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第1節 

4 健康被害救済対策

(1) 健康被害救済対策
 我が国においては、戦後、経済の急速な発展を見た反面、水俣病やイタイイタイ病、あるいは四日市における呼吸器系疾患等の公害に起因すると考えられる疾病の発生が、大きな社会問題となった。
 このため、公害の影響による健康被害に対する補償を行うこと等により、健康被害者の迅速かつ公正な保護を図る目的で、現在、「公害健康被害補償法」が制定されている。この制度においては、「非特異的」疾患と呼ばれる大気汚染系疾病(慢性気管支炎、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎、肺気しゅ及びそれらの続発症)又は「特異的」疾患と呼ばれる三つの疾病(水俣病・イタイイタイ病・慢性ひ素中毒症)による健康被害者に対して、療養の給付及び療養費、障害補償費等の7種類の補償給付を行うとともに、損なわれた健康の回復等を図るための公害保健福祉事業を行うこととしている。
 現在、この制度の対象となっている地域には、第一種地域(著しい大気汚染による非特異的疾患の多発地域)と第二種地域(特異的疾患の多発地域)とがある。第一種地域については、従来の「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(以下、「旧救済法」という。)から12地域を引き継いだ後、昭和49年11月、50年12月、52年1月、53年6月の4度にわたり段階的に指定地域の追加、拡大が行われ、現在、千葉市南部臨海地域等41地域が指定されている。第二種地域については、旧救済法より引き継がれた水俣湾沿岸地域等5地域が指定されている。
 また、54年1月末現在で、被認定者数は73,189人となっており、その内訳は非特異的(大気汚染系)疾患71,190人、特異的疾患1,999人となっている。
 以下では、53年度における水俣病に係る健康被害救済対策の動きについて述べる。
(2) 水俣病
ア 概説
 水俣病は、魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することによって起こる神経系の疾患であり、我が国では熊本県及び鹿児島県の水俣湾周辺地域、新潟県の阿賀野川流域の2地域において水俣病の発生を見ている。
 水俣湾周辺地域の水俣病は、新日本窒素肥料株式会社(同社の前身は、日本窒素肥料株式会社であり、現在は、チッソ株式会社となっている。)水俣工場より、また、阿賀野川流域の水俣病は昭和電工株式会社鹿瀬工場(現在は鹿瀬電工株式会社となっている。)より排出されたメチル水銀化合物により汚染された魚介類を地域住民が摂取することによって生じたものであると認められている。
 この水俣病は、我が国において他に類例を見ないほど大きな水質汚濁による公害であり、水俣病患者の迅速かつ公正な保護を図ることは、重要な環境問題の一つとなっている。
 現在、水俣病にかかっているかどうかの認定の業務は、公害健康被害補償法による手続(同法に基づき旧救済法の例による手続を含む。)によって、管轄県知事等(熊本県知事、鹿児島県知事、新潟県知事及び新潟市長)が行っているところである。
 水俣病と認定された健康被害者に対する補償は、現在、水俣湾周辺地域に係る水俣病については、水俣病民事訴訟に係る48年3月の熊本地裁判決、公害等調査委員会の調停を基礎として、同年に健康被害者とチッソ株式会社の間で補償協定が調印されており、これらに基づきチッソ株式会社と患者との間において直接行われている。また、阿賀野川流域における水俣病については、新潟水俣病訴訟に係る46年9月の新潟地裁判決に準じた48年6月の補償協定によって昭和電工株式会社(現在は、鹿瀬電工株式会社となっている。)との間で直接行われている。
イ 認定業務の促進
 水俣病による健康被害者の救済のためには、まず水俣病の認定業務を速やかに進めることが必要である。しかしながら、特に熊本県にあっては、48年3月の水俣病訴訟に係る熊本地裁判決以降の認定申請者の増加や認定の技術的困難性に起因する認定審査会における答申保留者の増加などにより、未処分者が累増する状況にあった(特に、認定申請に対する県の処分が遅延しているとして提起された熊本県知事に対する水俣病認定業務不作為違法確認請求訴訟で、不作為の違法を認める判決が51年12月に熊本地裁で示された。)。
 このため、政府は、52年3月水俣病に関する閣僚会議を設け、水俣病対策の推進について協議を重ねるとともに、熊本県とともに次のような施策を52年度以降講じてきた。
? 52年10月からの熊本県における月間150人検診、120人審査体制の整備
? 症例研究班(52年11月設置)による判断困難な事例の研究
? 熊本県立水俣病検診センターの新築
? 各県の検診機能を強化充実するための検診機器の整備
? 46年の環境事務次官通知以降いろいろな機会に種々な形で明らかにしてきた水俣病の範囲に関する基本的な考え方を再度確認する目的をもって統合整理した環境事務次官通知の発出(53年7月)
 これらの施策により、水俣病の認定事務は大きな進捗を見せているものの、なお未処分の認定申請者数は53年8月末現在6,000件を超えている状況にあり、特に旧救済法に基づき49年8月までに行われた認定申請については、1,635件が未処分のまま残されていた。そこで認定業務の一層の促進を図るため、旧救済法の申請者であって知事等の処分を受けていない者について、申請者の選択によってその者について環境丁長官においても水俣病の認定業務を行うことができることを目的とする「水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法」が第85回臨時国会に議員提案され、衆議院において修正の上、53年10月20日に成立した。この臨時措置法は、54年2月14日に施行された。
ウ 研究体制の整備
 水俣病の治療方法については、現在の医学の水準においては必ずしも確立していないため、水俣病に関する医学的調査及び研究を推進する体制を整備することが必要である。
 この観点から、水俣病に関する医学的調査及び研究を総合的に実施するための国立水俣病研究センターが環境庁の附属機関として、53年10月1日に熊本県水俣市に設置された。53年度は総務課のほか臨床部、基礎研究部の2部をもって、所長以下8名の定員で発足したが、逐次整備を進めていくこととしている。
エ 患者補償の完遂
 水俣病患者の救済を実効あらしめるためには、認定業務の促進を図ると同時に患者補償が円滑に実施されることが必要である。政府は、53年6月20日に、水俣病対策について、認定業務の促進、チッソ株式会社に対する金融支援措置、関係行政機関・業界等によるその他の支援措置及び水俣・芦北地域の振興を講ずるとの閣議了解を行った。これらの対策のうち、チッソ株式会社に対する金融支援措置は、チッソ株式会社の現況にかんがみ、水俣病患者に対する補償金の支払は原因者たる同社の負担において行うべきであるという原因者負担の原則を堅持しつつ、同社に対する金融支援措置により、同社の経営基盤の維持・強化を通じて患者に対する補償金支払に支障が生じないよう配慮するとともに、併せて地域経済・社会の安定に資することを目的とし、関係金融機関に対する要請、地方債の引受及び熊本県財政への配慮を内容とするものである。
 これを受けて、熊本県は、県議会の議決を経て、53年12月27日に、チッソ株式会社に対して、33億5千万円の起債による融資を行った。

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