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第1節 公害の現状

 我が国は世界の中でも厳しい環境汚染を経験したが、40年代以降における公害対策の進展を反映して、最近、全体的に見て、環境汚染の改善傾向が見られるようになった。
 第1-1表は、主要な環境汚染因子の変化の状況を見たものである。環境の質そのものを表すものでない点でやや正確さに欠けるが、全体的な傾向として46年度まで悪化してきた環境汚染が47年度を境として改善の方向に向かい、49年度、50年度とその傾向が著しいことが分かる。改善因子比率が49年度に比べ50年度に若干低下しているのは、湖沼の水質が前年度よりも悪化し、海域の水質がほぼ横ばいとなったためである。しかし、湖沼の水質以外に汚染が進んだ因子は認められず、50年度においても、総体的に見て、環境汚染は着実に改善されてきている。
 第1-2図は、公害等調整委員会調査による典型7公害の苦情件数の推移を見たものである。総苦情件数は、48年度を境として減少してきており、50年度においても、悪臭に関する苦情がわずかながら増加したが、大気汚染をはじめとして、水質汚濁、騒音、振動に関する苦情は減少している。このことは、環境汚染が改善されてきていることを反映しているものと考えることができる。
 このように、我が国の環境汚染は全体的には改善の傾向にある。しかし、窒素酸化物による大気汚染や湖沼、内海、湾等の閉鎖性水域における有機性水質汚濁には、顕著な傾向が見られず、また、交通機関による騒音・振動対策は、ようやく緒についたにすぎない等、今後解決していかなければならない多くの問題が残されている。更に、公害の防止だけでなく、快適な生活環境や良好な自然環境を求める声も強いことを十分認識しなければならない。
 次に、大気汚染、水質汚濁など、それぞれの汚染因子ごとに汚染状況の推移と現状を概観してみよう。
(1) 大気汚染
 硫黄酸化物は、その大部分が石油などの化石燃料の燃焼によって発生する。硫黄酸化物による汚染は、経済の高度成長下における石油系燃料の消費の急増に伴い急速に進展し、深刻な問題を呼び起こしたが、42年以降、環境基準の設定、排出規制の強化、輸入原料の低硫黄化、重油脱硫、排煙脱硫などの汚染防止対策の効果を反映して、着実に改善されてきている。第1-3図は、エネルギー消費量及び硫黄酸化物排出量の推移を見たものであるが、エネルギー消費量が、45年度に比べ50年度は1.2倍になったにもかかわらず、硫黄酸化物排出量は2分の1に減少している。
 このような硫黄酸化物の環境への排出量の減少に伴って、我が国の代表的な大気汚染地区に設置され、かつ時系列的に比較可能な15測定局における二酸化硫黄の年間平均濃度は、42年度の0.059ppmに比べ、49年度は0.024ppm、50年度は0.021ppmと大幅に低下している(第1-4図)。また、二酸化硫黄に係る環境基準の達成状況を長期的評価で見ても、環境基準を達成した測定局の総数に対する割合は、48年度46%、49年度69%、50年度80%と着実に増加してきている。
 窒素酸化物は物の燃焼一般に伴い、また硝酸製造過程等において発生するもので、それ自体人の健康に悪影響を及ぼすばかりでなく、光化学大気汚染の原因物質の1つと考えられており、今や硫黄酸化物に代わって大気汚染対策の最重要課題となっている。窒素酸化物については、48年に初めて二酸化窒素に係る環境基準が設定され、また固定発生源に対する排出規制、自動車排出ガスに対する規制の強化等が行われてきた。窒素酸化物の環境への排出量はエネルギー消費量の増加に伴って48年度まで増加傾向にあったが、49年度以降減少に転じている(第1-3図)。
 この結果、43年度から測定を継続している一般環境の6測定局及びこの6局を含み更に45年度から測定を継続している16測定局で測定された大気中の二酸化窒素濃度は、毎年多少の増減はあるものの、48年度まで漸増傾向にあったが、49年度以降ほぼ横ばいないし改善の兆しを見せている(第1-4図)。二酸化窒素の環境基準を長期的評価で達成している測定局の数は、48年度の228局中の4局、49年度の448局中の25局から50年度は666局中の54局に増加しているが、環境基準を達成した測定局の総数に対する割合は、50年度で8%にすぎない。窒素酸化物による汚染の改善のためには、今後とも、工場などの固定発生源、自動車等の移動発生源に対する排出規制の強化、燃焼炉などに対する脱硝技術の開発改善等に一層の努力が払われなければならない。
 一酸化炭素の主要発生源は自動車の排出ガスである。44年頃までは、大気中の一酸化炭素濃度は増加する傾向にあったが、自動車排出ガスの規制が強化された結果、それ以降は減少してきている。50年度においては、道路際以外の一般生活環境における測定局では1局を除くすべての測定局が環境基準を達成しており、また道路際における測定局でも80%の測定局が環境基準を達成している。
 光化学大気汚染は、窒素酸化物と炭化水素の光化学反応の結果、二次的に生成される汚染物質のうち、酸化性物質を主要な原因物資として発生するものと考えられている。
 オキシダントはその反応の進行状況を示す1つの指標であるが、オキシダント注意報の発令回数は、48年まで増加の一途をたどっていたが、49年288回、50年266回と減少し、51年には各方面における汚染防止努力のほかに、気象条件の影響もあって150回と更に大幅に減少している。光化学大気汚染による被害届出人数についても、50年には46,081人と増加していたが、51年には4,215人と激減している。気象条件から見て光化学大気汚染が発生しやすい日においても注意報の発令回数が減少していること、被害届出人数が減少していることから見て、気象条件の変動の影響もあろうが、規制の進展の効果が上がってきていると考えられる。
 浮遊粒子物質は、大気中に浮遊する粒子状物質のうち、10ミクロン以下のものをいい、大気中に比較的長期間滞留し、人の健康に与える影響も大きいものであり、大気汚染物質としては早くから問題にされ、また対策が採られたにもかかわらず、長期的評価による環境基準を達成している測定局は、49年度は88局中の16局、50年度は139局中の22局にすぎず、なお改善を要する状況にある。
 降下ばいじんは、大気中の粒子状物質のうち重力又は雨によって降下するばい煙、粉じん等であるが、46年度には月平均10t/km
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以上の測定地点が29.2%を占めていたが、50年度には9.2%に減少しており、著しい改善傾向を示している。
 最後に、諸外国と比較して、我が国の大気汚染がどのような状況にあるかを見てみよう。第1-5図は、世界主要都市の二酸化硫黄とニ酸化窒素の濃度を示したものである。調査した測定局の数に著しい差があること、また測定方法の違いもあて単純な比較は困難であるが、我が国の汚染が諸外国と比較して特に著しいものではないということができるだろう。


(2) 水質汚濁
 最近における水質汚濁の状況は、近時の排水規制の強化等を反映して、総体的には改善の傾向にある。
 水質汚濁に関する環境基準のうち、人の健康に関する項目(シアン、アルキル水銀などの9物質)について環境基準を満たしている検体数の割合は、49年度に引き続いて50年度においても99.8%と非常に高く、アルキル水銀及び有機リンは49年度と同様全く検出されていない。
 また、第1-6図は、生活環境項目について、有機汚濁の代表的指標であるBOD(湖沼及び海域についてはCOD)により、最近の水質汚濁の推移を見たものであるが、総体的には、水質汚濁が改善の傾向にあることを示している。しかし、一部の湖沼では、わずかながら水質汚濁が進行しており、また、都市内中小河川の改善傾向は著しいが、その他の河川と比べ依然高い汚染濃度を示している。
 次に、50年度末までに、環境基準類型の当てはめが行われた2,394水域(河川1,850、湖沼70、海域474)について、代表的な水質指標であるBOD又はCODの環境基準達成状況を見ると、1,426水域(河川1,056、湖沼27、海域343)、全体の59.6%が環境基準を達成しており、49年度の達成率は54.8%よりも改善されている。水域別で見ると、河川57.1%(49年度51.3%)、湖沼38.6%(49年度41.9%)、海域72.4%(49年度70.7%)となっており、49年度と比べ河川及び海域では改善されているが、湖沼では悪化している(第1-7図)。また大都市の河川及び海域では、他の水域と比べ、その達成率は依然として低く、なお改善を要する状況にある。
 瀬戸内海の水質汚濁については、その海域が比類のない美しさを誇る景勝の地であり、貴重な漁業資源の宝庫であるため、水質汚濁防止対策進めることが重要な問題となっている。このため、48年に「瀬戸内海環境保全臨時措置法」が制定され、各種の施策が実施されてきたことによりすう勢的には改善の傾向にあるが、赤潮発生、一時的な油等の流出による水質の汚濁などがなお継続して見られるので、汚濁の各種態様に応じた対策が必要である。


(3) 騒音その他の公害
 騒音は、各種公害のなかでも最も日常生活に関係の深い問題であり、また、発生源が多種多様であること、更に、都市化の進展、工場等の機械化、建設工事の増加、モータリゼーションの進行に伴い、特定の地域の問題から全国的な問題へと拡大したことにより、例年、公害に関する苦情のうちで最も高い割合を占めている。50年度においても騒音に関する苦情件数は、全苦情件数の約3割を占めている。第1-8図で分かるように工場騒音と建設騒音に関する苦情が騒音に関する苦情のおおむね7割を占めており、自動車、航空機、新幹線鉄道などによる交通騒音に対する苦情件数は少ない。しかし、これらの交通騒音は、件数こそ少ないが、大きな社会問題になっており、例えば、国道43号線に係る自動車交通公害や大阪国際空港に係る航空機騒音公害に関して訴訟、調停が提起されるなど問題となっている。
 このうち、道路交通に起因する騒音について、それが現に問題となっているか又は問題となりそうな地域について騒音レベルを測定した結果を見ると、環境基準に適合する測定地点数の全測定数に対する割合は、48年13.3%、49年14.0%、50年15.4%となっており、好転の程度は低い。一方、「騒音規制法」に基づく要請基準を超える地点も、48年30.1%、49年24.9%、50年31.6%と少なくない状況にある。また、新幹線鉄道や航空機による騒音については、現在、都道府県知事による環境基準類型の当てはめ作業が進められているが、これとともに環境基準を維持達成するために必要な音源対策、障害防止対策、空港の周辺対策等の推進が要請されている。
 振動は、工場、建設作業場、交通機関等がその主要発生源であり、その解決には、これらに対する規制が最も重要であり、このため、51年12月に「振動規制法」が施行されたが、これに基づき、現在、地域指定、規制基準の設定等の作業が進められている。
 悪臭は、人の嗅覚に直接訴え生活環境を損なう公害であるため、例年騒音に次いで苦情件数が多い。50年度においては、他の公害に関する苦情件数が減少しているなかで、悪臭に関する苦情件数だけが増加している。第1-9図は、悪臭に関する苦情原因の業種別内訳を見たものであるが、畜産農業に対する苦情が大きな割合を占めている。現在、「悪臭防止法」により51年に追加指定された二硫化メチル、アセトアルデヒド、スチレンの3物質を含め、8物質が規制されているが、悪臭の防止方法の開発、悪臭の評価方法の改良等悪臭対策の充実が望まれている。
 土壌汚染については、「農業地の土壌の汚染防止等に関する法律」により、カドミウム、銅、砒素及びそれらの化合物が特定有害物質として指定されており、細密調査等の結果に基づき、51年度末までに同法に基づく農用地土壌汚染対策地域として指定されているのは33地域、約4,110ha、このうち農用地土壌汚染対策計画が策定されているのは14地域、約871haとなっている。また、対策地域として指定されていない地域については、都道府県の単独事業等が行われているほか、調査の継続及び対策地域の指定を含め、必要な対策につき関係都道府県おいて検討が進められている。
 地盤沈下について、現在、最も沈下の著しい地域は、埼玉県中東部、愛知県及び三重県の臨海部のような大都市近郊であるが、佐賀平野等の地方都市でも沈下が進み、全国的に拡大する傾向が続いている。
 一方、大都市地域のうち、東京都江東地区のようにかつて著しい沈下を示していたが、その後地下水採取規制及びこれに伴う水源転換の結果、最近ではほとんど沈下が停止している地域もある(第1-10図)。地盤沈下の原因は地下水の過剰な採取にあると考えられているが、現行の措置では地盤沈下の予防及び防止の観点からは必ずしも十分でない点もあり、地下水の採取規制の強化を行うほか、水利用の合理化、代替水源の確保等総合的な対策が必要である。
 廃棄物は、主として地域住民の日常生活等に伴って生じるごみ、し尿等の一般廃棄物と企業等の事業活動に伴って生じる産業廃棄物とに大別されるが、その発生量はし尿を除いた一般廃棄物年間4千万トン程度、産業廃棄物年間3億2千万トン程度になると推定されている。
 廃棄物の処理については、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」による規制が行われているが、同法について、産業廃棄物の処理に関する規制及び監督の強化等を内容とする改正が行われ、これに伴う政令等と併せて、52年3月から施行されている。今後は、これらの改正によって環境保全の面を一層強化した形で廃棄物処理対策が進められることになった。

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