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第1節 

1 地球的規模の環境問題の動向

(1) 大気環境
 大気環境の問題として、温室効果とオゾン層の破壊をみる。
ア 温室効果
 対流圏(地球をとりまく大気の最下層)内の二酸化炭素、クロロフルオロカーボン(以下、フロンガスという。)、亜酸化窒素、メタン等の量は増大している。
 これらの気体は、太陽からの日射エネルギーをほぼ完全に透過させるが、逆に、地表から放出される赤外線を途中で吸収して宇宙空間に熱が逃げるのを妨げることから、地上気温を上昇させる「温室効果」をもたらすとされている。
 例えば、二酸化炭素の濃度は産業革命以前には280ppm程度であったと推測されているが、その後の化石燃料の使用量増加に伴い上昇を続け、ハワイのマウナロアでの観測によれば、1986年で約346ppmに達しており、その上昇テンポは、近年は1.5ppm/年程度の割合で以前より高まっている(第3-1-1図)。また、フロンガスについても、アイルランド、米国、日本等において観測されているが、いずれの地点でも濃度は年々上昇している(第3-1-2図)。
 二酸化炭素等による温室効果とその影響については各種の予測がなされている(第3-1-3表)。1985年10月に国連環境計画(UNEP)/世界気象機関(WMO)/国際学術連合(ICSU)が主催したオーストリアのフィラハで行われた会議での報告によると、現在の趨勢が続けば、二酸化炭素等の温室効果を有する気体の濃度の上昇により、おそらく2030年代には地球の平均気温は、現在よりも1.5〜4.5℃(極地方においてはこの2〜3倍)上昇し、海面水位も20〜140cm上昇する(この数字には南極等陸上部の氷床の融解による影響は含まれていない。)と予測している。この結果、大規模な気候変動や沿岸地方の都市の浸水等が生じ大きな被害をもたらすおそれも否定できないと指摘しており、現在のうちに可能なかぎりの対策をとる必要があるとしている。また、2030年代には二酸化炭素以外の気体も二酸化炭素によるものと同程度の温室効果を有するレベルに達するとして、これらの気体の濃度上昇も重要な要素であると指摘している。
イ 成層圏のオゾンの破壊
 地球をとりまく大気中のオゾン(O3)は、その大部分が成層圏(地表から10数〜50数km)に分布しており、太陽から放射される有害な紫外線のほとんどを吸収している。
 ある種のフロンガス、例えば、フロン11、12、113が大気中に放出されると、これらの物質は非常に安定なため、対流圏では分解されずに成層圏に達し、そこで強い紫外線により分解して塩素原子を放出する。放出された塩素原子はオゾンの酸素原子を引き抜き、その結果オゾンは分解される。この反応は塩素原子を触媒として連鎖的に起こり、塩素原子1個により1万個程度のオゾン分子を破壊するといわれている。
 成層圏のオゾンが減少すると、地表に到達する有害な紫外線の量が増大し、皮膚ガンの増加、白内障等の眼疾患の増加や免疫機能の低下、農作物の収穫・品質の低下、水生生物への悪影響、プラスチックの品質の低下等をもたらすおそれがあるといわれている。例えば、UNEPのオゾン層調整委員会(CCOL)によると、オゾンが1%減少すると有害な紫外線の量が2%増加し、その結果皮膚ガンが4〜6%増加すると推計している。
 オゾンの変動の予測は、フロンガスの分解やオゾンの破壊等の化学反応やフロンガス等の拡散、大気の循環等を組み込んだ数値モデルにより行われている。予測の結果は放出されるフロンガス等の見積りによって変動するが、フロンガスの放出の規制を行わなかった場合、大気中のオゾンの全量は、2075年には最低でも7%、最高で50%以上減少するとする予測がある(米国環境保護庁資料による)。
 現在のところ、地球全体としては成層圏のオゾンの破壊やそれによる被害が顕在化しているわけではないが、南極大陸において、毎年春先に上空のオゾン濃度が急激に減少する現象(オゾンホールと呼はれる。)が観測され、その規模は年々拡大してきており(第3-1-4図)、これはフロンガス等による影響が南極特有の気象条件とあいまって生じているのではないかと懸念されている。


(2) 海洋生態系
 海洋生態系の問題として、海洋の汚染、湿地等の減少が生じている。
 海洋には、河川を経由したり、沿岸から直接流入するもののほか、船舶の運航やこれに伴う事故、海底油田開発等により各種の汚染物質が排出されている。油による汚染は、現在そのほとんどがメキシコ湾内、欧州、日本のタンカー航路及び米国と欧州間のタンカー航路に沿って見受けられる。油による海洋汚染は、鳥類、海洋哺乳動物等の野生生物、リゾート地、漁業等に大きな被害を与えることがある。また、地球全体でみた場合の影響についても、海面に広がった油膜により地球の水循環、大気循環に影響を及ぼす可能性があるといわれている。
 油以外にも化学物質等による海洋汚染の問題がある。化学物質等による汚染状況を把握するために生物モニタリングが世界各地において進められており、汚染源から遠く離れた外洋においてもDDT等の化学物質が検出される等地球的規模での汚染の広がりが指摘されている。
 また、湿地(マングローブ林、泥炭沼等)、サンゴ礁等の海洋・河口生態系の破壊が問題となっている。これらは、いずれも極めて豊かな生態系を形成しており、多くの生物の産卵地、生息地等となっている。例えば、マングローブ林は、熱帯から亜熱帯にかけての海岸・河口に分布する喬木、灌木の大群落であり優良な産卵場、稚魚の成育場となっているほか、海岸土壌の保全等多くの有用な機能を有している。マングローブ林の減少は、薪炭等としての伐採により、特に熱帯地方の開発途上国において著しく(第3-1-5図)、漁場の荒廃等の問題が生じている。「ENVI-RONMENTALAND SOCIO-ECONOMIC ASPECTS OF TROPI-CAL DEFORESTATION IN ASIA ANDTHE PACIFIC」(国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)1986年)によると、バングラデシュ、タイ等では、マングローブ林を切り開いてエビの養殖が行われ、マングローブ林の減少の一因となっているとされている。


(3) 陸上生態系
 陸上生態系の問題として、熱帯林の減少、砂漠化等が生じている。
ア 熱帯林の減少
 熱帯林は極めて多様な価値や役割を有している。
 熱帯林は、熱帯地方の人々にとって食糧、肥料、燃料等の供給源となる生活の基盤そのものである。世界的にみても食物の原産地の多くが熱帯林にあり、医薬品等の工業原料や建材等としても幅広く利用されている。また、熱帯林には世界の生物種のうち少なくとも半分が生息すると推測されており、「生物種の宝庫」とも呼ばれている。近年は、遺伝子資源の貯蔵庫としても注自されている。さらに、熱帯林は土壌保全、治山・治水、気候の緩和など様々な環境調節機能を有している。
 しかし、熱帯林は生態的に極めて脆弱である。熱帯林は、確立された造林技術がほとんどないとともに、栄養分の多くは木そのものに貯えられており、木が消失すると保護を失った土地からは、薄い表土が熱帯地方特有のスコールによって流されてしまい、たちまち不毛の地となってしまうことが多い。また、アマゾン等のような大きな熱帯林が失われれば、地球全体の二酸化炭素の循環に影響を与えて、地球的な気候変動をもたらす可能性があるともいわれている。
 「熱帯林資源評価調査」(UNEP/国連食糧農業機関(FAO)1982年)によると、全世界の熱帯林は1980年末で19億4,000万haであり、その分布状況は熱帯アメリカ9億ha、熱帯アフリカ7億ha、熱帯アジア3億4,000万haとなっている。また、熱帯林の減少面積は1981年から5年間において年平均で1,130万ha(本州の約半分に相当する。)と推測されている。なお、この数字は完全に他の用途に転換されたもののみであって、過放牧・薪炭材の採取や木材伐採等による荒廃は含まれていない。
 熱帯林減少の要困は、全体では焼畑移動耕作が最も多く45%を占めているとされており、そのほか定住農業の林地への拡大、薪炭材の採取、過放牧等とされている。
 熱帝林の減少の要因は、地域によって違いがある。
 世界の熱帯林の減少の要因をみると、熱帯アメリカでは焼畑移動耕作が35%を占め、過放牧がそれに次ぐ。熱帯アフリカにおいては原因の70%以上が焼畑移動耕作であり、そのほかに定住農業等によるものもある。熱帯アジアは全体として焼畑移動耕作が49%を占めており、そのほかに自然発生的な移住、入植等がある。一方、熱帯アジアにおける熱帯林の減少、荒廃の要因を南アジア(バングラデシュ、ブータン、インド、ネパール、パキスタン、スリランカ)、東南アジア大陸部(ビルマ、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム)及び東南アジアの島しょ部(マレーシア、インドネシア、フィリピン、パプアニューギニア)の三つの地域に分けてみると(ESCAP前掲報告書)、南アジアでは、薪炭材の採取と過放牧が、東南アジア大陸部では焼畑移動耕作がそれぞれ主要因であり、東南アジア島しょ部では商業用伐採が荒廃の、また間接的に減少の主要因であるとされている。
イ 砂漠化、土壌侵食等の土壌悪化
 UNEPによれば、砂漠化とは世界の乾燥地・半乾燥地(南極を除いた全世界の陸地面積の3分の1を占める。)における土地生産力の低下をいう。砂漠化によって年間600万ha(九州と四国の合計に相当する。)もの土地がほとんど回復不能なまでに荒廃し、また、既に砂漠化している土地は程度の軽いものを入れると約35億haに及んでいる。一方、深刻な砂漠化の影響を受けている人々は1984年において2億3,000万人と推定されている。これは、1977年の8,000万人と比較して大幅に増大しており、砂漠化の進行がより深刻なものとなっていることを示している。
 砂漠化の主な人為的要因は一般的には過放牧、過耕作、薪炭材用等の樹木の伐採であり、かんがい農地においては、不適切な水管理による塩害等である。
 砂漠化を農業土地利用形態別でみてみると、放牧農地において著しく、かんがい農地においては程度が軽いことがわかる(第3-1-6表)。
 アフリカのスーダノ・サヘル地域は世界で最も砂漠化が進行している地域であり、近年、大規模な干ばつによる飢餓が生じている。干ばつ自体は、周期的な気候変動によるところが大きいが、飢餓等の被害は、開墾の拡大による森林の減少、休耕期間の短縮、家畜頭数の増加(30年間で5倍)といった人口増加を背景にした人為的な要因により土地の生産力が低下していることもあり、以前の干ばつ時よりも増大している。
 砂漠化と密接な関係のあるものに土壌侵食がある。
 土壌侵食は乾燥地においては砂漠化を進行させ、乾燥地以外でも農業生産等に被害を与える。土壌侵食とは土地から南や風によって表土が失われてしまう現象であり、傾斜地への耕作、樹木の伐採、不適切な農業方法等の人為的な要因による土地への圧力が原因になっている。現在、人口増加等を背景として農地として適さない急傾斜地においても耕地の開発が進められており、土壌侵食は今後ますます増大すると考えられる。全世界の耕地における土壌流失量は1984年において約254億tと推定されている。そのうち、世界の主要な穀物生産地である米国、ソ連、インド、中国で約半数を占めている(第3-1-7図)。
 そのほか、開発途上国においては燃料の不足から本来は優良な肥料となるべき家畜等のふんや収穫残余物を燃料として使用する場合が多く、土地の生産力の低下をもたらしている場合もある。また、都市化等による優良農地の喪失も世界的に進んでいる。


(4) 野生生物の種の減少
 野生生物は、食糧、工業製品、医薬品等の原料となるほか、品種改良や近年のバイオテクノロジーの発展を支える遺伝子資源として有用性が増大している。例えば、「環境と開発に関する世界委員会」報告等によると、処方薬のうち半数は野生生物に起源を持ち、野生生物に起源を持つ医薬品の経済価値は、全世界で年間400億ドル、米国で同140億ドルと推定されている。さらに、学術・文化上の価値も大きい。
 地球上には動植物の種が500万〜1,000万あると推定されているが、現在科学分類されているものは150万程度にすぎず、さらに資源的価値が詳細に調査されたものとなるともっと少ない。したがって、今後調査が進めば人類にとって有用な種が数多く判明していくと考えられる。
 野生生物の種は、人類の活動に伴う熱帯林等の生息地の破壊、商業取引等のための乱獲、外来種の侵入等によって、急激に減少している。地球上の生物はすべて生態系の微妙なバランスのもとに生存しており、急激な種の減少による生態系の変化か与える影響ははかり知れないものがある。
 恐竜時代からの種の絶滅速度は現在急激に加速していることが推定されている(第3-1-8表)。
 また、国際自然保護連合(IUCN)等によると、2000年までに概ね50万〜100万種が絶滅すると予測され、その速度(概ね2万5,000種〜5万種/年)は飛躍的に加速するとみられている。
 現在絶滅の危機に瀕していると特定されているものは、IUCN(1986年)によると、哺乳類385種、鳥類428種、は虫類143種、両生類46種、魚類286種、無脊椎動物1,829種、植物1万5,870種となっている。

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