有機スズ化合物のうちトリブチルスズ化合物（TBT）及びトリフェニルスズ化合物（TPT）は、船底防汚塗料や漁網防汚剤として使用されていた。昭和59年度及び60年度に実施した化学物質環境調査で全国的な環境汚染が明らかとなり、TBTは昭和60年度から、TPTは昭和61年度から、「生物モニタリング」において生物媒体（貝類、魚類、鳥類）の調査を毎年実施してきた。

　また、これらの調査結果等を踏まえ、昭和63年度にTBT13物質、TPT７物質が化学物質審査規制法指定化学物質(現在の「第２種監視化学物質」)に指定され、これを監視するため水質及び底質についてTBTは昭和63年度から、TPTは平成元年度から「指定化学物質等検討調査」において毎年調査を実施してきた。

　平成14年度は、底質及び生物(貝類、魚類、鳥類)についてTBT、TPTの調査をモニタリング調査において実施した。平成15年度は、物質選定検討会においてTBT、TPTに加えジブチルスズ化合物(DBT)がモニタリング調査候補物質として選定され、同時分析が可能なジフェニルスズ化合物(DPT)及びモノフェニルスズ化合物(MPT)を加えた計５種類の有機スズ化合物について、底質及び生物（貝類、魚類、鳥類）の調査を実施した。

　ジブチルスズ化合物（DBT）、ジフェニルスズ化合物（DPT）及びモノフェニルスズ化合物（MPT）は、モニタリング調査では平成15年度に新たに加わった物質である。DBTはTBTの、DPT及びMPTはTPTの分解により非意図的に生成されるほか、DBTは塩化ビニルを主体とする共重合樹脂などの安定剤として使用されており 9)、またオキソジフェニルスズは、過去にポリ塩化ビニルの安定剤としての用途があった¹⁰⁾。
化学物質環境調査で過去に水質、底質、水生生物(魚類)についてDBTは昭和58、59、平成10、11年度に、DPT及びMPTは平成元、10、11年度に調査を実施している(魚類は平成10年度を除く)。

　環境省内の他の調査としては「水環境保全に向けた取組のための要調査項目リスト」(平成10年環境庁水質保全局水質管理課)にTBT、TPT、DBT、DPT及びMPTが挙げられ、平成13年度にDBT、DPT及びMPTについて水質の調査が実施されている⁷⁾。また、TBT及びTPTは「環境ホルモン戦略計画SPEED’98」(1998年5月。2000年11月改訂)に基づいた「内分泌撹乱化学物質環境実態調査」⁷⁾ において平成10年度以降調査を実施しているほか、TBT、TPT、DBT、DPT、MBT及びMPTは「海洋環境モニタリング調査」(地球環境局環境保全対策課) ⁸⁾ において沿岸200海里以内の水質、底質、水生生物(貝類、魚類)の調査を平成７年度以降実施している。

　なお、平成元年から平成２年にかけて、TBTの一種であるビス(トリブチルスズ)=オキシド（TBTO）が化学物質審査規制法に基づく第１種特定化学物質に指定され、指定化学物質であったTPT７物質及びTBTOを除くTBT13物質が同法に基づく第２種特定化学物質に指定されている。

　平成15年度のモニタリング調査において、底質、貝類及び魚類からはTBT、TPT、DBT及びDPTが検出され、鳥類からはTBT、DBTが検出された。

　TBTの測定結果は、底質で nd～450 ng/g-dry (幾何平均値 3.0 ng/g-dry)、貝類で tr(2)～25 ng/g-wet (同 10 ng/g-wet)、魚類でnd～72 ng/g-wet(同 7 ng/g-wet)、鳥類で nd～tr(1) ng/g-wet(同 nd)であった。

　TPTの測定結果は、底質で nd～540 ng/g-dry(幾何平均値 tr(0.27) ng/g-dry)、貝類で nd～27 ng/g-wet(同 2.8 ng/g-wet)、魚類でnd～30 ng/g-wet(幾何平均値 5.3 ng/g-wet)、鳥類で不検出であった。

　DBTの測定結果は、底質で nd～640 ng/g-dry(幾何平均値 5.5 ng/g-dry)、貝類で tr(2)～53 ng/g-wet(同 14 ng/g-wet)、魚類で nd～7 ng/g-wet(同 tr(1) ng/g-wet)、鳥類 nd～tr(3) ng/g-wet(同 nd)であった。

　DPTの測定結果は、底質で nd～120 ng/g-dry(幾何平均値 tr(0.14) ng/g-dry)、貝類で nd～1.6 ng/g-wet(同 nd)、魚類で nd～tr(1.3) ng/g-wet(同 nd)、鳥類で不検出であった。

　MPTの測定結果は、底質で nd～1,000 ng/g-dry(同 tr(1.9) ng/g-dry)、貝類・魚類・鳥類で不検出であった。

　底質は、TBT、TPTともに調査開始当初から最近に至るまでの残留状況は減少傾向にある。平成15年度は平成14年度と同等の検出状況であり、TBT、TPTともに依然として広範な地点で残留が認められる。DBT、DPT及びMPTはモニタリング調査としては初めてである。平成11年度の化学物質環境調査データと同等の検出状況であり、いずれも広範な地点で残留が認められる。

　貝類は、TBT、TPTともに調査開始当初の残留状況は減少傾向にあったが、近年は残留状況の変化に傾向は見られない。平成15年度は平成14年度と同等の検出状況であり、TBT、TPTともに依然として広範な地点で残留が認められる。DBT、DPT及びMPTは平成15年度が初めての調査である。DBTの濃度が魚類と比較して高い傾向が窺えた。DPT及びMPTは魚類と同等の濃度であった。

　魚類は、TBT、TPTともに調査開始当初の残留状況は減少傾向にあったが、近年は残留状況の変化に傾向は見られない。平成15年度は平成14年度と同等の検出状況であり、TBT、TPTともに依然として広範な地点で残留が認められる。DBT、DPT及びMPTはモニタリング調査としては初めてである。平成11年度の化学物質環境調査データと同等の検出状況であり、DBTは広範な地点で残留が認められる。

　鳥類は、過去にはTPTで平成元年度及び平成２年度に１地点で検出された他は検出下限値未満であった（検出下限値は平成13年度まではTBT: 10～50 ng/g-wet、TPT: 20 ng/g-wet、平成14年度はTBT: 1 ng/g-wet、TPT: 0.5 ng/g-wet）。平成15年度は定量下限値TBT: 3 ng/g-wet、TPT: 1.5 ng/g-wet、検出下限値 TBT: 1 ng/g-wet、TPT: 0.5 ng/g-wet、において調査し、TBT 1検体(tr(1)ng/g-wet)を除き不検出であったことから、残留状況に変化はないと判断される。鳥類のDBT、DPT及びMPTは平成15年度が初めての調査である。DBTはムクドリの不検出に対してウミネコはtr(1)～tr(3) ng/g-wetの検出があり、餌生物からの影響が示唆される結果となった。

　現在の我が国のTBT、TPTの生産状況（国内における開放系用途の生産／使用はほとんどない）を考慮すれば、TBT、TPT及びその分解生成物であるDPT、MPTの汚染状況はさらに改善されていくものと期待される。しかし、未規制国・地域の存在に伴う汚染も考えられることから、今後も引き続き環境汚染対策を継続するとともに、環境汚染状況を監視していく必要がある。また内分泌かく乱作用を有する疑いのある化学物質との指摘があることなどから、関連の情報を含め、毒性関連知見の収集に努めることも必要である。

　また、DBTは生産量が平成10年度 6,597 t(有機スズ系安定剤総量として)⁸⁾、平成14年度 5,428 t(同)⁹⁾であり、底質及び生物に残留が認められることから、その推移を監視するとともに、発生源の解明を含めた情報収集にも努めることが必要である。