事業所内での種々の環境マネジメントの実施を対象に、企業の自主的取組のインセンティブについて分析するものであり、第二の研究は、市場が、企業の環境保全に対する自主的取組(本研究では、ISO14001の認証取得を対象とする。)を評価する機能を有するかどうかを分析するものである。なお、環境マネジメントの実施の環境負荷低減効果に及ぼす影響については、サブテーマ1の分析で、他の環境政策と合わせた環境負荷評価低減効果の分析において、総合的な分析を行っているので、本サブテーマでは、上記の2つの研究に焦点を当て、最後に、サブテーマ1での研究成果と合わせて考察する。
(環境マネジメントの実施インセンティブに関する研究)
 サブテーマ1と共同で、事業所サーベイを実施し、事業所の環境負荷低減への取組、環境マネジメントシステム(EMS)の導入やそのためのツールの実施など状況について調査した。そのデータを用いて、事業所レベルの環境マネジメント手法の実施のインセンティブについて、各事業所によるEMSへの取り組み程度に影響を及ぼす要因を、主に負の2項回帰モデルを用いて分析・検証した。
 本研究の調査では、各事業所に対して、どのような環境マネジメント項目(EMP)を実施しているかについて質問している。本研究では、細分化された環境マネジメント項目(EMP)の実施数が各事業所によるEMSへの取り組みの程度を表す変数と考える。表3に示すような、計12項目にわたるEMPの実施数を合計し、0から12の整数値データを被説明変数・EMPとする。



 ここで、μiは事業所iのEMP実施数の期待値(平均値)、Policyは事業所が直面するさまざまな政策に関する変数、Stakeholderは事業所の意思決定に影響を及ぼすであろう、利害関係者に関する変数、Marketは事業所が操業する市場に関する変数、Xiは事業所の属性変数、EMPは事業所が実践している環境マネジメントの数を表す変数、εiは事業所ごとの不均質性を表す確率誤差項である。
 推計結果は、表4の通りである。



 その結果、行政による導入奨励策の存在や、株主・投資家、得意先、銀行その他借入先など企業の取引上重要な利害関係者からの圧力が、環境マネジメントの実施をより促進する重要な要因であることが明らかとなった。また、対象市場や本社国籍など世界的な背景を持つ事業所ほどより多くの環境マネジメント手法(EMP)の実施を促進すること、事業所の経営状況がEMP実施の程度に少なからぬ影響を及ぼすこと、などが示された。企業がこのようにEMSへの取り組みを進める背景には、とくに生産効率の向上と将来の社会的リスク低減を目指す狙いがあることも示唆されている。
(市場の評価機能に関する研究)
 企業の自主的取組を考える場合、市場の果たす役割について検討することは重要である。環境負荷の大きい企業に関して、市場が、環境負荷が将来の環境汚染に関わる損害賠償負担や将来の環境税導入による費用負担の増加などによる企業の収益性の低下要因と判断すると、企業の株価は将来の収益性低下を反映して、企業の価値(株価)は低下する。企業の株価低下は、企業の資金調達を困難にする要因となる。このため、企業の環境保全行動を市場が評価するならば、企業は市場の評価を無視することはできず、自主的に環境保全行動をとるインセンティブをもつ。しかし、市場が企業の環境保全活動をどのように評価しているかは必ずしも自明ではない。したがって、企業の自主的取組の有効性を考える場合に、市場メカニズムの果たす役割、すなわち、市場が企業の環境保全行動を評価するかどうかを定量的に明らかにする必要がある。本研究では、市場がISO14001の認証取得した企業の評価を高めるかどうかを分析する。これにより、市場が、企業に対して自主的取組のインセンティブを与える機能を果たしているかどうかを検証する。
 以下では、企業に対する市場の評価は株価に表れるという性質を使って、企業の環境行動が株価にどのような影響を及ぼすかを分析する。本研究では、Konar and Cohen(2001)らの研究手法を応用して、トービンのqを推計し、企業の環境活動とトービンのqの関係を分析する。
ここで、トービンのqとは、企業価値(株式時価総額と負債の和)を企業の有形資産の代替価値(建物・施設・在庫・流動資産などの合計)で割ったものと定義される。一般に、トービンのqが1より大きいと、その企業はその資産以上に評価されていることになり、1より小さいと資産以下にしか評価されていないことになる。
 本研究では、企業iのトービンのqiとその企業の属性(企業規模、収益性などの企業iの属性ベクトルをXiとする)との関係を以下のように定式化する。



 ただし、DISOはISO14001取得ダミー、εiは誤差項である。以下では、企業属性として、企業の規模、収益性などの変数だけでなく、環境に対する取組の変数としてISO14001を取得しているかどうかを示すダミー変数を使って、回帰分析を行う。
 ここで、注意しなければならないことは、このISO14001取得ダミー変数をそのまま回帰分析に用いるとSelf-Selection BIASが発生するため、他の企業属性と同じように外生変数として扱うことができない。そこで、Hartman(1988)16)で用いた手法を用いることにより、(1)式を推計する。
 具体的には、第一段階において、プロビットモデルを応用して、認証取得の意思決定モデルを構築し、パラメータを推計する。第二段階では、第一段階の推計結果を用いて、各サンプルに関して認証取得確率を計算し、それをISO認証取得ダミーの代わりの変数として用い、(1)式をOLS推計する。
 分析対象としては、東証一部上場企業(2002年9月30日現在)のうち、製造業に分類される業種に属する企業を対象とする。対象企業数は673社(東証一部上場企業は1511社・欠損値があるサンプルは除去した)である。
 (1)式(第二段階)の推計結果は表5の通りである。
 表からわかるように、認証取得のパラメータは1%の有意水準で有意に正となっている。このことから、ISO14001認証取得は、株式市場での企業の評価を引き上げる役割を果たしていることがわかる。



(3)排出権制度の有効性に関する計量経済学的研究
(燃料転換の研究)
 排出権取引制度のメリットは、汚染物質排出量を確実に排出目標値に抑制しつつ、社会全体の削減費用を最小にできる点にある。しかし、アメリカのSO2排出承認証制度に関しては、環境規制や電力料金を設定する公益事業委員会(PUC)による規制の存在が企業行動および承認証取引を歪める結果、制度の削減費用最小化機能が損なわれ、SO2削減費用を引き上げるといわれている。
 本研究では、発電所単位での燃料選択やSO2承認証取引に関する意志決定を分析することにより、PUC規制などの政策変数が制度の削減費用最小化機能を歪めているかどうかを検証する。
 アメリカのSO2排出承認証制度においては、各発電所は以下のような意思決定をしている。すなわち、各発電所は、発電に際して高硫黄炭と低硫黄炭のどちらかを用いて発電する。SO2排出承認証制度の下では、ある一定の承認証を無償で受け取る(初期配分)が、それによって許可される排出量を超えてSO2を排出する発電所は、不足分を市場で承認証を購入し、許可量以下でしか排出しない発電所は、余った承認証を市場で売却する。したがって、高硫黄炭を使って発電しようとすると、それによるSO2排出量は、初期配分を上回るため、市場で承認証を購入しなければならない。
 一方で、高硫黄炭から低硫黄炭へ燃料転換を進めて、使用燃料を切り替えるか、あるいは、高硫黄炭と低硫黄炭を混合して使えば、SO2排出量を抑制することができる。このため、承認証が余れば、それを市場で売ることができる。ただし、燃料転換のためには費用がかかる。特に、環境規制の強い地域ほど燃料転換のための費用は大きなものとなる。
 以上から、発電所iの高硫黄炭を利用する場合と低硫黄炭を利用する場合の費用の差((低硫黄
炭利用の費用)−(高硫黄炭利用費用)〉をNBiとし、これを次式のように定式化する。(導出は省
略。)


低硫黄炭価格、高硫黄炭価格、低硫黄炭の硫黄含有量、高硫黄炭の硫黄含有量である。また、εiは誤差項であり、NBiに影響を及ぼす変数のうち観測できない未知の変数を表している。β0、βR、βKは推計すべきパラメータあるいはパラメータベクトルである。また、下付文字iは発電所iを意味している。
 上式を用いると、企業の意思決定は、NBi≧0のとき発電所は燃料転換をあきらめ、高硫黄炭を選択し、不足分の承認証を市場で購入する、NBi〈0のとき発電所は燃料転換を行うという風に表すことができる。
 本モデルは上記の定式化を使って、企業の意思決定問題にプロビットを応用することにより、環境報告書発行モデルと同様に、最尤法を用いてパラメータを推定することができる。
 推計結果から、MAC^Fのパラメータβ2は正であり、1%有意水準で統計的に有意であった。このことは、MAC^Fの大きい発電所、すなわち、低硫黄炭価格が高く、高硫黄炭価格の低いような地域の発電所では、低硫黄石炭に燃料転換もしくはこれの混合使用をするより、むしろ追加的な承認証の取得をする傾向にあるということを意味している。このことは、燃料費用など発電に関わる費用が企業の燃料選択の意思決定に影響を及ぼすことを意味しており、排出権制度や環境税などの経済的手段が企業の汚染物質削減を促進することができることを意味している。
 一方、PUC規制ダミー変数の係数は、負で有意水準1%のレベルで0と有意に異なる。これは、PUCの規制に直面している電力発電装置が、低硫黄石炭への転換もしくはこれを混合使用することを促進していることを示している。逆に、もしPUC規制がなければ、発電所は高硫黄炭を使い、追加的な承認証を購入したであろう。また、発電所地元の高硫黄石炭の保護ダミーの係数は、正かつ有意である。したがって、もしユニットが高硫黄石炭の炭鉱のある州に位置しているとき、州の圧力によって高硫黄石炭に有利な燃料選択をするように影響を受けていたことが示されている。
 最後に、推計結果から得られるモデルを用いて、PUC規制や石炭保護政策が発電所の燃料選択にどの程度歪みをもたらしたのかについて分析しよう。シミュレーション結果は、表6の通りである。



 表の1行目(基本ケース)は、観測地を表しており、前発電所175のうち、承認証を購入していた発電所が78、燃料転換を行い承認証を購入しなかった発電所が97であることを示している。2行目〜4行目は、3つのシナリオについてのシミュレーション結果である。
 すべての州においてPUC規制と石炭保護政策の両方を廃止した場合のシミュレーション(4行目)に着目すると、規制と保護政策の廃止の総合効果は、承認証の取引に参加する発電所数を増加させることがわかる。逆にいうと、承認証市場に歪みを与えるPUC規制と石炭保護政策の存在が承認小市場に与える影響の総合効果は、承認証の取引を抑制する結果、社会全体のSO2削減費用を過大にしていると結論づけることができる。
 以上から、規制や保護政策が発電所の燃料選択や承認証購買行動に影響を与え、SO2承認証市場に歪みをもたらす結果、SO2削減費用の最小化が妨げられていたといえる。SO2承認証制度が実施された当初、承認証の価格が予想よりもはるかに低いといわれていた。この分析結果は、承認証が低価格であったことを裏づけている。

(バンキングの研究)
 米国のSO2排出承認証制度は、京都議定書でも認められている排出量のバンキングが導入されていた。排出量取引は、基本的には、限界削減費用の高い主体と低い主体間による排出量の取引(空間取引:trading over space)によって経済全体での費用節約効果をもたらすものである。しかし経済主体に排出削減のタイミングに関して柔軟性を与えるというメリットがある一方で、各年度の排出量を確定できないというデメリットもある。従って、そのメリットを定量的に評価することが温暖化対策にも資すると考えられる。本サブテーマの第二の目的は、このバンキングがもたらす費用節約効果を定量化するものである。
 また、米国のSO2排出承認証制度は、ボーナス承認証の配布という興味深い政策も行っている。つまり、規制の初期における公害防除投資(脱硫装置の設置)を行う発電所に対し、承認証をボーナスとして付与するというものである。この制度がどの程度公害防除投資促進に効果があったかを明らかにすることは、温暖化対策の制度設計にも重要な知見を提供することになると考えられる。これが本サブテーマの第三の目的である。
 燃料転換の研究は、脱硫装置の設置という意思決定がすでに行われている状態での静学的な選択に焦点をあてた。バンキングの影響を調べるためには、脱硫装置の設置を含めた動学的な意思決定を考慮したモデルを考えることが望ましい。そこで、長期的な承認証取引制度び影響を分析するため、発電所の動学モデルを構築した。発電所の管理者は毎期、以下の’確租彰后↓脱硫装置設置、承認証購入の三選択肢から行動を選ぶような離散型動学モデルを設計した。
 この動学的モデルの均衡を数値計算法により、バンキングの費用節約効果を試算した。そのために、バンキングがある場合を計算し、さらにバンキングが無い場合の空間上の取引による費用節約効果を試算した。その結果、バンキング制度による費用削減分は1.62億ドルになることがわかった。つまり、バンキングによる費用節約削減効果は無視できない規模であるが、同時に、その相対的大きさは、空間取引による節約効果に比べて小さいことも確認された。
 また、本研究では、ボーナス承認証という誘導策が、公害防除投資の早期化に寄与することも確認された。温室効果ガスの早期削減にも、このような誘導策の効果が期待される。

4.考察

(1)環境税が企業行動に及ぼす効果に関する計量経済学的研究
 環境マネジメントは継続的に資源(エネルギー、水など)の使用量や大気汚染の環境負荷の削減に対して継続的な効果をもち、その取組を進めるほど、継続的な削減効果が大きくなる一方で、規制的手段や賦課金などの経済的手段などの政策は、事業所に対して継続的な削減インセンティブを与えていないことが明らかとなった。このため、事業所に継続的な環境負荷のインセンティブを与えるためには、従来の政策では不十分であり、事業所レベルの環境マネジメントに対する取り組みを促進し、従来の政策を補完することが重要である。

(2)企業の自主的行動による環境負荷低減効果に関する計量経済学的研究
(環境マネジメントの実施インセンティブに関する研究)
 行政による導入奨励策の存在や、株主・投資家、得意先、銀行その他借入先など企業の取引上重要な利害関係者からの圧力が、環境マネジメントの実施をより促進する重要な要因であることが明らかとなった。また、対象市場や本社国籍など世界的な背景を持つ事業所ほどより多くの環境マネジメント手法(EMP)の実施を促進すること、事業所の経営状況がEMP実施の程度に少なからぬ影響を及ぼすこと、などが示された。企業がこのようにEMSへの取り組みを進める背景には、とくに生産効率の向上と将来の社会的リスク低減を目指す狙いがあることも示唆されている。
 サブテーマ1の研究成果より、EMP実施数の増加が企業の環境負荷量低減に貢献することが明らかにされたが、その結果と合わせて考えると、事業所レベルの環境負荷低減を促進させるための行政手段としては、現在いくつかの自治体が実施しているように、奨励策を設けることによってEMP実施数の増加を促すことが有効であるといえる。また、事業所の経営状況がEMPの実施程度に影響を及ぼしているという本研究の分析結果を考えれば、EMSへの取り組みに伴う費用負担の軽減に力を注ぐことも重要であると思われる。現状の奨励策とともに資金面での援助を充実させていくことが、EMP実施の促進を通して環境負荷低減につながる有効な政策手段であると考えられる。

(市場の評価機能に関する研究)
 分析結果から、市場はISO14001の取得が企業価値を引き上げると評価していることが検証された。市場がこのように環境活動を評価すると、ISO14001の認証を取得することによって、企業の資金調達はより容易になるため、環境保全に対して自主的に取り組むインセンティブを持つようになる。このことは、一般に、市場が企業の環境負荷などの外部性を一部内部化する機能を果たしている可能性があり、市場が企業に対して自主的取組のインセンティブを与える機能を有していることを示している。市場にこのような評価機能がある場合には、その機能をうまく利用することによって、企業の自主的取組を促進できる。
 今後、政府が自主的取組を促進していくためには、このような市場の機能をうまく利用することで、その有効性を高めることができるであろう。その際の政府の役割として、市場の機能が正常に機能するための条件を整備することにある。その一つとして、企業に関する自主的取組の状況や環境負荷などに関する情報を積極的に開示することなどがあげられる。(PRTR法などの情報公開やエコラベルなどのラベリングなどの施策はこの意味で有用性が高い。)環境負荷低減に取り組む企業とそうでない企業、環境負荷の低い企業とそうでない企業の企業を明らかにすることにより、市場はその情報を正確に企業評価に反映することができるからである。

(3)排出権制度の有効性に関する計量経済学的研究
(燃料転換の研究)
 排出権制度が有効に機能しない要因について、アメリカのSO2承認証市場を対象に定量的に分析した結果、PUCの規制が電力会社に対して、承認証市場よりも燃料転換、混合使用といった承認証取引を抑制する行動を選ばせるように促していることがわかった。このことは、SO2削減の限界費用が高い発電所であっても、承認証市場を使用せずに、自らがSO2を削減することになる。この結果、SO2削減費用は社会全体で最小化されない。
 本分析からわかるように、排出権市場が汚染物質削減費用最小化という望ましい機能を果たすためには、制度の立案と同時に、汚染物質削減費用最小化を阻害するような規制、制度を修正することを検討することの重要性を示唆している。

(バンキングの研究)
 バンキングの費用節約効果の試算は地球温暖化対策でどのような含意を持つであろうか? バンキングは費用削減効果をもたらすため、行うべきである。しかしながら、バンキングによる費用削減効果は、排出量取引で可能な費用削減のごく一部でしかない。そのため、政府は、京都議定書の第一約束期間に関しては、ロシアの排出量購入の機会を充分に活かすべきである。
 また、より長期的な視点、第二約束期間以降については、積極的な発展途上国の取組を行うべきである。そうでなければ、排出量取引の潜在的な効果を十分に活用することができないのである。
 時間を通じた取引(バンキング)による費用削減分は、空間を通じたそれよりも小さい。しかしながら、バンキング制度は、バンキングがないシステムに対し、もうひとつの利点をもっている。両方の市場における投資行動は、長期においてSO2排出削減量が同じでありながら、極めて異なる。バンキングがないシステムにおいてはより多くの脱硫装置が設置されることがわかった。脱硫装置に対する投資は不可逆的であるため、もし石炭市場や電力需要に予期しないショックがあった場合に、バンキングがないシステムではかなり費用がかかるであろう。言い換えれば、バンキングシステムは、排出削減技術に対する不必要な投資を潜在的に抑制することができるのである。したがって、このことから、バンキング制度は、排出量の平滑化による費用削減という点で支持されるべきである。

5.研究者略歴

課題代表者:日引聡
        1961年生まれ、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、現在、独立行政法人国
        立環境研究所主任研究員および東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授(併任)、
        経済学博士

主要参画研究者
(1) :日引聡(同上)
(2) :‘引聡(同上)
    ⇒村俊秀
      1968生まれ、ミネソタ大学経済学研究博士課程修了、現在、上智大学経済学部助教授、
      PhD
(3) :有村俊秀(同上)

6. 成果発表状況(本研究課題に係る論文発表状況。査読のあるものに限る。投稿中は除く。)
  Eric Welch and Akira Hibiki: Policy Science, 35, 4, 401-424 (2002)
   "Japanese Voluntary Environmental Agreements: Bargaining Power and Reciprocity as
   Contributors to Effectiveness"
 ◆Eric Welch and Akira Hibiki: Journal of Environmental Planning and Management, 46, 4,
   523-543 (2003)
   "An Institutional Framework for Analysis of Voluntary Policy: The Case of Voluntary Pollution
   Prevention Agreements in Kita    Kyushu, Japan"
  Toshi H. Arimura: Journal of Environmental Economics and Management, 44, 271-289(2002)
   "An Empirical Study of the SO2 Allowance Market: Effects of PUC Regulations,"