2 環境汚染と自然改変
(1) 高度経済成長時代の環境問題
我が国経済は、高度成長時代の経済社会活動の拡大により高密度な経済社会が形成された。その過程で環境問題は深刻化し、全国的に広がっていった。
高度経済成長時代には重化学工業化が著しかったため、その過程でいわゆる産業公害が拡大し、四大公害事件といわれたイタイイタイ病、新潟水俣病、四日市ぜん息、熊本水俣病等人の生命、健康に被害を生じた例さえみられた。
戦後早くからコンビナートが形成されてきた四日市地区は、住居地区の周囲を工業地区が囲む形で、企業が集団的に立地し、操業が行われたが、その過程で風向、風速等の気象条件等も加わって、大気汚染による健康被害が多発することとなった。
水俣病については、工場の廃液中に危険な副生成物が混入することにより、重大な健康被害が生じたものである。
また、工業開発のみならず、都市開発や観光開発においても、環境問題が生じた。都市域における水質汚濁や交通公害、あるいは観光地における大規模な自然改変等があげられる。
このような個々の経済社会活動による問題の発生に対して、公的規制、生活関連の社会資本の整備等が行われたが、更に、環境汚染の全国的な広がりに対応するため、環境汚染防止対策の急速な強化、拡充が必要とされる状況となった。例えば、下水道普及率は第2-1-2表に示すように我が国は欧米諸国と比べ大きく立ち遅れており、その整備の促進が求められるようになった。
このような高度経済成長時代における環境の悪化とともに、国民も環境問題に次第に強い意識をもつようになってきた。
(2) 環境汚染の広がり
高度経済成長の過程で四大公害事件が発生するとともに、その後45年になると、新しい型の公害現象が数多く出現し、公害問題は新たな深刻な段階に入る様相を示した。例えば、東京都杉並区において従来知られていなかった光化学スモッグによる被害が発生し、国民に衝撃を与えた。また、群馬県安中市や富山県黒部市において、工場、鉱山等からのカドミウム等による農作物や土壌の汚染問題が起こったほか、パルプ残さいによる田子の浦港における広範囲なヘドロ問題等蓄積性の公害が表面化した。ここに及んで公害問題の範囲は広がり大きな社会問題となっていた。
公害に対する苦情が急速に増加し、公害の解決が強い社会的要請となった。それに対し42年の「公害対策基本法」の制定を始めとし、45年には「水質汚濁防止法」等の14の法律が制定された。また、46年には環境庁が新設されるなど環境政策は整備、強化されることとなり、工場などからの排煙や排水についてはより厳しい規制がとられることとなる一方、騒音、振動、悪臭などについても防止のための施策が順次整備されてきている。
これらの規制等に対応するため企業も種々の公害防止対策や生産方法の改善等を行ってきた。自動車についても排出ガス及び騒音規制の強化・拡充が行われ、エンジンの改良などが進められてきた。
更に水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜん息などの大気汚染系疾病等の公害健康被害者に対しては、44年に制定された旧「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」及びそれを引継ぎ、48年に制定された「公害健康被害補償法」(以下「補償法」という。)により救済が図られていくことになった。補償法に基づき84,884人が認定され(57年1月末現在)補償給付の支給等を受けている。
一方、化学物質の中には、環境中で比較的変化しにくく、かつ、生物体内に吸収され残留するような性状をもっているため、特に注意を要するものがある。このため、48年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」が制定され、新規の化学物質については、難分解、生体蓄積性、慢性毒性があるかどうかを製造又は輸入前に審査を行うとともにこれらの性状をすべて有する化学物質(特定化学物質)については、製造、輸入、使用等の規制が行われることとなった。
また、同法において審査の対象外となった既存の化学物質についても、安全性の点検作業が進められている。これまでに同法に基づきPCBを始め7物質が特定化学物質として指定されている。
(3) 自然改変
戦後の経済社会活動の拡大と都市化の進展は、自然環境にも大きな影響を及ぼした。戦後復興期には、美しい風景を再確認し、あるいは観光資源とすることを目的として、国立公園等への指定の要望が多かった。他方、生活の困窮に悩んでいた当時としては、その解決が緊急の課題であったため資源開発等の施策が実施され、現在からみるとすぐれた自然景観がやむを得ず失われた例もみられる。
高度経済成長時代になると、自然公園内で観光道路が次々と建設されるなど、観光開発が自然改変の大きな要因となってきた。
特に愛媛県の石鎚スカイライン、山梨県の富士スバルライン等の山岳の観光道路は、周辺の景観や森林の動植物の保護にとって大きな問題となった。また、工業開発による自然改変も広くみられるに至った。例えば、工場団地造成の多くは臨海部の埋立てによったが、それにより自然の海岸線が減少し景観が破壊されレクレーションの場が失われるなどの事例が生じた。更に、無秩序に都市開発が進んだため、緑地等の都市における自然環境が大きく改変された。