4 自動車排出ガス対策
我が国の大気汚染は、経済の高度成長に伴う石油系燃料の消費量の増大等に伴い大きな社会問題となっているが、特に昭和30年代以降の急速なモータリゼションの進展により、大都市地域及び幹線道路では自動車排出ガスによる大気汚染が深刻な問題となっている。
最近の自動車交通の動向を見ると、49年度には石油ショック等の影響で一時交通量が低下したものの、50年度には回復しており全国的には依然増勢傾向にある。ただし、これを大気汚染の著しい大都市圏、特にその中心部で見れば交通量そのものもほとんど増加していない(第2-2-15図及び第2-2-16図)。
自動車排出ガスによる大気汚染を自動車排出ガス測定局の測定結果により見てみると、一酸化炭素濃度は40年度代中頃をピークとして顕著な減少を示しており、また炭化水素濃度は45〜46年に測定を開始して以来減少ないし横ばいの状態にある。50年度以降の規制適合車の普及に伴い、これらの物質の自動車からの排出量は、更に低減されるものと期待される。
窒素酸化物については、移動発生源対策とともに固定発生源の規制も実施されているが、いまだ十分な改善傾向になく、特に沿道における大気汚染の現状は、更に改善の必要な状況にあるといえる(第2-2-17表)。
これは、窒素酸化物の規制が比較的最近(48年度)になって開始されたことなどから、その効果が十分に現れていないためと考えられる。自動車排出ガス汚染対策は、これらの規制の結果に留意しながら進められており、乗用車については最終的規制である53年度規制が53年4月より実施されており、トラック・バス等については既に54年規制が告示されている。また汚染の著しい大都市地域や幹線道路の周辺においては、交通規制や道路構造の改善を含めた総合的な対策が必要である。
(1) 自動車排出ガスの規制の経緯
自動車の排出ガス規制は、41年の一酸化炭素に対する濃度規制に始まり、その後ブローバイガス、燃料蒸発ガス等の炭化水素に対する規制を加え、次第に強化されてきたが、ガソリン又はLPGを燃料とする自動車に対する48年度規制においては、新車に対して、一酸化炭素規制のほか、光化学スモッグ対策として排気管から排出される炭化水素、窒素酸化物の規制を加えた本格的な3物質規制が始まるとともに、使用過程車に対する装置規制も、逐次実施された。
乗用車については更に、50年度には47年10月の中央公害対策審議会答申に従って抜本的な規制強化が実施され、一酸化炭素、炭化水素及び窒素酸化物の大幅な規制強化を図る50年度規制が実施された。続いて窒素酸化物の規制強化を図る51年度規制が実施され、53年度には前記中間答申に示された当初目標値(窒素酸化物平均排出量0.25g/km)に沿った規制(53年度規制)が実施されている。これにより乗用車からの排出ガス(一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物)はそれぞれ未規制時に比べ90%以上削減されることになっており、乗用車に対する当面の規制は一応整ったといえる。この53年度規制の実施に当たっては、逐次技術評価を行い、技術開発の促進を図った結果、メーカーの開発努力ともあいまって、エンジン性能の向上、車両総重量の軽量化等の努力を行った結果燃料経済性については未規制時と同様の水準を維持しつつある。なお、53年度規制の輸入車への適用は、56年4月からとされているが、この問題について欧米諸国に正しい理解と協力を得るため、担当官を派遣し、英文資料を配布し説明する等所要の措置を行った。
一方、重量ガソリン車及びディーゼル車については、それぞれ48年度及び49年度から排出ガス規制が実施されており、52年8月からは、窒素酸化物について更に約15%削減(未規制時に比べ約35%削減)する規制を実施した。
また、乗用車以外の車両に対する長期的な低減目標については、約2年半にわたり中央公害対策審議会大気部会自動車公害専門委員会において審議され、52年12月26日中央公害対策審議会より答申がなされた。環境庁ではこの答申の内容を踏まえ、53年1月30日答申に示された第一段階の規制を騒音規制と同時に54年規制として告示した(参考資料12及び第2-2-18図)。
(2) トッラク・バス等の排出ガス規制の強化
我が国の自動車保有構造の特徴の一つとして、他の先進国と比較して、トラックの保有比率が極めて高いことが挙げられる。このためトッラク・バスからの排出ガス量は、乗用車からの排出ガス量と比べ自動車排出ガス量全体に占める割合も大きく、これらに対する規制の強化が重要な課題となっている。
これらの車両についても順次規制の強化が行われてきたものの、トラック等は乗用車と比べ、次のようなことから技術的に排出ガスの低減が困難となっている。
まずトラック等は、積載を目的として設計されるため、乗用車と異なり、排気量当たりの等価慣性重量及び車速当たりエンジン回転数が大きく、窒素酸化物の排出量が増加し、更にエンジンの配置が多様であるため、排気ガス対策に伴い発生する熱の処理が困難となるものもある。また、使用条件も一般に乗用車に比べ過酷であり、耐久性が要求される。これらの条件に加えて、運転性、燃料消費率、整備性の悪化等を最少限に抑える必要がある。また、ディーゼルエンジン車の場合は、ガソリンエンジンと基本的に燃焼方式が異なり、空気過剰率が1.2〜10と範囲が広いこと、自己着火の場所が一定でなく数か所で同時に着火することが多いこと、混合気が不均一であり不完全燃焼の部分と空気余剰部分が生ずること、また、ガソリンエンジンのように燃料が十分に気化されないこと等の相違点がある。こららの特性のため、ディーゼルエンジンにあっては、燃焼の過程を制御することにより排出ガスを低減させることが極めて困難となっている。
このような事情からトラック等の排出ガス規制は、飛躍的な技術開発により極めて低レベルの規制実施が可能となった乗用車に比し、いまだ緩やかな規制の程度にとどまっており、乗用車規制の強化に伴ってその排出量の割合は相対的に増加の傾向にある。自動車の排出ガスに起因する大気汚染を防止するためには、これらのトラック等に対する一層の規制の強化が必要となっている。
このため50年7月以来、中央公害対策審議会大気部会自動車公害専門委員会において排出ガスの許容限度の長期的設定方策が審議された結果、52年12月中央公害対策審議会より答申がなされた。答申においては、二段階にわけてトラック・バス等の窒素酸化物に係る許容限度を強化することとし、第一段階の規制は54年中、第二段階の規制は、第一段階の規制実施後の数年後遅くとも50年代中に実施する必要があるとしている(第2-2-19表)。第一段階の規制が実施されることにより、東京湾岸一都三県における自動車からの窒素酸化物総排出量は60年度頃において、40年度頃の排出量と同程度になるものと試算され、第二段階による規制が実施されその規制の効果が完全に現れると、窒素酸化物による汚染は30年代末頃の状態に改善されると試算されている(第2-2-20図)。
答申に示された許容限度設定目標は、技術開発の状況からみて達成可能なぎりぎりの限度であると専門家が考えたものであるが、この規制が完全に実施された場合にあっても、大気汚染の特に著しい地域では十分に改善されるものではないと考えられ、そのため答申においては、大気汚染防止のための総合的な対策についても検討が行われその結果を次のように提言している。
「自動車排出ガスによる大気汚染低減のための諸対策
交通の集中に伴う大気汚染が著しい都市においては、個々の自動車に対する排出ガス規制に加えて、自動車交通総量の抑制と自動車交通流の円滑化を図るため、関連する諸問題を解決しつつ、次のような諸対策を全国的に一層推進することが望まれる。
? バイパス道路の建設、立体交差化、道路幅員の拡大等による交通上の隘路の解消、自動車排出ガスの住民への影響を緩和するための緩衝緑地帯の設置等道路の整備を中心とした対策を推進する。なお、長期的には事業場の新規立地・拡充の規制、大きな交通需要を生ずる諸施設の移転等の施策を講ずることが望ましい。
? 鉄軌道・バス等大量公共輸送機関について、その充実を図るとともにその利用を促進する施策を推進し、輸送需要の乗用車等からの転換を促進する。
? 貨物輸送について、集配送の合理化、貨物輸送情報システムの導入等により、トラック等の走行量の削減を行う。
? 都市総合交通規制、交通管制システム等による交通管理上の諸対策を一層推進し、自動車交通総量の抑制、自動車交通流の円滑化を図る。」
大気汚染の現状を考慮すると、できるだけ早期に中央公害対策審議会の答申に示された第二段階の規制を実施する必要があり、そのため今後乗用車の53年度排出ガス規制の経験を生かし、自動車排出ガス低減技術の開発状況を検討評価し、技術開発の促進を図ることとしている。
(3) 自動車環境対策
自動車排出ガスによる大気汚染防止対策として、「大気汚染防止法」は、都道府県知事が自動車排出ガスによる大気汚染の著しい道路の周辺区域について、その環境濃度の測定を行い、濃度が一定の限度を超えた場合に都道府県公安委員会に対し交通規制の要請を行うとともに、必要に応じ道路管理者や関係行政機関に対し、道路構造の改善その他の自動車排出ガスの濃度の減少に資する事項について意見を述べる制度を規定している。また関係省庁では、自動車排出ガスによる大気汚染の著しい地域については、長期的観点に立って自動車交通量を抑制し、又は減少させるとともに自動車を取り巻く環境を整備するための対策の強化を図っている。
ア 交通規制対策
警察庁においては、交通管制システム等により交通流の安定、円滑化を図るとともに、交通流の適正化及び自動車交通総量の削減等を図る都市総合交通規制を推進し、交通公害の防止に努めている。
交通管制の面では、交通管制センターの設置を逐次推進し、都市内に設置されている信号機の広域制御を行うとともに、幹線道路における信号機の系統化、感応化、信号秒時調整等の信号機運用の高度化を図り、交通渋滞の緩和、交差点における停止・発進回数の減少による自動車排出ガス量の削減に効果を挙げている。
また、都市総合交通規制は、都市の適正な交通容量を越えた自動車交通総量を削減し、道路の機能に応じた交通の合理的配分を行い、安定かつ円滑な交通流を実現することにより、都市における交通事故、交通渋滞等の交通上の障害を防止し、安全静穏な生活環境の確保に努めようとするものである。
自動車交通総量削減の基本的な考え方は、現実の交通需要を前提としつつ、現実の都市構造と交通体系の中で、交通規制その他の関連施策を行うことによって、輸送効率の高い交通機関への振り替え、自動車ターミナルの整備等輸送の合理化措置を促し、これによって自動車交通量を全体として削減しようとするものである。
具体的な方策としては、
? バス優先通行、駐車禁止、歩行者用道路等の交通規制を強化することにより自家用乗用車からバス等の大量公共輸送機関への転換を促す。
? 住宅地域等を生活ゾーンとして選定し、その地域について歩行者用道路、大型車両通行禁止、一方通行等の組み合せによる生活ゾーン規制を行って通過交通及び流入交通の排除を図ることにより、交通公害を防止し、良好な生活環境の確保を図る。
? 自転車専用レーン、自転車の歩道通行可等の交通規制により、自転車の安全、快適な利用を促進し、自家用乗用車から自転車への転換を促す。
? 駐車禁止、大型車通行禁止等の交通規制その他の措置によって、物資輸送の合理化を促す。
? タクシーベイの増設等によって、タクシーの空車走行の抑制を図る。
などが中心になっている。また、特に自動車交通の過密化の著しい東京を始めとする10大都市においては交通公害が著しく、大気汚染の悪化が懸念されるため、50年4月より2年計画で、49年の1日当たりの自動車交通総量の約1割を削減することを目標として総合的な交通規制を実施し、おおむね当初計画どおりの事業を実現した。(第2-2-21表)。
イ 道路施設構造の改善等
建設省においては都市を通過する自動車や都市周辺部に起終点を持つ自動車が都市内を走行することのないよう都市をう回する環状道路の整備を促進するとともに都市の骨格となる各種街路を適切に整備することにより住宅地域における通過交通の排除を図っている。また、幹線道路の新設等に当たっては自動車交通公害を防止し、沿道における良好な生活環境を保全するため、必要に応じ環境施設帯を設置するなど各種の措置を講じている。一方、自動車交通需要の一部を転換させるため、地下鉄、バス等の公共輸送機関の整備に加えて、都市モノレール等の新交通システムについても、北九州市・大阪市・神戸市において事業が進められている。
また、流通業務市街地、トラックターミナルの整備を進めることにより物資流通の合理化並びに自動車交通量の削減を推進している。
なお、物流合理化に当たって、デパートその他の共同配送等を積極的に検討する必要がある。