課題名

F-2 アジア太平洋地域における森林及び湿地の保全と生物多様性の維持に関する研究

課題代表者名

田村 正行 (環境省国立環境研究所・社会環境システム部・情報解析研究室)

研究期間

平成10−12年度

合計予算額

124,407千円(うち12年度 44,326千円)

研究体制

(1) アジア太平洋地域における湿地性渡り鳥の移動経路と生息環境の解析及び評価に関する研究

   ̄卆吋如璽燭鰺僂い深消論限峽呂諒布と環境状態の計測に関する研究

(環境省国立環境研究所)

 ◆‥呂蠶擦琉榮扱佻選択及び生息地環境特性に関する研究(環境省自然保護局、東京大学)

(2) ロシア北方林の生物多様性の解析及び共生系に与える森林撹乱の影響評価に関する研究

(農林水産省森林総合研究所、北海道大学)

研究概要

1.序(研究背景等)

 アジア太平洋地域においては、近年、土地利用の改変や開発など人間活動の影響を受けて、森林、湿地の面積が急速に減少しつつある。森林と湿地の減少は、そこを生息地とする野生生物にとって生息環境の劣化を意味し、少なからぬ生物種が生息数の減少あるいは絶滅の危機に曝されている。このような背景のもとで、森林及び湿地を保全し生物多様性を維持するには、森林と湿地の分布及びその周辺の土地利用変化の実態を把握し、人間による森林と湿地の利用も視野に入れた持続的管理のあり方を探ることが急務である。

 近年の生態系管理の基本的な考え方では、狭い範囲の保護区を守っていても生物多様性を維持することは困難であり、広域の生態系の連関のなかで管理のあり方を考えることが重要とされている。例えば我が国でも釧路湿原がラムサール条約指定地になっているが、湿原は流域の最下流に位置しているため指定地だけを保護しても不十分であり、流域全体の保全とセットで考えなければならないことが広く認められ始めている。特に、森林は水質保全や栄養分補給など湿原保全に重要な役割を果たしており、森林の保全を行うことは湿原保全にとって極めて重要である。近年では、森林開発に伴い、森林の連続性、森林と湿地のつながりを保障する回廊(コリドー)が寸断されることによる野生動物へのインパクトも問題とされている。例えば、日本の各地で発生しているシカ被害は生息地の孤立がその1因である。

 このような観点から、湿地と森林を連続したシステムとして捕らえるとともに、空間的スケールにおいても局地から広域に渡る各段階を有機的に結びつけた解析が必要である。このような要請に応えるために本研究では局地での現地調査に加えて、衛星リモートセンシングの活用を図ってきた。

 

2.研究目的

 本研究は、上記のような背景を踏まえて、1)現地調査と衛星データを組み合わせた解析により、森林及び湿地の減少と環境劣化の実態を把握すること、2)森林・湿地面積の減少など野生生物の生息環境の悪化が、森林・湿地植生と野生生物との共生関係に与える影響を、現地調査、衛星無線追跡、地理情報システム等により解明すること、及びこれらの結果に基づいて、3)森林及び湿地の保全と生物多様性の維持に向けて、人間活動との共存を視野に入れた保全策をまとめることを主要な目的とする。本研究は、アジア太平洋地域の中でも特に、今後大規模な環境変化が予想される極東ロシアと中国を重要な対象地域としている。

 

3.研究の内容・成果

(1)アジア太平洋地域における湿地性渡り鳥の移動経路と生息環境の解析及び評価に関する研究

   ̄卆吋如璽燭鰺僂い深消論限峽呂諒布と環境状態の計測に関する研究

 本サブサブテーマでは、衛星リモートセンシングを用いて、渡り鳥の生息地域(繁殖地、中継地、越冬地)における湿地や森林の空間分布と環境状態を計測する方法を開発するとともに、渡り鳥の行動パターンと土地被覆特性との関連性を明らかにすることを目的とする。衛星データを用いることにより、内部に立ち入ることが困難な湿地においても環境状態の全容を把握することが可能であり、しかも広大な範囲における環境変化を定期的な観測により時系列的に追うことができる。渡り鳥の移動経路や生息地における行動パターンを追跡するために必要な渡り鳥の位置情報は、本研究課題の別のサブサブテーマ「渡り鳥の移動経路選択及び生息地環境特性に関する研究」との連携の下に、NOAA衛星のARGOS無線追跡システムを利用して取得した。

 本研究では、1998年度(平成10年度)から2000年度(平成12年度)の3年間にわたって、衛星リモートセンシングによる湿地環境の計測と、衛星無線追跡による渡り鳥の位置情報の収集を結びつけ、大型希少渡り鳥であるタンチョウとコウノトリの行動パターンと土地被覆・湿地環境特性との関連性を解析した。観測対象地域は、極東ロシアのアムール川流域から中国南部の揚子江流域に渡る範囲であった。その結果以下のような成果が得られた。

(ア)アムール川流域の繁殖地における鳥の行動範囲は、タンチョウとコウノトリどちらの種も年毎に異なっていた。1998年と2000年には、大部分の鳥の位置データは直径が1015km程度の範囲内に収まっていた。これに対し1999年には、鳥の位置データは広範な範囲に散らぱり、大半の鳥がアムール川流域への滞在期間中に前期と後期で居場所を変えた。このような鳥の行動パターンの違いは、気象条件によって引き起こされる餌の状況の違いによるものではないかと思われる。

(イ)アムール川流域においては、両種の鳥とも、生息期間中の大部分のあいだ自然湿地の中に留まっていた。両種の鳥とも、衛星追跡によって得られた位置データの約80%は湿地の中にあった。

(ウ)東アジアにおけるタンチョウとコウノトリの渡りの経路と重要生息地を同定することができた。両種の鳥ともに、中国東北部ではアムール川流域から遼東湾岸に至る二つの主要なルートを辿っていることが分かった。1つは西側のルートで嫩江(ネンジアン)沿いの湿地を辿るルートであり、もう1つは東側のルートで松花江(ソンホワジアン)沿いに南下するものである。遼東湾岸からは、両種とも、海岸を辿るように移動し渤海湾岸を経て黄河河口のデルタ地帯に移動していた。黄河河口から先は、タンチョウは揚子江河口の北側にある塩城干潟に渡って越冬したのに対し、コウノトリは、1998年には武漢近辺の湖沼地帯に、1999年と2000年にはポーヤン湖近辺に渡り越冬した。鳥が10日以上滞在した場所は重要生息地としてリストアップした。

(エ)中国においては、両種の鳥とも湿地の中より農地に滞在する頻度が高かった。農地の頻繁な利用は、農業被害、狩猟、農薬汚染等、鳥の生存にとって問題を引き起こしている可能性がある。中国における湿地環境の悪化と渡り鳥の生存への影響に関しては、個々の湿地を対象により詳細な調査が必要である。

 

 ◆‥呂蠶擦琉榮扱佻選択および生息地環境特性に関する研究

 大型希少水辺性鳥類のツル類やコウノトリの生息環境は、主に湿地であるが、湿地は開発が急速に進められており、世界的にその面積を狭められている。特に中国では、大規模な開発により、広大な湿地が、年々農地へと転換されている。このことは、ツル類やコウノトリの生息環境を狭めることにもつながる。しかし、渡りの経路上にあるこれらの湿地がツルやコウノトリによってどのように利用されているのかについては、具体的なデータに乏しい状況にある。広大な湿地の中で大規模な渡りを行うツル類やコウノトリ類に対して、地上からの追跡を行うことが困難だからである。そこで本サブサブテーマでは、より具体的なデータを得るために、人工衛星を利用して個体の渡りを追跡し、渡り経路の詳細を調べる。また、複数個体が共通に利用する中継地、繁殖地、越冬地などを調べる。そしてそれらの生息地の環境特性を抽出し、今後の保全に役立てることを目的とする。本研究によって得られた成果は以下のとおりである。

 1998年、1999年、2000年の秋〜冬期、ロシアのアムール川中流域の繁殖地から南下するタンチョウGrus japonensis、マナヅルG. vipio、およびコウノトリCiconia boycianaについて、また1999年、2000年、2001年の冬〜春期、インド西部の越冬地から北上するクロヅルG. grusについて、人工衛星を利用して追跡した。追跡に成功した個体のうちタンチョウ1個体およびコウノトリ2個体は、繁殖地から越冬地への追跡から継続して、越冬地から繁殖地への追跡も行なうことができた。南下の追跡に成功したタンチョウ4個体のうち3個体は、繁殖地から南下したのち中国東岸の渤海沿岸を経由して、揚子江河口の北方、塩城とその周辺に到着した。そこで越冬したものと思われる。残りの1個体は、中国東北部のリョウゲンを経由して朝鮮半島に入り、半島西部の漢江河口に到着して越冬した。これまで同じ繁殖地のタンチョウは同様の経路をとって同じ越冬地に到着すると考えられていたが、今回の調査によって少なくともヒンガンスク地域のタンチョウは、中国東岸と朝鮮半島の二つに分かれて越冬することがわかった。春の北上は渤海以北の経路が南下の時より北側の経路をたどり、前年の繁殖地へ到着した。

 コウノトリは、繁殖地から南下後、中国東岸の渤海沿岸を経由して、揚子江中流域のポーヤン湖に到着し、その付近で越冬するものが多かった。しかし、渤海沿岸にて越冬する個体もいた。北上は、タンチョウと同様に北よりの経路を通ったが、2000年春に北上を追跡した個体は中国黒竜江省チチハル付近まで、2001年春に北上を追跡した個体は吉林省農安付近まで北上した。いずれも前年の繁殖期に放鳥した地点とは異なっていた。南下の追跡では、10個体が上記の経路をたどり、ポーヤン湖付近で越冬した。残りの3個体は、渤海沿岸で越冬した。

 インド西部からの北上の追跡に成功したクロヅルは、ウズベキスタン、カザフスタンのキルギス平原を経由してロシア・シベリアの繁殖地へ到着した。さらに、北上を追跡した個体の1個体は、南下開始の時期は不明であるが、ブータンのNingsang La付近を経てインドのカーティアワール半島モルビ周辺で越冬した。捕獲された越冬地とは別の場所で、次の冬、越冬したことが確認された。これらの渡りの中継地や越冬地のいくつかには、生息地の環境の変化や有機塩素化合物による汚染など、保全上の問題があり、対象種の存続が危惧されている。

(2)ロシア北方林の生物多様性の解析及び共生系に与える森林撹乱の影響評価に関する研究

 本研究では、これまで情報の限られていたロシア極東における森林かく乱の実態とそれが生態系に及ぼす影響を把握することを目的とした。このため、ロシア極東のハバロフスク地方において、森林かく乱の再現とその社会経済的背景、森林かく乱が地球環境に及ぼす影響、森林かく乱が生物群集に及ぼす影響について調査した。森林かく乱は1980年代には平野部に近い地域で起きていた。1990年代に入りかく乱面積は減少していたが奥地でのかく乱が増加していた。ハバロフスク地方では地方政府としての森林政策の枠組みがほぼ整い、実効性を高めるための措置が取られてきたが、プーチン政権のもとで大きな揺れ動きが出てきている。環境保全への取り組みがロシア国内の業界の中からも進み始めているが、山村地域における貧困化はより一層深刻の度合いが増していた。

 CO2フラックスと土壌温度の間には高い正の相関があり、伐採地は原生林、択伐林より土壌温度が高くフラックスが大きかった。また、原生林のCH吸収は土壌水分率が上昇しても小さくならないため、伐採地や択伐林よりフラックスは高かった。調査地では人為起源の酸性化物質の流入が大きいことが示された。伐採地の土壌はプロトンが蓄積し酸性化しており、林地でも少なからずNO3が排出していたことから、樹木の吸収能を越えたNO3生成が生じており、酸性化とともに富栄養化、窒素飽和状態に近いことがうかがわれた。キノコ類は、択伐後間もない伐採地では原生林に比べ一時的に種数が減少しているが、択伐後20年以上経ると種数は原生林並に回復すると考えられた。また、アラゴケベニチャワンタケは長期間かく乱を受けていない林分の指標生物になると考えられた。伐採後1年目では余剰に供給された有機物によって土壌動物個体数は伐採区でやや高かった。伐採後2年目では、伐採による気象の変化や新鮮な資源供給の減少が生じたために土壌動物の個体数が減少傾向に転じたと考えられる。また、落葉の重量減少は現在の所ほぼ同様であったが、今後こうした分解者群集の変化の影響を受ける可能性がある。北方林の主要な構成樹種であるチョウセンゴヨウの種子分散にはシマリスとハントウアカネズミが重要な役割を果たしていたが、これらの種は大規模なかく乱の地の中心部には出現しなかった。このため、大規模な森林かく乱はチョウセンゴヨウの天然更新を著しく遅延させると考えられた。

 

4.考察

 本研究では、極東ロシアと中国を主要な対象地域とし、現地調査と、高度情報通新技術に基づく観測(衛星リモートセンシングと衛星無線追跡)を組み合わることにより、湿地と森林の現況と変化、およびそこに生息する渡り鳥、土壌動物、小型ほ乳類を含めた生態系の変化を解析した。このような手法によって、局地の調査結果と広域の観測を結びつけることができ、生態系を有機的なシステムとして捕らえる上で有効であった。

 

5.研究者略歴

課題代表者:田村正行

1950年生まれ、東京大学工学部卒業、工学博士

現在、国立環境研究所社会環境システム研究領域上席研究官

主要論文:

M. Tamura, H. Higuchi, H. Shimazaki, H. Oguma, Y. Darman, V. Andronov, M. Nagendran, and M. Parilov, Satellite observation of migration routes and habitats of cranes and storks in Russian Far East, Global Environmental Research, Vol. 4, pp. 207-217, 2001.

田村正行、高槻幸枝、航空機レーザースキャナーによる樹高計測、写真測量とリモートセンシング、Vol. 39, pp. 8-13, 2000.

田村正行、光学リモートセンシングと地球環境計測、オプトロニクス、Vol. 17pp.143-146, 1998.

 

サブテーマ代表者

(1) 田村正行(同上)

 

   ◆樋口広芳

1948年生まれ、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、農学博士

現在、東京大学大学院農学生命科学研究科教授

主要論文:

H. Higuchi, K. Ozaki, G. Fujita, J. Minton, M. Ueta, M. Soma and N. Mita, Satellite tracking of white-naped crane migration and the importance of the Korean demilitarized zone, Conservation Biology, Vol. 10, pp. 806-812, 1996.

H. Higuchi, V. Andronov, N. Mita, and Y. Kanai, Satellite tracking of the migration of the red-crowned crane, Grus japonensis. Ecological Research, Vol. 13, pp. 273-282, 1998.

H. Higuchi, M. Nagendran, Y. Darman, M. Tamura, V. Andronov, M. Parilov, H. Shimazaki, and E. Morishita, Migration and Habitat use of Oriental White Storks from Satellite Tracking Studies, Global Environ. Res. Vol. 4, pp. 169-182, 2001.

 

(2) :小泉 透

1957年生まれ、北海道大学大学院農学研究科博士後期課程修了、

森林総合研究所九州支所連絡調整室長、現在、森林総合研究所九州支所鳥獣研究室長

主要論文:

小泉透(1988)、エゾシカの管理に関する研究−森林施業と狩猟がエゾシカ個体群に及ぼす影響−、北大農演研報、45(1) : 127-186.

T. Koizumi, N. Ohtaishi, K. Kaji, Y. Yu, and K. Tokida (1993).  Conservation of white -lipped deer in China.  In Deer of China (eds. N. Ohtaishi and H. -I. Sheng) pp. 309-318, Elsevier Science Publishers, Amsterdam.

T. Koizumi (1998). Transition of forestry and wildlife damage in Japan.  In Forest protection in northeast Asia (eds. B. -Y. Lee, S. -G. Lee and B. -H. Yoo) pp. 9-18, Foresry Research Insrtitute, Seoul.