環境省地球環境・国際環境協力地球環境研究

東アジアの大気汚染が日本のオゾンに与える影響を定量的に解明
―バックグラウンドオゾンの季節変化と緯度依存性―

平成17年11月8日(火)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域
大気反応研究室主任研究員 谷本浩志
  (029-850-2930)

要旨:

 国立環境研究所の谷本浩志主任研究員は、気象研究所、農業環境技術研究所、九州大学、海洋開発研究機構との共同研究により、複数のモニタリングネットワークから統合化された地表オゾンの観測データを、新たに開発したアジア地域における領域化学輸送モデルを用いて解析し、日本周辺における地表オゾンの季節変化に緯度依存性があること、依存性を引き起こすアジア大陸からの長距離輸送のメカニズム、を明らかにした。
 北半球における対流圏オゾンは春季に極大となることが古くから知られているものの、その支配要因には成層圏オゾンの沈降と対流圏内における光化学生成があり、両者の定量的な理解が不足していた。本研究では、日本周辺における対流圏オゾンの性質を広範に調べるために、複数の観測プログラムから得られたデータを統合して季節変化の特徴を調べその緯度依存性を明らかにするとともに、日本に流入してくるオゾン濃度(以下、バックグラウンドオゾン、と呼ぶ)に及ぼす越境汚染の輸送メカニズムと寄与分を定量的に明らかにした。その結果、春季にはアジア大陸から日本に到達する際に日本の環境基準である60 ppbを既に超えていること、中国・韓国など東アジア諸国からの窒素酸化物の排出で5〜20 ppbのオゾン増加をもたらしていることが分かった。
 本研究は環境省の「地球環境研究総合推進費」における研究課題「日本におけるオゾンとその前駆物質の季節内・年々変動に及ぼす地域気候変化の影響に関する予備的研究」(研究代表者:谷本浩志)として実施された。また、研究成果の詳細は、アメリカ地球物理学速報誌「Geophysical Research Letters」のweb版に11月4日付けで掲載された。

本文:

1.背景

 近年、日本においては窒素酸化物や揮発性有機化合物の濃度が減少しているにも関わらず光化学オキシダント濃度が増加し、全国的に環境基準が達成されていないだけでなく、首都圏において光化学オキシダントの注意報発令日数が再び増加していることが大きな問題となっている。最近の研究から、アジア大陸におけるオゾン前駆物質排出量の増加が我が国のオゾン濃度の上昇に寄与していることも示唆されてきており、日本のどの地域が、どの季節に、どの程度の影響を受けるのか、といった基本情報を正確に把握することが重要であった。国立環境研究所では、日本の地上オゾン濃度、特にバックグラウンドオゾンの特徴と越境汚染の寄与分を調べるために、複数の観測プログラムから得られるデータを統合するとともに、領域化学輸送モデルを用いた生成・輸送メカニズムの定量的解明を目指してきた。

2.研究方法

 本研究では、酸性雨モニタリングネットワーク (EANET) ならびに全球大気監視プログラム (WMO/GAW) における観測データから、日本とアジア大陸の間に位置する7地点を選択し、1998年から2003年までの連続データを統合することで、6年間にわたる観測データセットを構築した(図1)。それにより、北東アジアにおける広域なオゾンの時間変動および空間分布を再現し、南北に長い日本における季節変化とその緯度依存性を調べた。特に、日本に流入してくるバックグラウンドオゾンについて重点的に調べ、その特徴を、国立環境研究所・九州大学で共同開発されている、アジア地域における領域化学輸送モデルを用いて、化学的生成と長距離輸送のメカニズムとその寄与を定量的に求めた。

3.結果

 図2に、統合された観測データを用いて構築された、日本の風上における地表オゾンの季節変化の緯度依存性を示す。オゾン濃度は冬季から徐々に上昇し、春季に極大となることが分かる。一方、夏季には太平洋からの気塊に覆われるため全国的に濃度は下がるが、低緯度帯ほど低濃度であることが分かる。秋季になると再び大陸からの気塊が卓越するため濃度は上昇するが、このような季節変化の振幅と位相はアジアモンスーンによって支配されていると考えられる。この図から、特に春季にみられる極大には、緯度によって微妙なずれがあることが分かる。つまり、春季のオゾン極大ははじめ、晩冬(3月)に低緯度 (20-30 ºN) に位置するが、続いて4月に高緯度 (40-50 ºN) にシフトし、最後に初夏(5月)に中緯度 (30-40 ºN) に移る、というものである。
 領域化学輸送モデルによってシミュレートされた、春季における地上レベルのオゾンの分布と風のベクトルを図3に示す。3月は比較的弱い光化学生成のため低緯度側にオゾンの高濃度ベルトが存在するが、卓越する西風で効率よく輸送される様子がみられる。4月になると、光化学生成が強まるとともに南西風によって日本の高緯度側にもオゾンが輸送されている様子がみてとれる。5月はさらにオゾンの光化学生成が強まるが、オゾンの大気中寿命も同時に短くなるとともに風が弱まるため、高濃度オゾンは日本全域には輸送されて来ない。しかしながら、中緯度帯では非常に大きな影響を受けていることが明瞭に分かる。このように、オゾンの生成位置と長距離輸送の経路・効率の違いが春季極大に見られる時間的・空間的ずれをもたらしていることが分かった。また、中国と韓国からの窒素酸化物排出を起源とするオゾンは、春季には5〜20 ppb程度もの寄与を占め、特に本州など中緯度帯で大きいことが分かった。また、沖縄など低緯度帯はもともとの濃度が低いため、相対的にはこれら越境汚染の寄与は大きいと考えられる。以上のことから、これら越境汚染が日本のオゾン濃度に影響を与え、環境基準の超過にも少なからず寄与していることが示された。

4.本研究の意義と今後の展開

 多地点における観測データを統合することにより、日本におけるバックグラウンドオゾンの緯度依存性を明らかにすることで、古くて新しい問題である対流圏オゾンの春季極大現象を支配するメカニズムの解明に資することができたと考えられる。また、高精度に統合された観測データに基づいて、最先端の化学輸送モデルによる解析を行ったことで、従来よりも実証的な解析結果が得られたと考えられる。今後、この結果を基に、対流圏オゾンならびにオキシダントについて、国内排出だけでなく越境汚染を考慮した半球規模の削減に向けた研究課題に取り組む必要がある。特に、アジア地域における社会経済活動の発展により、風下に位置する日本は今後、越境大気汚染によるオゾンのバックグラウンド濃度が増加することによる健康影響や植生影響のリスクが高まることが懸念される。

 図1:北東アジアにおける人為起源窒素酸化物 (NOx) の排出量分布と、本研究において解析の対象とした7ヶ所の観測地点(黒丸)と化学輸送モデルにおける診断面(紫線)。観測所コードはそれぞれ、RIS: 利尻, TPI: 竜飛岬, SDO: 佐渡, OKI; 隠岐, TSM: 対馬, ONW: 沖縄, YON: 与那国島を示す。

図2:統合された観測データによって再現された、日本におけるバックグラウンドオゾンの季節変化の緯度依存性。

図3:領域化学輸送モデルによってシミュレートされた、春季における地表オゾンの濃度分布と風のベクトル(左)と中国・韓国からの前駆物質によるオゾンの生成量(右)。黒点は観測ステーションの位置を示す。
 

  【論文題目】
雑誌名: Geophysical Research Letters
タイトル:“Significant latitudinal gradient in the surface ozone spring maximum over East Asia”
著者名:Hiroshi Tanimoto, Yousuke Sawa, Hidekazu Matsueda, Itsushi Uno, Toshimasa Ohara, Kazuyo Yamaji, Jun-ichi Kurokawa, Seiichiro Yonemura(国立環境研究所、気象研究所、九州大学、海洋開発研究機構の共同研究)

問い合わせ:

[研究担当者]
独立行政法人国立環境研究所
 大気圏環境研究領域 大気反応研究室 主任研究員 谷本浩志
  Tel: 029-850-2930  Fax: 029-850-2579  E-mail: tanimoto@nies.go.jp

[企画・広報担当者]
独立行政法人国立環境研究所
 企画・広報室 研究企画官 東岡礼治
  Tel: 029-850-2303  Fax: 029-851-2854  E-mail: higashioka@nies.go.jp