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第3節 

2 先端技術と環境

 エレクトロニクス、バイオテクノロジー、新素材等の先端技術は、環境に対して新たな負荷を与える可能性も考えられる一方、先端技術を積極的に活用することにより、環境保全の一層の推進を図ることが期待されている。
 以下、先端技術と環境とのかかわりをみていくこととする。
(1) 先端技術の動向
 現在、新たな技術革新の中核となっているのは、エレクトロニクス技術である。エレクトロニクス技術は、近年、急速な発展をみせており、なかでもICについては、既に超LSI(高度集積回路)の時代になっている。ICは、コンピュータの性能の向上に利用されるばかりでなく、産業用ロボット、情報通信機器、家電製品、自動車等多種多様な機器に組み込まれ、その機能を飛躍的に向上させている。ICを中心とするエレクトロニクスの急速な進展は、情報処理技術や通信技術を発展させ、情報化社会の到来をもたらしている。また、現在、産業化は進んでいないが、将来大きな技術開発の進展が予測されている分野としてバイオテクノロジーがある。さらに、太陽エネルギー、石炭液化・ガス化、地熱、バイオマス(ある時点で一定の空間内に存在する生物体の量。バイオマス資源の主なものは植物資源。)などの新エネルギーの開発、普及や様々な分野における技術革新を支える基盤技術としての新素材の開発も期待されている。
(2) 先端技術と環境保全
 はじめに、既に産業化が進んでいる技術先端型の業種について、立地動向及び用水使用の状況を概観する。次に、先端産業のうちでも産業化の進展が著しいIC産業と、新たな技術として産業化が期待されているバイオテクノロジーを例にとって、先端技術と環境とのかかわりを詳しくみていくこととする。
ア 技術先端型業種の立地と用水使用
 第2-3-2図は、技術先端型7業種(日本標準産業分類による医薬品、通信・同関連機器、電子応用装置、電気計測器、電子機器部品、医療用機器、光学機械・レンズの7業種。以下同じ。)と全業種の立地件数の推移をみたものである。昭和59年における技術先端型業種の立地件数は453件となっており、全業種の19.2%を占めている。技術先端型業種の立地件数が全業種の立地件数に占める割合の推移をみると、55年以降、57年9.9%、58年14.0%、59年19.2%と急激に増加している。また、技術先端型業種の立地動向を内陸、臨海別にみると、立地面積の9割以上が内陸立地となっている。
 次に、技術先端型7業種の用水使用の状況を、加工組立型産業及び素材型産業と対比してみることとする。
 まず、用途別淡水使用量の構成をみると、技術先端型業種は、冷却用水(工場の設備又は製品の冷却用に使用された水。47.4%)及び温調用水(工場内の温度又は湿度の調整のために使用された水。33.8%)の両者で約8割を占めている。特に、温調用水の割合が、素材型産業に比して、相対的に高いことが特色としてあげられる。また、淡水補給水量における水源構成をみると、技術先端型業種は、加工組立型産業と同じく、井戸水の構成割合が高いことが特色となっている。さらに、回収率(淡水使用水量に占める回収水の割合)についてみると、技術先端型業種は、超純水の使用にみられるように高品質な水を必要とするなど回収利用には一定の限界があることから、68.7%と、加工組立型産業の80.6%、素材型産業の75.4%より低い(第2-3-3表)。
 なお、技術先端型業種は医薬品製造業を除き、海水は使用していない。
イ IC産業と環境
 IC産業の生産額、立地条件、用水使用及び使用化学物質について述べた後、IC産業と環境保全とのかかわりをみることとする。
(ア) 生産額、立地条件
 59年のICの生産額は1兆9,739億円、生産数量は約95億個となっている。近年、ICの生産額は急速に増加しており、56年から59年にかけて平均23.1%の伸びとなっている(第2-3-4図)。
 半導体を製造する工場の立地は、30年代の後半から関東周辺を中心に急速に進んだ。40年代の前半になると東北、甲信、近畿、九州への立地が進んだが、特に、九州地方で各社の工業立地が続いた。50年代になるとその他の地域にも工場立地が進み、日本全国のいわゆるシリコンアイランド化が進んだ。
 IC工場の立地条件としては、用水の確保が容易であること、空港に近接しているなど市場へのアクセスが容易であること、労働力が豊富であること等があげられる。
(イ) 用水使用、使用化学物質
 IC産業(集積回路製造業)の用水使用の状況をみると、用途別淡水使用量については温調用水の割合が高くなっている(第2-3-3表)。淡水補給水量における水源構成は、加工組立型産業の平均に近い数字となっている。また、回収率は83.4%であり、高い水準にある。
 次に、IC産業の用水使用量についてみると、業種全体の用水使用量はそれほど多くなく、また、一事業所当たりの用水使用量は、紙パルプ、鉄鋼、化学といった用水型の産業に比べれば少ないものの、加工組立型産業としては一事業所当たりの用水使用量及び井戸水使用量は多いものとなっている(第2-3-5表)。
 このほか、IC産業の用水使用については、製品の洗浄等の工程において高品質の水(純水または超純水)を必要としていることが特色としてあげられる。
 また、IC工場における、化学物質の使用状況をみると、産業全体の中での使用量はそれほど多くないとみられるものの種々の形態で使用されている。IC工場で使用されている主な化学物質について、シリコンを基盤とするICの代表的な製造工程に沿ってみていくこととする(第2-3-6図)。
 ICの高集積化が進むにつれて、ICの最小線幅は極めて微細なものとなっており、ごく小さな粒子でさえ製品の不良化を招き、また、不用な金属イオン等の混入は電気的特性に悪影響を及ぼすと言われている。このため、洗浄はIC製造の重要な工程であり、この工程においては、フッ酸等のほかに、トリクロロエチレン等の有機塩素系溶剤が使用されている。また、ウエハ(高純度のシリコン単結晶棒を薄く輪切りしたもの。この上に、電子回路を写真製版する。)に微量な化学物質を添加し半導体としての機能を持たせるための拡散とよばれる工程でな、ヒ素、燐、ホウ素等の化合物が用いられる。ウエハ表面に絶縁膜、半導体膜を化学反応により形成するCVD(科学的蒸着)とよばれる工程では、ケイ素等の化合物が使用される。さらに、ウエハ表面からヒ素等の不純物を添加するために、酸化膜を除去したり、ウエハ表面に蒸着した金属膜を配線加工するためのエッチング工程では、フッ酸等が使用される。
(ウ) 環境への配慮
 IC産業については、エネルギー消費量が少ないこと等から、硫黄酸化物等のこれまで問題とされてきた汚染物質による環境負荷は比較的小さいと考えられる。
 しかしながら、IC産業で使用されている化学物質の中には、労働環境において生体への影響があるとされている物質もあり、一般環境における影響について未解明な物質もある。このため、未規制物質の排ガスや排水の処理については、IC工場において自主的に対応がなされている。また、IC工場と地方公共団体との間で公害防止協定を締結することにより、環境保全に努めているところもみられる。
 一般に化学物質は使用形態に応じて適切な管理が行われなければ、製造、使用、廃棄等の過程で環境中へ漏出する可能性がある。また、化学物質による環境汚染は、一般汚染が進むと、その回復が困難な面もある。
 以上のようなことから、今後とも、化学物質の性状に関する知見の集積に努めるとともに、生産から廃棄に至るまで化学物質の安全管理を徹底することにより、環境汚染の未然防止に努めていくことが重要である。
 なお、地盤沈下に生ずるおそれのある地域においては、その防止に配慮することも必要である。
(エ) IC(エレクトロニクス)を使用した環境保全
 ICの開発、普及は、各種機器の機能向上、省力化をもたらしているが、公害防止装置の制御機能を向上させるなど環境保全にも寄与してきている。今後,ICを中心とするエレクトロニクスの急速な進展を背景として、情報処理技術、通信技術が一層発展するものと予測されているが、こうした中で、このような技術を環境保全に積極的に利用していくことが期待される。
 すなわち、公害防止装置の機能の向上に加え、大気汚染監視システムや水質汚濁監視システム、さらには光化学大気汚染の予測システムなどの実用化が進展することが期待される。また、地域内交通制御システム等が実用化され、都市機能を高度化させるとともに、環境保全の推進に寄与することが望まれる。
 さらに、今後の環境行政を推進していく上で、環境に関連する各種データを体系的に収集・管理するための情報基盤の整備を積極的に進めていくことも重要である。
ウ バイオテクノロジーと環境
 はじめに、バイオテクノロジーの現況について述べ、次いで、環境への配慮、バイオテクノロジーを利用した環境保全についてみることとする。
(ア) バイオテクノロジーの現況
 バイオテクノロジーは、生命現象の原理を工学的に応用する技術の総称であり、みそ、しょうゆの醸造技術等も広い意味ではバイオテクノロジーの一種と考えられる。しかしながら、近年、社会的に注目を集めている新たなバイオテクノロジーは、分子生物学等の進展を基礎とし、組換えDNA、細胞融合、細胞大量培養、バイオリアクターなどの技術をその内容としている。それぞれの技術の内容は、次のとおりである。
 組換えDNA技術……人為的にDNAの組換えを行い、自然界に存在しない新しい遺伝子の組合せをもつ細胞をつくる。
 細胞融合技術……………異種の細胞を融合することにより、交配によらず雑種細胞をつくる。
 大量培養技術…………有用な細胞を効率よく大量に培養する。
 バイオリアクター……固定された微生物や酵素を触媒とし、物質の分解、合成、化学変換を連続的かつ効率的に行う。
 バイオテクノロジーは、21世紀にかけて、医療、農業、環境、化学、資源、エネルギーなど広範な分野に様々なインパクトを及ぼしていくものと考えられる。
 一方、バイオテクノロジーは生命科学を応用した新しい技術であり、産業化が進展するまでには、技術開発の推進に加えて種々の課題を解決していくことが求められている。環境への配慮も重要な課題の一つである。
(イ) 環境への配慮
 組換えDNA技術は、人為的にDNAの組換えを行うものであり、用いられる試料によっては、人体や環境に有害な新たな生物が生み出されて潜在的な危険性を招来する可能性も考えられることから、その実施については慎重に行う必要があるとされている。
 我が国においては、52年に科学技術会議が「長期的展望に立った総合的科学技術政策の基本について」の諮問に対する答申において、組換えDNA研究については安全性を確保するための指針が必要であることを指摘している。その後、53年には学術審議会が組換えDNA実験の安全性を保証するための指針案を作成し、これを受けて、大学等の研究機関等における組換えDNA実験指針が告示された。さらに、国・公立試験研究機関、民間試験研究機関を含む国全体の指針については、54年、科学技術会議が「遺伝子組換え研究の推進方策の基本について」の諮問に対する答申において、組換えDNA研究の安全確保のための指針を示した。内閣総理大臣は、これを受けて、同年、組換えDNA実験指針を決定しており、その後、この実験指針に基づき安全性を確保しつつ本格的な実験が進められている。
 他方、新たな生物種が環境中の各種生物相と直接的に接触する開放系で組換えDNA技術等を用いることについては、いまだ安全確保のための明確な考え方が示されていない状況にある。(開放系での組換えDNA研究については、前記指針の下で国の指導により安全確保を図りつつ進めることとされている。)
 このため、例えば、組換え生物の野外における利用のような場合には、人の健康に与える影響はもとより生態系に与える影響も含め、環境保全の観点から十分な配慮が必要である。
(ウ) バイオテクノロジーを利用した環境保全
 廃水処理等の分野においては、古くから微生物を用いた環境保全が行われている。微生物は、酸化還元作用、脱炭酸作用、加水分解作用など種々の化学作用を起こす能力を有しており、廃水処理に用いられる活性汚泥法等は、微生物が有するこうした物質交換機能を応用した処理法である。したがって、従来から廃水処理に用いられている生物処理技術も広義にはバイオテクノロジーの一種と考えることができる。
 現行の廃水処理技術には、生物的処理のほかに、物理、化学的処理があるが、必ずしも十分なものではない。すなわち、使用するエネルギー量が多量であること、多量の汚泥処理のための処分地の確保が困難になっていること、重金属や窒素、燐の処理が困難であること、等の問題がある。
 こうした従来の廃水処理技術の問題点を解決し、より小さなエネルギーで処理水質の向上を図るため、遺伝子工学等を背景とする新たなバイオテクノロジーに大きな期待が寄せられている。
 廃水処理以外の環境保全分野においても、新たなバイオテクノロジーは、大きな可能性を有している。今後,PCB、有機フッ素化合物等の難分解汚染物質、有害な重金属含有廃棄物、有害ガス等の効率的な浄化又は無害化処理技術の開発、さらには、微生物の有するセンサー機能を活用することにより、大気、水質及び土壌の汚染状況を計測する技術の開発が期待されている。
エ 今後の課題
 これまでみてきたように、先端技術を中心とする新たな技術革新は、必ずしもかつてのような汚染の増大を意味するものではないが、環境に対して新たな負荷をもたらす可能性も考えられる。今後、先端技術を円滑に導入するためには、環境の保全に留意していくことも必要である。
 この際、基本となるのは、環境汚染の未然防止の徹底である。このような観点から化学物質の生産、流通、使用、廃棄等の実態、性状等に関する情報を収集し、環境保全上何らかの支障を生ずるおそれのある物質については、環境に対する安全性の評価を行っていくとともに、環境汚染状況の把握に努める必要がある。

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