3 光化学大気汚染対策
昭和45年夏以来、毎夏光化学大気汚染によると思われる目の刺激、のどの痛み、胸苦しさ等を典型的な症状とする健康被害が発生しているが、大気汚染防止法第23条にのっとり、地方公共団体では、オキシダント緊急時対策要綱等を定め、オキシダント濃度と気象条件に応じて、予報、注意報、警報等を発令し、発生源対策と住民対策を実施してきた。
(1) 光化学大気汚染の発生状況
? 全国の注意報発令状況
53年度のオキシダント注意報(オキシダント濃度の1時間値が0.12ppm以上で、気象条件からみて、汚染の状態が継続すると認められるときに発令される。)の発令は、21都府県に及び、注意報の発令日数は合計168日であり、この発令日数は52年と同レベルであった(第2-3-10表)。
オキシダント警報(地方公共団体により発令基準は異なるが、通例オキシダント濃度が1時間値0.24ppm以上で、気象条件からみて汚染の状態が継続すると認められるとき発令される。)は、51年以来2年間発令がなかったが、53年には、3日発令された。53年に警報の発令された県、月日、最高濃度および該当測定局は次のとおりである。
埼玉県 7月4日 0.24ppm(富士見)
9月9日 0.26ppm(久喜)
神奈川県 8月12日 0.26ppm(横浜)
? ブロック別注意報発令状況
光化学オキシダントの発生は、各地域の気象、地形、発生源状況等の条件の差異に大きく影響を受けると考えられることから東京湾地域、伊勢湾地域、大阪湾地域及び瀬戸内地域の4ブロックに区分し、46年〜53年の注意報等発令日の整理を行った(第2-3-11図)。
53年の全国の注意報等発令日数に対し、この4ブロックの発令日数は約85%を占めている。4ブロックの中では、例年、東京湾地域における注意報等発令日数が最も多く、昭和53年は全国の約50%強であった。また、東京湾地域の中では、埼玉県の発令日数の占める割合が前年と同様約40%で、極めて高くなっていた。
? 注意報等発令日における濃度ランク
注意報等発令日数は、近年横ばい傾向であるが、各年の発令日当日における光化学オキシダントの最高濃度の分布について、東京湾地域を例にとり整理した(第2-3-12図)。
53年においては、各発令日における最高濃度の分布は0.15ppmをピークとし、高濃度になるに従いなだらかに減少していたが、年間全発令日中の最高濃度は0.26ppmであり、過去最高を示した50年に次ぐ高濃度であった。
? 気象条件該当日と注意報等発令状況
光化学オキシダントの高濃度の発生は、気象条件、特に風、気温及び日射量と関係が深い。このため、環境庁では、48年〜51年における東京都及び埼玉県の気象条件及び注意報発令状況を整理解析し、オキシダント注意報が発令されやすい気象条件を設定し、この条件に該当する日と実際のオキシダント注意報発令日の関係を整理した(第2-3-13表)。
53年は、気象条件該当日数としては50年とほぼ同水準であったが、注意報等の発令日数は50年と比べ減少している。
? 被害届出人数
45年から53年までの光化学大気汚染によると思われる被害者の届出人数(自覚症状による自主的な届出による。)の推移(第2-3-14表)については、53年は5,374人で、52年の2倍であったが、45年〜52年の平均23,389人に比べると約4分の1となっている。その中で被害者届出人数全国計の80%が埼玉県に集中しており、更に、埼玉県におけるその半数以上(53%)は、警報発令日(7月4日、9月9日)に集中している。
? 光化学大気汚染監視体制及び緊急時対策
大気汚染防止法第23条の緊急時報(注意報等)発令の判断に必要な気象データを得るため、環境庁では、毎夏季に光化学大気汚染の発生しやすい全国4地域(11か所)で気象観測を行い、地方公共団体に気象情報の提供を行っている。また、気象庁では、全国8か所の大気汚染気象センター及び11か所の大気汚染気象通報業務担当官署で光化学大気汚染の発生しやすい気象条件の解析と予報を行い、地方公共団体に通報している。これら情報と測定局データを基に、地方公共団体では光化学オキシダント緊急時対策要綱等により注意報等を発令すると同時に、ばい煙排出者に対し、大気汚染物質排出量の削減を要請し、また、住民に対する広報活動を開始する等のシステムを採っている。
(2) 光化学大気汚染調査研究の推進
光化学大気汚染の防止のための調査研究は、その発生機構から移流拡散等の気象の影響、要因物質の排出量調査、健康影響調査、植物影響調査に至る広範な分野にわたって行われており、貴重な知見が得られている。
まず、光化学オキシダントの発生機構の解明のための研究として、環境庁では47年より移動用スモッグチャンバー車により大気汚染地域の大気を採取して実験的に光化学反応を起こさせ、その結果二次的に生成される物質の分析研究を行っており、また52年からは、国立公害研究所に設置した大型スモッグチャンバーを用いて、光化学反応機構を更に、詳細には握するための実験研究を継続している。これらの研究結果から、大気中の一次汚染物質である窒素酸化物(NOx)及び炭化水素(HC)が大気中で紫外線を受けて反応することにより、オゾン(O3)等のオキシダント(Ox)を生ずることが明らかにされている。また、従来から注目されてきた主要生成物であるオゾン以外に、その人体影響が重要視されているアルデヒド類、パーオキシアセチルナイトレート(PAN)等の生成が定量的に確認されつつある。
更に、光化学大気汚染は、気象条件と密接なかかわりがあることから、気象条件との関連について東京湾、伊勢湾、大阪湾及び瀬戸内の各地域において各種調査を実施した。その一例として、東京湾地域における50年〜52年のデータを解析して得られた流跡線と、オキシダント濃度最高地のメッシュ別出現回数を第2-3-15図に示す。
このような、水平的に見た移流現象と同時に、光化学反応により生成されたオゾンの立体分布(第2-3-16図)の実態は握も重要である。
また、一方では、一次汚染物質(NOx、HC)の発生源を考慮した光化学オキシダントの水平・鉛直分布の時間差を定量的に再現する物理化学モデルの開発も光化学オキシダント防止対策にとって重要であり、50年度より東京湾地域等を対象にして、夏季の特定日の現象の再現計算を行い、モデルの精度向上に努めている。
(3) 光化学大気汚染の原因と防止対策の考え方
上述の調査研究により、光化学大気汚染の主要な要因物質は窒素酸化物と非メタン炭化水素であり、オゾンがその主要生成物であることが明らかにされている。
しかし、オゾン以外の光化学反応による二次生成物質であるPAN(パーナキシアセチルナイトレート)やアルデヒドについても健康影響の点から重要視されている。PANは窒素酸化物、アルデヒドは非メタン炭化水素濃度に依拠することから、オゾンの低減化対策のみでは、光化学大気汚染の防止対策としては十分ではない。また、近年の光化学大気汚染の広域化という問題に対処するためには、光化学反応系における原因物質の総量を削減することが緊要である。
このようなことから、大気の移流拡散現象をも考慮して、広域にわたる光化学大気汚染の発生を効果的に防止するためには、窒素酸化物及び非メタン炭化水素の双方を低減することが必要である。
(4) 炭化水素類排出抑制対策
光化学大気汚染の防止対策としては、基本的に、原因物質である窒素酸化物及び炭化水素の低減対策が並行して推進されている(窒素酸化物については、前述2「窒素酸化物対策」参照)。
ア 固定発生源からの炭化水素類排出防止対策
51年8月13日に、中央公害対策審議会は、光化学オキシダントの濃度が環境基準に適合するためには、午前6時から9時までの3時間平均値のメタンを除いた炭化水素(非メタン炭化水素)濃度が0.20〜0.31ppmC以下が適当である旨の指針値を示すとともに、光化学オキシダントの原因物質である炭化水素の排出低減が急務であることにかんがみ、炭化水素の排出規制のための有効な方策を実施する必要がある旨の答申を行った。
光化学オキシダントのもう一つの原因物質である窒素酸化物については、その固有の有害性に着目して既に排出規制が実施されている。一方、炭化水素類については、自動車排出ガスについての規制がおこなわれてはいるものの、工場等の固定発生源からの炭化水素類の排出規制については、一部の地方公共団体でタンク類、受け払い施設等に関して部分的に実施されているが、国レベルでは現在行われていない。
このため環境庁では、51年度、52年度、固定発生源からの炭化水素類の排出を抑制するため、専門家の指導の下に排出抑制技術の検討を行った。
その結果、炭化水素類の排出防止対策としては、蒸発防止設備あるいは処理装置の設置のように設備改善を行う方法と低公害塗料あるいは低公害印刷インキの使用により炭化水素類の排出を削減する方法とが考えられ、これらの防止技術の評価は第2-3-17表のとおりであった。
53年度は、今後の炭化水素類の規制方法を検討するため、次のような調査研究を行った。
1) 発生源における測定法の確立を図るため、専門家による検討会を設置し、サンプリング法、分析法等についての検討を行った。
2) 多種多様な用途に用いられている炭化水素類の取扱いの実態をは握するため、炭化水素類の排出量の多い東京湾及び大阪湾周辺の取扱業者に対し、業種別の取扱物質、施設の規模と型式、排出防止対策等のアンケート調査を行った。
イ 自動車からの炭化水素類排出防止対策
自動車から排出される炭化水素類に対しては、ガソリン又はLPGを燃料とする自動車について、45年にブローバイガスの規制、47年に燃料蒸発ガスの規制が行われ、更に、48年度規制及び50年度規制により排気管から排出される炭化水素の規制が実施された。また、ディーゼル車についても、49年度規制により排気管から排出される炭化水素の規制が行われている。
これらの規制の効果を乗用車一台当たりで見てみると第2-3-18図のとおりであり、排気管から排出される炭化水素は未規制時に対して93%の削減となっている。
(5) 湿性大気汚染対策
49年7月初旬と、50年6月下旬から7月上旬にかけて、北関東を中心にいわゆる酸性雨による眼の刺激を訴える事例が発生した。
この現象は、当時の状況から特殊な気象条件により、高湿度大気中において、複雑な過程を経て生成された汚染物質に起因するものと考えられ、「湿性大気汚染」と称することとした。
雨を酸性化している物質は硝酸イオン、硫酸イオンが主であるが、これらの物質の生成機構及び雨水中への取込み機構は十分解明されておらず、眼等に対する刺激原因物質についても雨水中の成分分析では断定するに至っていない。
このため、今後も引き続き、湿性大気汚染の発生メカニズム及び眼刺激物質の解明のための調査研究を実施することとしている。