3 都市・生活型公害への対応
1977年、OECDは我が国の環境政策について調査を行い、「日本の環境政策」という報告書を提出した。その中でOECDは日本の環境政策は公害防止に集中してきた結果、多くの汚染物質、とくに大気汚染や有害物質の分野における汚染の増大傾向を確実に逆転させることができた。しかし、成功をおさめたのは、産業公害のウェイトが高い汚染因子であり、窒素酸化物、BOD、CODなどの都市・生活型公害のウエイトの高い汚染因子は悪化はとまったものの大きな改善はみられないし、静けさ、美しさなども顕著な前進を示していないという趣旨の指摘を行っている。
その後改善を示している指標もみられるが、生活環境の質の悪化は、交通公害、水質汚濁、近隣騒音など、都市域におけるサービス経済活動の拡大と人口の急速な都市集中が結びついて生じているのもが多く、都市・生活型公害に起因するところが大きい。
(1) 発生源対策
産業公害に対しては、主として発生源対策がとられ、個別の排出規制が行われてきている。都市・生活型公害に対しても、自動車、鉄道、飛行機などの移動発生源に対しては大気汚染や騒音の防止のため、個別の規制による発生源対策が進み、個々の交通機関の段階ではかなり低公害化努力が払われている。このような発生源対策がなかったならば、高密度化していく都市の環境が一層悪化していたであろうことは確かである。しかし、特に大都市においては、交通量の増大、交通手段の大型化とともに、急速な都市化の進展がそれを相殺し、目にみえた環境質の改善には結びつかなかった。従って発生源対策と並んで他の多様な対策が同時並行して進められなければならないが、発生源対策は、環境負荷を内部化することを通じて結果として、低公害型技術の開発を促進した面もあり、今後ともその適切な活用が必要である。
(2) 都市構造対策
発生源対策と並んで、土地利用の適正化、社会資本の整備を通じて、交通体系、物流システム、生活排出物処理システムなどの都市構造対策を進めていくことが必要である。
我が国の都市交通は主として鉄道により形成されてきたが、自動車の普及とともに道路が歩行空間から急激に自動車交通空間に変ってきた。一方、欧米では馬車という交通機関を持っていて、徐々に自動車交通を受け入れてきたという道路構造の歴史的形成過程を経ながら現在なお欧米においても自動車交通が大きな都市問題となっていることと併せ考えるなら、自動車交通が我が国の都市の構造に極めて大きな負担となっていることが理解できよう。また、都市的サービス機能を充実していく上で、鉄道、飛行機などの公共輸送機関も大きな役割を占めている。
また、し尿が農地に還元される有機物のリサイクル・システムをつい最近まで持つていた我が国の都市と、このようなシステムを持たなかったために、かなり早い時期から下水処理を進めなければならなかったヨーロッパ諸国とでは、都市化の出発点において既に都市の構造にちがいがあったといえる。
都市構造対策の方向は次のようなものと考えられる。交通公害に対しては、その一つは、都市環境への負荷の増大を抑制するような都市交通システムの再編成、その二つは、物流拠点施設の有機的整備、物流の集約化、合理化などを含めた都市物流システムの再編成、その三つは、人々の居住空間と交通空間を隔離するためのしゃ音壁や緩衝緑地の設置あるいは交通施設周辺の土地利用の適正化などの緩衝機能の導入である。
これによって、交通により都市域などに局地的に集中した負荷を分散するとともに、居住空間と交通空間を隔離しようとするものである。
他方、ごみ、し尿や生活雑排水などの生活雑排水などの生活排出物については排出物を家庭などで個別処理することが困難であるため、市町村等により収集処理されているが、特に稠密な都市空間ではその処理は様々の問題を生んでいる。また、生活排水については雑排水の増加とともに現在、個別に行われているし尿浄化槽の例にみられるように、その処理が不完全にしか行われないものもあるため、都市内中小河川などの水質汚濁の要因となっていることなどから、都市域を中心にして公共サービスなどによって個別処理の管理を強化するとともに一括集約処理を進めることが大きな方向となっている。
現在、ごみについては、家庭での分別収集の協力も得て、市町村などによる一括収集が行われている。収集されたごみ資源としてリサイクルする新しいシステムの確立が急がれている。また、生活排水については、下水道等の整備が急がれているが、終末処理段階で下水処理と回収された汚泥の処理の両面で更に大きな前進が必要になっている。
まず、下水処理については現在主として活性汚泥法による二次処理が行われているが、これに加えてリン、窒素などを除去する観点から、より高度な処理方式の導入を検討する必要が生じている。さらに水系全体からみた利水の便宜、農業や漁業との関係、都市の水辺環境の向上などの人々の生活や経済活動と水との広範な係わり合いを配慮した環境の保全というより広い視野からその処理システムの開発を検討することが必要になるであろう。これは水資源の保全の面でも意味をもつことになろう。汚泥については、農業や工業などで再利用する資源リサイクル・システムの開発などが求められている。
このような、物流、交通のシステムや廃棄物と生活排出物の処理システムを環境への負荷の軽減という視点から都市構造の中にビルト・インしていくに際しては、これらのシステムを利用する人々に対する費用負担の分担を求める内部化の仕組みを導入することを検討してみる必要があろう。それは都市の発展を通じて、これらのシステムに過剰な負担がかかってくるような事態に歯止めをかける一つの手段ともなるのである。
これらの構造対策を進めるに当たっては従来にまして人口の動態、都市的生活様式の変化など、都市・生活型公害を生み出す負荷の条件変化のダイナミズムを計画フレームに入れながら交通と水などの管理に配慮した計画的な手法を検討していくことが必要であるといえる。
(3) 部分的・段階的規制
発生源対策が環境負荷の軽減の有効であるのは、その発生源が特定化でき、費用の内部化を通じて負荷を軽減できる場合であり、また、都市構造対策は都市化の進展にともなって個々には負荷の小さい発生源の過密化現象によって、環境への負荷が膨大なものとなってくる場合に、それらをその態様に応じて物的施設の整備、機能の再編成などにより、負荷軽減しようとするものである。
しかし、交通公害や水質汚濁が都市化の持続する中で問題となっている今日、即効性と実効性のある対策を併せて推進する必要がある。
これまでも、大型自動車など一部の自動車に対して、市街地一般道路あるいは幹線道路への乗り入れ規則や利用時間帯規制あるいは走行車線の規制、航空機の夜間離発着の禁止などの段階的規制がとられており、また最近、リンを含む合成洗剤の適正な使用の動きは、生活排水という汚染因子の一部について対策が講じられたものである。
このような部分的・段階的利用規制を活用していくためには、道路利用やリンを含む合成洗剤のように代替財が別に存在することが不可欠な条件であるとともに、利便や経済性の面ではマイナスが発生するので、それを使用し、利用しあるいは製造している人々に対応の余裕を与えることも是非必要であるといえる。また、このような対策を講じることによって、環境負荷の費用が内部化されマイナスの負担が発生することが、環境というものに対する人々の理解を深めることにもつながるものと期待できるであろう。今後とも発生源対策や、都市構造対策を進めていくにしても、都市・生活型公害の増大に対処して、人々の生活の質を守っていくために、即効性のある部分的・段階的規制は有効な一つの手段であり、差し迫った都市・生活型公害問題に対応するためには、その適切な活用が必要である。
(4) 自律的な都市生活ルールの形成
近隣騒音として苦情の対象となっているものは、自動車の空吹し音、チリ紙交換や物売りのスピーカー音、テレビ、ステレオ、クーラーなど家庭用機器からの騒音、ペット、家畜の鳴き声、人の話し声、あるいは娯楽サービス業の騒音など多種多様である。これらの近隣騒音については、被害者と加害者が話し合いによって解決していく方法が最も望ましく、調整のためのルールを経験的に積み重ねながら作り上げていくことが必要であろう。
その場合忘れてはならないことは、サービス活動を行う人や生活している人の個々にとって利益や利便あるいは快適につながることであっても、全体あるいは他の人には不快や不利益をもたらしていることがあるという事実認識であり、全体としてより大きな利便、快適さを見出すという視点が重要である。
これまで、激しい人口の社会移動や急速な都市化の中で、物的消費の拡大、利便や効率の追及が優先していた風潮のもとでは、このような都市生活の自律的な行動様式が生まれてくる余地は小さかったといえる。今後、人々の定住傾向の強まりと落着きや潤いを求める生活の質の重視が定着していけば、人々は都市の主人としての自覚を持つようになり、密度の高い都市生活のあり方を自律的にルール化し、これを一つの慣習として定着させていこうとする力が強まっていくものと期待される。
このような傾向を推し進めるという観点で、ルーム・クーラーの騒音表示の例にみられるような商品の面からの消費者の選択を誘導する方策も有効な手段となるはずである。これは、消費財の生産者に対しても直接的な規制によらず、市場での消費者選択を通じて低公害努力を促すことのできる新しい誘導手法であるといえる。
以上のように発生源対策、都市構造対策、部分的・段階的利用規制あるいは、自律的な都市的生活ルールの形成を適切に組み合せながら充実していくことが都市・生活型公害の防止のために必要となろう。