2 国境を越える環境問題の動向
国境を越えた広がりを持った環境問題として、酸性雨、地域海の汚染、廃棄物の越境移動等の動向をみる。
(1) 酸性雨
酸性雨は、主に化石燃料の燃焼によって発生する硫黄酸化物、窒素酸化物が原因となって生ずると考えられているが、発生源から数千Kmも離れたところに降下することがあり、欧州や北米において国境を越えた問題となっている。
排出された硫黄酸化物等は、長距離にわたって移動する。例えば、欧州のほぼ中央に位置する西ドイツにおける外国との硫黄酸化物の越境収支をみると、隣接する東ドイツ、チェコスロバキア、フランス、オランダ、ベルギー等のみならず、イギリス、ポーランド、イタリア、さらには、イタリア、ソ連、北欧諸国、ユーゴスラビア、スペイン等とも収支があることがわかる(第3-1-9図)。
酸牲雨は、森林や農作物に直接的に、あるいは土壌の変化を通じて間接的に被害を与えたり、湖沼や河川を酸性化させ、魚類の減少をもたらす等生態系に影響を与えるとともに、建物や文化財へも被害を及ぼしており、欧州や北米では大きな社会問題、国際問題になっている。
欧州における森林被害の最近の状況をみると、総森林面積のうち被害が生じている森林面積の割合は、西ドイツ54%、ルクセンブルグ37%、オランダ34%、スイス34%(針葉樹のみ52%)、オーストリア10%、ポーランド8%、ハンガリー8%等となっており、西ドイツ西南部のシュバルツバルト(黒森)や東ドイツとチェコスロバキアにまたがるエルッ山脈等において被害が著しいといわれている(第3-1-10図)。また、湖沼等の酸性化については、例えばスウェーデン農業省の報告書によると、中規模以上の湖沼8万5,000のうち1万8,000の湖沼で酸性化か進み、このうち4,000の湖沼では影響が特に深刻で魚類等に相当の被害が生じているとされている。
(2) 地域海等の汚染
いくつかの国にまたがる海域等の汚染について、ここでは、イギリス、オランダ、西ドイツ、デンマーク等に囲まれた北海と、そこに流入する国際河川であるライン川の例をみてみる。
北海は、多くの干潟を有し、野島、アザラシ等の動物の生息地であるなど豊かな生態糸を形成する海域であり、重要な漁場であるとともに、沿岸部には保養地が連なっている。北海を取り囲む国々や、北海に流入するライン川(スイス、西ドイツ、フランス、オランダ)、エルベ川(チェコスロバキア、東ドイツ、西ドイツ)といった国際河川の関係国は、多くの人口を擁する世界有数の工業国であり、また、北海は、原油や天然ガスの産出地であるとともにタンカー等の海上交通の要衝になってる。
こうしたことから、北海には、水質汚濁の原因となる各種の重金属、化学物質、油、栄養塩類等が流入し、北海の生態系に様々な影響を与えている。北海への水質汚濁物質の流入には、沿岸部から直接流入するもの、河川を経由して流入するもの、汚泥として排出されるもの、廃棄物として船舶から廃棄されるもの及び大気を経由して降下するものとがある。北海への水質汚濁物質の流入量を、流入形態別にみると、第3-1-11表のとおりである。
地域海の環境問題は、北海のみならずバルト海、地中海等においても国際的な課題となっている。
また、北海への汚濁負荷の多くはライン川を経由しているが、ライン川自身も国際河川として国境を越える汚染問題を抱えている。関係国は、汚染防止のための条約を締結するなどその対策に努めてきたが、1986年11月に上流部バーゼル(スイス)の薬品工場の倉庫から火災に伴い水銀等が大量に流れ込み、中・下流部では、ウナギ等魚類の大量死滅等の被害が生じた。
(3) 有害廃棄物の越境移動
有害な廃棄物が、地理的、経済的等の理由から人為的に国境を越えて移動されるケースが多くなってきている。経済協力開発機構(OECD)によれば、1983年の有害な廃棄物の越境移動は、欧州のOECD諸国で220万t、同年の越境移動の件数は、欧州のOECD諸国で10万件、米国・カナダ間て5,000件とされている。廃棄物、特に有害廃棄物の越境移動は、移動の目的地における処理が不適切な場合には、河川、地下水、土譲等を汚染し人の健康等に深刻な影響を及ぼす危険性があるため、その管理等に関する国際的な取組が必要な環境問題になっている。そのきっかけになったのが、セベソ事件のダイオキシン廃棄物の越境移動である。
1976年7月に、北イタリアのセベソの化学工場で原材料が事故で噴出し、極めて毒性の強いダイオキシンが生成、放出されて広い範囲にわたって町か汚染された。後にダイオキシンに汚染された表土は除去されたが、このダイオキシンに汚染された土の入ったドラム缶が1983年春にイタリア国外に搬出され、その後約3ヶ月間行方がわからなくなった。セベソのダイオキシン廃棄物は最終的には、東部フランスで発見されたが、これを契機として、有害廃棄物の越境移動を管理するため、欧州共同体(EC)は1984年に指令を決定し、また、OECD、UNEP等で国際協定の策定等について検討が進められている。