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第2節 

5 身近な自然とのふれあい

 都市化の進展に伴う自然の改変により、日常生活の中で自然とふれあう機会は少なくなり、季節感もかなり失われてきた。このため自然とのふれあいを求める都市住民の意識はますます高まってきている。
(1) 都市化と自然の減少
ア 東京都を例にとって、大都市の緑地の減少の状況をみると、第2-2-16図に示すとおり、47年から58年までの10年間においては、多摩地域における宅地化の進行が著しく、住宅地は47年の13%から58年の21%へと拡大してきている。これに伴い田畑、草地、平地林等の緑地は、急速に減少していることがわかる。
イ 次に、首都圏における身近な自然の状況についてみよう。第2-2-17図は、首都圏80キロメートル圏について40年から50年の10年間の人口密度の変化を緑地に対する人為的干渉度合の指標として6類型に分類した図である。ここから急速な都市化の進展とそれに伴う身近な自然の喪失をうかがうことができる。
 緑地は人間に利用される対象として存在するだけではなく、さまざまな生物が生活してゆく場でもある。そこで、緑地に生活する小動物をも含めて身近な自然とのふれあいを考えることとする。第2-2-18図は、前述の6類型の地域について、それぞれの地域の植生や地形等から考えて生息が可能である小動物と人々との出合いの可能性を示したものである。
 これによると、哺乳類では森林地域型においては、サル、シカ等の中大型獣をはじめとして、かなり多様な種との出合いが可能である。しかし、人為的干渉の度合が強まるのに伴い、小型獣の限られた種がわずかに生育しているにすぎないことがわかる。また、鳥類では、森林地域型等においてオオルリ、カワガラスのように山地や渓流に生息する鳥がみられるのに対し、既成市街地型等ではドバト、スズメなど人里性の鳥類に限られていること、さらに、昆虫類では、人為的干渉の度合の強い地域ほど、昆虫相が貧弱になっていること等がわかる。
ウ 平塚市博物館では、セミ類を環境指標生物としてとらえ、市街地化と地域の自然度との関係を調べている。
 これによると、平塚市では、6種のセミの発生が確認され、次のことが明らかになった。スギ人工林を除く森林ではアブラゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミが比較的多いが、市街地の人家の庭、都市公園・学校ではヒグラシ、ミンミンゼミが姿を消し、アブラゼミの占める割合が大きくなっている。また、市街地の中の社寺林では、全般的にアブラゼミの比率が高くなっているが、自然林が多く残されている所ほどミンミンゼミもかなりみられ、わずかだがヒグラシも生息している。一方、果樹園では、アブラゼミの占める割合がかなり高くなっている(第2-2-19図)。
 このことから、森林においてまんべんなく見られたセミの種類は、都市化の進んだ地域、人為的な干渉の強い土地利用の所ほど、その多様性が低くなる傾向があり、市街地の中では、自然林が多く残されている社寺林ほど森林性の種の発生場所として重要であることがわかる。


(2) 自然志向意識の高まり
 このような自然の減少に伴い、身近にふれあうことのできる自然を求める人々の意識は、近年ますます高まっている。
ア 「自然保護に関する世論調査」(56年6月総理府調べ)によると、居住地周辺の緑の自然について恵まれていないと思っている者は、10大都市では30%、東京都区部では47%にも及び、恵まれていないと思っている者の8割以上が、居住地周辺にもっと緑の自然がほしいと思っている(第2-2-20図)。
イ また、子供と自然とのふれあいの機会が減少していることを多くの親が問題に感じている。
 ある生命保険会社が59年に行った調査によると、73%の親が自分の子供時代と比較して、現代の子供は「まわりが都市化して自然がなくなったから」自然の中で遊ぶことが少なくなったとしている。そして、子供の自然とのふれあいの減少を問題視する親は83%に上っているほか、60%の親が「今は不十分だが、今後はもっと(自然の中で)遊ばせてやりたい」と考えている。
ウ 身近な自然の減少は、さらに、都市住民の自然保護意識を高めている。「知床国立公園内100平方メートル運動」は知床国立公園内の約470ヘクタールの民有地を北海道斜里町が買い上げるために、一般からの拠金を募っているものであり、我が国の国民環境基金(ナショナル・トラスト)活動の代表的事例とも言える。この活動への参加者は、60年1月末までに21,872人に上っている。
 参加者を地域別にみると、全参加者のうち、東京都が19%、千葉、埼玉、神奈川の3県合計、大阪、京都、兵庫の3府県合計及び北海道がそれぞれ16%となっており、大都市中心の参加がみられる。
 これは、身のまわりの自然が減少している大都市住民の中に、身のまわりのみならず、遠く離れていても、我が国に残された貴重な自然を保存していきたいという意識が高まってきていることを反映しているとみることができる。


(3) 都市における自然環境の保全・創出の取組
 都市における身近な自然は、大気の浄化、気象の緩和、無秩序な市街地化の防止、公害、災害の防止等に大きな役割を果たすとともに、レクリエーション空間を提供したり、美しい街並の構成要素となることにより、住民にやすらぎやうるおいを与える効果をもっている。
 このため、都市公園等の整備や「都市緑地保全法」等に基づいた緑地の保全等を通じ、身近な自然の保全・創出が図られている。また、新宿御苑、京都御苑等の国民公園を活用して都市における自然環境の保全が進められている。
 さらに、全国各地で、自然の保全・創出に取り組む運動が活発に展開されている。
ア 東京都では、清流復活の事業に取り組んでいる。
 野火止(のびどめ)用水は戦前までの300年間、飲料水、かんがい用水として活用されていたが、戦後の急激な宅地化に伴い次第にその価値を失い、雑排水路と化した。
 しかし、流域各市で清流復活を求める声が高まったのを受けて、56年東京都では、多摩川上流処理場において下水の二次処理水を砂ろ過し用水へ放流する工事に着手し、野火止用水は59年8月に復活した。現在、流域各市の住民は、流域の散歩や水遊びに興じるだけでなく、積極的に流域を清掃したり、コイを放流したりすることで、身近な清流の保全・創出に参加している。
イ 神奈川県では、国民環境基金(ナショナル・トラスト)に関する制度の創設に向けての検討を進めている。
 59年10月に発表された「神奈川県におけるナショナル・トラスト制度中間提言」では、県民主体の「(財)みどりの県民議会(仮称)」と条例に基づいた「神奈川トラストみどり基金(仮称)」を設け、基金は、地域の自然環境・歴史的環境の買入れ、寄贈の受入れなどを行い、財団は、優先的に保全を図るべき緑地等の買入れについて基金に申入れを行うことなどが提唱されている。
 このような事例は、都市における自然を保全・創出していく上で、注目される。

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